小話③酒場の食材事情3
初、2話連続掲載! 随分、長くなりました。酒場の食料事情も、いよいよ大詰めです。
客達の視線を尻目に立ち上がった片眼鏡の男は、一直線にカウンターの前に向かう。その間もマスターは手を動かし、客達の注文をさばいていく。
「マスター」
片眼鏡の男に声をかけられ、マスターは忙しく動かしていた手を止める。
「何か?」
開店直後、話しかけられた時と同じ会話。違いをあげるならば、片眼鏡の男の声音が若干、柔らかくなったくらいか? マスターはニコニコと良い笑顔を浮かべる、男に視線を向けた。
「いやぁ、素晴らしい料理を堪能させて頂きました! これ程、質の高い食事は久しぶりです」
「はぁ、どうも」
過大な賛辞を受けても、マスターは素っ気なく返す。その変わらぬ態度に、男は少しばかり苛立ちを覚える。しかし、それを必死に押さえ込み、会話を継続していく。
「この料理は是非とも、もっと多くの人々に味わって頂きたい!」
男はぐっと拳を作り、目に力を込めて訴えた。
「あなたの料理は、世界に通用する! もしよければ、我が商会で卸してはくれないだろうか?」
予想外の申し出に、周囲の客達が驚きのあまり料理を喉に詰まらせてむせた。相対しているマスターは、ただ淡々と男に質問を返す。
「我が商会?」
「あぁ、申し遅れた。私は大手食品商会の人間だ! 上層部とも深い繋がりがあるので、あなたの望む好条件で取引しよう」
「……はぁ」
得意満面な片眼鏡の男。彼の言う大手食品商会の名は、聞いたことがある。料理や食材の流通を初めて確立させた、第一人者。その歴史も古く、今なおこの貿易都市で活躍中だ。そんな商会の人間が、この酒場の料理で取引したいと言う。
「どうだろうか?」
「悪いが興味無い」
「……え? なんと?」
男の申し出に即答するマスター。男は諦めきれず、粘り強く説得を試みる。
「な、なぜだ!? こんな好条件、他にはあるまい」
「興味が無いと言った」
「しかし!」
「くどい」
「!!」
マスターは男を無視し、再び仕事へと戻る。あまりにも自分を無下に扱う現実に、怒りで顔を真っ赤にした。ハラハラと様子を伺う客達。その中で1人の常連の男が、片眼鏡男に近く。
「まぁまぁ、落ち着きな」
「これが落ち着いていられるか!」
思わず怒声を張り上げる。けれども常連の男は意にも介さず、彼の耳元で囁く。
「いいか? 静かに聞いておけ!」
「ふん、何を聞くのだ?」
「これは、あんたの為だ」
「は?」
意味深なその言葉に、思わず聞き返す。
「あんたも食べただろう? あの想像を絶する料理」
「あぁ」
「あの料理の素材は、どれも高級食材ばかりだ! 普通ならのこの小さな酒場じゃ、卸せない」
「そうだ、だからこそこの店の料理を」
「なら、その食材は誰が揃えていると思う?」
「それは、どこかに依頼して」
「あれ、ほとんどマスター自身が獲ってきているんだよ」
その言葉に、片眼鏡の男は絶句する。そして反射的に、マスターを凝視した。マスターは背を向けて調理をしているが、よくよく観察すれば服の合間から見える腕の筋肉や体つきは、ただの酒場の店主には不釣り合いだ。
「わかっただろう? マスターと揉める事への危険性を」
身にしみて実感したのか、片眼鏡の男は大量の汗を流しながら、一言告げる。
「あ、あの。勘定を」
「毎度」
片眼鏡の男はさっさと支払うと、後ろを顧みず、一目散に店を出たのだった。