小話②ミルクを飲む男
場所は同じ酒場。今度は、何が起こるのか?
貿易都市にある、とある酒場。
ここでは酒と料理が美味いと評判で、いろんな奴らがやってくる。
今日も大賑わいの酒場に、新たな客がやって来た。
「……」
その客は無言で入って来た。皆の視線がその男に集まる。
男は大柄で、分厚い胸板が服の合間から見えた。頭に薄汚れたバンダナを巻き、耳にピアス。無精髭の生えた顎に、目の下のクマ。右頬に走る傷跡が相まって、怪しさに拍車をかけていた。麻服1枚とズボン姿の男は、無言で客達を横切り、カウンター席の端に座る。武器の類は所持していないようだが、見た目だけは山賊のようだ。
他の客達は、自分たちの食事や酒を楽しみつつ、聞き耳をたてる。すぐ近くに未知の恐怖が控えいているようで、落ち着かないからだ。
「ご注文は?」
マスターが普段と変わらぬ、仏頂面で尋ねた。
「ふむ」
客の男は鋭い目つきを更に細めて、マスターの後ろに並ぶ酒のラベルを睨む。
更に凶相となった男の顔。そして、仏頂面のマスター。
笑い声をあげられない2人の雰囲気に、次第に周囲が飲み込まれていく。
重い。とてつもなく、空気が重い。
「マスター。注文だが」
「……」
「新鮮ミルク一杯と、一樽分を持ち帰りで頼む」
『え?』
男の注文内容に、客達が戸惑った。
本人には申し訳ないが、彼を見たほとんどの人は「人殺ししてそう」とか、「悪いことしてそう」とかそんな感想を抱いてしまうだろう。無論、この酒場にいる客達だって同意見だ。
しかし、そんな男が、酒場に来て”ミルク注文”?
別に問題がないのに、強いお酒をガバガバ飲んでいるイメージしかつかない。
「その分、金は払ってもらうが」
「問題ない。相棒の”ポチ”にやるやつだからな」
『ポチぃぃぃ!?』
見た目の予想を裏切る発言に、誰もが口を閉ざす。
誰か! このミルク男に質問してくれ!
見た目が怖くて聞けないこの状況に、店は静寂に包まれたのだった。
色々、聞きたいのに怖くて聞けないことってたくさんありますよね。私も経験あります。そりゃもうたくさん。
さて、この話はまだ続きます。果たして、この気まずい空気は払拭されるのか? そして、一樽ミルクの行方は?