おうたをうたうよ
森の仲間たちを泣きそうな顔でスルーし森の奥に進む。
森の仲間を持ち帰りしたい。モフりたい。モフりたい。モフモフしたい。
よし、このままさらって……。
「誘拐は犯罪ぽん」
「……エスパーか?」
「ケイちゃん顔に出てるぽん」
「だよな。ケイちゃんは顔に出るよなー」
ええいナターシャ! 貴様まで同意するか!
「まあまあ、はやく虫取りに行こうぜ」
ナターシャが俺の手をつかんで引っ張る。
そういや虫取りに来てたっけ。たぬきや森のお友だちとモフモフタイムをしに来たんじゃなかったっけ?
クヌギの木が見える。木の側に寄るとデフォルメされたカブトムシがいた。
その姿はファンシーの一言。かわいいではないか。
俺が手の平を差し出すと、すぐに乗ってお腹をコロン。
足がたくさんあるけど気持ち悪くない。
指でなでるときゃっきゃっと喜ぶ。手乗りカブトムシである。
俺は虫かごにカブトムシを入れる。
そして無言のままナターシャの背後にまわり、後頭部をチョップする。
なんかムカついた。
「んぎゃ! また叩いたー!」
「俺は貴様が死ぬまで殴るのをやめない!」
「悪意! 圧倒的悪意! こいつはゲロ以下のにおいがプンプンするぜー!」
「ゲロは貴様だ!」
「くくく、Gと触手の味はどうだったかなあ! どうだったかなあ! ぐひゃひゃひゃひゃ! 貴様を男の娘にするまでは我は止まらぬ!」
「お前も襲われてたよな? 泣きながらGの大群に飲み込まれていったよな? つか不気味な妄想はやめろ!」
「そのうち、メスの貌で『お姉ちゃん、ぼくなんかおかしいよー!』って言わせてくれる。なんとかミルクって言い出すまでメス調教してくれるわ!」
「……マジでやめろ。お前を抹殺せねばならなくなる」
「え、ガチ怒り? ちょっとやめて、調子が狂うから」
「唐揚げなしな。本気で。しばらく一人コンビニ弁当食ってろ、な?」
「ちょ、やーめーてー! 私が悪うございましたー!」
「じゃあ、かわいい虫取りをしような。お前を小突き回すオプション付きで。運営公認のな!」
「ひどいー! 鬼畜がいるー! うわーん、楽しい未来が待っていると思ったのに! 狭い昭和のアパート、一升瓶抱えながら『俺だってチャンスがあれば……』と焦点の定まらない目で繰り返す全身スウェットのアル中ケイちゃん。痩せ細って死んだ表情の子どもたち。そんな子どもたちを抱え働かない夫のかわりに夜の仕事に出る私。顔にはついさっき殴られてできたアザ。キッチンにはなぜか大容量の料理酒。それでも離婚ができない弱い私。なぜか包丁を研ぎだけは万全……ガラス窓は割れてるけど大家族で幸せマイホーム……」
「なにその地獄! 実在する地獄はやめて! 想像でもやめて! ねえ、それ本当に名誉毀損だから!」
「でも、少しだけ……少しだけドM心がうずくのはなぜ……? 不幸せって突き抜けると幸せに似てる……ちょっとゾクゾクしちゃう♪」
「うずかねえよドバカ! 虫取りしてろキッズ!」
「うわーいカブトムシさんだー」
俺への当てつけで目一杯IQ落しやがった。
「おうたをうたうよー。ぼくたちにはみらいがないー。ひくもすすむもじごくー。みんなしねばいいのにー。そう、あれは高校生活最初の一週間だった。ヤンキーに呼び出されたぼくは顔面を殴られて倒れていた。だらしなく転がるぼくの永久歯。鼻からは血のにおいがする。そんなぼくの顔につばを吐きかけるヤンキー。屈辱。人を殺したいほど憎んだのはあれが最初だったのかもしれない。そんなぼくを助けてくれた眼鏡の委員長。そんな彼女も今はヤンキーの妻。子どもを抱いた彼女は幸せそうだった。憎い、世界が憎い。それが世界のジャスティス。世界をぼくは赦さない。四畳半で荒縄を首にかけながらぼくは世界を憎む。YOYOYO!」
「その鬱ソングやめないと背中にカブトムシ詰め込むぞ」
「きみら……もう結婚すればいいと思うぽん」
NPCにまでツッコミを入れられる始末。
絶対嫌だ。葵はいいけど、ナターシャだけは嫌だ。同一人物だけど。
鬱ソングを歌いながらもナターシャも次々とカブトムシをつかまえていく。
待てよ……。
「……ナターシャ。もしかして楽しくて興奮してる?」
「違うよー!」
ナターシャは、ぱあっという擬音が適合するであろう満面の笑みを見せる。
相変わらず素直じゃない。全力で楽しんでやがる!
「もー、おりゃー、どりゃー! もうかわいいなあ!」
ナターシャは、なぜかたぬきに飛びかかりなで回す。
「なにをするぽん! ふにゃー!」
俺は壊れるナターシャを見ながら考えていた。
これは……初めて遊園地、いや夢の国に来た小学生だ!
はしゃぎすぎて周りが見えなくなっている!
「あはははははははは!」
ナターシャはズドドドドと砂煙を上げながら駆け出した。
キツネにダイブ。そのままモフり倒す。
「や、やめるコン! お腹なで回すのはやめるコン!」
「ぴぎゃー! ぼくだけじゃなくてキツネのゴンちゃんまでが犠牲にー! ぽーん! またこっちにキター!」
それは地獄。地獄絵図が繰り広げられた。
自分を見失うまでテンションを高めた怪物が次々とNPCを毒牙にかける。モフり倒す。
つまり……ナターシャはかわいいものが大好きなのだ。自分を見失うほど。
虫取りを完全に忘れて、森のお友だちにダイブするほどに。
俺は見守っていた。ただただ見守っていた。関わりたくない。その熱い気持ちが俺を停止していたのだ。
さんざんNPCをモフり倒したナターシャが動きを止める。
「ケイちゃん……」
「なんだドバカ」
「帰りたくない……私、もう森のお友だちになる……」
「お断りポン!」
「やだ……帰らない」
俺はナターシャの肩をポンと叩く。そして、なるべく優しい声をかける。
「ナターシャ。ここには唐揚げは……ないぞ」
「唐揚げ……しゅき」
「いいのか? 森の仲間になったら唐揚げは食べられなくなるぞ。美味しいのに?」
「お、美味しい?」
「ああ、虫取りが終わったら今日は趣向を変えて、駅前のビルの中華料理店で油淋鶏食べようかな」
「ちゃ、炒飯つけていいのか? い、いやハーフサイズのラーメン……」
「麻婆麺をつければいいじゃないか。好きなんだろ?」
「ら、らめ。……太っちゃう」
「いいのか? 美味しいのに。街中華好きだろ?」
「こ、この卑怯ものー! かわいい子と食べ物を天秤にかけるなんてー!」
「いいから離してあげなさい。虫取りの後の唐揚げが待っている」
「な、なんというサディスト」
「しかたない……欲しがっていた『人間がだめになるペンギンクッション』も買ってやろう」
ナターシャが真剣な顔で俺を見た。
その目は不信感という炎が宿っていた。
「これは政府の陰謀か?」
「ねえよ! どんだけスケールがでかいんだよ!」
不信感という炎は気のせいだった。やつはただのバカだ。
「……あれか。おっぱい目当てだな? おっぱいなんだな?」
俺は正面から両手でナターシャの肩をつかむ。そして哀れみの視線をナターシャに浴びせながら首を振った。
「ないわー」
「マジもんの拒否! せめてフォローしようよ! ねえ、ケイちゃん!」
「それで、クッションを売っている店に心あたりは?」
「駅前のデパート!」
NPCのたぬきときつねが哀れみの表情で俺を見ていた。
たぶんこいつらAIじゃないな。ごめんな中の人。
俺たち二人ともバカなんだ。
「行くッぞ! はやく! はやく! はやく!」
ぴょこたん。ぴょこたん。
ナターシャがはねる。
「はいはい」
「ケイちゃんまた来ような!」
「あいよ」
「絶対だぞ! 絶対だからな!」
ナターシャは完全に子どもになってはしゃぐ。
……そう言えば、本体である葵も知っていなきゃならんようなことを知らない。
花火すらやったことがないのだ。
海に関してはわかる。俺だって子どもに無関心な家庭で育っている。
だが葵は少し違うような気がする。
なんだろうか?




