5つ目の戦場
西方神国神都オリュンピア、中世を思い浮かべるような国名のくせに高層ビルが立ち並ぶこの町はとにかく美しい。ゴミが地面に落ちていることなどありえず、街並みも白を基調としたものが多い。
難攻不落と言われてきたイスタンブル砦があっさり陥落した後、急ピッチで街の周りに城壁が築かれたが、どうやらそれが役に立つのはまだ先の様だ。
なぜなら、イスタンブル砦は俺が奪還したから!
俺は神都に戻っていた。西方神国を統べる者、大神ゼウスの命によるものだった。エデン戦線がこうも早く決着するとは思っていなかったようで、勲章を授与して下さるそうだ。やったね!
まず、対日ノ本総大将に凱旋の挨拶をしなければならない。もっとも、俺の直属天使は100名だけだから、立派な凱旋とは呼べなかったけど。
先月、俺の担当戦地が決まった一室で、俺は上座に座る神アレウスに跪き、結果を報告していた。
(こいつ神都で一体何してたんだ? 作戦を立てたのも実行したのも俺だぞ。)
結果報告の様子を眺めていたのは2人の熾天使だった。“治癒天使”こと13代目ラファエルのジークフリード・ミュラー・ラファエルと“告命天使”ガブリエルの名を冠する9代目ガブリエルのアルフレット・オークランス・ガブリエルだった。
てか、こいつらどこに配属されてんだろ。そもそも4方面から侵攻を受けてるのに5人目の熾天使(つまり俺)必要か?
「エデンの園を取り戻し、イスタンブル砦を奪還できたことはトルコ方面の憂いが無くなったことを意味する。お前の功績は大きい。私が大神ゼウス様の代理としてお前に感謝する。よくやってくれた。」
そう言って神アレウスは勲章を渡してくれた。そして、最後に神アレウスは俺の悩みを解放してくれる言葉を言った。
「大神ゼウスはお前の二つ名である“堕天使”を変えるとのことだ。後日知らせる。まぁ、力がどうとかいうのではないからな。あと、報酬としてお前個人に聖金貨100枚を与えるとのことだ。」
俺は一瞬、アレウス様が何を言っているのか分からなかった。“堕天使”という二つ名を変えてくれる? もちろん有難いですとも。いやいやいや…、二つ名なんてどうでもいい! 聖金貨100枚って言ったよね。銅貨一枚は元の世界で1000円ほど。銀貨は1万円。金貨は10万円くらいの価値だ。では聖金貨とは、金貨100枚が聖金貨1枚と同価値だ。つまり、100億円が報酬として俺の懐に入ったのだ! 西方神国最高! 大神ゼウス様マジ神様! 今日から神信じちゃう!
まぁ、西方神国の金庫には聖金貨100億枚入っていると聞くし、大した出費じゃないんだろうね。
さて、俺がどっぷりと臨時報酬をもらった時、「部下の為に」とアレウス様が箱を俺に渡した。縦横1メートルほどの箱はずっしりとした重さがあった。
「金貨3000万枚が入っている。エデン戦線の将兵に分け与えてやれ。」
俺は今、西方神国一般国民の生涯年収とされている額を遥かに上回る金貨を持っていた。空間拡張術によってたくさん入っているのだろうが…3000万枚とは。
ちょうどその日、エデン戦線やイスタンブル砦の戦後処理に励んでいた将兵300万が智天使3人に統率され、神都に帰還した。1人ずつに金貨10枚が入った袋を渡していくと、終わったのは日の出近くだった。
久しぶりに家に帰ると、郵便ポストに一通の手紙が入っていた。表には神韻…、確実に西方神国政府からの手紙だった。
―アルフォンス・ヘルグヴィスト・ルシファー。4月3日午前9時に大聖堂へ出頭せよ。―
………………。
今日じゃねえか!
俺は慌ててシャワーに入って熾天使としての礼装に着替えると羽を広げて大聖堂に向かった。大聖堂とは神と接見する正式な場所だ。通常は神殿で行われるが、国の幹部級が集う時は大聖堂で行うのが常道だった。
時間ギリギリに大聖堂に到着すると、大神ゼウスの第一秘書ディアナ・アレンスさんに衣服の乱れを直してもらい、一通りの予定を教えてもらった。大神ゼウスが何を命じるのか。ディアナさんは「教えない方が楽しみも増えるでしょ。」と笑顔で言ってしまった。その笑顔が何か恐ろしい。
大聖堂の中央に敷かれたカーペットの上を堂々と歩き、左右にいる神様方はそれを見つめる。とても緊張する。
1段上に立つ西方神国の頂点、第84代目ゼウスの前に着くと、礼儀通りに跪いた。
「熾天使アルフォンス・ヘルグヴィスト・ルシファー、エデン戦線ではよくやってくれた。礼を言う。
“煉獄天使”ルシファーに命ずる。天使1万を率い、地獄を手に入れろ。」
新たな二つ名への感傷に浸る間も与えず、大神ゼウスは耳を疑うような命令を下した。
地獄を手に入れろ? 地獄に攻め込むのか?
地獄とは天界の下、広大な地下洞窟のことを指す。神の臣下たる閻魔大魔王が統治する区画だ。そこでは天界に住む権限を与えられなかった霊魂が、仮染めの肉体に生まれ変わり、そこで死ぬことも許されない苦痛を与える罪人のいわば償い所だった。
そんなところへの侵攻…。間違いなく何か事情がある。
「我が秘書ディアナ・アレンスをお前の部下にする。事情はそやつから聞け。」
扉の方を向いた俺にディアナさんが笑みを浮かべて手を振っている。ああ恐ろしい!
以上だと言われ、大神ゼウスがその場を去った。それに続いて他の神が続々と退場していく。
5つ目の戦場、ようやく理解できた。それは地獄なのだ。