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ハッピーエンドが終わらない

超自我問答 魂

作者: ぴあ





「ーーそれでは、私達の人生が本であったらと考えてみよう」


 大団円主義者は、そうやって話を切り出した。

 相対する終末愛好家は、相変わらず似合わない虹色のサングラスを弄びながら、白い歯を覗かせ憎たらしく笑う。


「それはおかしな話じゃないか。俺たちの人生がたかだか文庫本サイズの文章に収まるわけがない。もし考えるとするならーーこの世界そのものが本である可能性だ」


 何を訳がわからないことを宣っているのだこのオッサンはとっとと滅べ。

 私がそう念を送っていると、大団円主義者がシャン!と錫杖を鳴らして彼を見据えた。


「もし私達が、私達の世界が本であるのなら、()()は合う」

「俺たちの人生は定められたものだが、()()()()()ことも、また不可能ではない。まあ棒線で訂正するのか修正液を使うのか真っ黒に塗り潰すのか、はたまた一から物語をリメイクしちまうのかは、それを手直しする神様のやり方次第なんだろうが」

「でもそうなると問題がひとつ思い浮かぶ」

「俺たちの“魂”はいったい何処にあるのか」


 まるで用意された台本を読み上げるように。

 大団円主義者と終末愛好家は、仲良く声を揃えた。


「この時空間に存在する数多の世界が本であるなら、問題なのはその書式だ」

「一人称なのか三人称なのか、小説なのかマンガなのか、挿絵はあるのかナレーターはいるのか。……いや、もしかしたらアニメなのかも知れないぜ?」

「私達登場人物に無限の可能性が示されているように、私達が登場する舞台も、また可能性は無限だ」

「文字か絵か、映像か音か。影絵やモールス信号って可能性だって想像できる」


 いやいやそれはさすがに詭弁が過ぎるだろうがと私は感じるのだけれど。

 大団円主義者は眉一つ動かすことなく、いつもの涼しい真顔で彼の妄言を受け入れた。


「媒体が変われば物語の描かれ方も変わる。描かれ方が変わるのであれば、そこに宿る魂の在り様も、また変わらざるを得ないのが道理」

「活字には絵がなく、イラストには音がなく、アニメには心理描写(こころ)が足りない。しかし小説には挿絵があり、マンガにはオノマトペがあり、OVAには副音声による監督のコメンタリーがある……ってな?」


 なんで地の文(わたし)に同意を求めるのか。ふんわりした発言でドヤるんじゃないよ手を出すぞ。

 ってかそろそろこいつグーで殴ってもいいですよね?


 私はわりと本気で訴えていたのだが、大団円主義者は凛とした表情のままそれをスルーする。


「では、私達の魂はいったい何処にあるのか? 紙に書かれた私達と羊皮紙に書かれた私達とでは、果たしてその魂は異なっているのか?」

「難しいな、それに結論を着けるにゃだいぶ難しい。だいたい、媒体の世界が複数を跨いでいる場合は? 世の中には()()()()()()()()なんて単語もあるんだぜ?」


 小説とマンガと。

 アニメと実写と。


 そこに生まれる“私たち”と言う存在に差異などあるのか。


 もしないとするならば。活字の私とイラストの私は、同一の魂によって成り立っていると呼べるのだろうか。

 “私”という魂が、読者の心を根源として、複数の世界を跨がり多面的に存在していると言えるのだろうか。


「だから私は考察しよう」

「だから俺は言及しよう」


「「 ーー我々の魂とはいったい何処に存在するのか? 」」


 あらゆる世界観が共有しているなら。

 あらゆる私が共有されているのなら。


 どの読者の“私”こそが真なる私と証明できるのか?


「私達は生まれながらに断片的だ」

「俺たちは生まれるまでもなく散発的だ」

「私達の魂を証明できる万能なる媒体など存在せず」

「俺たちが魂を証明するためには圧倒的に尺が足りない」


 人が自分自身について説明するために、一生涯の時間が必要なように。

 私たち登場人物が自分自身について紹介するためには、それこそひとつの物語が必要となる。


 そしてそれをしたところで、正しく()()してもらえるとは限らない。


 私たちはそこまで万能ではなく。

 私たちを観測している読者も、きっとそこまで全能ではないからだ。


「私達の魂は流動的で」

「俺たちの魂は感動的だ」


 全てが曖昧なら。

 どう転んでも曖昧にならねばならぬのなら。


「「 ーー我々は何処にでもいて何処にもいない 」」


「故に、私は私達の人生が本だと考えた」

「だから、俺は俺たちの人生が本である必要があると考えた」


 大団円主義者は錫杖を鳴らし、

 終末愛好家はサングラスを持て余す。


「全ては私達の生きた証を立てるためーー」

「全ては俺たちの死ぬ在処を守るためーー」


「「 この世界(ものがたり)は必ず終わらせなければならない 」」


「私は大団円主義者。あらゆる物語に幸せな結末をもたらす者」

「俺は終末愛好家。あらゆる物語に破滅的な終幕をもたらす者」


 そして、私は“傍観世界(ザ・サード)”。

 全ての物語を観察して、全ての登場人物を観測する者。


「それでは始めましょうか。大団円はまだこれからなのですから」

「それでは終わらせようか。バッドエンドにはまだ早すぎるからな」


 大団円主義者は前に歩き出し、終末愛好家も前に歩み出した。


 二人は眼前の鏡面存在に目もくれず、己が行先を見据えてすれ違う。

 大団円主義者は凛と口元を引き締めながら、終末愛好家はニヤニヤと口元を緩めて笑いながら。


 ……私はどうしたか?

 わざわざ記すまでもなく、私は大団円主義者の後を追いかける。


「おい、“傍観世界”」


 ……


 そんな私の背中を終末愛好家が呼び止めた。

 私が慎重に振り返ると、彼は似合わないサングラスを弄りながら小首を傾げて見せる。


「俺と一緒に来たいなら、俺たちはいつだって大歓迎だぜ?」


 寝言は夢の中で言え。

 いややっぱり言うな。貴様は黙ったまま睡眠時無呼吸症候群でくたばれ。


 私がそう吐き捨てて睨みつけると、奴はケタケタ笑いながら、側近を引き連れこの空間から立ち去っていった。

 あっかんべーでそれを見送っていると、振り向いた大団円主義者が優しく微笑む。


「良いのですか? 貴女はべつに私に付き従う義理などないのですよ」

「良いのです。私は好きで貴女に付き従っているのですから」


 あと、あのオッサンは生理的に嫌いだ。

 半眼でそう答えると、大団円主義者は爽やかに笑って前方へ向き直った。


「では参りましょうか。大団円はこれからです!」

「はい!」


 そして、この物語(せかい)には誰も居なくなった。





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