第6話 世界の果て
「大陸のなりたち」の読者は、順調にその数を伸ばしているようだ。
このまま行けば、前代未聞のベストセラーになるかも、などと冗談が飛び出すほどだ。
感想もかなり集まり、段落ごとの解釈の仕方に同じような意見が多数寄せられているようだ。
まとめてみると。
・どこかに大きな水の起源がある。
・それは、世界の果てと呼ばれるところ。
・青いダイヤが何万年ごとに大宇宙から水を運んで来る。
だいたいこんな所だ。
「うーん、これを見てると、やっぱりあの彗星が青いダイヤって事になるんだろうな」
「たぶん間違いなさそうだ」
「じゃあ彗星の方は、鈴丸と泰斗に任せるとして」
王立図書館に、丁央と遼太郎がいる。
彼らは寄せられた感想のまとめを見て、本を解読しようと頑張っている。
「ただ、世界の果てがどっちの方角にあるのか、これだと全然わからないんだよねー」
「これを見る限りはな。けれど、歴史研究の立場から言わせてもらうと、ジャック国よりまだ先、と言う見解で良いと思うぜ」
「なんで?」
「俺たちの言う宇宙は、ここクイーンシティから始まっている。次元の扉出入り口の向こう側、ラバラさまですら通り抜けられないあれだ」
頷く丁央。
「けれどあれが世界の果て、というのは少し違うと俺は思う。そして、だったら宇宙はここからダイヤ国を通ってジャック国の方に向かって広がっていると考えるのが妥当だろ?」
「ええー? そうかなあ?」
納得ならない様子で首をひねる丁央。
「でーもさ、ジャック国って縦にも横にも広いじゃん。クイーンシティだってそうだろ? だから世界の果ても、全然見当違いの方角にあるかもしれない」
すると遼太郎は、可笑しそうに返事した。
「それなら、一度星読みしてもらうか?」
「おう! その言葉を待ってました!」
と言うわけで、丁央に頼まれた遼太郎が、ラバラさまに星読みを願い出ているところだ。
「まったく、自分で言いに来い」
「気が弱いんだそうです」
遼太郎は言ってから思わず吹き出してしまう。
「なーにが」
ラバラも同じようにカラカラと笑うが、星読みに関してはどうもあまり乗り気ではないようだ。
「うーむ、読めん事もないが、今、リトルダイヤが出払っておるからの・・・。そうじゃのお、遼太郎、今夜はちょうど良く晴れておる。天文台に来いと、丁央に伝えておけ。お前も、ステラも一緒にな」
「え?」
「ほんにあいつは。なんでも自分の目で確かめなくては気が済まぬ奴じゃからの。自称、気が弱い、のくせに」
そう言ってまた笑うラバラだが、星読みはしないと言ったのになぜ招集をかけたのだろう。
答えがわかったのはその日の夜だった。
「こんばんは」
「これはこれは、王妃さまも来られたか」
「はい! 何か面白いものが見られると、丁央が言うものですから」
「星読みはダメなんですよねーなんでですかあ」
すねたように言う丁央に、ラバラはあきれたように言う。
「お前が月羽に面白いものを見せると言ったのじゃろう」
「星読みより面白いものなんて、なかなかありませんよお」
すると、珍しく肩をすくめるような仕草をしたラバラが、ステラを呼んだ。
「ステラ、ここはいつも空気が澄んでおって、よいのお」
「はい」
「では、・・・」
と、ステラの耳もとで小さく何かをつぶやいた。
「わかりました」
そして2人は天文台のドームを背にして並ぶ。
ラバラが先に、続いてステラがゆったりと手を上げた。その手が空をなぞるようにゆっくりと動いていく。
ある一点で、2人の手が申し合わせたようにぴたりと止まると。
そこに見えるはずのない、ツインダイヤモンド星座と、トライアングル星座が煌々と輝きはじめた。
「ええ?!」
「まあ」
驚く丁央と、笑顔の月羽。
「綺麗」
「なんなんですかこれは」
ちょっと焦ってラバラに聞く丁央に、鷹揚な返事が返ってくる。
「なにって、ツインダイヤモンドとトライアングルじゃ、見ればわかるじゃろう?」
「そうですけど」
「何か言うことは?」
聞かれても丁央にはその2つの星座としか言いようがない。
遼太郎が何かに気づいたようだ。
「あの、ラバラさま」
「ん?」
「星が動いています」
「ほほう、どういう風にじゃ?」
すると遼太郎はツインダイヤモンドの方を指さして言う。
「いつもなら、ツインダイヤモンドは重なった真ん中を中心に、天と地を指し示すように輝きますが、今はクイーンシティとダイヤ国を示している。90℃回転しています」
「あ!」
丁央と月羽も気づいたようだ。
「それを言うなら、トライアングルもだ。いつもなら底辺が地だけど、今は底辺がクイーンシティで、てっぺんがダイヤ国を向いてる!」
「どちらも同じ方向を指し示す矢印みたいね」
月羽の言葉を聞いた丁央と遼太郎は顔を見合わせる。
「もしかして」
「世界の果て?」
ニンマリと笑うラバラに、2人は肩をたたき合って喜んだ。
けれど笑っていたのもつかの間。丁央はラバラを見てすねたように言う。
「でもラバラさま、こんな事が出来るんなら早く言ってくれれば良かったのに。本をコピーしたり感想を集めたりで、時間を無駄にしちゃったじゃないですか」
「言うてくれるの。じゃが、さすがのわしも、何のしるべもなしにこんな芸当が出来ると思っておるのか」
「え?」
「ステラもわしも、あのコピーはずいぶん読み込んだわい。お前さんたちとは、解釈の仕方や目の付け所がちと違うだけでの。それで紡ぎ出された結果の1つがこれじゃ」
「そうなんですか」
そんな2人に、ただただ感心するばかりの丁央だった。
行く先が決まった丁央の行動は、素早かった。
次の日にはダイヤ国王に連絡を入れ、調査隊を結成するべく動き出す。
まず、ハリス隊、これは外せないだろう。
歴史研究所からは、遼太郎。
ロボット研究所からはジュリーと水澄。
琥珀はダイヤ国で調査中のため、そこで合流することになっている。
そして今回は、国王丁央自らが隊長を務める。
なぜなら、以前に隊長を務めた斎は、トニー&時田とともに、調査隊が通った後に点々と拠点を置くため、天文台型移動部屋でそのつど移動するからだ。
ラバラさまはステラをお供に参加を表明している。
R4は?
「イカナーイ」
だそうだ。
彼らの場合も、移動部屋で呼べばすぐに来てくれるだろう。
今回も出発にあたって前国王がお祭り騒ぎをしたかったのだが、前王妃と現王妃に厳しく止められ、泣く泣く? 静かな見送りとなった。
「月羽~くれぐれも丁央を頼むよ」
「そうですよ月羽。丁央に何かあったら、ただではおきませんよ」
自分の娘より義理の息子を心配する前国王と王妃。
それは嬉しいのだが、自分が頼りないと暗に言われているような感じがして、ちょっとへこむ丁央だ。
「大丈夫よ、お父様、お母様。丁央の手綱は私がしっかり握っておきますから」
月羽のだめ出しのような一撃に、こうなったら隊長として絶対に最後までやり遂げる! と決意を新たにする丁央だった。
「それでは行ってきます!」
「行ってきます」
「いってらっしゃーい。・・・あ~あ、いいなあ、俺も行きたかったなあ」
王宮広場に新しくしつらえられた移動装置に乗って、第1拠点へ消えるメンバーを見送った近衛隊の蓮が、うらやましそうに言う。
「俺たちは王宮を守るのが一番の役目だ」
「はいはーい、わかってますって」
「ただし、向こうに何かあったときは、俺たちが一番に駆けつける」
イエルドが静かに言うのに、蓮は嬉しそうに敬礼した。
「イエッサー!」
空間移動を2回繰り返し、まずは第2拠点へ。
そしてここから、こちらも新しい拠点をおいたジャック国の王宮広場。
3回目の移動で彼らはダイヤ国王の熱烈歓迎を受けている。
「いやいや、久しぶりじゃの、丁央よ」
「はい、って3日前も来ましたよー」
「おや、そうじゃたかの? まあ一息入れなされ」
まるで子か孫のように肩を抱いて、彼を王宮の中へと案内していく。丁央はどうやら年配者に好かれるタイプらしい。
その横では、久々に再会した琥珀と遼太郎が会話を交わしていた。
「泰斗はいないんだな」
「ああ、今、向こうに行ってる。鈴丸と彗星対策を頑張ってるよ」
すると、ガバッと2人に覆い被さる人物が。
「そうなんだよねえー、ついでにナオまで行っちゃったからさあ、もう寂しくて~」
おなじみジュリーだ。
「ウガ」
「フガ」
いつもなら引きはがす役目の泰斗とナオがいないので、2人はギュウギュウされながら王宮へと引きずられていった。
彼らが一息ついている間に、ダイヤ国からの素敵な贈り物が王宮広場に届いていた。
「おおーっ」
「すごい。最新式ですね」
ここからは移動車での移動になる。
クイーンシティからずっと移動車を使うと時間がかかりすぎるので、ダイヤ国で移動車に乗り換えたいと、貸し出しを願い出ておいたのだが。
「我々だって、日々研究進化してるんだよ」
横に立っているのはダイヤ国のエンジニアたちだ。
「最高にチューンナップしておいたぜ」
「ありがとうございます!」
すると、エンジニアのひとりが「主に操縦する者来てくれるか」と呼ぶ。
「私だ」
ハリス隊からはゾーイが。
「こっちは俺と~」
「私です」
あと2台、男性用と女性用からはジュリーと水澄だ。
呼ばれた者たちに、移動車それぞれの癖を話している。
「いつも使っている物とは微妙に違うし、慣れるまでは慎重にな」
「「はい、ありがとうございます」」
「まかせとき~」
胸にドンとこぶしを当てたあと、ちょっとむせて皆を可笑しがらせるジュリーだった。
「それでは、行ってきます!」
元気に宣言して乗り込んで行く丁央。
最後に乗ろうとした琥珀にララが歩み寄り、いってらっしゃいと言うように抱擁した。
彼女は星読みが必要になったときのため、ダイヤ国に残ることになっている。琥珀は彼女を抱き返すと軽くキスをした。
「おお、琥珀。成長したな」
移動車の中で嬉しそうに言う丁央に、ちょっと照れたように乗り込んでくる琥珀だった。
移動車は静かに浮かび上がり、まだ見ぬジャック国の先へと進路をとった。
行けども行けども、同じような砂の大地。
それからしばらくは、砂漠が延々と続いているだけで、人っ子一人、一角獣も、リトルも、敵のロボットも? 出て来る気配はない。
同じ所をぐるぐる回っているだけのような錯覚さえ起きそうになる。
「そろそろ第4拠点を置くあたりです」
半日ほどたった頃、先頭を飛んでいたゾーイから通信が入る。
ただ過ぎていくあたりを眺めながら、ぼんやりと思いにふけっていた丁央が、はっと我に返る。
「え? もう? さすがにまだ早いんじゃないか?」
「いいえ」
「けどまだ半日しか・・・」
言いかけた丁央に、ジュリーが操縦席から声をかける。
「丁央~。移動車もどんどん進化してるんだよ。特にダイヤ国のこいつはすごいよ。まあ、風もなく行く手を阻む物もなく、っていうのが一番の理由かもしれないけどね」
「そうなのか」
感心する丁央に、再度ゾーイが聞いてくる。
「どうしますか」
「ああ、ごめん。では、このあたりに拠点を置く事を前提に、いちど着陸しよう」
「了解」
遮る物がない砂の大広場に、彼らは降り立った。
何もないとは言え、外に出ると、やはり開放感が彼らを包み込む。
「本当に何もないところだな」
しゃがんで砂を手に取り、感触を確かめながら遼太郎が言った。
「どうだ? 何か違いはあるか」
琥珀が横で聞くと、遼太郎は首を横に振って「クイーンシティと変わりない砂のようだな」と笑って答えている。
その琥珀は双眼鏡を取り出して、その場でぐるりと一回りする。
「どうだ? 何かいるか」
今度は遼太郎が聞くが、琥珀は「いいや」と首を横に振った。
少し向こうでは、ハリス隊が重機を降ろして地質を調べている。やがて問題なしのサインが出され、丁央はクイーンシティにここの座標を送信した。
しばらくすると、グニャグニャと空間がゆがみ出す。
現れたのは当然、天文台型移動部屋だ。
「よう、お待たせー」
「本当に何もないところだな」
遼太郎のセリフをそのまま言うトニーに、琥珀はちょっと吹き出した。
「トニーさん、時田さん、お疲れ様です。多久和さんも!」
最後に降りてきた斎に、丁央は嬉しそうだ。
その斎は辺りを見回すと、
「本当に何もないところだな」
とあきれたように言うので、琥珀は、思うことは皆同じかな、と、心の中で苦笑した。
「ここはオアシスという感じでもないから、拠点はひとときの休憩場所というのが妥当な線かな」
「はい、俺もそう思いました」
斎が丁央に問うと、彼も賛成のようなので、この第4拠点は必要最低限の設備を備えたシンプルな造りになりそうだ。
天文台型移動部屋から、地ならし用の重機と数々の資材、そして何体もの作業ロボが降りてきたのを確認すると、後のことを彼らに任せて、調査隊はまた出発して行った。
また半日が過ぎる少し前のこと。
「丁央、ここに拠点を置け」
今度はラバラさまの乗る移動車から連絡が入る。
「え? まださっきの場所から半日も過ぎてませんよお」
あきれる丁央に、ラバラは取り付く島もない。
「置けと言ったら、置くんじゃよまったく。年寄りの言うことを聞け」
「聞いてますよもう。いつもは年寄り扱いすると怒るくせに」
などとブツブツ言いながらも、丁央はすでに着陸の態勢を取っていた。前を行くハリス隊はラバラの通信が入るやいなや着陸していた。
皆、それだけラバラを信用しているのだ。
あたりはもう夕暮れの色に染まっている。そのうち星々が輝き出すと、また彼らは感嘆の声を上げた。
ツインダイヤモンド星座と、トライアングル星座が、まるで彼らに着いてきたかのように真上に輝いていたからだ。
行方を指し示す矢印の方角はそのままだ。
「よーし、今日はここで夜を明かすか。いいですよね、ラバラさま」
「うぬ、2つの星座が護りとなる」
丁央とラバラのやりとりに、皆、ホッと息をついて一様にくつろいだ表情になるのだった。
ラバラが拠点設置を早めた理由がわかったのが、翌日。
夜が明けると、まだ第4拠点で設備を造っている斎たちに連絡を入れた。拠点の目印となる場所に杭を打ち込んだあと、また先へと進んでいく。
「前方に何かあります」
ハリス隊からの報告に、ディスプレイを開く丁央。
「なんだあれは?」
行く手に巨大な壁? いや、そうではない。砂が舞い上がって壁のように見えているのだ。
「砂嵐だ! ハリス隊、着陸しろ。水澄も聞いてるか」
「はい」
3台の移動車は各々その場に着陸した。しばらくそこに待機して、砂嵐が通り過ぎるのを待っていたが、いつまで待ってもその砂嵐はやむ気配すら見られなかった。
「遼太郎、どう思う?」
「行く手をはばむもの、か、こんな話、大陸のなりたちに出てきたかな」
すると今度は、ステラが通信を送ってきた。
彼女は本の一節を読み上げる。
「そは、小麦に似たり。地より雲とわき上がり、行く手をはぱむ。旅人は覚悟する」
「小麦?」
遼太郎が聞き返す。
「小麦色という色があることを、どこかで聞いたことがあるわ。土や砂の色に似ているそうよ」
「それがあの砂嵐か」
丁央はそう言うと、ディスプレイを左右に動かして、途切れている場所がないか探し始めた。けれどその小麦色の壁は、左右どちらにも延々と続いている。
「だあー! どこにも切れ目がない! と言うことは、中央突破しか方法がないって事か」
「覚悟するしかないのう」
ステラが読んだ中の最後の一節を、ラバラが繰り返すように言う。
「わかりました。けれどここからはなるべくかたまって移動する。ハリス隊、女子、俺たちの順で、浮かび上がらずに地上を進む。通信の回線は開いたままにしておくこと! わかったな」
「「了解」」
3台の移動車は繋がるようにして砂嵐の中へと入って行く。
その中は冗談抜きで、ほとんど前が見えないような状態だ。砂嵐のせいで計器類も途切れがちだ。
「うわお、これじゃあホントに前に進んでるのかどうかもわかんなーい」
カレブが、頬に両手をあてながらおどけて言う。
「うむ、まかせておけ」
するとラバラが何かをつぶやき始めた。それを聞いていたステラも、後を追ってなにかつぶやき始める。
「おお、地面に!」
叫ぶカレブに、ハリス隊の皆がディスプレイを見ると、地面の行く先に、ツインダイヤモンド星座が浮かび上がっているのが見えた。
「すごいですわ」
「よし、ツインダイヤモンドが指し示す方角へ、急げ」
ハリスが指示を出し、3台はできる限りのスピードを出しつつ、ツインダイヤモンド星座に導かれるまま前へ前へと進むのだった。
そして。
「砂嵐、終わります」
ゾーイの言葉のすぐ後にもう一度強い風が吹くと、急に視界が開けた。
「やったー通り抜けた!」
カレブが今度は本当に嬉しそうに言う。
後ろの砂嵐が嘘のような青空のもと、また大きく砂漠が広がっている。後の2台の移動車からも、ホッとしたような雰囲気が流れてきた。
ここからも念のため、地上を前進することにした。
だが、しばらく進んでいるうち、ハリスはなぜかおかしな予感がしてゾーイに指示を出す。
「ゾーイ、ストップしろ」
「? 了解」
そしてハリスは移動車を降り、ゆっくりと砂漠を歩いて行く。
「どうしたんだ、ハリス」
丁央が移動車を降りてやってきた。
「何か、おかしいんだ」
「おかしいって、なにが?」
ハリスの方を向いてしゃべっていた丁央の前に、彼は突然手を出して歩みを止めさせる。
「どうしたんだよハリス、・・・!」
足下を見ながら顔色をなくすハリスの視線を追って、丁央が前に目を向けた途端、彼は思わず息を飲んでいた。
彼らの足下からすぐの所、そこから、まるで一直線にはさみで切り取られたように大地がなくなっていた。
右も左も、延々と。
下をのぞくと、砂の大地はその場所から直角に下へと続いていた。切り取られた後は透明なガラス板のようにつるつるとしている。
前にある空がそのまま落ち込んで行く、底なしの空間。どこまでも、どこまでも。
「世界の、・・・果て」
丁央は、思わずつぶやいていた。