最終話 決着
俺は走る。走る。走る。
とうとう元婚約者殿。バカがブチ切れた。
人を振って、人生を破壊し、嫌がらせの限りを尽くし、水までぶっかけたバカがキレた。
縁まで切ったのに最後に周囲を巻き込んで死ぬつもりだ。
ただじゃ死なない。
敵も味方も嫌な気分にさせて自爆するのだ。
……あれ?
あいつ死んだほうが俺の人生楽じゃね?
一瞬迷ったが死なれると気分が悪い。
どうしようもないバカだ。
葵のほうが頭がいいし、愛嬌があるし、そのへんのラーメン屋でも喜んでくれるし、趣味も合う。
今の生活のほうが生きてるって感じがするし、給料は倍以上だし、人間関係もいい。
人生の汚点そのものなのになぜ俺は走ってるんだ!
ああ! わからねえ! わからねえ! どうしてだ! あのバカ殴りてえ! 元婚約者をぶん殴ってやりたい!
愛? ない!
友情? ない!
憎悪? それすらない!
保身? 放っておけば最大の利益が得られるはずだ!
共感? は? 死ね! 俺の言いたいことは一言だ! 死ね! いや違う。本当に死んでほしいとは思わないけど、豆腐の角に頭をぶつけて死ね! 比喩的に!
俺の頭の中がこんがらがっていた。
それでも俺は走る。
すると後方でクラクションが鳴る。
「ケイちゃん! 乗ってください!」
芹沢さんだ。
俺は芹沢さんの車に乗る。
中には最高に不機嫌な葵がいた。
葵を見て俺は冷静になる。
「あれ……芹沢さんさっきビール飲んでた……」
飲酒運転だめ、絶対!
「運転手は別にいます!」
本当にいた。
「警備担当のブラックメンのかたです! 焼き鳥最高!」
酒臭い息で説明する。
「あ、どうも」
俺が会釈すると、向こうも頭を下げる。
なんだろう……この空間で正気なの……俺と運転手さんだけじゃね?
ちょっと怖いことに気づいたが華麗に現実から目をそらす。
さて次の問題だ。
「葵……ちゃん?」
「私を置き去りにして他の女のところに走るとはいい度胸ですね」
笑顔。ただし氷。怖い。
「は、反省してます」
「ぶっ殺したい。あのクソ女」
葵はキレている。
ぼくも。ぼくもー!
15分ほどでニュースの現場につく。
元婚約者殿はわめきちらしていた。
「死んでやるッ!」
俺は車から降りて走る。
だけど後ろからやってきた芹沢さんにあっという間に抜かれる。
さすがアスリート……速い。
芹沢さんは人混みをかき分け、警察のところに行く。
なにやら話し合ったと思ったら規制線をくぐる。
え? ちょっとまって! なんで警察入れちゃってるの!
「ケイちゃん! 葵ちゃん! こっち! 速く来て!」
俺は少し遅れて、葵は息を切らせながら来る。
「入っちゃっていいんですか!」
「いいんです! ほらはやく! 葵ちゃんも!」
「ぜい、ぜい……う、うう、これもあいつのせいだ!」
なぜか目を釣り上げて葵が吠える。
葵は規制線をくぐると芹沢さんと同じ速さで走る。
「あ、おい、葵ちゃん!」
「あったまきた! せっかくのお出かけを台無しにして!」
ここで俺は理解した。
……つまりだ。
葵は最初から初詣に行くつもりだったのだ。
でも嫌がってみせて俺が無理に連れて行ったかたちにしたのだ。
そう、一番喜んでいたのは葵だったのだ。
少女っぽい無邪気さなのか。それともすべて計算されているのか。
まあいいや、葵だし。多少面倒でもいいや。
葵はビルの階段を駆け上がる。
男の俺でもついていけない勢いで。
「ふっざけんなあああああああああッ! クソババアああああああああッ!」
若さによる暴言。
だけど俺も同意見だ。
さらに勢いを増す。
そして葵は屋上にたどり着く。
葵は乱暴にドアを開けなだれ込む。
俺が少し遅れてたどり着くと、二人は対峙していた。
先に手を出したのは、元婚約者。
スパーンと葵の頬を平手打ちする。
「あんたのせいで! あんたのせいで私はなにもかも失った!
男も、財産も!」
「ちょっと待て! 男を失ったのはお前のせいだろ!
俺を捨てたのはお前だし、次の男に捨てられたのは俺たちに関係ない!」
俺は思わず怒鳴る。
すると葵がにやあっと笑った。
そして平手を振り上げ思いっきり振り下ろした。
パーンッ!
誰もが黙ってしまうくらい大きな音が響く。
「ケイちゃんは私のです」
だが人の幸せぶち壊すの大好きおばさんは負けてない。
瞬時に殴り返す。
あまりの迫力に俺どころか警察すら止めに入るのを忘れていた。
「お前気に入らねえんだよ!
なんでアタシの邪魔するんだよ!
私はなんて不幸なんだ!
変な男ばかり寄ってきて……あの男だって!
あんなオタク野郎なんて死ねばいいのに!」
それを聞いて葵は一瞬微笑む。
そして拳を握った。
あ……やるつもりだ。
「うるせえッ!」
そのとき、葵は魔法少女ナターシャになっていた。
握った拳に体重を載せて鼻っ柱にぶち込む。
「お前がいらなくても、私には必要なんだ!
もうケイちゃんに関わるな! ババア!」
元婚約者の鼻から血が流れた。
だが、倒れなかった。
やつの目の焦点は虚ろ。
そして小さくブツブツとつぶやいている。
「もう終わりよ。
ねえ……あんた……一緒に死んでくれる」
そう言うとやつは葵の髪の毛をつかんだ。
「な、てめ、は、離せ!」
俺はそれを見て走り出した。
「俺のだ!!!」
葵を自分の方に抱え、やつを突き飛ばす。
落ちた?
いいや、世の中にはフェンスという文明の利器があるのだよ。
やつはよろけてフェンスに背中をぶつけた。それだけだ。
だが、やつは呆然としていた。
はっきりとした拒絶。
いや、何度も何度も拒絶していた。
それでもなお、やつは現実を受け入れるのを拒否していた。
やつはずっと妄想の世界で暴れまわっていたのだ。
そして俺はその妄想に冷水を浴びせた。
ああ、そうか。
やつに必要だったのは謝罪なんかじゃない。
はっきりとした拒絶だった。
冷たくあしらえばよかったのだ。
共感や同情じゃない。
会わない。
人間関係を切る。
俺のためにも、やつのためにもそれがベストだったのだ。
それができなかったことこそが……俺の落ち度だったのだ。
「取り押さえろ!」
警察がやつを取り押さえる。
やつは泣き叫びながら罵倒の言葉を叫ぶ。
「死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! 死んでやる! 死んでやる!」
金切り声を上げ警察官をひっかく。
それは明らかに常軌を逸していた。
それでもやつは叫び続けていた。
そんな中、芹沢さんが笑顔でやってくる。
「関係各所に連絡しました。
簡単に言うと元カノさんは終わりです」
「それよりも葵を病院に連れて行かないと」
「大丈夫だってこのくらい」
葵はヘラヘラ笑っていた。それが逆に痛々しい。
「いいから病院行くぞ!」
俺は葵を連れて行った。
ここまでが俺たちの永遠に続く夏休みに起こったことの顛末である。
あのあと俺たちはネットで晒しものになった。
そうだな……3月くらいまで。
一瞬ネタになっただけだ。
俺たちが被害者側で、ストーカーの自殺騒動と解釈されると一瞬で話題は沈静化した。
そりゃつまんないよね。
俺たちは警察から口頭で厳重注意。
元婚約者殿は病院に入院した。
葵は頬を冷やして終わり。全治一週間。
で、俺たちは平穏を取り戻した。
葵も大学に合格し、一段落。
さーて、ここからが本題。
……葵は俺のところに嫁に来ることになった。
なんとうか、ほら、俺のって言っちゃったし。
婿入ではなかった。びっくり。
そして……。
「おめでとー!」
魔法少女たちに囲まれる。
そう、8月32日で結婚式だ。
リアル結婚式は20歳までお預け。
先にネットで結婚式だ。
俺はいつものアバター。
葵は魔法少女。
絵面が犯罪チックな件。
「ケイちゃん! ほら行くよ!」
ナターシャが俺をつかむ。
「お、おう、緊張するな」
俺は思う。いや確信している。
この自称魔法少女は近い将来やらかすと。
後ろ指さされるようなことをしでかすと。
でも支えていくつもりだ。
俺たちは常夏の島の広場に集った世界各国の魔法少女たちに出迎えられる。
世界各国の。
俺たちの活動が広まると……世界中で魔法少女が増えた。
俺責任取らないよ。
絶対責任取らないよ!
疲れたあなた。
ぽんぽこ島へようこそ。
ここは人生ぶん投げた人たちのパラダイス。
疲れたあなたの心を癒やします。……たぶん。
魔法少女の集団がお出迎え。
たぶんね。




