『西天こころ』は文字の上で生きる3@六次の隔たり編
文月ちゃんと水族館に行った日から数日がたった。
僕はいつものように日記を書き終えた。そもそも文章を書く習慣がなかった僕だけど、意外と続くものだ。最近は特別取り上げることのないごくごく平穏な、平和と言っていい日々が続いていた。大学に通いながらの生活も、ペースが完成したので余裕と暇ができてきた。僕は机に備え付けのパソコンに向かって、マウスをポチポチ押していた。大学受験期を合わせて一年と少しぶりのネトゲをたしなんでみているが、完全に浦島太郎状態だった。けど、面白い。ちなみに、大学生が腐る理由ランキングトップ3にネトゲは食い込んでいる。ネトゲのせいで大学生活が終焉を迎えるなんてのはよくあることらしい。やれやれ、復活したと思ったのに僕はまた腐るのかな。
『うーちゃん、暇』
「僕は暇じゃない」
カチカチとマウスを鳴らす僕。ダメ人間の道を突き進むのにとても忙しい。
『少し遊ぼう。ね?』
「僕とこころがどんな遊びができるっていうんだよ」
『二人で交互に一つの歌を歌って間違えた方が負けとか』
「それならまぁ、いいけど。僕が知ってるのにしてよ」
『じゃあ、恋愛サーキュレーション』
「オーケー。僕からはじめるよ。せーのっ」
『でも』
「そんなの関係ねぇ!」
『はい、オッパピー! って違うからね! ねぇうーちゃん暇暇暇暇!』
あんまりにもうるさいので、オンゲをしながら僕はこころの話に付き合った。少しすると、あっとこころが声を上げた。
『実はね、うーちゃん、少しお願いがあるの』
「なに? 用件はできるだけ簡潔にまとめてくれたまえ」
ディスプレイ上にドラゴンのボスが現れ、みるみるヒットポイントが減っていく。ポーション連打ポーション連打。
『最近、ベーコンレタスが足りないの』
「日本語でどうぞ」
『……BL要素が足りないの』
マウスとキーボードを操っていた僕の手が固まる。回復を断たれた僕のキャラのヒットポイントがあっという間に溶けた。
「……」
そういえば、こころは腐ってたんだ。
こころのいる場所は、どうも僕の精神とリンクしている世界らしく、本やゲームなど、僕の趣味嗜好に偏っている。当然僕にはBLの趣味はない。高校や大学で男ばかりの空間に押し込まれてしまうと、もう男でいいやってなることもあるらしい。これは俗に工業病(工業系の学校に男子が多いことに関連して付いた名前らしい)と言われているけど、僕はそんな境地に達してない。達したくもない。
「僕にBLを読めと」
『それもお願いしたいの! けど、それだけじゃなくて、できればノンフィクションもお願いします!』
「……え? なに? それ、僕が男と絡めってことなの?」
『べ、別にうーちゃんが絡まなくてもいいよ! ただ……日記に工学部の男の子同士の、ごくごく普通のやり取りを書いてくれればいいから! あたしもね、時々リアルの生々しいやりとりが気になったりするの』
「こころ、僕はもう寝るよ」
『待ってうーちゃん! 一生のお願い使うから!』
「三歳、五歳、小学一年生、五年生、中学一年生二年生高校一年生二年生三年生の時に使ったでしょ」
『ほふぅ……そうかそうか聞いてくれないか……よろしい、ならば戦争だ! あたしはうーちゃんを寝かせない! 主に騒ぎ続けるって意味で』
「いよいよ怨霊じみてきたな」
どこの騒霊だよ。こころも睡眠を必要としているようだけど、暇人ニートを相手にするのは分が悪すぎる。僕は一応真人間で真面目な大学生なのだ。完全にホモォと化したこころを僕には止められなかった。
「わかったよ……。わかったけどさ、僕の周りにおホモさんなんていないよ。いや、僕に友達がいないって意味じゃなくて」
『別にいーの。うーちゃんは伊吹大学のバラ園で男の子のやり取りを書けばいいから! あたしが勝手に脳内変換するから!』
「バラ園って言うな。男は女の子をいやらしい目で見ることがあるけど、逆もあるんだ……」
『もっち!』
「ちなみにこころ、僕を腐的な目で見たことは?」
『うーちゃんは今までに食べてきたパンの数を覚えてる?』
「うわあ、汚された女の子の気持ちがたった今よくわかった」
翌日の僕は腐りきっていた。たぶん腐のオーラが全身から出てる。こころにされた腐りきったお願いをこなすべくして、僕は早めに家を出て伊吹大学に向かう。梅雨に入るか入らないか微妙な季節で、空はどんよりして時折小雨が降った。今日は蒸し熱い。最悪のコンディションだ。伊吹大学のキャンパスに入って、歩いて工学部塔の方に向かう。
人通りはいつもより少なめだ。
大学の道を歩く人の服装はそれぞれだけど、ここでちょっと大学の豆知識と言うか、不思議をあげよう。ずばり浪人生のジャージ率だ。ジャージを着て大学に来ている人の浪人生率は異常。これわりとほんと。
予想以上に工学部区に早くついていしまい、講義がある教室に行ってもまだ誰もいないだろうと判断した僕は一度文芸サークルの貸し教室に向かった。文月ちゃんがすでに来ていて、安楽椅子に座って小説を読んでいた。今日は蒸し暑いので、彼女の服装も涼し気なワンピースだ。肩と太ももから下が見えている。って、靴もサンダルだよ。もう完全に夏のための服装だ。
「おはよう、文月ちゃん」
「おーうーちゃんおはよー。って、どうして泣きそうなのー?」
知らないうちに涙目になっていたのか。これから男に埋め尽くされるであろう僕の脳内。文月ちゃんを見て女の子成分を摂取しておこう。
「そうだー。うーちゃんに渡したい物があるんだー。こっち来てー」
自分から動こうとしない文月ちゃんである。
僕が傍に行くと、安楽椅子のそばに置いていたカバンから手紙を取り出した。
もしかしてラブレター!? などと言う期待はその中身を読んで消え去った。
以下文面。
伊吹大学のみなさんに、ぜひ実験に協力してもらいたい。
伊吹大学の浅野重吾准教授に、この手紙を届けてほしい。ただ、その際に以下のルールを守っていただきたい。
まず、これは手紙のリレーだ。渡された人は名前を手紙に書いてほしい。
仮に出発がAで、AはBに渡し、BがCに渡したとしよう。そのとき、A→B→Cという風に順番がわかりやすいように書いてくれると助かる。
渡すことのできる人間にも制限をかける。この手紙を渡すのは、あだ名や名前で呼べる仲の人であるという制限だ。
説明は以上だ。これより下は名前の書き込み場所にでも使ってほしい。
長崎→浦川→白岩→文月→
浅野准教授。以前、僕に課題を出した准教授のことだ。
「またあのおっさんが妙なことしてるよ」
「浅野准教授おもしろいよねー。けっこう有名人だよー」
「問題起こす人間として有名だよね。それはさておき、これ、スモールワールド実験って言うんだっけ」
「なにそれー?」
「アメリカで最初に行われた実験だったはずだよ。たしか、人伝いのみで手紙が目的の人に届くかって実験だったね。アメリカ中部がスタートで、宛先になる人はボストンに住んでいるんだ」
「ボストンってアメリカでも東の端っこの方だよねー。かなり遠いねー。結果はー?」
「届いたよ。しかも、平均六人伝っただけで届いたんだ」
「少なくないー?」
「そう、アメリカの人口を考えればとてつもなく少ないんだ。この実験からわかるのは、知らない人とも意外と近しい関係を持っているってことだね。旅行先でたまたますれ違った人も、友達の友達の友達の友達の友達の友達だったりするんだ。六次の隔たりってやつだね」
「なんかロマンチックー」
「届け先があの准教授じゃなくて、昔恋した女の子とかだったらロマンチックだろうね」
伊吹大学は学生数も多くて、敷地も広大だ。けれど、到底アメリカには及ぶはずもない。言えば准教授の実験はスモールスモールワールド実験か。
さて、困ったな。文月ちゃんから手紙をもらったわけだけど、僕には渡せる人間がいない。大学序盤をゾンビのごとく過ごしていたせいで友達もできなかった。文月ちゃんはあだ名で呼べる仲には該当してない。というか、文月ちゃんからもらって文月ちゃんに返すのはナンセンスだろう。
工学部的に言えば僕は回線のターミネーターか。ででんでんででん。
あぁなんかあの准教授が僕のぼっちぷりを笑っているような気がして腹が立ってきた。(被害妄想)
とにかく、手紙はデッドだ。僕の元に来たことを後悔するんだな。
文月ちゃんと准教授の実験の話をしていると、講義の時間が近づいてきた。僕は現実に引き戻される。男共の濃厚なやり取りを濃密に書かなくてはならないという非情な現実に。
サークル塔から講義がある教室に移動すると、すでに一定数の同期生が来ていた。
蒸し暑い日はこれがまたすごいんだよね、汗の臭いが。すぐに鼻が慣れて、もしくは麻痺してわからなくなるけどね。
僕は定位置の左端最後方の席を確保する。
お父さん、お母さん、僕はこれから汚れます。ごめんなさい。
ノートを広げて、さも勉強する風に取り繕う。これから僕が書く文章を見られたら、僕の社会的地位はなくなるだろう。
「はぁ、本当に書かなくちゃいけないのかな……やっぱりできませんでしたって逃げようか」
『逃げるのはダメだからね!』
「……起きてるのか」
僕は下を向いて口元を隠しつつ、小声で返答した。
『興奮で寝られなかった!』
修学旅行前の小学生のテンションだね。
『ほらはやくはやく!』
こころが起きているとなると、覚悟するしかなかった。これ以降、見方によっては腐った成分が入るので、苦手な人は読み飛ばし推奨だ。
僕はまず一番近くのグループの会話に耳を傾ける。
「あー超ネミィわー」
「なんだよ、タカノくん、昨日の鍋パが効いたのかい?」
「だなー。あのまま調子に乗ってオールするんじゃなかった」
大学生の鍋パーティーと徹夜好きには目を見張るものがある。それを得意げに語る姿を見ていると、胸の奥がむずむずする。
『少なくとも二人の男の子が同じ屋根の下で一晩をすごす! ほふぅ、ナニしたんだろう! 妄想が渋るね!』
こころのテンションはうなぎのぼりだった。いや、妙なことは絶対にしてないって。そのはずなんだけど、こころの言葉を聞いたあとにさっきのやり取りを見返すとどうしてもみょんな目で見てしまう。
『うーちゃん、二人の見た目とかお願い! はやく、あたし風邪ひいちゃう!』
「服着てないのかよ」
タカノって呼ばれた男の方は、金髪にピアスと、工学部での存在比率はオタッキー男子に劣るちょい悪系だ。派手なシャツにジーパン装備。で、次は、うん、名前がわからないから仮にAくんとしておこう。Aくんは、工学部での存在比率トップのオタッキー系男子だ。あ、ごめんなさい。これは彼がチェック柄の上着を着ているからオタッキー系に分類しただけで、Aくんがオタッキーな趣味を持つかどうかは知らない。ちなみに、工学部の上着がチェック柄率も異常。これも嘘のような本当の話。
『つまりタカノくんが攻めで、Aくんが受けと!?』
知らんがな。僕はこころを無視して、心を無にしようと聞いたままのやり取りを書いていく。
「今日さー講義終わったら突きに行かねえ?」
「おーいいね」
『キター!? あああああああああああああああ!!!!!!!!!!! ほふぅうううううううううううううううううううううう!』
僕の同期にガチホモがいたなんて……。しかもよりによって今引き当ててしまう僕。もうこれ以上書きたくないんだけどほんと。
『背中の傷は戦士の恥だからねうーちゃん! はやく書いて、いや、書けえええええええええええええええええ!』
こころのハイテンションがすごくうざい。しぶしぶ僕は続きを書く。
「ちょっとキスショットの練習しときたいぜ」
キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの言い間違えですねわかります。
「あーあれ難しいよね。手伝うよ」
Aくん、君は手伝わなくていいから大人しく帰って寝ていてほしい。
『黙れ小僧! いちいち余計な私情を挟むな!』
どんどん上から物を言うようになってきてるなこころのやつ。
ここからしばらく僕は二人のことを書き続ける羽目になるんだけど、省略しよう。(くだらないオチだけど、キスショットやら突くやらはビリヤードの用語だったみたいだ。まぎらわしいなぁ)
『ほふぅ、この二人については十分ね。次お願い、うーちゃん!』
「ぇ……もぅゅるして」
無差別にゴキブリをかじっていくアシダカグモ軍曹のような貪欲さだ。僕はなぜか、今のこころに逆らえなかった。僕は教室を見渡す。もうどうにでもなれだ。僕はあるグループを選択する。
「日ノ下、ボクは紅茶が飲みたい」
「はい、どうぞ。荷渡様」
『……え? いやいやいやうーちゃん、虚構はいらないからね! あたしが求めているのはのんふぃくしょん!』
「僕は嘘を書かないって言ったでしょ」
『な、なら、ほ、ほんとに主と従者みたいな関係があるんだね! さすがバラ園……その名は伊達じゃない!』
書くのに疲れてきたから、服装とかは手抜きさせてもらうよ。というか、荷渡くんも日ノ下くんも主と従者としてテンプレ的な服装をしているから、勝手に想像して。
さて、たんたんと書いていこう。
「今日の紅茶は、フォートナムメイソンだね」
「さすが荷渡様。当たりでございます」
荷渡くんは教室でティータイムをたしなんでいる。二人がいる空間だけ上流階級の空気だよ。
「腕を上げたね。ご褒美にボクの口を拭わせてあげる」
「ありがたき幸せ!」
うん、間違っても一生関わりたくない人種だ。けど、このグループを書く分には精神汚染がなかった。
ここも長くなるので省くけれど、手首が痛くなるくらい書かされた。
「うーちゃん……」
「なに? こころ。もういいでしょう」
「こころー? 違うよーサイだよー」
「えっ!? 文月ちゃん!?」
一瞬の判断で、僕はノートを隠した。黒の中に白が混ざるように、工学部で文月ちゃんは異色の存在だった。彼女は文学部だ。
「ここ、工学部塔だよ。なにしてるの?」
「サークルの小教室に学生証忘れてたから届けに来たのー」
文月ちゃんが工学部塔に来てしまったのは僕のせいか。基本的に無気力な文月ちゃんがわざわざ来てくれたのはありがたいけど、僕にとってはタイミングが悪かった。
「あ、ありがとう。でも、サークル塔で渡してくれても大丈夫だったよ」
「あははーそうかもねー。でさーうーちゃん、さっき書いてた文章なにー?」
僕は返答に詰まる。
「こころってだれー?」
ノートはどこから見られた? ページをかえたばっかりだから見られた範囲は少ないはずだ。とりあえずしらばっくれることにした。
「僕も文芸サークル員だからね。一応、文章を書くことに興味があるんだよ。こころってのは、どうも妄想の世界に入ってたせいで呟いちゃったみたいだ。僕が考えたキャラクターの名前だよ。僕、入れ込みやすいんだ」
「ふーん……」
うわ、信じられてないなこれは。文月ちゃん、思ったことは顔に出るタイプだからな。
「ほらほら、もうすぐ講義はじまっちゃうよ。出ていった方がいいよ」
「んー、サイ、今日はこの講義受けていくよー。だからギリギリまでとーきんぐしようねー」
こころのことが妙に気になるみたいだ。無気力な文月ちゃんからは考えられない行動力だった。にっこりと笑う文月ちゃんに僕は戦慄を覚えた。
今日は散々だったなぁ。アパートの借りた一室で日記を書きながら僕はため息をつく。日記を書くというのは一日を振り返って見ることだけに、辛いことがあった日はあまり書きたくなくなるね。
『しかし時にうーちゃん。ふーちゃんはうーちゃんと同じ講義を受けてたけど学部違ってるのにいいの?』
「別にいいよ。有名な教授になると、大学とは一切関係ない人が外部から講義を聞きに来ることもあるんだ。知らない人が紛れたって、伊吹大学くらいの規模になるとあんまりわからないよ」
『うわー、自由な感じがすごく大学っぽい! 高校なら文系の人が理系の授業受けることすらできなかったのにねぇ』
ほふぅ、とこころが息をつく。
『大学では学問も恋も性別もフリーダムなのね!』
「性別がフリーダムになるのは困るよ……。学問はそうだね、必修科目とかあるけど自由度はかなり高いよ。恋愛は――、恋愛と言えば大学に入れば彼女なり彼氏なりがすぐにできるって聞くよね」
『あー聞くね聞くね』
「あれは嘘だ。嘘だと信じたい。ソースは僕」
『ソースが全く信用に値しない……』
「そもそも工学部の競争率で彼女を求めるのは間違っていると思うんだ。僕はぜひ全国の高校生に伝えておきたい。少なくとも工学部に入って彼女ができると思うなと」
工学部に入った時点で九割方、彼女的な意味での敗北は決まる。文学部や経済学部を目指している少年よ、おめでとう。君たちはすでに勝ち組だ。
『でも趣味が似通ってる場合が多いから、おホモ達はいっぱいできるんだよね?』
「彼女ができないなら彼氏を作ればいい理論かな? 否定する。できないし、作りたくもない」
ただ、実際のところ、おホモ達を求めている人がいるのか、あまり人気のない工学部塔の男子トイレの壁には、
<一人でさみしいので電話ください。僕はマッチョです>
とか電話番号付きで書いてあったりする。一人で用を足していたときに見つけてしまった僕は貞操の危機を感じた。
一日の日課を大体終えた僕は、こころと話しながらも読みかけのライトノベルを開く。こころのいる場所に僕の趣味嗜好が反映されるなら、できるだけ新しい本や漫画を読んで暇つぶしをできるようにしてやるべきだ。
ライトノベルのページをめくっていく。
日記を書き始めて気づいたんだけど、プロの作家が書く文章ってのはやっぱり読みやすさが違うね。僕には到底真似できない。
『そ、そういえばさ、うーちゃんは彼女が欲しいとか思ってるの?』
「んー僕も男だからね。いたらいいなくらいは思ってるよ。半分以上諦めてるけど」
工学部にいながら男の友達すらいない。かろうじて人との繋がりがあるとすれば、文月ちゃんくらいだ。こんな僕が、文月ちゃんという工学部にとって貴重な女の子との繋がりを持てることには感謝すべきだろう。
『ふ、ふぅん。ちなみにふーちゃんとか狙ってる感じ?』
「いやいや、変に意識して文月ちゃんとの関係がぎくしゃくするのも嫌だしそれはないよ。文芸サークルは居心地がいいから今のままが一番だよ」
『つまり、現状好きだとかではないのね?』
「うん、そうだね」
大学では気にしなければぼっちでも余裕なのだけど、やはり友達が欲しくなる時がある。
友達がいないと辛くなるのは、やはり講義でグループを組めと言われたときだろうか。
高校でも、同じようなシチュエーションがあるだろうが、大学では辛さのレベルが違う。高校では一人余っても先生が勝手に組んでくれるだけありがたい。大学では放置プレイすらありえる。
組んだら組んだで、僕以外の人間とはため口なのに、僕と話すときだけ敬語というのも地味に心を抉る。大学では、クラスメイトすら存在せず、同じ学科の同期生ですら、友達でなければ、息を吸って吐くだけのたたの置物に分類されてしまうのだ。
『ほふぅ……。あたし的にはうーちゃんにはもっと男の子と絡んでほしいな』
「腐的な意味で言ってるの?」
『違う違う! あたしの精神衛生的に!』
「僕が絡む人とこころの精神衛生にどんな因果関係があるんだよ」
『昔からうーちゃんは、鈍さだけはラノベの主人公級なのね……。後ろ向きなとこはまったく主人公らしくないけど』
鈍いかどうかは置いておいて、後ろ向きなのは否定できない。最初にこころの殺人未遂なんて事件を出しておいて、僕は一切触れていないのだから。それは僕自身が触れたくないからだ。あの事件とはおそらく一生向き合うことがない。過去に背を向けて未来を見ると言えば、ある意味前向きなのかもしれない。全然違うんだけど。
『そういえばさ、うーちゃんはろーちゃんと会わないの? 准教授が出したえせスモールワールド実験の手紙だってさ、うーちゃんはろーちゃんのことをろここちゃんって呼んでるから渡せる相手になるでしょ?』
こころが言うろーちゃんは、一卵性双生児の妹である西天ろここのことだ。僕と西天姉妹は、全員伊吹大学を受けて、一応全員受かっている。
「うーん、そうなんだけどね。ろここちゃんは文学部だから、僕は接点が少なくてね」
『ろーちゃんがうーちゃんに会いに来たりしてない?』
「……いや、来てないね」
『ほんとかなぁ。ろーちゃんだったらうーちゃんに会いに行きそうだけどね』
「忙しいんじゃないかな」
『うーちゃん、もしかしてろーちゃんを避けたりしてないよね?』
「まさか」
『嘘ついたらいけないからね?』
「……ごめん。少し避けてる」
ほふぅ、とこころはため息をつく。
『あたしに気遣ってくれてるのかもしれないけど、心の整理がついたらろーちゃんに会ってあげてね』
「わかってるよ。よし、そろそろ僕は寝ようかな」
『うん、おやすみ~』
僕は逃げるようにベッドに潜り込み、夢の世界に入っていった。
さて、翌日、僕はこころのお願いを聞いたばっかりにとんでもない目に合うことになった。
大学についた僕は、謎の大学生集団に囲まれて拘束された。軽く十は超える人数で、中には情報工学科の同期生もまじっていた。なすすべもなくサークル塔E-59に連行される。いつもは文芸サークルの小教室に向かうために足を踏み入れるこのサークル用の塔だけど、連れられた先は最上階にある娯楽サークルの教室だった。
規模は文芸サークルより圧倒的に大きいらしく、小教室ではなく、講義に使う教室と同じくらいの大きさの部屋が貸し出されていた。
男が教室の端っこ四辺ともに、訓練された兵隊みたいにずらりと整列して並んでいる。その光景とはミスマッチな、テレビやゲーム機、麻雀卓や人生ゲームが教室中に散らかっている。ここは自衛隊なのか娯楽サークルなのか。
教室の真ん中で、僕は二人の男に両腕を固められ、無理やりひざまずかされた。僕の前には、僕と同学部同学科同期生で、もっともかかわり合いたくない人物が、豪奢なソファに深々と座って足を汲んでいた。
「さて、ボクがどうして君を呼んだのか、わかってるよね?」
その人物が口を開く。この子はそう、昨日、僕がこころの欲求不満を解消する際にターゲットにした荷渡くんだ。
細かい描写を避けて誤魔化してきたけど限界だ。ネタを割ればこころが不満を言うだろうが仕方ない。
僕を見下している荷渡ヒナは、以前一度書いた情報工学科のお姫様だ。僕は今まであえてくんを付けて呼んでいたけど、もうその必要はないだろう。
肩にぎりぎり届くくらいの荷渡ちゃんの髪の毛は、雪のように白い。わざと染めているらしい。目には赤いカラーコンタクトを付けている。で、極めつけにゴシックロリータを纏っていた。言えば狙いまくった服装だ。けれど、小柄で童顔な荷渡ちゃんにはゴスロリはやはりよく似合う。その容姿に誘われて、部下がゾロリと揃うのは頷けた。
そして、僕が利用したのはこれまた狙っているのだろうが、荷渡ちゃんがボクっ娘であること。
彼女がボクっ娘で中性的な話し方だったから、僕は精神汚染されずにホモォな文章を書けた。
「どうして呼ばれたのかだって? さっぱりわからないよ」
「あくまでしらばっくれるつもり? 日ノ下、あれを」
日ノ下くんと書いていたが、こちらも正確には女の子だ。荷渡ちゃんの親衛隊に属する唯一の女の子で、荷渡ちゃんに合わせてなのか彼女も服装がぶっ飛んでいる。従者の制服ともいえる、メイド服だ。さらさらのロングヘアーで、荷渡ちゃんと対照的に大人っぽい、年相応の雰囲気があった。
「かしこまりました」と言った日ノ下さんが動く。
部屋の灯が消されて、部屋が薄暗くなる。昼間なのにカーテンが閉め切られていたのに、僕ははじめて気づいた。
荷渡ちゃんの後方にあったスクリーンに一枚の写真が映し出される。はてさて、写真に映っているのは困ったことにアホ面をした僕が荷渡ちゃんをガン見している場面だった。
「昨日、ボクは君の汚らしい目線が目障りだったんだ」
「……そう。けど、別にいいでしょ。僕が荷渡ちゃんを見るくらい」
僕にとって一番重要なのは、荷渡ちゃんを見てノートに何を書いているのかを探られないようにすること。それ以外は別にどうでもいい。元々情報工学科の人間とは縁がない僕だ。切れる縁もない。それよりもノートの内容を万が一にでも暴かれる方が困る。
「荷渡様を見るくらい、だと!?」
僕の片腕を極める男の一人がそう声を上げた。うわぁ、なんの宗教の集まりなのここ。娯楽サークルじゃなくてオカルトサークルへの名前変更を具申したい。
「結局、荷渡ちゃんは僕になにをさせたいの? 気味悪かったから謝れっていうなら謝るけど」
「そうだね。端的に言うと謝罪してもらいたい」
「ごめんなさい」
僕は速攻で謝った。罪悪感とか一切ない、上っ面だけの謝罪だ。謝るだけで済むなら安い安い。
「おかしいな」
僕の謝罪に対し、お姫様は首を傾げなさった。
「謝るってのは普通、ボクの靴を舐めるってことなんだけど」
荷渡ちゃんは組んでいた足を崩し、右足を出す。サイズは小さいけど、高そうな黒い革靴だ。
我々業界ではご褒美です。と言いたいけど、僕はM気質があるわけではない。リアルでやられると流石に躊躇してしまう。
え? 本当に舐めないと帰してもらえないのこれ?
「荷渡様……それは……」と、難色の入った声を上げたのはメイド服の日ノ下さん。さすがにまずいと思ってくれたみたいだ。オカルトじみた集団の中にも一握りの常識人はいるみたいだ。そうだよね、こんな古代エジプトが復活しましたみたいなことは許されないよね。時は21世紀なんだ。
「ご褒美になってしまいます!」
前言撤回。君たちは一生古代エジプトの研究でもしてればいい。
「ふむ、それもそうだね」
あごに手をあて、荷渡ちゃんは首を捻る。
「なら、こうしよう。えーと、視姦男くん、謝罪代わりにさ、これを解いてよ」
丁寧に折りたたまれた手紙を、荷渡ちゃんは僕に放ってくる。
一応、両手を解放された僕は手紙の中身を確認する。あのクソ准教授が各サークルに出した暗号文だった。
「めんどくさいからやってなかったんだけど、学生の宝物を労力なしに得られるってなら悪い話じゃないからね。君の贖罪にもちょうどいい」
「宝物が、なにかわかるの?」
「もちろん。単位だよ」
「そっか。これを解いたら僕は許してもらえるんだね?」
これならすでに解き終わっている。僕は解答をただ教えるだけで、とりあえずのところ無事許されたのだった。
いつも通り、僕は自室で今日の分の日記を書き上げた。
『うーちゃんどういうこと!? あたしの夢が! 幻想がぁあああああああああおよよよよよ……』
荷渡ちゃんが女の子だということを、正式に書いてしまったことでこころの幻想をぶち殺してしまった。僕の脳みそが割れそうなくらい盛大に嘆いていた。
『騙すなら最後まで騙してほしい……』
「さて、その部分に関してはどうでもいいとして」
『よくないからね!』
「もしかして怒ってる?」
『激おこぷんぷん丸だからね!』
「それもう死語」
『クリリンのことかー!』
「怒ってるのはわかったけどネタとしてはさらに古いよ。とにかく、僕は今憂鬱でこころのテンションについて行けない状態なんだ」
情報工学科の同期でもっとも関わりたくない連中に目を付けられてしまった。
『あー、にーちゃん一派ね』
こころめ、他人事みたいに言いやがる。そもそもこころが腐要素が足りないとか言い出さなかったら僕は平穏無事な生活を送れていたんだ。
『相当なナルシストで、おまけにSっ気ありね』
「工学部に入ったら姫化する女の子がいるとは聞いていたけど、あれは相当極端な例だよね。そうであると信じたい」
しかもただのお姫様ではなく、自衛隊クラスの統率を取らせるくらいに男を洗脳しているのを目の当たりにした。中途半端にカリスマ性があるから性質が悪い。
『にーちゃんがベーシックだったら、大学の闇の深さは底知れない!』
「こころも大学に入ったらあんな風になってたのかな」
『ないない! あたし文学部志望だったし』
「サークル内でお姫様化する例も多々確認されてるみたいだよ。荷渡ちゃんの場合は両方の例に当てはまる。あぁ、明日からどう生きていこう」
『ダイジョブダイジョブ。コレイッケンカギリダッテ』
荷渡ちゃんの件については、こころはどこまでも興味がないみたいだった。
「あれ」
『どうしたの? うーちゃん』
「いや……僕の幻聴かもしれないけど、今ラインの通知音がしたような」
『幻聴かもしれないってレベルでラインが来ないんだね……』
高校の頃は少なからず友達がいたんだよ。本当だよ。僕はただ大学の序盤の友達作りに失敗しただけなんだ。もしこの日記が誰かに読まれることになって、その中に高校生の人がいるのなら覚えておいてほしい。大学の友達作りははじめの一週間が勝負。恥ずかしいとか思わずに、とにかく手あたり次第に声をかけて一つでもグループに所属しておく。そうしないとほとんどボッチ確定だ。他の人も友達が欲しいと思っているはずだから、声さえかけられればどうにかなる。
逆に一週間もすれば大体グループが固まってきて入り辛くなる。
僕を反面教師にしてぜひ友達のいる大学生活を送っていただきたい。
「で、だ。どうして僕にラインのメッセージが届くのか。これは壮大なミステリーだよ。高校の友達とはすでに疎遠になってしまった僕。大学で友達ができなかった僕。画面をポチっとな」
ラインのアプリを開く。
「なになに? どうやら君の答えは合っていたみたいだ。なかなか有能だね。ボクのサークルに入ってよ」
『一瞬で誰だかわかりましたね?』
「どうして僕のラインを知ってるの荷渡ちゃん……。ああ、一応伊吹大学のグループには参加してたんだ。うるさいから非表示にしてたけど」
『強烈な子なのね』
「謝罪代わりに靴を舐めさせようとするくらいにはね。まったく、一体どんな育ち方をしたんだ」
『でもでも、うーちゃん。昔、女の子にいじめられるのはご褒美だぜとか言ってた時期がなかったっけ?』
「ああああああああやめて! 変な人=かっこいいみたいな図式が僕の中にあった時期だからそれ!」
変人だけどいざというときにかっこいいキャラクターに憧れていた時期が僕にもありました。ただの黒歴史だ死にたい。
『だ、だれにでもそんな時期はあるさー』
今日のこころは棒読みが多いな。
「昔の僕のことは置いておいてさ、この場合はどう返せばいいと思う?」
『2ちゃんで適当に安価とったらいいんじゃない』
「ほんと適当だね……。まぁ、気づかないふりをして無視しておくことにするよ。幸いまだ既読つけてないし。ちなみにさ、こころから見て荷渡ちゃんみたいな女の子がいたらどう思うの? 同じ女の子としてさ」
『うーん、二次元的にはあたしはありだと思うよ。けど、現実にいたら関わりたくないかな? たぶん、女子のグループがあったら速攻ハブられてると思う』
「最後生々しいな……」
『経験則ですドヤァ』
「そういえば、こころは小学生の頃酷かったね」
『そうねー、あの頃のあたしは身の振り方を知らなかったからね。いじめられてばっかりだったね!』
あはは、と今では笑い飛ばせるレベルの思い出らしい。今でこそ明るくて人当たりの良いこころだけど、小学生の頃は自己中心的な部分が強く出ていたせいでいじめられていた。荷渡ちゃんの自己中心的なふるまいと似た部分がある。
『あたしもうーちゃんにけっこう無茶苦茶なこと命令したりしたけどさ、よくいじめる側に回らなかったね?』
たしか面白そうだから川を泳いで渡れとか言われた記憶ある。真冬に。あれは酷かった。
「僕の場合は小さいころからこころを知ってたしさ」
『ん……ありがと』
「なぜお礼」
『なんとなく! だけど世の中ってあれだよね、人間関係を円滑にするためには仮面を、かっこよく言うとペルソナを被らないといけないね!』
同意だ。
さらに言えば、僕はもう人間の仮面の裏側なんて見たくないし、考えたくもない。もううんざりなんだ。僕は仮面でも仮初でもいいから、人の綺麗な部分だけを見て生きていきたいと思う。人間の汚れた部分がもろに出たのが、こころが巻き込まれた殺人未遂事件だから、というのが理由だ。
「あーいけない。妙な方に思考が飛んだ」
こころが巻き込まれた事件からは背を向けてのうのうと生きてやると僕は決めている。
「ちょうどいいや。リセットするために今日はもう寝るよ」
『うん、おやすみ。うーちゃん』
「おやすみ」
「うーちゃん、プレゼントー!」
翌日、文芸サークルの教室にて文月ちゃんから手紙を渡された。それも一枚や二枚じゃない。優に三十は超えるだろうか。
……
七星→峰岸→桐野→文月
白井→西天→黒石→花野→文月
猫ノ手→中本→うぇーい→海部→霧雨→文月
青野→下道→文月
木本→日ノ下→花野→文月
……
多すぎて全部読む気にならない。
「文月ちゃんって、もしかして友達多い?」
確かに文月ちゃんは好かれやすい人柄をしているけど。
「友達の基準が曖昧でよくわからないけど、あだ名で呼び合える仲の人はけっこういるかなー」
「へ、へぇ。文芸サークルに友達を誘ったりしないの?」
「サイは一人でいるのが好きだから―。わいわい騒ぐのはあんまり得意じゃないのー」と、安楽椅子の上で脱力しながら言う文月ちゃん。
確かに大学生の女子は集まってお話しするのが大好きだ。(これは大学のキャンパス内で女の子の集団を遠目にしか見られない僕の偏見かもしれないが)
文学部は女子の比率が高いので、いつもわいのわいのきゃっきゃしていそうだ。文月ちゃんの性格とはちょっと合わないのがよくわかった。
「もしかして、僕邪魔ですかね。黙ってた方がいいですかね」
「いやいやー、大丈夫だよー。サイは一人は好きだけど、独りが好きってわけじゃないのー。ほどよく話せる人がいるのはグッドー」
気を利かせてくれたのかよくわからないけど、信じることにしよう。文月ちゃんは安楽椅子で小説をよみはじめた。
さて、この大量の手紙はどうすればいいのだろうか。もちろん渡す人がいるわけでもないので、本棚の下に備え付けられていた引き出しに全てぶち込んでおく。まったく、僕は立派に終末抵抗の役割を果たしているようだ。
しかし文月ちゃん友達いすぎでしょ。羨ましいよほんと。さっきの手紙も、差出人がだぶってるのがいくつかあったけど、いろんな人からもらっていたからね。
さて、僕も漫画でも読もうかな。こころと話すときとはまた違った楽しみ、心安らぐ静かなるひと時を過ごそう。
「おぉい! 現野はいるかぁ!」
と、思っていたら准教授という肩書を持ったただのおっさんがドアを蹴り開けて現れた。
「わざわざお忙しい准教授が、一学生の僕なんかになんのご用ですか」
安らげる空間の侵入者に、僕の言葉はとげとげしくなる。
「お前んとこに手紙は来たか?」
「ええ、たくさん来ましたよ。けど、全部引き出しの中に眠っていますが」
「かぁーっ! 誰かに渡すとかしないのか?」
「ええ。なにせ大学にあだ名で呼び合える人がいないもので」
「そのくせなんだ? 文月には気に入られて手紙をいっぱいもらってんのか? くそっ、とんだ異分子だ。論文がおしゃかだ!」
とんでもなく理不尽な理由でキレられている気がする。
「完成度の高い論文は、異分子を克服してこそでしょう?」
「俺にとって海洋学の論文以外は完成度なんてどうでもいいんだ。完成するかどうかが大事なんだよ。それで研究費が出ることがあるからな」
すがすがしいまでのクズっぷりだよね、この准教授。この人、絶対海洋学以外の研究費を海洋学の研究に使い回してるよね。いつか絶対逮捕されるでしょ。
「完成させて、研究費が欲しいならデータを改ざんすればいいじゃないですか」
「いや、それはだめだ。一度やって首を切られかけた」
首を切られかけてなお准教授に居座っているのか。もはや存在自体がネタだよ。
「あーあ。人間ネットワークの論文捨てっかなちくしょー」などとぶつぶつ言いながら、准教授は出ていった。
まったく、愚痴を言うためだけにここに来ないでほしいものだ。居心地のいい空間を汚さないでほしい。
さて、漫画読もう。
「現野ォ!!!!!」
僕、こんなに人気者だったっけ。ヤクザばりの勢いで多数の男が小教室に流れ込んでくる。
「荷渡様のラインを無視したな! 来てもらうぞ!」
荷渡ちゃんの親衛隊の方々でしたか。僕はデジャブを感じながら拘束され、ぽかんとした文月ちゃんを置いたまま連行される羽目になった。
最上階にある娯楽サークルの教室へ。
連日、僕はひざまずくはめになる。
「文芸サークルの教室にいたところを確保いたしました」
「ごくろうさま。さて、そこの下郎」
下郎なんて使うのは慢心王さんくらいだと思っていたよ。荷渡ちゃんはこちらを見ずに、麻雀をしながら言葉を続ける。
「ボクのラインを無視するっていうのはどういうこと? お母さんに習わなかったの? ボクのラインは無視しちゃいけないって」
習ってないから。僕のお母さんはそんなこと教えないから。
じゃらじゃらと麻雀牌をかき混ぜる音が室内に響く。まったく似合わないのだけど、荷渡ちゃんは意外と慣れた手つきで牌を積む。三人麻雀で、面子は日ノ下さんと知らない男が一人。
大学生が嗜む娯楽として、パチスロに並んで麻雀は人気だよね。大学内のサークル塔には、娯楽サークルに限らず、音楽系やスポーツ系のサークルにもいくつもの麻雀卓が存在している。ちなみに、機械科辺りがサークルにいたりすると、壊れた自動麻雀卓を雀荘からもらってきて、修理して使っていたりもする。
「荷渡様! 昨日は私にラインしてくださらなかったのに! なにかあったのか心配でお家に凸するところでした!」
「日ノ下は黙ってて」
「はい。けど、既読無視ってけっこうさみしいんですよおよよ……」
そんな日ノ下さんの言葉を無視して、荷渡ちゃんは僕に質問を投げかける。
「で、どうなの? 現野くん」
「あれー? 僕のラインにメッセージなんて届いてたの。僕は通知も切ってるし、ラインをほとんど見ないから気づかなかったなー」
僕はあくまでしらを切るつもりだった。既読はつけていない。通知画面でメッセージだけ読んだ。
牌をツモってはきりながらも、はじめて見定めるような視線を送ってくる荷渡ちゃん。
「いやいや、かわいい荷渡ちゃんからラインが届いたって知ったら無視なんかしないよ」
心にもないおべっかも使ってみる。
「ふむ……そうだよね。そうに決まってるよね。ボクが無視されるはずはないか。よし、解放していいよ」
「はっ」
ん、なるほど。とりあえず褒めておけば荷渡ちゃんは許してくれるんだね。
「今度からは通知をオンにして一分以内に返すこと。いいね?」
「はい! 荷渡様! 十秒で返します!」
「だから日ノ下は黙ってろ。現野くん、返事は?」
うわぁ、めんどくさい。文月ちゃんの解放的な感じとは違って、荷渡ちゃんは人をガンガン拘束するタイプか。めんどくさいと思っても、荷渡ちゃんが支配する空間ではイエス以外の返答は許されていなかった。
「はい……」
「よし、これにて異端審問会はおしまいだ。みんな、ごくろうさま。後は自由に遊んでよ」
今の異端審問会だったのね。荷渡ちゃんの一言で、部屋の空気が一気に緩まる。そして各々がテレビゲームやボードゲームを興じ始めた。僕がはじめて見た娯楽サークルらしい場面だ。
「で、現野くん。君は麻雀はできる人類?」
「一応……人並みにはできると思うよ」
うちとこころの両親が麻雀好きで、時たま家族ぐるみでやっていた。その影響で、僕も自然と麻雀のやり方は覚えた。三人麻雀から四人麻雀に変更して、僕は娯楽サークルの一員よろしく麻雀を興じた。よくよく考えれば四人なんて大勢(僕にとっては)と遊ぶのは久しぶりだ。麻雀もネットか雀荘に行く以外はできない状態にあったからね。
「それポンです」
「あ、ボクがチーしたかったのに!」
「ふふ、申し訳ございませんね荷渡様。勝負は無常なのです」
意外なことに荷渡ちゃんに対する手加減とかは一切なかった。荷渡ちゃんにそのことを言うと、「本気の勝負じゃないと面白くないよ」と返された。確かにそうだ。勝負は本気でやるから勝ったらうれしいし、負けたらくやしく、結果的に勝っても負けても面白い。
「カーンカーンカカン!」
「そのカン成立せず!」
みんなでわいわい麻雀やるのは悪くないね。あ、あと麻雀と言えば咲から麻雀をやりはじめた人はカン好きが多いよね。どうでもいいけど。
昼の部の後には夜の部を書くのが定番になっていた……のだけど今回は、個人的事情により一日分の夜の部を省略させてもらう。
翌日も僕は講義が始まる前に文芸サークルに訪れた。今日は文月ちゃんは来ていない。安楽椅子に座り漫画を読む。久しぶりの快晴で窓を開けていれば吹き抜ける風が心地よい。日向で太陽の光を浴びるとぽかぽか気持ちいい。伊吹大学の野球サークルはけっこう本気で大会に臨むサークルで、遠くにある運動場からは高校野球さながらの掛け声が聞こえてくる。
静かに漫画を読むにはちょうどいい日だ。
が、最近の僕はどうも静けさに縁がないらしい。
きゃいのきゃいの騒がしい人達が歩いているなと思ったら、文芸サークルの小教室のドアの前でその声が止まった。女の子の甲高い声だったので、僕は思わず身構えてしまった。
「へぇーここがふみぃのサークルかー。って、誰かいるじゃん!?」
声の主が入ってくる。
「ふみぃの彼氏!? ここはフミィの愛の巣だった!?」
違います。
文月ちゃんプラス見知らぬ女の子が二人。文月ちゃんの落ち着いた服装とは対照的に、今から合コンに行きますと言わんばかりの派手な恰好をした量産型女子大生だった。
「ち、違うよー。サークル員だよー。うーちゃんって言うんだー」
「変なあだ名。そこの暗そうな男、間違ってもふみぃに手を出さないこと!」
わかってますって。とっさの振りに言葉が出ず、僕は頷くだけになってしまった。こういう勢いはあまり得意じゃない。
名も知らぬ女子大生二人のテンションに文月ちゃんも少々押され気味だった。
お茶会をする流れでここに来たようで、女の子たちは勉強机を使って手持ちのお菓子とペットボトルの飲み物を広げはじめた。僕はと言えば日向を放棄し、部屋の隅っこで壁と向き合って漫画を読んでいた。オブジェクトの一部と化すことで存在を消す。
「今日寒くなーい?」
「窓閉めよっか」
いや、今日暖かいでしょ。女の子って時々過剰な寒いアピールするよね。あれなんなの。冬でも平気でミニスカ履いてたりするのに。
文月ちゃんが時折申し訳なさそうにこちらを見てきたが、他の二人からは僕の存在は完全に意識から消えたみたいだった。
「んむ?」
漫画が良いところに差し掛かったとき、僕の携帯がぶるりと震えた。画面を見なくても、何の通知かおおよそ予想がつく。荷渡ちゃんからのラインだ。タブレット端末を取り出して、僕はラインを起動させる。
――現野くん、君はどこにいるんだい?
――文芸サークルの教室。
荷渡ちゃんに言いつけられた一分経過まで十秒を残して僕は返信する。
――よし、講義がはじまるまで麻雀やるよ。今から迎えに行く。
その三秒後、文芸サークルのドアが開く。最近来客が多くてよく仕事をするドアさん、お疲れ様です。男共が入ってくるかと思ったら、入ってきたのは荷渡ちゃんだった。異色の存在にきゃいきゃい騒いでいた女子たちが静まり返る。
相変わらずゴスロリ衣装の荷渡ちゃんは、小教室に居座る女子たちを気にすることなくずかずかと僕の元に歩いてきた。
「ほら、行くよ。現野くん」
「ちょ、ま」
せっかく漫画がいいところにきてたのに!
荷渡ちゃんに強引に手を引かれ、リードに繋がれた犬よろしくそれに従うしかなかった。
「なにあいつ」
「工学部のお姫様じゃん。ほら、英語の時にいるあれ」
出る間際に、ぼそぼそと名も知らぬ二人がつぶやくのが聞こえた。お茶会の中の話で、あの二人が文月ちゃんと同期の文学部文学科であるのを知った。僕達工学部にも、一応文学部との接点がある。英語の講義は、唯一文学部と工学部の人間が一緒に受ける講義だ。もちろん、二つの学部がまとめて講義を受けるには人数が多すぎるので、いくつかの教室に分けて入れられる。
その多すぎる人数の中でも、荷渡ちゃんは目立つ。特異点のごとき目立ちようだ。だから、あの文学科の二人が知っていてもおかしい話ではない。
さて、僕は今日も麻雀に付き合わされた。いや、全然良いんだけどね。楽しいし。
講義がはじまる十分前になって、僕は娯楽サークルを後にした。一度文芸サークルに寄ったけど、紅茶の香りが残っているだけで文月ちゃんはいなかった。
今日ある講義は英語だ。さっきも言った通り、工学部が唯一文学部との接点を持てる科目。男共の中には猛って女子に話かけようとする連中もいる。工学部の男子は女の子に飢えてるんだ。
英語の講義は数個ある教室で同時に開講される。同じ講義をやるのだけど、当然講師は違うし、人気によって人口が偏ったりもする。一番人気の教授の教室はすでにいっぱいだった。訂正。教授というか、非常勤講師だね。高校から英語担当の先生が送られてきている。伊吹大学の教授ではなく、非常勤講師の方が人気と言うのは、別段不思議ではない。
教授は、元はと言えば研究者だ。実のところ、人に物を教えるのは苦手な人が多かったりする。例えば、まだ入門して間もない専門学科にも関わらず、専門用語の説明もなしにガンガン講義を進める教授もいる。自分で調べて学べと言う、大学本来のスタイルとも言える。が、やはりもう少し優しくしてほしい。厳しく難解な教授に当たった不幸で情報弱者の学生は単位を惨めなほどぽろぽろ落としてしまう。サークルで顔見知りの先輩などに、あの教授の講義はやばいとか、この教授の講義は楽に単位が取れるとか聞いておけば、単位を取るのがぐっと楽になる。大学で先輩と顔見知りになれるのは凄く有利なんだよね。教授の情報を得られるっていうのもあるし、過去問をもらえるのも大きい。
おっと、話が逸れはじめた。何の話だっけ。そうそう教授と非常勤講師の話か。
で、そんな当たりはずれの激しい教授に対して、非常勤講師として高校から来ている先生の講義は一貫してわかりやすい。先生は生徒に物を教えるのが本職だ。教えるのが上手いのは当然と言える。大学に来てから、久しぶりに高校の先生の授業を受けると、教え方の上手さにめちゃくちゃ感動するよ。
小中高校生の諸君は、先生に感謝するべきだ。(上から目線)
僕は人気度で言えば後ろから二番目の教授がいる教室に入った。多すぎず少なすぎず、人気講師の教室からあぶれてしまった人があとからあとから入ってきていた。よくよく見ると、いや、よくよく見なくても荷渡ちゃん達もいる。さっきまで一緒に遊んでいたんだけども、僕は中央を陣取る彼女たちとは距離があるいつも通りのポジションを取った。左端最後方の席だ。
授業開始五分前に、文月ちゃんがのろのろと入ってきた。一度辺りを見渡して、僕を見つけると歩み寄ってくる。
「さっきはごめんねーうーちゃん」
「僕は全然大丈夫だよ。お友達の二人は?」
「後からくると思うよー」
席もだいぶ埋まってきていた。僕の隣は一つだけ開いていたので、文月ちゃんはそこに座る。
「お友達が近くに座れないと思うよ」
後ろの席は割と人気だ。大学は席指定がほとんどないから、後ろの方の席から埋まっていく法則がある。あぁ、後、友達がいない人の一個隣が空く法則もね……。
「んーどうせ三人まとめて座れるところないし大丈夫ー」
それもそうか。
「久しぶりにたくさん話してちょっと疲れたかも―」
机にだらーんと上半身を預ける文月ちゃん。
「お疲れさま。確かに普段あんまり話さないと疲れるかもね。一ヶ月くらい人と話さなかったときは、疲れる以前に発声の仕方を忘れてたよ」
「そ、そこまで話さなかったことはないかなー」文月ちゃんは苦笑いして、「どうして人と話さなかったのー?」
「ゾンビになってたからだよ。精神的に」
「んー? あー、もしかして誰とも話さなかった時期って入学してしばらくの間ー?」
「あら? 文月ちゃんと面識なかったと思うんだけどな」
「確かにないねー。けど、うーちゃんはある意味目立ってたよー。誰よりも死んだようなオーラ出してたからねー。目がくぼんでる感じ」
第三者から見た僕はそんなにひどかったのか。
「文芸サークルに来たときは別人だったねー。なんか生き生きしてたよー」
こころが現れてから、精神的に復活したからだろう。文月ちゃんとのんびり会話をしていると、ふと視線を感じた。
視線の主は目の前にいた。荷渡ちゃんだ。彼女はなぜか、毛を逆立てた猫を見るくらい明白な戦闘態勢だった。荷渡ちゃんが元々いた場所を見ると、日ノ下さんがあらあらと言いたげな困った顔をしていた。
赤いコンタクトが入った瞳が、文月ちゃんを睨みつける。
「ボクの下僕に手を出さないでほしいんだけど」
「おー? うーちゃんこの子の下僕だったのー?」
「ち、違う違う」
「なら別にいいよねー。サイがうーちゃんと話したってー」
「君、やっぱり気に食わないな。文学部なのに前工学部塔に来てたよね。君みたいな可愛い子がくると、ボクが迷惑するんだよ」
凄いな、いったいどんな育ち方をしたらこんなことを言えるんだろう。わがままフルスロットルだよ。
「およー? 褒められたー?」
文月ちゃん、今のをどう聞いたら褒められたことになるんだ。君もどういう育ち方したんだよ。
これには荷渡ちゃんも少し毒気を抜かれたような表情をしたけど、すぐに険しい表情に戻る。
「ボクは君に命令する。今後、工学部塔に顔を出さないこと。後、現野くんに手を出さないこと」
文月ちゃんのおっとりとした瞳にかすかに鋭い光が宿った。
「ちょっとそれは約束できないかなー」
「約束じゃなくて命令だよ」
「いやー」
否定。
二人がにらみ合う。一発触発とはこのことだ。喧嘩両成敗とは言うけれど、この場合十割荷渡ちゃんが悪い気がする。
さらにここでタイミングの悪いことに、さっきの文月ちゃんの友達が教室にやってきた。文月ちゃんと荷渡ちゃんの間のただならぬ空気に、二人が駆けつける。
「なにふみぃにガンつけちゃってくれてんの?」と、もちろん文月ちゃんに加勢する二人。
まずい。収拾がつかなくなってきた。「荷渡様に触れるな!」と声を上げ、荷渡ちゃんの親衛隊が立ち上がる。冗談じゃなくて戦争になる。
また置物と化していた僕は、ただ茫然と加速する悪循環を見ることしかできなかった。まさか、女の子二人の小さないさかいから大事になるなんて。
「みなさん、落ち着いてください」
煮えたぎっていた親衛隊が、日ノ下さんの一声で止まる。この教室で荷渡ちゃん以外のもう一人の異色、メイド服姿の日ノ下さんが動く。
「花野様。私に免じて許してくれませんか」
花野は、荷渡ちゃんに食って掛かった女子大生の名前なのだろう。日ノ下さんの言葉に、花野さんはチッと舌打ちをする。
「花野様なんて言うのやめてって。気持ち悪い。わかったから、はやくこのお子様を連れていきなよ」
「だれがお子様だって――」
「ありがとうございます。行きますよ、荷渡様」
いつもは荷渡ちゃんに引きずり回されてる日ノ下さんだけど、今は引く時だと知っている彼女は強引に荷渡ちゃんを抱えて元の席に戻っていった。
危なかった。
一発触発の状況は、日ノ下さんのおかげでなんとか収まったのだった。
自室で今日一日の日記を書き終え、僕は一息つく。風呂上がりにコップに注いだまま放置していた牛乳を飲む。なまぬるいな。
『うーちゃん、あたし今とっても機嫌が悪いんだけど』
「ん? こころも牛乳飲んだら? 最近しょっちゅうこころが怒ってる気がするよ」
『うーちゃん、昨日のあたしとのトークタイム省いたでしょ! 一番大事なところだよね! 一番書き残しておくべきところだよね!?』
「あーそれにはそれなりに理由があるんだよ……」
『怒らないからおじさんに言ってみなさい』
「荷渡ちゃんのラインラッシュが凄まじかったんだよ」
昼間の出来事は夜に書くけど、こころとのやり取りは適当な空き時間を見つけて書くようにしている。昨日は適当な時間すら見つからないくらい、荷渡ちゃんからのラインラッシュが凄まじかった。日記では漫画を読んでる場面とか書いているけど、問題はその後だ。講義が終わってからびっくりするくらい時間がなかった。
『ばっかもーん! ……とは言えないね。ほふぅ、女の子とのラインとかメールってめんどくさいからねえ』
「一分以内に返さないと怒られるのは普通なの?」
『普通ではないけど……少なからず存在するよ……。一分返信しないと無視? とか送ってくる人はいたかなぁ』
「ふむ、女の子とのメールなんてこころ以外にあんまりしなかったからなぁ。めんどくさくなったら三日くらい無視してたけど、こころは何も言わなかったしね」
『え? 時々返ってこなくなったのって無視だったの!? てっきり忙しいと思ってたんだけど! うーちゃんさいてー!』
しまった。余計なことを言ってしまった。こころも一応女の子のめんどくさい部分を持っているらしい。
『ほふぅ、けど、ちょっと寂しいかなって思ったり。うーちゃんの中であたしの存在がどんどん小さくなってるんじゃないかって。日常生活が見違えるくらい充実してきたもんね』
「……」
真面目な声で言われて、僕は戸惑ってしまった。今の僕の生活が充実しているかは置いておこう。一日だけこころとのやり取りを書くのをさぼったのは、こころのことを忘れたからではない。けれど、思った以上にこころはそれを気にしている。
「ごめん。次から気を付けるよ」
『い、いいよそんな深刻に考えなくても。うーちゃんが忙しいのは仕方ないし!』
こころのことは片時も忘れていない。けれど、こころといることが特別であるのは、けっこうな頻度で忘れている気がする。
僕とこころはお互い口悪く言い合うことが多い。それでも僕が胸を張って親友だと言えるのが西天こころだ。
事実、こころがいなくなって僕は死ぬほど落ち込んでいた。
『辛気臭くなる話はやめよっか! あたし達は前だけ向いてればいいんだし』
「……そうだね」
過去から目を背けているのは、僕だけでなくこころも同じだ。
『そういえばさ、にーちゃんとはどんな話をしてるの?』
「こころのあだ名のバリエーションって、ほんと少ないよな。荷渡ちゃんとの会話ね。ほんとくだらないことばっかりだよ」
……
――現野くん、ボク、お風呂入ってきた。
――うん。
――今歯磨きしてる。
――うん。
――うんしか言わないとボク、ちょっと寂しいんだけど。
――ごめんごめん。ねぇ、荷渡ちゃん。僕そろそろ明日の小テストの勉強したいんだけど。
――え? 君、勉強なんてしてるの?
――いや、僕達一応、勉強が本分の学生でしょ。荷渡ちゃんはしなくても大丈夫なの?
――日ノ下に予想問題作らせて、それをまる覚えしてるから大丈夫。
――……日ノ下さんの予想問題って、そんなに当たるの?
――うん。九割は当たる。
――実は日ノ下さんめちゃくちゃ頭いいんじゃ……。授業理解してどこが大事ががわかってないとそんな精度の高い予想できないよね……。
――確かに天才肌だけど紙一重でバカの方に寄ってるよ、日ノ下は。現野くんのが、よっぽど頭いい。
――僕は全然だめだよ。
――現野くんなら大丈夫だって。それより一人暮らししてると寂しいからもっと話そうよ。
……
「振り返って思ったけど、荷渡ちゃんって意外と寂しがりやなのかな」
『がっぺむかつく! がっぺむかつく! ちょいちょいさみしがり屋の小動物のふりをしてるのががっぺむかつくぅううううううう!』
どこの方言だよ。
『うーちゃん騙されたらいけないよ! それ絶対に演技だから!』
「うーん、演技でも接待でも、あれだね、現実とのギャップのせいか、そんな悪い気はしないんだよね」
『なに? うーちゃんは弱い女の子がタイプ?』
「どうだろう。でも、男って基本的に庇護欲があるっていうよね」
むぅ、とこころがうなる。
『……う、うーちゃん、あたしさみしいなーなんて』
「がっぺむかつく! がっぺむかつく!」
『あたしだって一応女の子なんだけど!?』
「そのはずなんだけど、なんか異常にむかついた」
『酷い!』
文月ちゃんを中心に、僕の人間関係に関する視野はずいぶん広がった。人と関わるようになって、大学での人と人との繋がりが見えるようになった。当然だけど、人には相性があって上手くいく人と、どうしても相いれない人がいる。人と人が関われば友情が生まれることもあれば、軋轢を生むこともある。
今日、起こってしまった。
荷渡ちゃんと文月ちゃんが出会ってしまったための良くない出来事が。
僕はいつも通り文芸サークルに向かったのだけど、そこには荷渡ちゃんの親衛隊が五人立っていた。しかも、ただならぬ雰囲気だ。
「どいてくれるかな?」
「お前、犯人じゃあないだろうな?」
「はぁ?」
なにが起きたのかすらわからないのに、いきなり犯人扱いされて僕も少しへそを曲げた。
「心当たりはないのか?」
「何がなんだかわからないんだけど」
「違うのか。嘘をついてたら俺たちはお前を許さない。……が、やはりあの女どもか」と、親衛隊の方々は去っていった。
なにかがあったみたいだ。野次馬根性に分類されてしまうかもしれないけど、娯楽サークルで何があったのか、僕は気になってしまった。
はじめて自分の意志で娯楽サークルに向かった。教室のドアを開けると、ちょうど活動中で荷渡ちゃんは日ノ下さんと一緒に部屋の端っこにあるテレビゲームを興じていた。彼女の様子に変わりなく、いつも通りの活動をしているように見えた。
「荷渡ちゃん」
コントローラーを置くと、荷渡ちゃんが振り返った。
「ついに君の方から来るようになったんだ。調教したかいがあったね」
「いや、そういうわけじゃなくて……なにかあったの?」
「ん? ボクは今日も変わりないよ」
「そうですね。荷渡様の生理の日はまだ先です」
荷渡ちゃんが無言で日ノ下さんの額を殴る。「嗚呼ッ!」と、声を上げて彼女は悶えた。
日ノ下さんは放っておいて、僕は荷渡ちゃんに、さっきの親衛隊の方々との出来事を話す。
「あーうん、それね。別にほっとけばいいって言ったんだけどね。ただボクが嫌がらせを受けてるってだけなんだ」
「嫌がらせ……ってなにを?」
「なに。ネット上でちょっと鬱陶しい嫌がらせの書き込みがあってね」
僕は詳しく荷渡ちゃんから事情を聞く。
「荷渡ちゃんはフェイスブックをやってたんだね」
「まぁね。けど、現実でボクのアカウントを知ってるのはせいぜい娯楽サークルのメンバーくらいなものだよ」
どうやら昨日の夜、荷渡ちゃんが管理するフェイスブックに、嫌がらせのコメントがいくつか寄せられたらしい。本人は気にしてないようだけど、親衛隊の人達が激怒。犯人探しがはじめられたらしい。
……犯人探しって言っても、あれだよね。現時点でも九割九分予想はつくよね。昨日あった出来事に関わった人間が犯人であるのは間違いない。僕は僕が犯人でないのを知っている。文月ちゃんはそういう嫌がらせをするような子ではない。大方、文月ちゃんの友達だろう。
「まったく、低レベルな嫌がらせだよ」
「……ほんとに平気なの? 荷渡ちゃん」
荷渡ちゃんの性格を考えれば、こういうのを許しておくとは思えないんだけどね。
「荷渡様。もしうっぷんが溜まっているのでしたら私を罵倒してください」
「日ノ下はそこら辺の椅子みたいに黙ってろ」
無言で四つん這いになる日ノ下さん。美人が台無しだよ。
「ボクはいじめられるのには慣れてるよ。そっちに関してはもう怒る気すら起こらないね。ボクが昨日気に食わなかったのは、あくまでボクの下僕とあいつが仲良くしていたことなんだから」
荷渡ちゃんの価値観は少し変わってるみたいだ。
嫌がらせに関しては、平気ってならそれでいいんだけど……。いい、のかな?
そもそも、僕がでしゃばるまでもなく、親衛隊の人達が文月ちゃんの友達に注意しに行くだろう。事が無事に収まればいいのだけど、と願うばかりだ。
タイミングよく、さっき僕を犯人扱いした連中が戻ってきた。
「くそ、あいつらまるで認めやしねえ! 絶対に犯人なのに!」と、喚いているのを聞くと、どうもうまくいかなかったみたいだ。
「だからほっとけばいいって言ってるのに。まったく」
そんな彼らを見て、荷渡ちゃんはやれやれとため息をつく。
「ほっとけないですよ!」
「うれしいやらめんどくさいやらだね」
不意になにかを思いついたように荷渡ちゃんはポンと手を打った。なぜか僕はとても嫌な予感を覚える。
「やったことを認めない。ようは昨日の女達がやったって証拠があればいいんでしょ。よし、現野くん。さっさと証拠をつかんでうるさい女子大生を黙らせてよ」
「いや、なんでそうなるの」
「そうですよ荷渡様! わ、私に命令してくださればいいのに!」
「じゃあ日ノ下は一日だけ現野くんの従者になって、一緒にこの件について調べてよ」
「わかりました! 頑張りましょう現野様!」
とても断れる流れじゃなかった。
「君たち二人なら一日あれば余裕でしょ。頑張ってね」
事の中心にいるはずの荷渡ちゃんが、他人事のように言ったのだった。
僕は日ノ下さんと調査することになった。なったのはいい。昼の講義を終え、花野さんの友達に多少の聞き込みをしたのだけど証拠は得られず。そして、もっと直接的に証拠をつかむ方法を探しているところで日が暮れて今日はお開き。そして僕は家に帰り、証拠をつかむ方法を探る。そういう流れになるはずだった。
実際、僕は家で花野さんと霧雨さん(喧嘩の時にいた、もう一人の文月ちゃんの友達)がネットで嫌がらせをしている証拠を見つける方法を考えていた。それはいい。問題は僕の家に日ノ下さんがいるってことだ。荷渡ちゃんと違い大人っぽい日ノ下さんと同じ部屋に二人きりってだけでどぎまぎしてしまう。一人暮らしをはじめて、最初の来客だった。昨日偶然掃除をしていたので、あまり散らかってないのが救いだ。
「一日だけ現野様の従者として過ごすことになりましたので、お世話させていただきます」
さも当然にようにメイドさんはこうおっしゃりました。荷渡ちゃんから言われたことを忠実に実行しているのだ。やらなくていいっていうのに、夜ご飯を作ってもらいました……ほんとに頭が上がらない。一人暮らしで、簡単にできる物しか食べていない僕にとって久しぶりのまともな食事だった。
肉じゃがとお味噌汁、そしてサラダ。バランスまで考えられた献立だ。
座布団や座椅子がないのを申し訳ないと思いながら、僕は日ノ下さんと足の短いテーブルを挟んで座る。いただきますを言って、僕は料理に手を付ける。
「めちゃくちゃおいしい……。肉じゃがのじゃがいもはほくほくだし、味噌汁の濃さも完璧だ……」
「そう言ってくださるとうれしいです」
日ノ下さんをお嫁さんに迎えた人は間違いなく勝ち組なんだろうな。などと思いながら僕は一心不乱にご飯を食べた。一人暮らしをしていると料理をするのがだんだんめんどくさくなるんだよね。半額弁当やインスタント食品を買って食べるようになり、終末期にはごくごく最小限しか食べなくなる。手作りのありがたみを思い出したよ。
久しぶりにご飯が進んで、お米を二合も食べてしまった。肉じゃが恐るべし。
「日ノ下さん、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「荷渡様の生理の日はおそらく一週間後からはじまりますよ。荷渡様は生理痛が強い方で生理の日は弱々しくてそそられます」
「いや、僕が聞きたいのは荷渡ちゃんの生理情報じゃないから。日ノ下さんって、もしかして荷渡ちゃんの身の回りの世話までやってるの?」
「一週間のうちの半分くらいは、やってますよ。お料理とかお掃除とかお洗濯とかお洗濯とかお洗濯とか」
「どうしてそこまで荷渡ちゃんに入れ込むの? 荷渡ちゃんって女の子からは嫌われそうなタイプだけどね」
こころの反応を見る限りは。
「私ってレズ気質があるんです」
「ぶっちゃけるなぁ……」
僕の中のレズってもっと高尚なものだったんだけど。いや、勝手に僕が思ってるだけなんだけどね。
そして僕にとって薔薇よりは百合の方がずいぶん受け入れやすい。むしろウェルカムだ。どっちも同性愛なのに、この違いはなんなんだろうね。
「荷渡様はかわいいですし、私はどちらかと言えばガンガン使われたい人間なので」
両手を顔を手に当て、体をもじもじさせながら日ノ下さんは言った。
自己中心的で人を振り回す荷渡ちゃんと、かわいい女の子に使われたい日ノ下さん。二人の相性は奇跡的にいいのかもしれない。
僕たちは夜ご飯を食べ終え、再び証拠になりそうな物が何なのかを考え始めた。
「犯人の目星がついていても、証拠を見つけるって案外難しいね」
「やっぱり、本人たちが認めてくれればそれが一番早いんですけどね」
「書き込んだ証拠ってなると、ネットの方から探りを入れるしかないのかな」
「厄介ですよね。匿名性って」
SNSに限らずネット上ではいくらでも自分を偽れる。ネカマなんて言葉も生まれるくらいだ。
「今日もばっちり嫌がらせの書き込みがあるからなぁ。これ以上厄介ごとにならないうちにやめさせたいね」
荷渡ちゃんのアカウントは、実名登録ではなく、日渡キキというハンドルネームを使っていた。
そのアカウントに嫌がらせの書き込みをしているのは、でたらめに作られたアカウントで、花野さんや霧雨さんが犯人だと決める証拠にはならない。
うんうん唸りながら、僕は途中から別のことを考えていた。
まずい、そろそろこころが起きそう。
『おはよーうーちゃん! さーやってきました。うーちゃんとあたしとのトークタイム!』
やっぱりきたか。まずい。今はこころと話せない。日ノ下さんが目の前にいて、どんな小さな声でも彼女に聞こえてしまう。ヒジョーニココロガイタムが無視するしかない。
『ほふぅ? うーちゃん寝てる?』
「そういえば、今、フェイスブックのアカウントをもう一度調べてみたんだけど、だめだね」
『フェイスブック? え? うーちゃんもしかしてあたしのフェイスブック調べた?』
こころには僕以外の声は聞こえない。
この時間に僕が誰かと話しているなんてまずありえないんだけど、察してくれこころ。というか、こころがフェイスブックをやっていたなんて初耳だよ。
「そうですね。完全に捨てアカウントでしたね」
「やっぱり現実との関係は完全に断ってるんだよね」
『黒羽深夜のこと!? いやぁあああああああああああああどうしてそれを!? あたしの二次元専用アカウントが!?』
「うーん、やっぱり難しいね。今日のところは帰りなって、日ノ下さん。明日仕切り直そう」
『あれ? どうしてそこで日ノ下さん?』
「……そうですね。しかし残念です。もう少し男の子の生活を観察してみたかったのですが」
「いやいや、勘弁してよ」
『もしかしてあたし話相手じゃなかった?』
今更気づいたのか。
「それでは、失礼します。お邪魔しました」
「僕の方こそ、ご飯作ってもらって助かったよ。ありがとう。そうだ、暗いし送るよ」
『もしかしてあたし、単に秘密を一つ暴露しちゃっただけです? 酷くない!?』
知らんがな。こころが勝手に自爆しただけだろう。
『というより、ひーちゃんはもしかしてうーちゃんの家にいる!? なんで!?』
なんでだろうね。
日ノ下さんを家に送り届けるまで、わーぎゃーわめくこころを無視することになった。よくよく考えれば、女の子を家まで送るなんて体験ははじめてだ。ちょっとしたナイト様気分を味わえたよ。
日ノ下さんを送り終えた僕は、ようやく自室で一人になる。
『うーちゃん……うっ、ちょっとは話してよぉうーちゃーん……』
そのころには、こころは若干涙声になっていた。さすがに申し訳ない。
「ごめんごめん。ご考察の通り、日ノ下さんが家に来てたから話せなかったんだ」
『あ……うーちゃんだうふふ……あたしに話しかけてるのかな違うのかなふふ……』
予想以上に重傷だった。こころをいじめるのは楽しいが、今回はちょっとばかり心が痛むな。
「おーいこころ。正気にもどれー。僕はこころに話しかけてるよー」
『あ、うーちゃん』
「ウラジーミル・プーチンさんのあだ名も」
『うーちゃん! ほふぅ、放置プレイがこんなに過酷だとは思わなかった』
「Mっ気のあるこころが好みそうなプレイだとはおもったけどな」
『ないからね! それよりうーちゃん、ひーちゃんを家に連れ込むなんてどゆこと!?』
「それについては、まぁ、今からここまでの日記を書くからそれで察してほしい」
僕は机について、今日の分の日記を夜の部も多少含めてさっくりと書き終えた。文章の上では日記を書き終えたの一言で済むんだけど、実際には三十分以上かかるんだよね。
『一ついい?』
「どうぞ」
『女の子を家にはじめて送ったって嘘だよね!? あたし、うーちゃんに何回も送ってもらったからね!?』
「妙なとこ気にするなぁ。こころはノーカウントでしょ。僕とこころの実家はお隣様だよ? 送るも何も、僕からしたら家に帰るのと同じ感覚だったからね」
『……でも、あたしが一番なんだから訂正しよ! ね? ね?』
「わかったよ」
こころがしつこいので訂正しておきます。何度もこころを家まで送ったことがありました。それで満足したこころがほふぅと息をつく。
『あとさ……うーちゃん、実は手を出したりしてない?』
「そんな度胸はない」
『度胸の問題なのかなぁ。今すぐにでもうーちゃんの部屋のゴミ箱を漁りたい』
生々しいことを言った後、ほふぅ、とこころがため息をつく。
『しかしついににーちゃんがいじめられましたか』
「嫌がらせを受けるのも時間の問題だったみたいな言い方だね」
『だよ。うーちゃん達は頑張って証拠を見つけようとしているみたいだけど、わかってる? 仮にこの問題をうーちゃんが上手く解決しても、すぐにまた別の嫌がらせを受けると思うよ? にーちゃんが今のままだったら』
「うっ……」
そこまでは考えていなかった。こころは意外と目ざとい。僕の現実が読み物として見られるから、かなり客観的に考察できるというのも大きいだろう。
「荷渡ちゃんのわがままを直せと? それってかぐや姫ばりの無理難題だと思うんだけど」
『ほふぅ、確かにそうよね。直す直せないは別に、注意くらいはしてあげたらいいんじゃない?』
「それもそうか……って、こころは意外とまともなこと言うんだね」
『あたしのことアホの子かなんかと思ってない!?』
「Exactly(その通りでございます)」
『プラチナむかついたからね今?』
あれ確かプチむかつくって意味だからあんまり怒ってないんだね。
「じゃれあいはここまでにして、荷渡ちゃんのために証拠探しの頭脳体操をしようじゃないか」
『あたしの扱いとことん雑だよね……』
「実は僕、一つ思いついたんだ」
『見た感じ手詰まりみたいだったけど?』
「まぁね。可能性があるってだけの調査だよ」
僕は机の上にあるパソコンを起動させる。
『なにするの?』
「花野さんや霧雨さんのSNSのアカウントを片っ端から漁ってみる」
『うわぁ……女の子のプライベートを覗くなんてサイテー』
酷い言われようだった。荷渡ちゃんの調査で仕方なくやるんだよ? 本当に仕方なくだよ?
「とりあえず有名SNSフェイスブック、ツイッターに絞って調べてみようか」
僕はグーグルからツイッターの公式ホームページを検索する。
「まずは捨てアカを作ってっと」
『うわあ……うーちゃんなんか手慣れてない?』
「ハワイで親父に習って」
『いや、そんな名探偵みたいなこと言っても誤魔化せないからね!? それにあたし、うーちゃんが海外旅行に行ったことないの知ってるから!』
まぁ、そうんだけどね。西天家と現野家は家族ぐるみの付き合いで、片方の家族が旅行に行くときはもう片方の子供もついて行っていた。
「よーし、調べ始めようかね。ユーザー検索で花野都っと」
『で、でたー検索に女の子の名前入れ奴ー』
「おお、出た出た。やっぱり今時の大学生だね。実名登録してるなんて。伊吹大学文学部文学科一期生花野都。趣味は旅行で夏休みは必ず海外旅行をしている。ふむふむプロフィールは手が込んでるね」
『よく実名登録できるよね。自分の写真とか普通に上げたり。あたしはそういうの危ないと思う方なんだけど』
「僕もネットで実名や顔は晒したくない側だけど、人によりけりなんじゃない? フェイスブックはネット上の匿名性を取り払おうってSNSだし、名前や顔を晒してもいいって人も一定数居るんだよ」
『そーかー』
荷渡ちゃんは意外と慎重なのか、ネット上では日渡キキとして活動しているみたいだけどね。
「あー花野さんのアカウントには鍵がかかってるなー」
ツイッターはアカウントに鍵をかけることができて、見る人間を制限することができる。僕はその制限に引っかかって見られない。
『つんだつーんだ?』
「いやいや、まだまだ。僕の捨てアカウントを文学部の人っぽいアカウントに偽装してフォローを試みる。伊吹大学文学部人文学科の城岸直人です。文学部の方の交友関係を増やしていきたいので、ガンガンフォローさせてもらいます。よろしければフォロー承認お願いします。趣味は旅行にしとけば共感呼びやすいかな。これでよしっと」
『素直に気持ち悪い……』
本気でドン引きするこころさん。
「し、仕方ないんだ。調査に必要なんだ!」
『実は過去に似たようなことやったことない? 気になる女の子のアカウント覗こうと試みたり』
「……あぁあぁありませんよぇえ」
『声が震えてますなぁ』
「と、とにかく、調査を続けよう。承認されるかは運だし。次は霧雨さんだ。霧雨奈菜さんで検索検索ゥ」
『いつになくのりのりなうーちゃんである』
「わらわらヒットしたけどあれだね。東方プロジェクトの霧雨魔理沙さん関係が多すぎるね」
『あーあるねあるね。キャラの名前の全部もしくは一部をアカウント名にしたり混ぜたりするの』
「この中で、そもそも存在するかもわからない霧雨さんを探すのはちょっと骨だね」
試しに伊吹大学やら文学部やらのワードも混ぜてみたけど、結果は芳しくなかった。霧雨さんについては一回保留だ。
「次はそうだね、黒羽深夜っと」
『うーちゃああああああああああああああああああああああああん!?!?!?!?!?!?』
「お、ヒットしたヒットした。フェイスブックだけじゃなくてツイッターもやってたんだ」
『ぃやめてぇえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!』
「なになに、俺の名前は黒羽深夜だ。身長183センチ体重67キロ。十八歳だ。趣味はブレイクダンス、読書、洋楽を聞くことだ。趣味が合うやつのフォローを待ってるぜ。なるほど、黒羽深夜って男っぽい名前は、妄想のオリジナルキャラクターの名前だったんだね」
『がべぶっ……殺せ……あたしを殺せぇ!』
「なになに、ツイートは……やれやれセンター試験楽勝過ぎて途中で寝ちまったぜ。ふん、クリスマスか。女が鬱陶しいぜ。なるほど頭良くてさらに女の子にもてる高スペックなわけだ。ただ、絡むのは同じオリキャラの男だけ。なるほど、ある意味腐成分を補うためのアカウントなんだね」
『誰にも……誰にも言えないあたしの秘密がぁ……ふふ、ネットっておそろし』
ライフポイントが尽きたらしくこころが静かになった。
花野さんのフォローフォロワー欄を覗いてみる。フォローフォロワーはいわば交友関係の表れでもある。以前、文月ちゃんからもらった人間ネットワーク実験の手紙に乗っていた名前がちらほらあった。霧雨さんらしき人物を漁ってみる。
存在しなかった。どうやら霧雨さんはツイッターはやってないみたいだ。ちなみに、文月ちゃんのアカウントはばっちりあった。興味をそそられ覗いてみたのだけど、更新頻度が一か月に一回とかだった。残念。
「次はフェイスブックかな。こっちはあんまり使わないからシステムについては疎いんだけど、似たようなものだよね。とりあえず捨てアカ作りから取りかかろう」
実名登録が基本であり、匿名性を取り払ったフェイスブックの方が有力な証拠を得られる可能性は高いだろう。
実はこころや荷渡ちゃんのように、偽名登録するのはフェイスブックにおいてはルール違反になり、運営にばれれば凍結の対象になる。世界的に見て、日本人が偽名で登録する率は高く、けっこうな頻度で凍結を食らっているらしい。
匿名性を取り払ったSNSだから、現実の出来事が書き込まれることが多い。
使い方を間違ったら本当に危ないことになるSNSなんだよね。
『うーちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど』
長い時を得てこころが復活した。
「なに? 黒羽深夜さん」
『その名であたしを呼ぶなぁ! ……高校の頃の友達がちょっと気になっちゃって。あーちゃんのこと調べてみてくれない? 確かフェイスブックやってたからさ。元気にしてるかちょっと気になったの』
「ん? まぁそれならお安い御用だね。秋元さんの下の名前なんだっけ」
『綾だね』
「ユーザー検索っと」
あっさり目当てのアカウントは見つかり、僕は秋元さんの近況をざっと伝えた。幸い、彼女は元気にやっているようだった。
『ほふぅ、あーちゃんが元気そうでなにより』
「そうだね。ん……?」
『どったの?』
「GWにクラスのみんなで同窓会! 楽しかったよー! ……なん、だって?」
『……あっ』
こころがなにかを察したような声を上げる。秋元さんと僕は高校三年生で同じクラスだった。
『き、きっと遠くだったからみんな気を使って呼ばなかっただけだよ! 忘れたとかじゃなくて!』
「やめて。今慰められたら僕泣きそう」
高校の頃は仲が良かった人がいたって日記に書いた僕の立場がないんだけど?
大学生や社会人になって、フェイスブックで同級生の名前を検索してはいけないってのを身をもって知ったよ……。
「よし、切り替えていこう。今僕がやるべきは、嫌がらせをしたという証拠探しだ」
現実から目を反らすべく僕は調査に没頭した。
結局、決め手になったのはフェイスブックではなく、花野さんのツイッターの方だった。
僕の捨てアカウントが承認され、花野さんのつぶやきを見られるようになった。そして彼女のツイートを調べた結果、出てきたのが『今から荷渡のフェイブに嫌がらせやりにいくか』というあからさまな物だった。犯行後にも『あーすっきりした』とかつぶやいていたので、明日はこれを証拠にしてやったことを認めてもらおうと思う。一応、スクリーンショットも撮っておく。
『しかしあれだねー、人間関係はごちゃごちゃしてるのに、犯人が単純に怪しい人ってのもなぁ。あまりにも決まりきった犯人だと裏があるって疑ってしまうんだよね』
「現実にどんでん返しなんてなかなか起こらないよ。これから後に僕がするのは嫌がらせを止めて、荷渡ちゃんにもわがままな振る舞いを抑えるように注意する。これだけだよ」
嫌がらせをするのは悪いことだけど、こころの言う通り荷渡ちゃんの振る舞いにも問題があるからね。
「よし、僕は寝るよ」
『はーいおやすみうーちゃん。ほふぅ、今日はなんのゲームしよ』
「ニート生活だね、完全に」
『個人的に通信プレイができないのがとても辛いのん……』
最近のゲームは通信ありきの物が多いもんね。さて、寝よ。
僕はE-59のサークル塔、まぁいつものサークル塔に入った。今日は傘があっても役に立たないほどの土砂降りだった。いよいよ梅雨に入ってしまったかなぁ。降る雨は風邪を引きそうになるくらい冷たかった。
あー、服とかばんがびしょびしょだ。教材が全滅してないことを祈るばかりだよ。一度文芸サークルの小教室に行ってカバンの中にある物を乾かそう。
僕は元々娯楽サークルに直接向かう予定だったのだけど、寄り道をすることにした。
誰もいない文芸サークルの教室で、僕はカバンの中身を引っ張り出す。
「あーあ……」
プリントの束が……、大学生を気取ってみて言えばレジュメの束が水でぐちゃぐちゃ。教科書はページが張り付くくらいにぬれていた。
「お願い、読めるくらいには戻ってくれよー」
願いながら机の上に乾きやすいように広げて並べておく。
「あとはこれか」
濡れてしまったタブレット端末の水気をよくふき取る。防水性が高いから大丈夫と思うんだけど、心配で電源を付けた。無事表示される画面。そこには荷渡ちゃんのフェイスブックのページが表示されていた。
日渡キキ。
僕はハンドルネームを見る時、名前の意味とか考えちゃう人間だ。荷渡ちゃんはどんな意図で付けたんだろう。
「ん?」
そこで僕は違和感を覚える。
あれ? あれれ? おかしいぞ。
僕の中にもっとも根本的な疑問が湧いてきた。
花野さんたちは、どうやって荷渡ちゃんのアカウントを知ったんだ?
こころの『あまりにも決まりきった犯人だと裏があるって疑ってしまうんだよね』という発言が僕の頭の中で反響する。
フェイスブック上では荷渡ちゃんは実名で登録していない。実名で登録していたなら荷渡ちゃんを見つけるのはたやすいが、ハンドルネームとなれば別だ。まずわからない。
荷渡ちゃんは言っていた。日渡キキが荷渡ちゃんであるのを知っているのは、せいぜい娯楽サークルのメンバーであると。
娯楽サークルの人達に聞いたっていうなら、花野さんたちにSNSのアカウントについて聞かれたとか証言が出てきてもいいはずだ。
おかしい……。
絶対に花野さんたちに荷渡ちゃんのアカウントを教えた人間がいる。あまりよくない言い方だけど、娯楽サークルに裏切り者がいる。
――そうか。
僕はスモールワールド実験の手紙を漁ってみる。手紙は全て文月ちゃんからもらったものだ。大学の文月ちゃんの周りの友人関係が、ほとんど網羅されている。文月ちゃんに近しい花野さんや霧雨さんの名前も多い。当然、花野さんや霧雨さんに渡す人もいるわけで、二人の人間関係もある程度は見えてくる。
僕はその中に彼女の名前を見つけた。
黒幕じみたことして。
まったく、何を考えてるんだよ。
僕は服が濡れたまま文芸サークルを出て、最上階にある娯楽サークルの教室に向かった。
脳内で今までの情報を組み替える作業が終わるころに、娯楽サークルのドアをくぐった。
教室では、二十を超える人間が各々好きな娯楽を興じていた。
その教室の真ん中に、昨日まで端っこの方に寄せられていた勉強机がどんと置かれている。そのうえで荷渡ちゃんが自分でシャーペンを握って、せっせとノートに文字を書き込んでいた。宿題をやっているのだ。写してるだけのようだけど、自分の手でやっているのが僕には意外に思えた。
って、こんなことを意外に思えてしまう時点でどうかしてるね。
「荷渡ちゃん、犯人の証拠が掴めたよ。たぶん、嫌がらせは止められると思う。話くらいはしとこうと思ってね」
「ちょっと待ってね。今忙しい」
なんでも自分のペースが優先な荷渡ちゃんだ。
僕が温厚でよかったね?
「申し訳ございません。あちらにお茶とお菓子を用意しているので、よかったらお食べください。今、茶葉を切らしていてインスタントしかありませんけど……」
「あ、ありがとう」
教室の一角には、テーブルが置いてあり、その上には手作りらしいクッキーと湯沸かし用のポッドが用意してあった。遊びの間に休憩する場所なのか。ちょっとしたネットカフェみたいだ。
日ノ下さんは積んであったティーカップを一つ取り、そこにティーパックを入れて紅茶を作ってくれた。
ちょっとおかしなところはあるけど、日ノ下さんはいい人なんだよね。
「あの後、証拠を掴めたんですね」
「うん、まぁたまたまだよ」
手作りのクッキーをぽりぽり食べていると、荷渡ちゃんからお呼びがかかった。
「よし、証拠が掴めたって言ったね。どうやって掴んだんだい?」
荷渡ちゃんの言葉に、娯楽サークルの教室がシンとなる。僕の方に複数の目ん玉が向いてくるのをひしひしと感じた。
とりあえず、証拠を見つけるまでの流れを大雑把に説明した。説明し終えた時には、心なしか教室にいたみんなが僕から距離を取った気がするんだけど……。
僕は一応、証拠となる花野さんの発言を表示したタブレット端末を荷渡ちゃんに渡した。
「ふむ……確かに書いてあるね。うーん、そうだね。腹いせに、ト・ク・テ・イ・シ・タっと」
慣れた手つきで僕の携帯をいじる荷渡ちゃん。
「僕のアカウントで勝手に書き込まないでよ!?」
止める間もなかったよ。恐ろしい子。
いやまぁ捨てアカウントだから別にいいんだけどさ……。
「荷渡ちゃん……もう少し他人を気遣いなよ」
「やだ」
矯正失敗のお知らせ。僕の気遣いが二文字で消し飛ばされたよ。
「それとさ、証拠の話とは別に、確認しとかなくちゃいけないことがあるんだ」
「なんだい?」
「日ノ下さんのことなんだ」
僕は荷渡ちゃんの隣に立つ日ノ下さんの表情をうかがった。
「今回嫌がらせをやったのは間違いなく花野さんなんだけどさ、彼女はどうやって荷渡ちゃんのフェイスブックのアカウントを知ったの? 荷渡ちゃんのアカウントは偽名で、しかも伊吹大学で知ってるのは娯楽サークルの人達だけなんだよね」
「ははん、君の言いたいことはわかった。ボクが文月と騒動を起こした後に、ボクのアカウントを花野達に教えて嫌がらせを誘発したやつがいるってこと?」
「そうだね」
「それが日ノ下だと?」
「うん」
荷渡ちゃんの手入れが行き届いたまゆが吊り上がる。
「そこんとこどうなの、日ノ下?」
「さぁ、心当たりはありませんね」
挑戦的ともとれる日ノ下さんの笑みが、僕に向けられる。
まったく、本当になにを考えてるんだ。日ノ下さん。
「僕としては証拠を見つけて、嫌がらせを止めてめでたしめでたしでよかったんだけどね。知ってしまったから、言わないわけにはいかないんだ。日ノ下さんは、花野さんと仲がいいでしょう?」
「あら、そんなことはないですよ」
「日ノ下さん、その嘘を取り消せるのは今の内だよ?」
「私が嘘をついていると言うのでしょうか?」
「残念ながら」
僕は文芸サークルの教室から持ってきたいくつかの手紙を、荷渡ちゃんの机に置く。准教授がスモールワールド実験に使っていた手紙だ。
そこには一連の人の名前が、人の繋がりが記されている。
文月ちゃんからもらった大量の手紙の中で、重要な繋がりをピックアップしたものだ。
その繋がりは、
→日ノ下→花野→
のラインだ。
「知っての通り、准教授が行った人間ネットワークの研究だよ。この手紙のルールとしては、あだ名とか下の名前で呼び合えるほどの親しい仲でなくてはいけない。日ノ下さんは花野さんに手紙を渡してるよね。しかも複数」
「日ノ下、これについては?」
赤いコンタクトを入れた瞳が、日ノ下さんに視線を投げる。
「そういえば、ありましたね。そんなものが」
薄く笑って、日ノ下さんは肩をすくめた。
「そうですね、私の負けです」
そしてあっさりと自分がやったことを認める。
「花野様、いや、都は私の友達です。同じ高校の出身なんですよ。私は、都の性格をよく知ってます。あの喧嘩の後に、都に荷渡様のアカウントを教えればどういう行動に出るか知ってて利用しました。確信犯です」
「日ノ下さん、どうしてそんなことをしたの?」
僕には、日ノ下さんの動機がいまいちわからなかった。日ノ下さんが花野さんに荷渡ちゃんのアカウントを教えなければ、この騒動は怒らなかっただろう。
日ノ下さんは本気で荷渡ちゃんに入れ込んでいる。わざわざ荷渡ちゃんが嫌がるようなこと(本人は結局嫌がってなかったけど)をするのは腑に落ちなかった。
「簡単ですよ。荷渡様に頼られたかったんです」
「……」
大真面目に日ノ下さんは言った。
この人は、頭もいいし、人の世話を見れるし、気が利く。なのにどうしてこんなにバカなのだろう。
「日ノ下。ボクに背を向けて立て」
冷めた声で荷渡ちゃんが告げる。言われるがままに日ノ下さんは荷渡ちゃんに背を向けた。
「バーカ」
立ち上がった荷渡ちゃんが放ったのはトゥーキックだった。硬そうな革靴のつま先が日ノ下さんの尾てい骨にさく裂する。
「あひぃいいいいいいいいい!?」と声をあげ、むしろ嬉しそうに床を転がる日ノ下さん。
「そんなめんどくさいことをするまでもなく、ボクはいつも日ノ下に頼ってるでしょ。はい、今回はこれでおしまいだよ。ボクは君がやったことで怒ったり悲しんだりはしない。めんどくさいからね。まったく、バカらしい終わり方だよ」
うーん、荷渡ちゃんと日ノ下さんが不仲にならなくてよかったと喜ぶべきかな?
彼女達には彼女たちの付き合い方があるのだし、僕が口出しするようなことじゃないね。
よし、後始末をしに行こうかな。嫌がらせを止めて、今回の騒動は全部おしまいだ。結局、荷渡ちゃんの性格は直りそうにないけど……。
僕は娯楽サークルの教室を後にして、後始末に向かう。
すると、日ノ下さんが後ろから追ってきた。
「どうしたの日ノ下さん」
「今から都と霧雨様のところに行くんですか?」
「そうだね。一応、嫌がらせをやめてもらわなくちゃいけないし」
「私も行きます。都に土下座して踏まれて靴を舐めるくらいはしなくてはいけません」
「そこまでする!?」
「私は友達を、故意に利用したのですから」
自分がけっこうえげつないことをしたという自覚はあるみたいだった。
「荷渡ちゃんも言ってたんだけどさ、別に騒動を起こす必要もなかったんじゃない」
「そうなんですけどね。本来は。ただ、ちょっと気の迷いがあったんです。私は焦ってました」
えへへ、とほっぺたをかく日ノ下さん。
「焦ってたって、なにに?」
「はて、私と都の関係まで見抜いた現野様ならわかりそうなものですけど」
「ごめん、さっぱりわからない」
「私もさっきから不思議に思っていたのです。私と都の関係を見抜けて、どうして私の動機がわからなかったのかって」
「……?」
僕は本気で首を傾げる。
「ほんとにわからないみたいですね。なんというか……わからないというか、人の裏側から目を背けてるって感じがします」
僕の過去を知るはずがない日ノ下さんにそんなことを言われて、ドキッとした。
「荷渡様は、現野様を気に入ってました。言えば、荷渡様を現野様に取られるのではないかと心配になったんです。だから、いいところを見せて荷渡様の気を引こうと、事件が起こるように促したんですよ。私は現野様に、醜く嫉妬していたのです」
人間関係が変われば、良くも悪くも様々な影響が起きる。元々あった人間関係が崩壊の危機に瀕する場合だってあるだろう。
文月ちゃんと荷渡ちゃんが出会ったことで起こった事件ではなかった。
これは、僕と荷渡ちゃんが出会ったことで起きた事件だ。
「事件が起きて、荷渡様が最初に頼ろうとしたのが現野様でしたけどね。自爆です」
なぜか、申し訳ない気分にもなる。僕が入ったことで、娯楽サークルの内部関係を荒らしたのではないか。
「当てこすりのように言って申し訳ありません。いや、現野様は悪くありませんよ。すべては私の責任です」
僕の心を読んだみたいに日ノ下さんは謝った。
その後、僕達は後処理に徹底した。詳しくは書かないけれど、冗談でもなんでもなく、日ノ下さんの謝りっぷりは先の言葉通りの勢いだった。
兎にも角にも、今回の騒動はこれにて一件落着と言っていいだろう。