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真実とは

 俺は一人で8月32日にいた。

 異常な数の人がいる村の広場のベンチに座って人を待つ。

 セリナに呼び出されたのだ。

 要件はどう考えてもドーピングの話。

 葵が俺が気づいたことを言ったのだろう。


「すいません。遅れましたー」


 ずいぶん明るい声だ。


「なんかすいません。あまり人の過去を詮索する気はなかったのですが……」


 自分に非があるので謝り倒すしかない。

 人の過去など詮索するものではない。

 自分の人生だって破綻しているのに。


「いえいえー、特に隠していたわけでもなければ、いずれは気づかれるなあと思ってましたので」


「あ、ああ……そうですか……。ホント申し訳なく……」


「あのケイちゃん、本当に怒ってませんって。それよりも、ちょっとお話ししましょう。駐車場に来てください」


 そう言ってセリナは駐車場に向かう。

 どうやら誰も見てないところで腹にパンチかと思ったが違うようである。

 そこには電気自動車が置いてあった。

 言われるままに自動車の助手席に乗り込む。


「どこに行くんですか?」


「会話を聞かれないところですよ」


 どういうことだろうか?

 そんなことができるとは聞いてない。

 少なくとも葵は教えてくれなかった。

 そもそもオンラインゲーム、いやオンラインサービスで会話を盗聴されない方法は存在しない。

 どの会話も運営だけは監視できるはずだ。

 国によっては国家だって監視しているのだ。

 日本だってAIによる運営の監視があって、犯罪の兆候があればすぐに捜査機関に情報が提供されるはずだ。

 ネット内にプライバシーなど存在しないのだ。

 もしかして……犯罪?


「犯罪じゃありませんから。ケイちゃん顔に出てますよ。はいはい行きますよ」


 セリナがそう言った次の瞬間、地面が沈んだ。


「え?」


 なぜか駐車場の自分たちのいたスペースが、エレベーターのように地下に降りていったのだ。


「ちょ、どういうことですか?」


「スタッフ用のバックヤードですよ」


「スタッフ?」


「ええ、申し遅れました。メタリックゲームスの芹沢と申します」


「あ、ご丁寧に……って違う! 親からお小遣いをもらってるって……」


「嘘ではありませんよ。母方の祖父がメタリックゲームスの会長ですので。選手としての人生を奪われた私にお情けで仕事をくれた……まあそういうことです。まー、父も前の仕事をクビになってメタリックゲームスで働いてるんですけどね。私のせいで」


 重い。

 なんとコメントしていいかわからない。

 だがセリナは続ける。


「なんとなく疑問に思ってたでしょ? ナターシャ、葵があんな生活を続けてるのか? どうして学校に行ってないのか?」


「そら気になりますけど……本人が言わなきゃ無理に聞くこともないかなあと」


「あら……ありのままを葵を愛してくれると」


「なんでそうやって恋愛に結びつけるかなあ。友情です! ゆ・う・じょ・う!」


「……つまらない。って、今回は私の話ですね」


 セリナは強引に自身の話題に戻した。

 葵の情報をくれたが、それがなんだというのだ。

 葵は俺の世界では隣のダメ娘なのだ。それでいいのだ。

 するとセリナは俺に問う。


「ケイちゃん、私がドーピングしたと思いますか?」


「わかりません。『してない』と言ってくれれば信じますが」


 正直言ってわからない。

 そもそも客観的な情報など存在しない。

 あるのはセリナが処分されたという事実だけだ。それだって真実かはわからない。

 だとしたら信じるだけだ。


「つまりそういうことです」


「は?」


 俺が変な声を出すと、セリナはイタズラっぽい笑みを浮かべた。

 正直言うと逆にそれが怖かった。


「私は否定することしかできないんです。私は協会にも週刊誌にもやってないと言いましたが、信じてもらえませんでした。やってない証拠を出すことができませんからね。正直言ってドーピング検査に引っかかった時点で私は終わったんです」


「でもやってないんでしょ?」


「それは、私がただそう言っているだけです。客観的になんの証明にもなりませんし、根拠もありません。実際なにを言っても私を親の仇のように扱う方々が増えただけでしたし。知ってますか? 私が着替えてるところを盗撮した動画がネットに流出したんですよ。なのに『ざまあみろ』に『天誅』ですよ」


「それは……」


 知らなかった。ひどい話だ。

 俺はそのひどい話にひどく狼狽した。

 セリナほど有名じゃなくても、そこら中で起きていることなのかもしれないのだ。

 理不尽は誰の身にも降りかかる。

 いつ自分がターゲットになるかなんてわからない。

 思うに人間は中世、いやもっと前から何も変わっていない。

 娯楽で人を追い詰めるし、定期的に犠牲者を求めるものだ。

 それがたまたまセリナだったのだ。


「訴えたり何年もいろいろ手を尽くしましたが、もう疲れてしまいました。お金もなくなりましたし。それが去年くらいかな。はーい、みなさんの暇つぶしのおもちゃ、世界の芹沢でーす」


 ヤケになったセリナの言葉に俺はため息をついた。

 その痛々しい姿に俺は冗談一つ言えずにいた。

 ああ、そうか。俺はセリナに友情を感じていたのだ。


「でも……正直言いますと、ケイちゃんが信じてくれるって言ってくれたのはうれしかったです。でもその優しさをほんのちょっと葵ちゃんに回してあげるといいんじゃないかな」


「善処します」


「よろしい」


 葵が同級生を殴って学校を追い出されたのは知っている。

 セリナも知っているだろう。

 セリナは言いたのかもしれない。

 物事の一面だけを見るなと。

 でも葵になにか秘密でもあるのだろうか?

 そんな風には思えない。

 セリナが秘書をやっているのだって……ちょっと待てよ。


「もしかしてセリナって葵の従姉妹?」


「だいたいそんな感じですね。うちは葵の家とはあまり親しくしてこなかったので、あまり親戚って感じではありませんけど」


 謎の一つは解けた。

 つまり……。


「葵ってお嬢?」


「世間的にはそういう分類になりますね」


 おーっと、今度からお嬢さまとして扱うべきなのだろうか?

 舌を噛みそうな名前の店に連れて行かなくてはならないのだろうか?


「たぶん、お嬢さま扱いしたら葵はキレますよ」


「エスパーか……」


 どうして女子は男子の思考を読むのだろうか。

 絶対エスパーに違いない。

 俺が驚愕しているとセリナはにっこりと作り笑いした。


「それでもう一つ。提案があるのですが……」


 これは絶対悪いことを考えている顔である。

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