第5話 宇宙空間
「それではこれより、来たるべき彗星に向けての対策会議を始めます」
そんな言葉で始まった音声画像会議だった。
惑星のお歴々は7名。
それに対して、こちらは綴と泰斗の2人だけ。
さすがにそれは不公平だからと、鈴丸、そして直正もねじ込んでもらって、ようやくあと2人の参加が認められたのだ。
はじめの綴の説明は、以前R4が脳内で妄想? したとおり、緻密な理論でどんどん相手を追い詰めていた。
だがそこは百戦錬磨のじじいたち、のらりくらりと撃ち込む言葉をかわして綴を煙に巻いたりする。
そのうち、綴の顔から表情が消え始めた。
「おお、出た、能面綴。あれが出るって事は、相当頭にきてるんだぜ」
直正が小さな声で泰斗と鈴丸に説明する。
ここまで聞いていても、綴は決して間違ったことを言ってはいない。その理論は誰もが感服するほど完璧だった。
けれどあちらは、綴の言葉尻や言い回しのような、ほとんどどうでもいいことを取り上げては、チクリチクリと彼の理性を突いてくる。正攻法で攻めるタイプの綴にとって、一番頭にくるやりとりだ。
何かがはじけた綴は、その後、どの言葉にも無駄を乗せず淡々と理論だけを紡ぎ出す。まるで機械かコンピューターのように。さすがのタヌキもこれには返す言葉が見つからなくなり、驚きと言うより恐怖に顔を引きつらせている。
けれど、恐怖を感じたのは彼らだけではなかった。
泰斗は、能面のような綴の表情に言われぬ恐怖を感じていた。
これまでに見たこともない綴。
まるで心をなくしてしまったような。
このまま放っておいたら、綴はどうなってしまうのだろう? タヌキの説得よりも、いつものクールだけれど、きちんと周りを見て必要なときは的確で暖かみのあるアドバイスをくれる綴がいい。そんな綴が好きだ。
耐えかねた泰斗は、思わず間に入っていた。
「もうやめて、綴! ここからは僕が説明するよ!」
綴の腕に手をかけて揺さぶると、綴ははっとしたように泰斗の方を見る。そして、ほう、と息を吐き出してかすかに微笑んだ。
「泰斗・・・わかったよ。すまない」
「うん!」
もとの綴に戻ったのを確認すると、泰斗はおもむろにディスプレイの前に進み出てお辞儀をした。
「初めまして、クイーンシティより参りました、新行内 泰斗と申します」
すると、それを聞いた1人が、いきなり質問を投げかけてきた。
その人は、最初から一言も発せず、それどころか、討論が白熱してくるとコックリコックリ船をこぎ出す始末だった。
「すみません、君は新行内というのかね?」
「あ、はい」
「では、君はもしかして、新行内 久瀬のご子孫なのか?」
立ち上がり、勢い込んで聞く彼に、泰斗は言いよどむ。
「え、えーと」
「ああすまない。私は、ラン・インディアナと言います。歴史と考古学を研究しておるのですが、なぜかここに呼ばれてね」
「歴史と考古学? ・・・、でも、すみません。新行内 久瀬という名前には、いまちょっと心当たりは、ありません」
「そうかね」
その人は、がっかりして、すとんと椅子に座り込んでしまった。
「教授、今関係ないことを持ち出されては困りますな。コホン、では、君の説明を聞こうじゃないかね」
口出ししてきたのは、これぞタヌキの中のタヌキ、一番言葉尻を取り上げては綴の能面を引き出した奴だ。何をしている輩なのかは、直正によると「知らん」。
「えー、では、・・・君はずいぶん若いんだねえ」
と、また関係のないことを聞いてくる。
「はい、19歳です」
泰斗が答えると、そいつは馬鹿にしたように笑って言った。
「19! まだ子供じゃないか」
「? もう成人の儀はすんでいます」
「ははあ、向こうでは19歳で成人なのかね」
「18歳です」
「なるほど」
すると、このやりとりを聞いていた直正がこっちも負けずと口出しする。
「このさい、歳は関係ないとおもいますがねえ、先生~」
先生というのを、せんせえーい、と引き延ばして馬鹿にしたように言う。
ニンマリ笑う直正を、グッと引いて見ていた先生とやらは、負けずに言い返す。
「いや、やはり研究には人生経験が必要だろう、きみ」
「天才に人生経験は、関係ナッシング! ですよお」
「天才だと! ははは、こんな子供が天才!」
これではらちがあかないと、泰斗が直正の袖を引いて、「大丈夫」と、彼を引き下がらせ、そこから空間移動の概念を、なるべくわかりやすく言葉を選んで説明し始めた。
だが、なるべくわかりやすく、とは言え、それにも限界がある。
流れるように出てくる言葉と、言葉だけではとうていおぼつかないだろうと、後ろのボードに書かれた計算式に、今度は惑星側が煙に巻かれたようにぽかんとしている。
その中で、ただ1人だけ、さっきのラン・インディアナだけが、目を輝かせてそれを見つめているのだった。
しばらくすると、惑星側の1人がギブアップした。
「ええと、新行内くん、だったか」
「それからもう一つ説明すると、・・・はい?」
呼ばれてその人の写っているディスプレイに返事を返す泰斗。
「いや、君の情熱はよくわかった。よーくわかったよ」
「あ・・・はい」
「だから、我々はもう君たちに文句は言わない。君の思うとおりにしてくれていい」
「本当ですか? ありがとうございます!」
思わず嬉しくてガバッと頭を下げる泰斗に、「ただし」と彼が言った。
「必要な資材、それに関わる費用、必要な許可などは、すべて君たち自身が負担したり申請したりすること。それと、それが原因で起こった事故やアクシデントについて、惑星側は一切責任を負わない。それも君たちですべて解決すること。惑星に迷惑をかけられては困るからね。いいかね?」
「えーと、資材とかアクシデントははわかるけど、費用? って?」
思わず後ろを振り向いた泰斗の肩に手を置いて、また綴が前に進み出た。
「わかりました。それらはすべてこちらで用意します。また、この件に関しましては、惑星側に責任をなすりつけるようなことは、一切いたしません。あとは何か?」
「いや、それさえ了解してくれればあとは好きにやりたまえ。えー、この会議は録音録画してあるので、ここでの発言は撤回できないからそのつもりで。皆さん、こういうことでいいかな? 了解だね。では、私たちも忙しい身の上なので、これで失礼するよ」
言うが早いが、6つのディスプレイがプチンと切れた。
それにあっかんべーをした直正が、怒ったように言う。
「あいつら! 会議って言うのはそういうことかよ!」
「まあ仕方ないさ、直正。何十年も先に起こる、しかも予想だけの話に大々的な予算が付くはずがない。責任問題のなすりつけもだ。彼らはただそれを承認させたかっただけさ」
「大丈夫、なのかな」
心配そうに言う泰斗に、鈴丸が大丈夫と言うように微笑んだ。
「えー、お話中、すみません」
そこへ、遠慮がちな声がする。
「おわっ、まだ全部切れてなかった」
直正が驚いて言うと、それは先ほどのラン・インディアナのディスプレイだった。
「今のは聞かなかったことに~」
ぺこぺこと米つきバッタのようにディスプレイに頭を下げる直正に、ラン教授は苦笑して言った。
「いやいや大丈夫。もともとわたしは、なんでこの会議に呼ばれたのか皆目見当がつかなかったような者でね。けれど今は参加して良かったと思っているんだ。新行内くん」
「はい、僕ですか」
「ああ、君はすごいね! わたしは専門外なので、君の説明はほとんどわからなかったが、あの流れるような口調、目の輝き、そして情熱がぐんぐん伝わってきた。本当に君は天才だ!」
「えー、えーと」
困ったように返事できない泰斗に変わって、直正が嬉しそうに答える。
「そうでしょう! まだ年端もいかないんですが、こいつはれっきとした天才ですよ、天才!」
「直正さん・・・」
「年端もいかないって」
あきれたような泰斗と鈴丸の横から、冷静な声が聞こえた。
「それで、なぜ貴方はまだディスプレイをつないでいるんですか?」
綴だ。
「いや、すまない。私は歴史と考古学を研究していて、国立研究所に籍を置いているのだがね。うちの研究所に併設されている博物館は、手前味噌だが、その情報量や収納品の価値においては惑星一と自負している。それで先ほども言ったように、そこに新行内 久瀬という人物の展示がされているんだ。同じ名字などいくらでもあるんだろうが、もしかしたらと言うこともある。もし良ければ、いつか訪れてはくれまいか」
「博物館、ですか」
ラン教授の流れるような説明に、自分と同じように考古学に対する情熱を感じ取った泰斗は、思わず微笑んで頷いた。
「わかりました。こちらの仕事が落ち着いたら、必ずお伺いします」
「そうか! ああ良かった。これで安心して今日は帰れるよ。それでは、きっとだよ」
「はい!」
今度こそ7つすべてのディスプレイがプチンと切れたのを確認して、直正がはあーっと息を吐いた。
「あーびっくりした。けど、あのおじさん、嬉しそうだったねえ」
「もっとよく周りを見てからものを言え」
また綴に叱られる直正を笑って見やりながら、泰斗は鈴丸に言う。
「でも、博物館なら遼太郎が行く方がいいよね」
「うーん、そうかなあ。もしかしらこっちの昔ながらの科学技術なんかも展示してあるんじゃない? ちょっと見てみたい」
「鈴丸は行ったことないの?」
「うん」
そんなやりとりをしていると、2人の首根っこにガバッと腕をかけて直正が言う。
「俺も行ったこと、ないよおーん。ぜったい一緒に行こうねえ」
わあ、とか、もう、とか言いつつ笑い合っていた彼らが、そのあと伺うように綴の方を見る。
「え? 俺も行ったことないよ、国立研究所も博物館も」
「だったら、綴さんも一緒に行きましょうね」
「ね!」
「うるさい直正」
「えー? なんで俺だけ怒られるのさもう!」
泰斗は、ふざけて文句を言う直正に、綴が楽しそうに微笑むのを見るのが嬉しかった。もう、あんな冷たい表情を綴に2度とさせたくなかった。
「あ、それでね。最初にどうしてもやりたいことがあるんだ」
並べてあったディスプレイを片付けたり、ひとしきりバタバタしていたのが落ち着いたところで、泰斗が言い出した。
「僕さ、一度宇宙空間に出てみたいんだよね」
しばらくポカンとしていた他の3人が、驚いたように声を上げた。
「「ええーっ?!」」
「泰斗・・・」
ここはソラ・カンパニー本社、社長室。
当然のことながら、かなり難しい顔をして、社長が考え込んでいる。
「うーむ」
「いや社長、簡単な事じゃないですかあ。たかが宇宙」
ジロ、と睨まれてひえっと身を翻しそうになる直正。
泰斗のとんでもないご要望を、ダメ元ではるばる本社まで伝えに来た綴と直正だ。
「まあ、たかが宇宙なんだが」
「え?」
このセリフには、綴ですらびっくりする。
「たかが宇宙なんですか?」
「うーむ」
綴の言葉を聞いていたのかいないのか、腕組みしたまま考え込む社長。
「ただ、あっちが、うん、と言うかどうかが問題だ」
「あっち?」
「ああ、SINGYOUGIホテルだよ」
「!」
「はあ?!」
なんと言う展開でしょう。
あのあと、度を失った直正が、あろう事か社長の胸ぐらをつかんでユサユサさせながら、
「なんですかそれ! なんでSINGYOUGIホテルが関係するんですか!」
とわめいたのを、綴がなんとか押さえ込んで話を聞いてみると。
惑星でただ2つ、治外法権のソラ・カンパニーとSINGYOUGIホテルは、お互いが絶えず連携を取りながら助け合い、惑星の干渉が届かないような工夫を続けてきたのだ。
惑星サイドは、弱小の治外法権同士が手を取り合って、どうにかこうにかその存在が継続出来ているように思っているため、こちらの動向など知るよしもない。
「けれど、そんな話は聞いたこともなかったけれど」
綴がいぶかしげに言うと、社長は何でもないように言った。
「まあ、こんな話は君たちが対決したタヌキじじいクラスならみんな知ってるよ。弱い者同士、勝手にしてちょうだいってね。まあ暗黙の了解って奴?」
「ああ、そういうことですか」
納得する綴と直正。
「まあいずれ、君たち2人にはソラ・カンパニーを背負ってもらわなきゃならないから、話をしたんだけどね」
だが、その社長でもまだ話せないことはある。
ソラ・カンパニーの方はカンパニーと名がつく限りは、経営状態の公開はある程度義務づけられている。今のところ良くもなく悪くもなく。世間一般で言うカンパニーと似たり寄ったりだ。
だが、SINGYOUGIホテル。
ホテルと言う特殊な職種(この惑星ではそうだ)のため、その内情はほぼ謎のままだ。
どこにでもある高級リゾートホテル。特に目立つような特徴もない。
しかし現オーナーはタヌキどころか、さながら異次元のようにつかみ所がない。そして、バトラーのMR.スミス。彼もまたただ者ではないと社長は思っている。その名は、銀河の果てまで轟いてるんじゃないか? などといぶかしむほどだ。
また、最近MR.スミスの後を継ぐことになったクルスは、本物の異次元世界の人間だし、極めつけ、奥様は魔女だ。
どこまで行くのかSINGYOUGIホテル。
その資産は、社長が推測するに、惑星連合の予算を遙かに上回っているだろう。
ただ、MR.スミスの手腕により、そんなこと一切おくびにも出さない。
連合は何も知らずに、ただ彼らをせせら笑っている。
と言うわけで、ホテル側と話をしてみると言う社長から連絡が入ったのが、次の日だった。
「OKをもらったよ。詳細はバトラーのクルスから聞いてくれ」
「はい」
「いやったあ」
研究室にいた4人は、大喜びだ。
実はこの研究室には、はじめから綴と直正も詰めている。彼らはニュースでリトルダイヤ色をした彗星を見たときから、なぜかあれが気にかかっていた。それで支店の所長に、もしソラ・カンパニーが彗星に関わる仕事をするなら、是非参加したいと願い出ておいたのだ。
午後一番でやってきたクルスは、彼らの予想に反して、手には彩りも鮮やかな何かのパンフレットを持っているだけだった。
「クルス!」
「お忙しいところ、申し訳ありません」
「でも、なんですか、それ?」
直正がまじまじと見つめるそれは、どうやら旅行のパンフレットのようだ。
「俺たち、遊んでる場合じゃないんですよ」
「ああ、そうだね。けれど、あまりおおっぴらにしたくないと言う、うちのオーナーの意向なんだ」
「はあ」
よく見るとそれは、「スペースツアー」と言う宇宙旅行用のパンフレットだ。
「宇宙旅行?」
「もう実現されていたのか・・・」
パンフレットを見てつぶやく綴に、クルスは答える。
「まだ、かなり裕福な人向けだけどね」
すると、直正がなぜか目をうるうるさせてクルスににじり寄る。
「もしかして、頑張ってる俺たちにご褒美とか~」
パシ、とその頭をパンフレットで叩いて、綴が言う。
「そんなわけないだろう」
「でも、だったらなんでこれを持ってきたんですか?」
当然の疑問を投げかける鈴丸に、クルスはちょっと苦笑気味に言った。
「直正、当たらずといえども遠からずだ。ご褒美ではないが、君たち、特に泰斗は、このツアーの乗客として宇宙へ行ってきたまえ、とのオーナーのお達しだ」
「え?」
「いやっほーい! 宇宙旅行だあ」
「泰斗だけに決まっているだろう」
「すごい! すごいね、泰斗!」
思わず手を握って喜ぶ鈴丸に、泰斗はぽかんとされるがままだ。
「いいや、君たち4人、全員だよ」
「え?」
「いやっほーい! やっぱり宇宙旅行だあ」
「良いんですか? 4人もなんて」
「良かったあ、鈴丸も一緒に行ける!」
今度は鈴丸に握られた手を泰斗がブンブンと振る。
その後クルスに話を聞くと、かねてからSINGYOUGIホテルでは、要望の高かったスペースツアーの実現に向けて、日々着々と計画と準備をしていたそうだ。
それが今回、とある方からの天文学的な寄付の申し出により、めでたく実行できる運びとなった。
「ロケットに乗るんですよね? 打ち上げはやっぱりあの、なんだっけ」
「宇宙センターだ」
「そう! それ!」
「いや」
「?」
「発射台は、当ホテルが持っている」
「え?」
「もちろんロケットも。でもロケットではなくて、飛行機型の宇宙船だけど」
「「ええー?!」」
「ひええー!」
夢のようなやりとりのあと、詳細な計画を聞く彼ら。
彼らの役割は、直正が新人ツアーコンダクター。4人の引率係だ。
綴は宇宙開発スクールの教官。
泰斗と鈴丸は、スクールで宇宙船開発の勉強をしている生徒という設定だ。
彼らはスクールの要請で、訓練のため宇宙船に搭乗させてもらうことになっている。
「ほおー、なんかぴったりの役柄ですね」
「だろう、これはMR.スミスとマダムスミスが考えてくれたんだ」
それを聞いて、鈴丸と泰斗は思わず顔を見合わせて微笑み合った。
「マダムスミス、よく見てる」
「ふふ、ホント」
最初の日から、マダムスミスは彼らの一挙手一投足をさりげなく観察し、行動や性格を的確に捉えて対応してくれた。
小さなことを言えば、泰斗と鈴丸には必ず一口で食べられるようなお弁当を持たせたり、リビングには仮眠の出来るスペースがいつの間にか出来上がっていたり。
直正には「洗濯物をお出し下さい」が挨拶代わりだし。
綴の部屋には、「すみませんが、昨日忙しくて掃除出来ませんでした」と言われるまでは掃除に入らないし(綴の部屋はいつもとんでもなく美しいから!)
彼女は完璧なメイド、と言うより、彼らのお母さん代わりだった。
「うっし、行こうぜ、宇宙空間!」
こぶしを突き出す直正に、「おー!」と言ってグーを突き出してコツンと当てる泰斗と鈴丸。さすがの綴も、ほんの少し躊躇した後、グーを突き出すと、コツンとそれに当てたのだった。