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ようこそぽんぽこ島へ

 仮想世界にダイブした俺の目の前に広がるのは青い海、白い雲。

 データの数値で表現される絵画のような世界が広がっていた。

 ジリジリと肌が太陽の光で焼かれる。

 だけど東京のように湿った暑さはない。

 南国のさわやかな暑さだった。

 眩しい光を手で遮ると目の前にシステムメニューが表示される。

 メッセージが一件。開くと「初心者の手引き」が表示される。


「ようこそ8月32日オンラインへ。村役場には各種チュートリアルが用意してあります。ですが、ほぼ現実と同じのため、8月32日オンライン運営ではチュートリアルの実行を強制いたしません。

 現実での迷惑行為は禁止事項になります。

 なお、女子小学生アバター(含む金髪幼女)をご使用のユーザーの85%は30代以降の男性ユーザーです。くれぐれもご注意ください」


 闇が深い……。


「闇が深いよな」


 横を見ると少女がいた。小学生くらいの女の子。金髪である。

 白いワンピースの元気そうな少女。おっさんが理想する少女である。

 少女は腕を組みうんうんとうなずく。


「たしかに闇が深い。でもな、俺は思うんだ。仮想現実の中まで汚いおっさんを演じる必要はない。どうせなら最高にかわいい自分でいたいってな!」


 少女はしゃきーんとポーズを取る。


「ぽんぽこ島魔法少女ギルドのナターシャ♡にゃんだ。よろしく。少女でアバターをビルドするときは俺を頼ってくれ!」


 名前のセンスが壊滅的におっさん臭い。


「魔法……少女……?」


「魔法少女になりたくないおっさんがいると思うのか?」


「なり……たい……のか?」


 少なくとも俺は生まれてから一度も魔法少女になりたいと思ったことはない。


「なりたい!」


 その目は「本気」と書いてマジだった。

 もう精神が彼岸に到着しているようだ。


「……まあ、それは置いて。なにかご用ですか?」


「おう、初心者に島を案内するクエストを受注している。あんた初心者だろ。村役場に案内してやる。ほれヘルメット被れ」


 そう言うとナターシャはヘルメットを投げてよこした。

 トゲだらけのヘルメットだ。

 嫌な予感しかしない。

 ナターシャは手をかざす。するとその場に世紀末仕様のバギーがポップアップする。


「後ろに乗ってくれ」


 俺は言われるままにヘルメットを被り、バギーの後部座席に乗る。


「あ、あの俺は、ケイ。あ、あの……あなたはNPCなのですか?」


 ナターシャはぴらぴらと手を振る。


「んなわきゃねえだろ。このゲームはチュートリアルミッションのチューター役のクエストがあるんだ。最後までこなして五段階評価で星四つ以上なら報酬がもらえるんだよ。高レベルプレイヤーにしか受注できない高報酬のクエストなんだわ」


「なるほど……高性能な人工知能があるのに人間頼みなんですね」


「こういうのは人間の方が向いているんだよ。まだこのゲームに慣れてない初心者は、人工知能の想定外の動きをすることが多いからな」


「なるほど……」


「ほれ行くぞ。案内しながら走るから質問は適当にしてくれや。よろしくなケイ」


 そう言うとナターシャはバギーに乗りエンジンを起動する。

 どうやら手元操作になっているらしく、小学生アバターの小さな体でも運転できるらしい。

 暴力的なエンジン音をたてながらバギーが走り出す。

 なおナターシャのヘルメットは角突きバイキングの兜風。もはや意味がわからない。

 どんどんとバギーはスピードを増していく。


「ヒャッハー! 現実では出せねえ速度だぜ! 気持ちいいだろ!」


 本当に気持ちよかった。

 景色があっと言う間に流れていく。

 頬に風が当たり、日差しの暑さを和らげる。


「あそこは港な。釣りもできるし、漁協にギルド登録すれば船を買ったりレンタルもできる。漁船があれば漁もできるぞ」


「……本格的ですね」


「まあな。あっちはビーチ。敵が出ないから海水浴にもってこいだ」


「敵?」


「んあ、前のアップデートで追加されたんだ。多少は戦闘がないと面白くないって要望があったらしい」


「怖そうですね」


「いやそうでもねえよ。敵が出るのは一部の砂浜。森と夜の墓場だけだ。あくまでDLC。おまけ要素だ」


 ブルルルルルと音を立てながらバギーは走っていく。


「あっちは森だ。中は自動生成のダンジョンになってる。冒険したきゃどうぞ」


「武器とかはどこで調達するんですか」


「農協」


 微妙に生々しい。


「まあ細けえことは気にすんな。おいおいわかる。現実でできる遊びはほとんど実装されているから最初はそれで遊んでりゃいい。それともずっと寝てたい口か?」


「寝ていたいですね。できれば死ぬまで」


「了解。市役所でアパート割り当ててもらうぞ。ほらちょうど市役所が見えてきた」


 アスファルトで舗装された道路を走っていくと村の中心部に出る。

 その中にやたら古い建物があった。

 木造三階建て、本の中でしか聞いたことのない昭和レトロ風の建物だ。

 バギーは速度を緩め、駐車場と立て看板に書いてある空き地に入る。


「はい到着。まずは住民登録するぞ」


 ナターシャはガニ股でズカズカと歩いて行く。

 着いていって役所の中に入ると受付嬢がいた。


「おっす、アオイ。初心者連れて来たぞ」


「ありがとうございます。ターニャ」


 愛称で呼ばれたナターシャの頭の上に数字が表示される。

 こういうところを見ると本当にゲームのようだ。


「こいつはクエスト完了時の報酬だ。こういうところだけゲームっぽいんだよな。アオイ、登録とこいつにアパートをあてがってくれや」


「あの……ナターシャ。さっきから登録って言ってるけど、ゲームを始める前にユーザー登録はしたんだけど」


「これはこのサーバーの住民登録だ。ログインすると登録したサーバーに飛ぶようになる。後で変えることも出来るし、リスクは何にもない。ま、気楽に登録しとけや」


 すると目の前に「登録しますか?」のメッセージと「はい/いいえ」のボタンが現れる。

 ボタンを押すと「登録しました」のメッセージが表示される。


「住民登録しました。アパートの鍵を発行します。幸せ荘204号室になります」


 そう言うとアオイは「幸せ荘」と彫刻された長細いプラスチックの棒が着いた鍵を差し出す。


「あ、ありがとうございます」


 思わず噛みながらも鍵を受け取る。

 鍵を手に取るとすうっと消えてしまった。


「電子キーだ。行けば自動で開く。今のはただの演出な。これで登録は終わりだ。ほれ、行くぞ」


「ってどこに?」


「幸せ荘。人生ぶん投げた汚いおっさんの墓場へ」


 ナターシャはニカッと笑った。

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