番外編「副社長編」1
ウィーナの屋敷よりほど近い場所に、幹部従者・ニチカゲの持つ道場があった。
ニチカゲは、ここで部下達を修業させているのだ。
しかし、現在、この道場の広間一面に針のむしろが敷かれ、そこにニチカゲの部下達が座禅を組まされている。
部下達は足を苛む激痛に血と涙と脂汗を流し、必死に耐え忍んでいた。
針の上で座禅を組む平従者達の後ろを監視している男がいる。
袈裟を着こんだ坊主姿のスキンヘッド。副社長直属の管轄従者・政僧ギャアである。その片手には数珠を持ち、もう片手には鉄の棒。
隊長ニチカゲの不在の折に、突如として政僧ギャアがニチカゲ隊の道場にやってきて、修業と称して針の上での座禅を強要したのである。
本来、指揮系統外のニチカゲ隊の平従者達に対し、副社長直属の隊の政僧ギャアがこのようなことをする権限などなかった。
「かあああああつっ! 喝喝喝喝喝喝喝喝喝喝喝喝ッ!」
政僧ギャアは座禅をしている平従者・ハロイドの肩を鉄の棒で何度も何度も滅多打ちにした。
「が! あっ!」
ハロイドの肩の骨は粉々に粉砕骨折し、口からは血の霧を吐き出すが、それでもハロイドは針の上で座禅を続ける。
既に針のむしろはハロイドの緑色の血で満たされていた。
「喝喝喝喝喝喝ゥゥゥッ! かああああつ!」
政僧ギャアは平従者・ヘウリムの肩を鉄の棒で滅多打ちにする。
「ぐばあっ!」
ヘウリムは苦痛に耐えきれず意識を失い、針の上に突っ伏した。身体中を穴だらけにし、針のむしろを血で染めるヘウリム。
「ヘウリム!」
その様子を見た他の者達が、ヘウリムを助けようとするが、もはや彼らの足は針で串刺しになり、立ち上がろうと足を動かせば、その分皮膚の内側に針は食い込んでいく。
「ギャアアアアッ!」
「い、痛え、痛ええ!」
「ニチカゲ殿! ニチカゲ殿! ニチカゲ殿おおおおおっ!」
立ち上がろうとしたリチーム、ウルベリ、ボロンの悲鳴が道場に響く。最早足に食い込んだ針の痛さのあまり、動くこともできなかった。
「喝喝喝喝喝喝喝ゥゥゥッ!」
政僧ギャアは鬼のような怒りの形相で顔を歪め、リチームの脚を鉄の棒で上から打ち付け、釘を金槌で打ち込むように脚を針に埋め込ませた。
「ギャアアアアアアアーッ!」
リチームの悲鳴が道場に響く。
「呼びに捨てにするでない! 殺すぞ!」
政僧ギャアはリチームの顔面に蹴りを入れた。
「グワーッ!」
再び野太い悲鳴を上げるリチーム。
「ひいいいっ!」
怯えるウルベリとボロン。
「このクズ共が! その程度の修業に耐えられずして勝利の女神・ウィーナ様の部下が務まると思っているのかい!」
政僧ギャアの横に立つ、巫女姿の老婆である外部派遣従者、マザー・卑弥呼が平従者達を叱咤する。
何年もこの組織で働いてきたニチカゲ隊の平従者達は、数週間前に副社長の隊に雇われたばかりの非正規雇用のマザー・卑弥呼に、ウィーナの部下としての心得を説かれていた。
「お前達のようなザコ虫共がウィーナ様の部下をやる資格なぞない! 大いなるカルマを背負って仏罰が下るぞえええええっ!」
マザー・卑弥呼が金切り声で怒鳴るが、皆、激痛のあまりとてもそんな言葉が耳に入るような状況ではない。
「針が痛むのは貴様らに邪念があるからじゃああっ! 貴様らの邪念を取り払わねばならん! 邪念ありし者がウィーナ様に仕える資格などないわ!」
政僧ギャアも怒鳴った。血と恐怖と絶叫に道場は支配される。
「訓練は順調か?」
道場にやってきた一人の男。
真っ黒な肌を持つ筋骨隆々の巨漢。黄金に輝く煌びやかな鎧に全身を包み、太い歪曲した角飾りが二本生えた黄金の兜をかぶっている。
彼こそがこの特別強化訓練を思い付いた張本人、ワルキュリア・カンパニー副社長・ダオルである。この組織で№2の地位にある男。
「はい。上々ですダオル様!」
マザー・卑弥呼が皺だらけの顔に、笑顔で更なる皺を刻みながら返答する。
「この針の座禅の次にも、様々な修業メニューを用意してあります」
政僧ギャアが両手を合わせながらダオルに一礼する。それを聞いた平従者達は恐怖の悲鳴を次々と上げた。
「いかに捨て駒とはいえ、半分くらいは生かしておけ。この程度の訓練に耐え切れず死ぬようなら、所詮そこまでの奴だったということだ」
ダオルが冷酷に言い放つ。
「フォッフォッフォッ。左様にございますなあ。南無阿弥陀仏」
政僧ギャアがさも可笑しそうに言った。
「イヒョーヒョヒョヒョ! これも全てウィーナ様が望んでいることじゃあ! 全てはウィーナ様のご意思ぞえ!」
マザー・卑弥呼が高笑いしながら、口角を釣り上げて苦しむ平従者達を見回す。
「なああああああにやってるッスかあああああっ!」
突如として怒号が鳴り響き、道場の壁を突き破って一人の男が入ってきた。
山のような巨体を持つ、浴衣姿で髷を結った男。その体格はダオル以上の巨漢。道場の主・ニチカゲである。
ニチカゲの脇には、線の細い、気品ある印象の中年女性が。
彼女は恐る恐る道場内の光景に指を差している。ニチカゲの妻・ヨシミである。普段よりこの道場の運営を手伝っており、時折ニチカゲの部下達にちゃんこ鍋を振る舞ったりしている。
この日、突如としてダオルの隊の政僧ギャアとマザー・卑弥呼がやってきて、道場にいた部下達を捕まえて修業と称し拷問のような真似を始めた。なのでヨシミは外出中のニチカゲを慌てて呼びにいったのである。
ニチカゲは針のむしろで座禅を組む部下達をその怪力で次々に持ち上げ、床の上に退避させる。
その最中、ニチカゲが乱入してきたときに壁に開いた穴から、青いローブに身を包んだ、鋭い耳と、瞳を有しない白い目を持つ男が入ってきた。
ニチカゲ配下、中核従者のガーボンである。
息を切らしながら汗だくで道場に駆け込んだガーボンは、ニチカゲに倣って座禅をする平従者達を助け始めた。
「ダオル殿! なぜこのようなことを!」
全員を床に退避させたニチカゲは、怒りの形相でダオルの前に詰め寄った。
その後ろではガーボンが血まみれで死にかけている平従者達に回復魔法をかけ始めた。
「回復魔法まかりならん!」
腕を組んで仁王立ちするダオルがガーボンに向けて怒鳴るが、ガーボンは副社長の命令を無視して回復魔法を仲間にかけ続けた。
「貴様ぁっ! 副社長の命令に背くかっ! 仏罰が当たるぞえ!」
マザー・卑弥呼がヒステリックに叫ぶ。
「ガーボン君は僕の指揮下ッス! ダオル殿、これは明らかに越権行為ッスよ!」
ニチカゲの主張に対し、ダオルは怒りの形相を作った。
「黙れ。我が腹心のギャアとマザー・卑弥呼の手で、惰弱な貴様の隊員を少々鍛え直してやろうと思っただけだ。感謝こそされど非難される謂れはない」
「左様。ニチカゲ、こ奴らのこの有様はなんだ。何故、貴様は部下を鍛えん?」
政僧ギャアもダオルに続いた。
「ちゃんと鍛えてるッスよ! こんなやり方で強くなると思ってるッスか! こんなのは修業でも何でもない、ただの虐待ッス!」
「かああ~つっ! 喝ッ! 喝ッ! 喝ッ! だから貴様は甘いのだニチカゲ! 貴様甘過ぎるぞ! そんなことで勝利の女神・ウィーナ様を守れるとでも思っているのか!」
政僧ギャアが鉄の棒をニチカゲの鼻先に突きつけた。
ニチカゲは静かな怒りを見せ、無言でその棒をつかみ、ゆっくりと捻じ曲げる。それを見て政僧ギャアは怯え始めた。
「ぐ、ぐっ……。き、貴様……暴力を振るう気か? それが『SU・MO』を極めた『YO・KO・DU・NA』のやることか?」
ニチカゲは構わず政僧ギャアから鉄の棒を奪い取り、床に投げ捨てた。乾いた衝撃音が室内に響く。
ヨシミとガーボン、そしてガーボンに治療を施された部下達は、その不穏な空気を感じながら心配そうにニチカゲ達の様子を見守る。
「このことは、ウィーナ様に報告するッス。そして、今後僕の部下に勝手な真似をするようなことがあれば、許さないッスよ」
ニチカゲはダオルの目をえぐるように睨んだ。
「ふ……、好きにしろ。お前如きの訴えがいか程の力だと言うのだ。ウィーナ様に信を得ているのは俺とお前、どっちかな?」
ダオルは鼻で笑いながら、政僧ギャアとマザー・卑弥呼を引き連れ去っていった。
「あなた……」
ヨシミは不安げな表情でニチカゲに駆け寄るが、歯を食いしばり肩を震わせてその場に立ち尽くすニチカゲを見て、かける言葉が見つからなかった。
◆
ウィーナの屋敷。
ジョブゼは屋敷内の訓練所でのトレーニングの後、筋肉の成長を促進するという健康食品『スーパープロテインX』を水に溶かして飲んでいた。
そこにやってきたのは彼の部下の女騎士、管轄従者・エルザベルナである。
「ジョブゼ殿、お疲れ様です」
「ああ」
「それは?」
「『スーパープロテインX』、これを飲むとよく筋肉がつくんだ。ダオル殿に紹介してもらったんで、定期的に買ってる」
「えっ……。これ、全然効かない、詐欺のやつですよ?」
エルザベルナが声を小さくして忠告するように言う。
「な、何だって!? だってこれ、結構効果あるぞ?」
「それは、飲んでなくても一緒だと思います」
「いや、効いてるって!」
ジョブゼは逞しい二の腕を折り曲げ、パンパンと見せつけるように叩いてみせた。
「ふ~ん、私の言葉より、ダオル殿の言葉を信じるんですね」
コップを持って呆然と立ち尽くすジョブゼ。
「今度、私証拠の資料持ってきますよ。昔の新聞か何か」
「いや、いい……」
ジョブゼはヤケクソ気味にコップに残るスーパープロテインXを飲み干した。
もしエンダカが生きていれば、こんな物を買いに走るジョブゼを事前に止めたろうに。
エルザベルナは死んでいった仲間のことを思い返し、少し悲しい気持ちになった。
◆
「支払いの催促? どういうことだ?」
ハチドリがマネジメントライデンの執事達に呼び出され、彼らの見せた請求書に愕然とした。
「これが、サラ金ギルドからの催促です」
執事の一人が見せた督促状見るハチドリ。借入額20万Gだ。利息で返金額が約50Gにまで膨れ上がっている。
「何だこりゃ?」
ワルキュリア・カンパニー名義での借金だった。
「これなんですが、どうも副社長が……」
「ハァ!?」
「あと、これも」
「これも」
「これも」
執事達は次々に借金の督促状や、支払いの請求書を出してきた。
「ガビ~ン!」
ハチドリは仰天して、目ん玉が飛び出る。そして、請求書が並べられたテーブルの上を忙しく旋回し一つ一つの明細を確認していく。
「こ、これは飲食費か……。馬鹿に高いな。何だ、この店は」
「シルバー・ストリートの高級クラブですね。これも副社長が」
「何だと!? ダオル殿はこんなの経費で落としてるのか? 認められるかこんなもん!」
「もう計上しちゃいました」
「ぐううぅ……」
ハチドリはクチバシを結び、声を詰まらせた。
この経理担当の執事達は戦闘要員ではない。圧倒的な力を持つ、しかもこの組織でウィーナの次に偉いダオルがゴリ押ししてきたら、彼らも突っぱねるわけにはいかないだろう。
悪いのはダオルであって、彼らを責めるのは酷である。
「ウィーナ様はご存知なのか?」
ハチドリが執事達の顔を見上げながら訊く。
「いや、知りません」
「ま、まずハチドリ殿に相談するのが一番かと思い……。ハチドリ殿ならウィーナ様に柔らかくお伝えして頂けると思って」
執事達は困り果てた表情だ。
「う~~~~ん……。どうしたもんだろかこれは……」
ハチドリは両方の羽を組んで唸った。ダオルは組織を破産させる気なのだろうか。ハチドリはそう思わずにはいられなかった。
「う~ん! だってこれ、どうしたもんだろうか! いや、これはさすがに、ウィーナ様には言えんぞこれは。でも、俺が言わにゃならんのか? まあ、俺が報告すんだろうな、うん」
◆
「ダオル殿! 言われた通り一人で来ましたよ! 隠れてないで出てきたらどうです!」
レンチョーが深夜に呼び出された場所は、王都の男性同士で愛し合う者が集う、いわゆる『ハッテン場』であった。
闇夜のハッテン場。
副社長ダオルからの手紙で示された場所に来てみても、彼の気配はなかった。
無視したところで、ダオル相手では後が面倒だから、あえて来たのである。
「待っていたぞ……」
もの影からすっと音もなく、ダオルは現れた。
冥界の漆黒の闇の中、肌も真っ黒で、おまけに黒のブーメランパンツ一丁である。普通には視認が難しいが、夜目が利くレンチョーの左目は、その姿をしっかりと捉えていた。
そして、その脇にはもう一人の男。
スキンヘッドの中年男性で、ダオルと同じブーメランパンツ一丁の姿。彼の側近を務める管轄従者・政僧ギャアだ。数珠を手に、不敵な笑みを浮かべており、そのブーメランパンツはもっこりと隆起している。
「一体何の用ですか? 私をこのような場所に呼び出して」
「レンチョー、諸事情により、貴様のケツを掘らねばならんことになった」
ダオルが筋骨隆々の両腕を広げ、レンチョーに一歩一歩近づいてくる。
「ほう……。諸事情、とは? そこの生臭坊主では満足できなくなったんですか」
レンチョーはダオルに対して慇懃無礼な態度を崩さず、ダオルの脇に立つ政僧ギャアを横目に、鼻で笑った。
「調子に乗るなレンチョー。ダオル様の寵愛を受けることを光栄に思え」
政僧ギャアが口を挟む。
その言葉を聞き、レンチョーが眉間に皺を寄せ、口元を怒りで歪めた。
「貴様……。俺は上司だぞ。何で管轄従者が俺に対しタメ口の呼び捨てなんだコラ」
レンチョーが上下関係を弁えないクソ坊主に教訓を与えようと、腰の鞘のサーベルに手を伸ばそうとしたら、突如ダオルがレンチョーにつかみかかった。
「レンチョー! 最近の貴様の増長ぶりは目に余る! 何がウィーナの右腕だ!」
「アンタ、今なんつった!?」
レンチョーはダオルにも怒りの目を向けた。この男は確かに今、ウィーナを呼び捨てにした。
「貴様がウィーナという女に下劣な肉欲を持っているおかげで、ウィーナそれを忠義と勘違いし、貴様をいつまでも隊長として重用する! ウィーナに真実を知らしめるには、貴様のケツを開発し、お前のウィーナへの下心を浄化せねばならん!」
ダオルがレンチョーの眼前でまくし立てた。
「フン、何を仰るかと思えば……。私がウィーナ様にお仕えしてるのは『楽しいから』、ただそれだけですよ」
それはレンチョーにとって完全に正確ではないにしろ、限りなく本心に近い回答であった。
「安心しろ。これからはもっと楽しくなる」
ダオルがレンチョーの服を脱がそうとその胸元につかみかかる。
しかし、そこにあったのは胸の柔らかな膨らみ。
「何ぃッ!?」
予想外の事態に驚きの表情をみせるダオル。
「こ、これは面妖な?」
政僧ギャアも眼前の様子が信じられないようで、困惑し始める。
「副社長は女はお嫌いですか?」
レンチョーはニヤリと笑う。
「うぐぐ、そ、そんな馬鹿な! 貴様、女装してきたな! そんな手に引っかかると思うか馬鹿め!」
ダオルがレンチョーの股間を握る。しかし、そこにあるはずのものがついていない。
「ば、馬鹿な! ない、ない、ない!」
執拗にレンチョーの股間をまさぐるダオル。
「魔法か? 変身魔法を使って女に化けたのか?」
ダオルが苦し紛れに言う。
「いや、しかし、奴からはそういった類の魔力は発せられておりませぬ!」
政僧ギャアが手を合わせ数珠を掲げながら、ダオルに報告する。
「貴様、まさか本当に女だったのか!」
「見ての通りですよ」
レンチョーが言う。
「ぐぐ……」
歯を食いしばるダオル。
「で、どうしますか?」
問うレンチョー。
「最早貴様のケツなどに何の価値もない! 帰るぞギャア!」
「は、はい!」
レンチョーの狙い通り、事は運んだ。ダオルがバイではなく、同性としか関係を結ぼうとしないことは事前に調べていた。
「レンチョー、このことはウィーナには言うんじゃないぞ! 言ったらどうなるか分かってるだろうな?」
ダオルがその場を去りがてら、レンチョーに脅迫の言葉を投げかけた。
「言いませんよ……」
じっとりとした目で睨みながら、レンチョーは言った。
「フン! 女風情が!」
ダオルと政僧ギャアは闇夜のハッテン場から去っていった。
二人が完全に去ったのを確認したレンチョーは、後ろの物陰に視線を送った。
「おい、もういいぞ」
レンチョーの呼びかけで出てきたのは三人の人物。彼の腰巾着の中核従者、ガラの悪いモヒカン頭のツモと、赤い肌で頭に二本の触角を生やした優男、ロンである。
そしてもう一人は、ローブ姿の、頭に柔らかい銀髪を湛えた、女性そのものと言うべき美しい顔立ちをしたなで肩の男。同じく中核従者のアミルである。
「で、では……」
アミルが恐る恐るレンチョーに向かっていくと、レンチョーは「さっさとやれ」と返した。
アミルがレンチョーの唇に軽くキスをすると、レンチョーの膨らんだ胸が引っ込み、肩幅が広がり、若干背が伸び、元の体格へと戻った。
このアミルという男、いや、今は男なのだが、実は女の性も持っており、自分の意思で体を男性と女性にコントロールできる種族なのだ。
そして彼(彼女)は、相手に口づけをすることで、相手の肉体の性別を完全に異性に転換させる呪いをかける能力を有していた。
ただし、この呪いはアミル自信にもかけられているもので、彼(彼女)自身に力をコントロールすることができない。つまりは、本人の意思に関わらず、キスをする度に相手を強制的に性転換させてしまうのだ。
呪いゆえ、変身魔法と違い、かけられている最中はその魔力は表面化してこない。
「しかし、何て気持ち悪ぃ奴だ……(何だよ、助かったのかよ。つまんねーな)」
腰巾着その一、ツモが呆れた表情でダオルと政僧ギャアが去っていった方角を見遣った。
「しかもあの坊主とできてたのかよ(ちっ、マジでケツ掘られりゃよかったのに、ホント悪運だけは強えーよな)」
腰巾着その二、ロンも不快そうな表情でツモと同じ方角を眺めていた。
「しかも、って言うか、やっぱりだろ?」
ツモが馬鹿にしたような笑いを浮かべながらロンに言うと、彼も「違いねーや」と返しながら、ダオルのことを嘲笑した。
「お前、女体でやれよ! 気持ち悪ぃな! これじゃあのホモ野郎と変わらねえじゃねーか!」
レンチョーが男性モードでキスをしてきたことを指摘し、口元を袖で拭きながら、本来なら恩人のはずであるアミルの頭を小突いた。
「いってぇ! すいません!」
レンチョーに礼の一つも言われず非難の言葉を浴びせられたが、アミルは男らしからぬ(両性なのだが)透き通った声色で従順に謝罪した。
「ああ~気分悪ぃ。おい、帰り飲んでくぞ。お前ら付き合え」
レンチョーが言いながら踵を返すと、ツモとロンは「はい!」と言ってレンチョーの後に続く。
「あ、すいません、僕は明日朝から戦闘任務があるから……」
アミルが言いかけた瞬間、レンチョーが鋭い目で「あ゛ぁ!?」と凄んだ。
「あ、参加させて下さい」
アミルは諦めた様子で言い、泣きそうな表情でレンチョー達の後を追った。