エデン戦線Ⅱ
空中で待機している俺の眼下には、沢山の兵士が一斉に行動を開始していた。一応天使がいないと気付かれると作戦が成就しなくなる可能性が高いため、100名ほどの下位天使を付けていた。
300万の歩兵及び騎兵が円形陣で前進を始めると、上空に居た俺はコルネリアと顔を合わせ、地上で待機しているエイダに簡単な合図を送る。エイダが周囲の大天使にあれこれ命令すると、浮遊を始めた。俺が降下し、速度を上げて300万の兵とは反対方向に速度を上げる。地上すれすれの超低空飛行で6枚の羽の俺を先頭に、4枚の羽を持つコルネリアとエイダが、その後ろに各部隊を指揮する大天使、天使を率いて追尾する。
なぜか智天使長に任命されているえせ貴族の息子が持っていた天使約1万は俺が指揮することになった。まぁ、俺がエデン戦線の司令官として配属された時点で300万の軍勢は全て俺の旗下なんだけどな。
「黄色い信号弾です!」
後ろの大天使が俺に言った。囮軍が戦闘を開始した合図だ。同時に各所から黄色の信号弾が上がる。
「急ぐぞ!」
俺の、女性にも男性にも聞こえる声で命令をだす。ガイア様め、声が容姿に合う様にって…、威厳も何もないじゃないか。
速度を上げた。ふと後ろを振り向くと後続と100メートル位距離が出来てしまっていた。その時、赤い信号弾が囮軍から放たれた。敵が大攻勢に出たのだ。
前方を見ると、既に敵のテントが見え始めた。中央には大きなテントが張られ、高々と日の丸を描いた旗が掲げられていた。俺は両手に炎を生みだした。黒炎をテントずつに放つ。炎がテントに着弾するとその黒炎は大きく広がり、テントを包み込んだ。
「行くぞ! 暴れろ!」
コルネリアの指示が行き届き、天使は散開する。とりあえず、兵糧が置いてあるテントはどこか探す必要があった。まぁ、テントを1つずつ燃やし尽くして行けば自然に兵糧を燃やすことができるのだが、一介の天使にあの黒炎を生みだすのは難しい。多数の神の恩恵を受けている俺には容易く覚えることができたが、結構な上位術なのだ。
突如、1000度を超える熱風が襲い掛かってきた。俺やその他の天使は守護術を用いてその身を守ったが、守護術が遅れた者、守護術の効力が低かった者数名がやられたようだ。
小高い丘の上に鶏の眷属を多数連れた神々しく輝く者が立っていた。
「あれが熱田大明神……」
俺はしばらくあの神を見つめた。上位天使にもなると相手の聖神量が分かる。聖神とは天使や神などが聖術を行使するのに必要なものだ。
あの熱田大明神から感じた聖神量はガイア様と同等と思えた。まぁ、第一印象より凄い神様ということは他の神様と出会って分かったことなのだが、熱田大明神が日ノ本の国で5本の指に入るほどの実力者であることが分かった。
「少なくとも、俺よりは多いよな。絶対。」
まぁ、相手の神様には羽がない分、こっちが3次元的戦闘ができるという良い点がある。熾天使の前の役職である能天使の頃は羽が2枚だったので、今はとても戦いやすい。
「コルネリア! エレン! 3人であの神様を可能なら捕縛、捕縛不可能と判断したら奴を戦闘不能に追い込む。分かったな!」
流石に他国の神を殺すのはまずい。西方神国は現在日ノ本の国との戦争で精一杯なのに神を殺したとなっては他の国、東華国や北方の大国、砂漠の国がまとめて西方神国に侵攻したら大神ゼウスが陣頭に立っても負けは確実である。
コルネリアとエレンは智天使としての本来の姿、上半身が人で下半身が4本足の獣、背には4枚の羽を生やした姿に変身した。4本足で駆け、熱田大明神の周囲に群がる狛鶏を蹴散らす。
俺は最高位聖術の詠唱を始めた。2枚の羽で浮遊し、4枚の羽で攻撃を防ぐ。5秒ほど経って、詠唱が終盤に差し掛かった時、桁違いの攻撃に見舞われた。詠唱を中断してしまったが、その判断が正しいと俺は感じた。
「貴様があの軍を指揮する者か。神ならざるものがあの一撃で死なないとは、よほどの強者と見える。我は第35代熱田大明神、先代と一緒にするなよ。おぬしの名は?」
遠目で見ては分からない。熱田大明神は未だ30代半ばのお坊さんの様な姿だ。だが、俺は神様にタイマンで戦えるほど強くはない。俺は自分の実力を知っている。
「私は西方神国5大熾天使が1人、アルフォンス・ヘルグヴィスト・ルシファーです。大神ゼウスは日ノ本の軍の即時撤退を要求しておられます。
侵攻の目的は何ですか? 我が国の資源? 違うでしょう。あなた方の主、天照大神殿は何を考えておられるのだ⁉」
返答は至って簡潔だった。むしろ清々しい。「周知のことだ」と。俺は知らないぞ。俺が単に世間知らずとかそういうのではなく俺はこの戦争が何を目的としたものなのかを上層部や神様方から聞いていなかった。
なぜ戦争が勃発したのか? それすらも分からない中で俺らは戦争をしていたのだ。
再び火花が散った。熱田大明神が日本刀を抜き取り、振り下ろしてきたのだ。俺は間一髪で防いだが、やはり強い。
熱田大明神を見ると、やけに動揺しているようだった。
「あ!」
俺も気がついた。西方神国と日ノ本の国では言語が違う。俺は高校の頃に2年、大学卒業後も何年かヨーロッパに留学していたので現地の人と普通に馴染めたが、ヨーロッパに俺ほど日本語が堪能に操れるものは少ないだろう。なんせ、俺は日本人なのだから。
熱田大明神はそれに気付いたようだった。俺はうっかり日本語で話しかけていたのだ。
「俺は日本人です。名前を相良優人と言います。訳があって西方神国にて転生してしまったのです。」
そう、念力で熱田大明神に伝えた。その時、俺の頭に「作戦成功!」と喜ぶ天使の声が響いた。熱田大明神も同じころに念力が届いたようで、目を真ん丸にしている。
俺と会話している相手は戦場からはるか遠く、熱田大明神が率いる軍の補給拠点となっている港町クウェートからのものだった。作戦が決まった時、同時進行でもう一つの作戦も進めていたのだ。
それが、クウェート奇襲作戦。補給物資が大量に用意されているクウェート港を攻撃することで熱田大明神率いる軍を撤退させるのが目的だ。1つの優れた作戦に頼るのではなく、確実な勝利の為に幾重にも優れた作戦を張り巡らす。それが軍事指揮官たるものの使命だ。
補給物資の供給が途絶えることが鮮明になり、熱田大明神は上空に白い炎を打ち上げた。それは空で大きく広がり、数十キロ先からでも見える程の大きさとなった。
「熾天使殿、私含め、狛犬部隊、狛鶏部隊、狛狐部隊総勢10万は降伏する。捕虜として扱ってくれ。」
有難かった。補給が途絶えた以上熱田大明神の軍は前進できない。膠着状態であるエデン戦線のことを考えると選択肢は2つ、「撤退」か「降伏」だった。
熱田大明神はより安全な方を選んだのだ。
盆地で行われていた戦いが終わり、神使は熱田大明神の下に集う。
その日のうちに降伏を申し出る書面が俺に届き、俺がエデン戦線での全権代理者である為それを受諾した。捕虜となった熱田大明神はじめ神使達はその日のうちに神都へ護送されることになった。
連戦連敗を続けていた西方神国が、久しぶりに領土を回復、その上敵軍10万を降伏せしめたのだ。主天使どももそう上に報告するしかあるまい。
理想郷「エデンの花園」は朝日を迎えた。血に彩られた地面はやがて元の姿に戻るだろう。塹壕の処理も始まって、もうすでに半分以上が終了していた。
俺は天使部隊を率いてイスタンブル砦へと向かった。イスタンブル砦の神使達は大人しく、結果を教えると無条件で開門してくれた。イスタンブル砦奪還と共にイスタンブル砦の拡大工事が行われ始めた。
神都は歓喜に満ちていた。エデン戦線勝利の報が伝わったのだ。勝利の杯が交わされ、酔った者は踊る。一晩中お祭り騒ぎだった。
エデン戦線勝利! エデン戦線編はこれでおしまいです。さぁ、宿題に取り掛かるぞ!