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現実に侵食される仮想世界

 同じマンションに住んでいる巨乳美少女型顔隠しお化けと挨拶をするようになった。

 お互い家から出たくないインドア派。

 なのになぜかそんな寂しい二人が出会う場所。それは近所のコンビニ。

 俺は酒より甘味派。甘いものを買おうと棚を見ていると、少女と目が合う。ナターシャだ。


「あ、どうも」


 挨拶をするとぺこりとナターシャが頭を下げた。

 あの傍若無人なおっさんはここにはいない。

 本当に二重人格である。


「あの……佐藤さん……」


 ナターシャは俺の本名を呼び、そのまま困った顔をする。

 そのまま、モジモジしながら携帯端末を出し、なにかを入力する。

 俺の端末からメッセージ受信のアラームが鳴った。

 8月32日のメッセージクライアントからだ。


『アイス驕れコラアアアアアアアアアァッ!』


「直接言え!」


 当たり前のツッコミに現実のナターシャはにこりとほほ笑む。

 ツッコミが目的か。なにこの芸人気質。


「それで……どのアイスにする? 買ってやるからよ」


 200円もしない菓子で偉そうにするだめな大人がここに。

 それでもナターシャはニコニコしながらケースを眺める。冬なのに。

 しばし悩んだ後、意を決していちご味のアイスクリームを取って俺のカゴに入れる。150円。

 俺はチョコのアイスを入れる。

 そのまま、カゴに入れた清涼飲料に弁当と一緒に会計。

 会計が終わるとアイスクリームをナターシャに渡す。

 すると、中身おっさんの少女が蚊の鳴くような声を出す。


「ありがとう……ございます。あの……松下葵です。16歳です」


 本名だろう。本来なら個人情報なんだろう。だから前回は聞かなかった。……本当に女子高生だった。しかもNPCのアオイと同じ名前。

 まあ、お互い同じマンションの住民。名前はそのうちわかるだろう。だったら名乗ってしまった方が楽だ。


「佐藤慶一、29歳です。よろしく」


「本名もケイちゃんなんですね。……よろしくお願いします」


 ナターシャと同一人物とは思えない。……確証だらけで否定もできないのがつらい。

 俺たちは雑談するわけでもなく二人でコンビニを出る。

 二人の絵面は「おっさんと家出少女」。警察に見つかったら即逮捕だろう。

 しかも冬の寒空の下でアイスを食べる根性はない。

 だから足早にマンションに戻り、いつものようにエレベーターで別れる。偉そうに言うならばナターシャこと葵を送っていった。現実はただ単に一緒に家に帰ったのである。

 プライベートの話はなにもない。

 せいぜい「食事したらログインするのか?」って程度だ。

 答えは「……はい」。

 そしてメッセージの通知が鳴る。答えと同時に送られてきたメッセージには。


『帰ったらなにして遊ぶ?』


「だから直接言えっての!」


 本当に二重人格である。

 家に帰るとメッセージが鳴る。


『あいすうま』


 ありがとうと言いたいに違いない。たぶん。

 俺は食事をするとヘッドマウントディスプレイを装着しベッドに横になる。

 そのまま電源を入れ仮想空間に飛んだ。

 部屋を見る。エディット機能で作った平成風2DKの部屋。

 気分で大正ロマン風と入れ替えている。

 その片隅にぬいぐるみクッションが見える。


「おーっす、邪魔してるぜー」


 中身おっさん、本当は女子。ナターシャがいる。大きなペンギンのクッションに包まれてご満悦である。

 ペンギンのクッションはナターシャが置いたものだ。「人をだめにするぬいぐるみクッション」らしい。つつみ込む優しさらしい。

 やつは来るたびにこういったアイテムを持ちこむ。不本意ながら放って置いたら部屋の一角を占拠された。


「なにして遊ぶー?」


 ナターシャはパタパタ足を動かす。本当にゆるい。


「レースゲーム以外で。あと虫取りは行かない」


 ルール無視して全力で邪魔してくるゲームは嫌だ。

 それと虫取りの件は許さない。絶対にだ!


「えー……じゃあ……海行く? スイカ持って」


 ペンギンに埋まりながらナターシャが眠そうな声を出す。

 もう寝ていいんやで。


「海ぃ? 海ってなにして遊ぶ場所?」


「なんだその哲学? 海は……パリピ的に……その……なんだ? アレだ……海ってなにする場所よ?」


 わからない! 海という概念がわからない!

 我々、人生ハードモード勢には海でやることがわからないのだ!

 こう、ぼやけた感じで遊び方は想像できるんだけど、具体的にはどうするの?


「け、ケイちゃん! お前なら海で遊ぶ方法がわかるだろ!」


「……俺……両親共働きで……しかも埼玉出身なんだ……そう、しかもじいちゃんの家も埼玉の越谷なんだ……」


 この世の全ての哀しみを背負った眼差しで俺は言った。

 埼玉はどこまで行っても海がないんだ。ガッデム。

 親も俺に興味なかったんじゃ!


「うわああああああああああッ! いあいあ!」


 ダイスロール失敗しやがった!


「しっかりしろ! まだSAN値を失うには早いぞ! ナターシャ、お前は! お前はどうなんだ!?」


「うちも共働きナリ……しかも両親は昔から私に興味ないナリ……つうか私の家知ってるだろが! 実家も近所なの!」


 がっつり埼玉。首都は池袋。


「しゅ、修学旅行は!? 今の学校は海にも行くだろ?」


「小学校も中学校も京都……しかも中学は自主的に休んだ」


「詰んだ……」


 海イベントが起こる気配がない。

 人としてそれはどうなのか? そう思う人もいるかもしれない。

 でもさ、そう育ったんだからしかたないじゃん。


「……ケイちゃん。ほら、友だちと海行ったりしないの? 普通あるだろそういうイベント」


「……そんな人並みのコミュニケーション能力が俺に存在するとでも」


 にっこり。

 ナターシャは下を向く。

 哀れみの目を向けるな。お前は俺の2Pカラーだからな!

 配管工兄弟くらいの違いもないからな!


「メディーック! 人生のメディーック! 人生のメディカルパックをよこせー!」


「落ち着け! 人生はゲームじゃない! クソゲーだけどゲームじゃないんだ!」


 人生のリセットボタンが欲しい。できればキャラビルドのリセマラできるやつ。

 できれば異世界にチート山盛りで転生したい。

 俺が打ちひしがれているとナターシャは血走った目で俺にがぶり寄った。


「しかたねえ、ケイちゃん。花火すっぞ! そう、夏のヤンキーのように!」


「なつの……やんきー……」


 すっかり知能指数が下がった俺はひらがなで答えた。

 幼児の頃は小学校受験、小学校の頃はさらに上を目指して中学受験、中学からは大学受験。大人になったらクソみたいな仕事。ずっと我慢して生きてきた。その過酷な体験が俺の知能をすっかり下げていたのだ。ばぶー。だあだあ。

 夏のヤンキーなのだ。接点がなさすぎてなんか楽しそうな人たちという情報しかないのだ。


「そうだ。やつらは花火をするんだ。たぶん信仰的な理由で」


「しんこう?」


「神に捧げる花火だ……たぶん」


「しあわせになれる? いじめない?」


「誰もいじめない! そう……俺以外はな!」


「絶対に仕返ししてやる……」


 目の前の女子小学生、中身は女子高生はがっつりクズだった。

 こうして、やや地獄になったが俺たちは海に行くことになった。

 ところで海ってどうやって遊ぶの? わりと真面目に。

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