SADAK●
ゲーム内時間で次の日。
昨晩はゲーム内ではじめて睡眠した。
疲れはない。まさにゲームと同じだ。
起きると「ぽんぽこ島魔法少女ギルド」のグループボイスチャットの着信通知が鳴った。
「おはよーっす」
挨拶をするとナターシャの悲痛な声が響いた。
「嫌でゴザル! 絶対に嫌でゴザル! リアルのお家から絶対に出ないでゴザル! 家から出たらとーけーるー!」
「落ち着けおっさん」
「おー、心の友よー! なあ、とりあえずなにも聞かずに嫌だって言ってくれ!」
「ナターシャが嫌がるから賛成」
「きさまー!」
リアル時間で一日も経ってないのに十年来のマブダチのような俺たちが言い争う。
するとセリナの顔が画面に表示される。
「じゃあ、ケイちゃんも賛成ね。はい、オフ会決定!」
「な、なんだと……」
「だから言っただろドバカ! 反対しておけって!」
「オフって汚いおっさんを見られるんだぞ! それでいいのか!」
俺焦りまくり。リアルに見せられる顔も服も持っていない。
オフ会なんてあり得ない!
とにかくネガティブ情報でねじ伏せてやる。
だがセリナは動じない。まるで天使のようにほほ笑んだ。
「……いいんじゃね。あたいのリアルは仮想現実の中にだけあるの……だから汚いおっさんはただの夢。そう一匹のさなぎが見ている夢なのよ!」
「現実だー! 汚いおっさんは現実だー! 帰ってこーい!」
「うるさい! テレビ見て、ビール飲んで、昼寝して、ネットやって終わる毎日なんて悪夢でしかないのよ! そう、いつかは終わる……肉体が終わる前に人生オワタ……ガチガチガチガチ」
セリナはガチガチと歯ぎしりする。
どうやら押してはならないボタンを押してしまったようだ。
「おれもー♪」
「わたしもー♪」
「せっしゃもー♪」
明らかな地獄。なのになぜか同意するおっさんたち。
人生を捨てにかかっている。
セリナはガチガチと歯ぎしりするのをやめ、突然笑顔になる。
「というわけで飲み会すっぞ!」
怖い。
「おおー!」
地獄への道は善意で踏み固められているのだ。
「お、俺は絶対に出ないからな」
ナターシャは断固拒否だ。
「あんたは強制参加。普段から傍若無人な振る舞いしてるんだから顔出しなさい。そもそも、ずっとオンラインじゃない! 少しはリアルで動かないと筋肉が衰えて動けなくなるよ」
「絶対出ねえぞ! ふざけんなコラ!」
「無駄よ。アタシ、あんたの家に行って引っ張ってくるから」
「あ、てめえセリナ! それはだめだろ! 絶対にそれはだめだろ! リアルは知らない設定だろ!」
「いいから! たまには人と触れ合いなさい!」
「ぎゃあああああああああああああッ!」
悪が滅びる様を見るのは実に愉快である。
「おっさんざまあ!」
俺はカメラに向かって両手で指をさした。
「あ、てめえ! おぼえてろ! くっそ、髪の毛むしってやる!」
「え……俺も参加?」
「あたりめえだろ! お前も汚いツラ晒せや!」
ひどい話である。
でもナターシャの泣きっ面と汚いおっさんの顔は拝んでみたい。
「んじゃ、俺も参加するか。別に晒されて困る個人情報もないし」
「んぎゃー! ケイが裏切った! ケイ、お前もか!」
ナターシャはカエサル気分のようだ。
偉そうだな、おい。
するとセリナは俺の都合を聞く。
「というわけで飲み会は今日の夜で都内だけど、大丈夫?」
「都内住みなんで大丈夫です……無職ですし」
死にたい。
「どんまい」
「だいじょうぶ。慣れるから」
「いきてればおけ」
生ぬるい優しさが今はツラい。
「……今地図送るからね」
サクサク話が進み地図が送られてくる。
集合場所は秋葉原。会場はガッツリした飲み屋ではないようだ。
おっさんだらけで大丈夫だろうか?
「飲み屋じゃないようですけど」
「未成年もいるからね。あまり遅くならないようにしないと」
本物の女子小学生がいるとは思えないが、疲れた大学生ならいるのかもしれない。
たぶんガチムチのラグビー部とかじゃないかな。きっとそうに違いない。
「了解です」
そう言ったが、ただ問題は飲み会に着ていく服がないことだ。
現在リアル世界に存在するのは、くたびれたスーツといつものジャージ。あとダウンジャケット。
リアルの服を手に入れねばならない。
服屋に着ていく服すら……ない。
外は冬だった。クソ寒い。
いつものジャージにダウンジャケットを装備し近所にあるファストファッションの店に行く。
店につくと迷わずワゴンセールに向かう。
デニムのジーンズと適当なシャツ。それに発熱素材のインナー。
防寒具は今使っているダウンジャケットでいいだろう。
全部で5000円もしない。これで勝った。
俺が勝利を確信していると同じくワゴンセールをじっと見る人物が目に映る。
同じく安いダウンジャケットに小豆色のジャージを着た女性。
ジャージを来た貞●と言えばいいだろうか。
細身で背は低いがでかい。俺は痴漢ではないので、なにが大きいのかは黙秘させてもらう。でも目立つ特徴だった。
長い黒髪が邪魔をして顔はわからないが、かなり若い。
少女かもしれない。平日の昼間なのに大丈夫なのか?
少女はガサゴソと男物の最終処分セール品のワゴンを漁りながら、「あれ、ないないなあ?」とか「おかしいなあ」とブツブツ呟きながら首をかしげていた。
「あの……女性もののワゴンはそちらですよ」
思わず口に出してしまった。失敗した。他人に関わらない。それが都会のサバイバル術であるのに!
「え? あ、そ、そうですか。ありがとうございます」
そそくさと行ってしまう。
ふむ、顔はわからないがかわいい。
やはりナターシャとは違う。おっさんは態度でわかるのだ。本当にあのおっさん、女の子になる気がねえな。
そのまま会計をして家に帰る。
店から歩いて数分。なのになにか違和感がある。
違和感の原因は前を歩くジャージの少女。先ほどの少女だ。
ふむ、ジャージで来ることのできる距離に住んでいる。つまり近所の住民だったか。
向こうも俺に気づいて会釈した。
痴漢でもストーカーでもないよ。違うんだからね! やめて! 通報しないで!
だけどそれは被害妄想だったようで、すぐに自宅マンション前に着く。
すると少女もマンションに入っていく。
もうこれは警察を呼ばれたらシャレにならん。
だから俺はわざと話しかける。
「君もここの住民?」
「あ、はい、同じマンションの方だったんですね」
「あははは。偶然だね……」
なんて話をしてごまかす。いや、ごまかしたんじゃなくて命乞いなのか。
社会的にはもう死ぬことはないが、警察に通報されるのは避けたい。
なんとかごまかして、エレベーターで別れると部屋に入る。上層階の住民らしい。
最後までよく知らない大人の男と一緒だったのに嫌な顔をしなかった。いい子だ。
ふう、ミッション完了。最後のイベントだけはシャレにならなかった。
だが若い女性が真っ昼間にジャージ姿でファストファッションでワゴンセール漁り。
よほどの事情があったに違いない。うん、今度会ったらアイスぐらい驕ってやろう。
と、上から目線で納得していた俺にすでにフラグが舞い降りていたとは誰も知らなかった。




