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魔法少女の残り15%

 幸せ荘は村役場から歩いて数分。見た目は資料でしか見たことのない昭和風。

 築数十年の安アパート風の建物だった。


「見た目はわざとボロくしてるが中はエアコン完備。テレビじゃVODも見られるぜ」


「わざわざゲームの中でテレビなんか見なくても……」


「細けえ事はいいんだよ。大事なのはリアリティってやつよ。いいから部屋行くぞ」


 そう言うとナターシャは俺の手を引っ張っていく。

 アパートの外階段を上がって二階に行くと、二階がウニョーンっと伸びた。


「ざ、斬新な演出だな……」


「アクティブユーザーが二億人もいるんだぞ。このくらいは許してやれ。手を上げな」


 言われるままに手を上げると、自分たちが部屋の前まで滑っていく。


「ほら、お前の部屋。ノブを回せば自動で鍵が開くぞ。ほれ入れ入れ」


 言われるままにノブを回すとドアが開く。

 俺が中に入ると、なぜかナターシャも一緒に入ってくる。


「デフォルトは都心の3LDKだけど、オプションから昭和時代風とか大正時代長屋風、スペースオペラ風とか細かく切り替えられるぜ」


「あの小さなアパートで中がこんなに広いって」


「だから細けえことは気にすんな。居心地よければいいんだよ」


「なんかすいません。お世話になりました」


 たぶんこれでチュートリアルは終わりだろう。

 あとは寝てしまおう。

 と、考えたのが甘かった。


「そんでこれからなにして遊ぶ?」


「はい?」


 ナターシャは当たり前のように言いやがった。


「遊ぶって……?」


「いいじゃーん! あそぼーぜー! あのなー、このゲームはコミュニケーションがメインなの! 友だち作ってだべって、非生産的なくだらない遊びをするのが目的なの!」


 ナターシャは寝っ転がると、しつけのできていないガキのように手足をバタバタさせる。


「これが汚いおっさんのなれの果て……むごい」


「おー、例の運営からの注意事項か。女子小学生アバターの85%がおっさんだってな」


「ナターシャだってそうだろ?」


「残り15%の可能性だってあるだろ?」


 ない。絶対にない。断じて言うが、ない。


「50代の汚いおっさん……だと!」


「違えって! つか中の人を探るなー! おっさんが魔法少女に憧れてなにが悪い!」


「え、おっさんが魔法少女……悪くない……だと」


 良く考えれば多少気持ち悪いが、誰にも迷惑をかけてない。

 アバターによりビジュアルの暴力すらない。たしかに悪いことは何もない。

 だが一応否定しておく。

 するとナターシャは起き上がってチンピラみたいに下からガンを飛ばす。


「はー? ふーん? 日本国のどの法律の何条に『おっさんは魔法少女になっちゃいけません』って書いてあるんですかねー? 最高裁判例を添えて説明してくれませんかねー! ああ? コラァ?」


「ねえよ、おっさん!」


「うるせー! 乙女は何歳になっても乙女なんじゃー! 童貞は心の中にあるんだよ!」


「謎の心の童貞理論!」


「じゃあ、なにか? いつから乙女は禁止されたって言うんだ? 何時何分何十何秒地球が何回回ったときー!?」


「頭の悪い男子小学生か! うざすぎるわ!」


「ムキー、誰が夕顔団地妻やねん!」


「加齢臭のするセリフを吐くなおっさん!」


 はあはあ、と息が切れてくる。

 怒濤のボケにツッコミが追いつかない。


「というわけでボードゲームやるぞ」


「……ナターシャさん。前後の会話が繋がってない。つかそろそろリアルで寝ないと」


「あ、大丈夫大丈夫。最近の研究でわかったんだが、8月32日オンラインをやってるときの俺たちの脳は睡眠中と同じ状態になるらしい」


「は?」


 つうか、どこの「最近の研究」だ?


「夢を見てるのと同じ状態? だからここで疲れても本体には影響しないらしい。むしろリラクゼーション効果と記憶の最適化が促進されてメンタルの回復が早くなるってさ。だから心が疲れてる人ほど中で遊んだ方がいい」


「おっさん、なんで最新情報を知ってるんだ?」


「おっさんはなんでも知っているのだ。なぜならおっさんだからな」


「答えになってない」


「細けえ事はいいんだよ! 遊ぶぞ。枯山水を作るやつでいいな? 人数足らない分はCPUな」


 ナターシャはぴらぴらと手を振った。

 そのままメニューからおっさんが表紙のボードゲームを呼び出しポップアップさせる。


「それ点数計算が複雑なやつ!」


「くそッ! なんで知ってやがるんだ。じゃあ、安定のクトゥルフものな」


 そそくさとナターシャはメニュー画面からボードゲームを選ぶ。

 アナログゲームのクトゥルフものはたいてい面白いのである。

 すぐにゲームがポップアップする。


「ようし、やんぞ。いあいあ」


 ナターシャは「うへへへ」と笑った。

 言うまでもなく、こいつはおっさんだ。だから容赦などしない。

 ボードゲームでボコボコにしてくれる!

 そう心に誓いながら俺はダイスを振った。



「ぎゃははははは! どかーん!」


 ナターシャが叫んだ。

 あれからゲーム内時間で48時間。俺たちはゲームをやり続けていた。

 とは言ってもリアル時間では二時間程度。フルダイブ型のゲームは時間の感覚をも制御できるのだ。

 ただリアルの一秒を永遠に感じるようにさせたるのは脳に悪影響があるらしい。法律で許された一定基準を超えることは禁止されている。

 ゲーム内時間二日間ぶっ通し、体感でも丸二日間ボードゲームをしまくった俺たちが、今やっているのは昔遊びアーカイブ内にあるテレビゲームである。

 画面を二つ出して、わざわざ同じ部屋でオンライン対戦をする。

 しかも、やっているのは妨害ありありのレースゲーム。

 なお、今俺の車がナターシャに追突されてテイクダウンされてコース外に吹っ飛んでいく。


「ぐ、おっさん! 初心者に優しくしろよ!」


「ヒャッハー!」


 聞いちゃいない。

 その後もナターシャはCPUの車に次々とぶつかっていく。バーサーカーである。

 いやバーカーサーである。


「オラオラオラオラ! ここでスピンターン! 逆走しながらお前にドッカーン!」


 残念ながらバーカーサーだった……。

 ナターシャは本当にスピンターンして、リポップしたばかりの俺の車に突っ込んでくる。

 ちゅどーん。またもやテイクダウン。


「ゲームのルールを無視して俺の邪魔かよ!」


「ふはははははははははー! 貴様だけはゴールさせぬ!」


 と、ここでふと冷静になった。

 ゲーム内でひたすらゲームをするという不毛すぎる時間の使い方!

 なにをやってるんだ俺は!


「……ゲーム内のゲームでなにをやっているんだ?」


「はいそこ、一人だけ正気に戻らない。俺だっておかしいとは思ってるんだからよ」


「なんでこのゲーム……ゲーム内にテレビゲームのライブラリとか持ってるんだ?」


「8月32日の開発会社は、利益を社員とユーザーに還元する主義なんだわ。とにかくコンテンツ量が半端じゃない。ゲームだけじゃなくて、本とか映画とかもあるぞ」


「引きこもり量産工場……だと……」


「うるせええええええええ! ケイちゃんよ! お家から出ないでなにが悪い!」


 悪いことしかない。


「この社会性が死ンデレラ!」


「うるさい、岩窟から出ない王!」


「人生がレ・ミゼラブル!」


 なんだろうか。

 完全に昔からのマブダチみたいになっている。


「ええい、この性格インフェルノ! 貴様のその性根をたたき直してくれる! 外に行くぞ!」


「絶対行かない。さらば愛しき(ひと)よ。性格のことはお前にだけは言われたくない。つか、ナターシャどこに行くんだよ?」


「地元なのに異邦人! って、いいか。そろそろリアル時間が夜じゃん。うちのギルドの連中がオンになってるはずだわ。会いに行くぞ」


「ちょっと、知らない人は怖いって!」


「うるしぇー! 行くったら行くんだよー!」


 つい二時間前まで知らなかった人と思いっきりなじんでいるが、それは気にしたら負けだと思う。

 俺にはそんな社会性もコミュニケーション能力もない。

 ナターシャのコミュニケーション能力が化け物なのだ。そうに違いない。

 俺はナターシャに腕を引っ張られて謎空間アパート「幸せ荘」を出た。

 俺……知らない人に会ったらたぶん死ぬんだ。

遅くなりました。クラウドに保存してた原稿消失してマジ焦ったッス……。

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