『西天こころ』は文字の上で生きる1@プロローグ
彼女の声が妄想や、幻聴の類でないのを僕は信じている。
一日が終わり同時にはじまる頃、僕は自室で机に向かっていた。ノートの上にすらすらとシャーペンを走らせる。大学で出された課題を片付けているとかではなくて、今日起こった出来事を書き出しているだけだ。
僕が通う伊吹大学の近くにできたアイス屋で出た新作の話を書くと異変が起きた。
『ほふぅ、伊吹大学の近くに新作のアイスが出たのね。食べてみたいなぁ』
女の子の声。
自宅から遠い場所の大学に受かったので、僕はアパートを借りて一人暮らしをしている。僕の部屋には僕以外誰もいない。しかも街の主要道路から離れていて、外から鈴虫の鳴き声が聞こえてくるくらい静かなとこだ。戸締りもきちんとしているので泥棒が入ってきたなんてのもあり得ない。よって、この声は実体のある者からの声ではなかった。
「けっこうおいしかったよ」
『味の描写は念入りにしてよね!』
「わかったけど、別に本当に味わえるわけじゃないでしょ」
『いいの! 妄想するから』
デビルチョコレートアイスという妙なネーミングのアイスで、その味を事細かにノートに書き連ねていく。
『ほふぅ、うーちゃん、これは凄くおいしいそう』
僕の頭に響く声は僕が書いた文字についての感想をもらす。
さて、さっきから僕が聞いている声の正体をざっくり説明しておこう。
声の主は西天こころ。僕の友達で――、友達だけど本来はもう声を聞くことすらできない人だ。
なぜなら、彼女は殺人未遂事件の被害者で、その事件のせいで植物人間にされたのだから。病院のベッドの上で寝たきりの生活が一生続くだろうと医者は言っていた。
どうして僕がいないはずのこころの声を聞けているのかは正直言って謎だ。
こころは、僕の書く文章を通じて現世を知ることができる。生霊にしてはずいぶん中途半端な存在になってしまっていた。
僕の妄想の産物と言われればそれまでの存在だけど、現に僕自身も妄想でないとは否定できないのだけど、それでも僕は西天こころが存在しているとして日記を書き残していきたい。
こころが目覚めないとしても、彼女が生きているんだと知らしめるために。
僕がこれを書くと、こころは後で『三日後に見返したら枕に顔うめてバタバタしたくなるようなプロローグになってるからね』と、言ってきた。
書く物すべてが見られているってのはやりにくいったらありゃしない。
とにかく、これをもってプロローグをおしまいにしようと思う。
頭がおかしくなった人間の書き置きとしてでもいいから、お付き合いいただきたい。