ぽんぽこ島魔法少女ギルド
「オラオラ、乗れよ」
ナターシャはまたもやヘルメットを俺に渡す。
「ファストトラベルないの?」
「ない。目的地にまで行くのもレジャーっていうのがこのゲームのポリシーだ」
なるほど。利便性を捨ててリアルと取ったか。制作者はなに考えてるんだ?
プレイヤーにストレス与えてどうするよ。
俺はバギーの背に乗り込む。
「なあ、ナターシャ。そういやヘルメットはどんな意味があるんだ?」
「ただのリアリティ」
俺はヘルメットを見る。トゲ付きモヒカンヘルメットなのになぜかローマの兵士風。
「ローマの兵士風のトゲ付きモヒカンが?」
「そこは、お・しゃ・れ・だ・ぞ」
「殴っていいか? おっさん」
「たとえ我を滅ぼそうとも第二第三のおっさんが……って行くぞ。ヘルメットつけろや。コケるとダメージ入るからな。ライフがゼロになるとゲーム内時間で3日間ログインできない。防具重要」
先に言えや。
いや待て。冷静に考えたらこれでコケたら飾りが道路に引っかかって首の骨が折れないか?
いやそんな意味のないリアリティは……やりかねない。
「本当にこれ防具か?」
「疑うなって。心配してる方面のリアリティはないから」
なるほど、アスファルトで大根おろしなどはさすがにないのか。安心した。
素直にヘルメットを被るとナターシャは世紀末仕様のバギーを走らせる。これだけあやしい機体なのに揺れもしない。
さすがゲームでいきなりスピンターンからの追い打ち突撃をかますだけはある。このおっさん、運転が上手い。
頭の悪そうなタケノコマフラーをつけたバギーは村役場を通り過ぎ、メインストリートにある噴水のある広場へたどり着く。
広場には、少年少女におじさんおばさん、猫耳、トカゲ頭、全身タトゥーまで、様々なアバターのプレイヤーがいた。
その数は見える範囲だけでも少なくとも数万人。さながら万人電車のよう。休日の新宿や渋谷よりも賑わっていた。
「驚いたか? ここだけは世界中の全サーバーのプレイヤーが同じ場所に表示されるんだ。これ見ちゃうと島って設定はどこに行ったんだよって思うよな。明らかに広いし」
普通にやったらサーバーがパンクしそうだ。
他社製のゲームエンジンを拡張してまでそれを可能にしたのだ。運営恐るべし。
「いや……心の底からびっくりした。それで、なんだっけ? ナターシャのギルドの人たちはどこ?」
「おう、呼び出すわ」
ナターシャはシステムメニューを操作する。
すると数十人ものアバターがポップした。
彼らのアバターの特徴は一つ。全員が女子小学生だった。
いや小学生のような中学生かもしれない。どちらにせよローティーンの少女たちだった。
女子小学生アバターの85%はおっさんである。つまり高確率で彼らはおっさん。
数十人の女子小学生、……いやナターシャのギルドの人間ということは、魔法少女になりたいおっさんの群れなのだ。なにこの地獄絵図。
金髪ツインテールでゴスロリの女の子アバター(中身おっさんと推定)が陽気に話しかけてくる。
「おっす、ターニャ。新入りだって?」
「おう、これから魔法少女になるケイだ」
「ならない!」
ちょ、ふざけんな!
だれが魔法少女になりたいと言った!
「ふふふ、今まで幾人もの汚いおっさんを魔法少女へ導いた私をなめるなよ!」
悪魔だ悪魔がいる。
「ナターシャさん絶対やめてください。お願いします」
ガクガクブルブル……。
「しかたない。今は許してやろう」
ナターシャは偉そうにふんぞり返った。
殴りたい、そのドヤ顔してる横っ面。
「つうわけで、ケイちゃん(10歳)。特技は鍵盤ハーモニカの女子小学生だ」
「いかがわしい紹介すんな!」
やめて、本当にやめて!
俺は思いっきり普通の成人男子のアバターなのだ。
デフォルト設定なので顔は現実そのまま。ただ髪型などはシステムがランダムに決めたものになっていて、本人を特定できないようになっているのだ。
だがそこにはわかっていても誰も触れない。そのままの方が面白いから。
俺が恥ずかしがっていると自称魔法少女の一人、金髪ツインテールが手を差し出す。
「私はセリナ、40歳無職だよ」
「心をえぐる自己紹介はやめてください」
聞いている方が痛いからやめて!
なんとなく不安になるから!
「年齢は冗談ですけどね♪」
「年齢だけ? 年齢だけなのー!」
こ、心が痛い! やめてくれ人生のノーガード戦法は!
ここでナターシャが調子にのる。
「問題ない。理想の魔法少女を追い求める我らにとって無職は珍しくない。そう我らは人生の旅人。ただ迷子になっているだけだ」
やめて俺も迷子だから。人生から遭難してるから!
ナターシャが調子にのると他のメンバーも次々と無職を告白する。
「わたしも無職!」
「わたしもー!」
「定年ー!」
ちょっと待て。つか定年魔法少女までいるぞ!
そう突っ込む前にナターシャがニヤニヤする。
「それで、ケイちゃんは?」
ぐ、このタイミングでそれを言わせるのか!
「ケイです。い、一ヶ月前から無職……です……」
恥ずかしい。死にたい。
本当は無職なんてありふれた状態だ。それは理性ではわかっているのに、なぜか罪悪感がある。
かと言ってそれを政府批判に繋げる気力は……ない。
そう思ったそのときだった。
「感動した! よく勇気を出して言ってくれた! これで貴様も我らの仲間だー!」
ナターシャが叫ぶ。
え? 肯定?
「ようこそ、ダメ人間の秘密結社。ぽんぽこ島魔法少女ギルドへ!」
わーパチパチパチパチと拍手され、俺はギルドに温かく迎え入れられる。
いいの? ここにいてもいいの?
なんという肯定感。ここには俺をバカにする人はいない。
責める人もいないのだ。
だが俺は突っ込まずにはいられなかった。
「秘密感ゼロじゃん……」
ナターシャは手をひらひら振る。
「細けえ事はいいんだよ! さー……なにして遊ぶ?」
「またそれかー!」
本当になんだろうか、この人間力の高さ。
実はナターシャの正体はぬらりひょんじゃなかろうか?
「さあ、ケイちゃんよ! 今こそアバターを解き放ち、魔法少女になるのだ! はあはあ、黒髪ドリルでフリフリ私学制服にランドセルなんて似合うと思うのよ。恥ずかしがる黒髪ドリル見てみたい」
ナターシャよ、完全にお前の趣味じゃねえか!
「いやそっちはパスで」
「だーばーッ!」
なんだその悲鳴は!
絶対に拒否してくれる。
「絶対ヤダ!」
「ぐ、胸が苦しい! 一日一回黒髪ドリルが恥ずかしがるところを見ないと、ワシは心臓の発作が止まらないのじゃ!」
ナターシャはなぜか胸じゃなくて頭を押さえて言いやがった。
「そのまま心臓止まってしまえ!」
「はいはい止まった止まった。黒髪ドリルの装備セットをギフト送信っと。んでよ、缶蹴りすっか。空き缶リポップと」
「だーばーッ!」
今度は俺の心からの悲鳴が轟いた。
わかってくれるだろうか? このウザ絡み。
だけど心が消耗した俺には……ちょうどよかったのかもしれない。
缶蹴り。鬼ごっこの変形版である。
缶が指定の位置にある時、鬼は他のプレイヤーを捕まえることができる。
缶を蹴られたら鬼は缶を元に戻さなければならないというゲームである。
缶を蹴られたら捕虜が解放されるルールをここでは採用する。……って、いい年こいてなにやってんだ!
そんな俺の背中を少女姿のおっさんたちが叩く。
「考えたら負けだ」
「考えすぎたからここまで追い込まれたんだぜ」
「もう染まっちまいなよ。君も魔法少女になっちゃえよ」
次々と励ましだけど、言われたとおりにしたらひどい結果にたどり着くであろうセリフを吐いていく。
……いいのか?
俺は悩むのだった。
あと、このあとメチャクチャ缶蹴りやった。
データ復活できたよー!
一時は本当にダメかと思いました……。