贖罪
「アレンが奥方を連れて来るよ」
ジェラルドは王宮でレイラを抱きしめた。
「アレン様は、無事奥様とお会いできたのですね」
良かった、とレイラが口元で両手を合わせる。
「アレンが、あんなに情熱的だったとは、初めて知ったよ」
新しいトーバ総領事を早急に決める為の人選の時に、アレンが立候補した。
タッセル内戦地に軍を派遣し、内戦を鎮圧し軍統治下でタッセルの自治を目指す。
他の執務においても、ジェラルドのブレーンとしてアレンは外せない。トーバ総領事のような地方管理職をさせるわけにいかない。
『迎えに行きたい女がいる』
「あの時は、執務室の皆の顔が見ものだったね」
思い出しながらジェラルドは笑いを押さえられない。
「あら、きっとジェラルドも同じような顔をしていたに違いないわ、そこにいない私でも簡単に想像つくわよ」
それに、とレイラは続ける。
「ジェラルドも情熱的だったわ」
「だった?」
「今も」
ふふ、と笑うレイラにジェラルドがキスをする。
「アレン・マニロウ様が登城しました」
侍従がアレンの到着を告げると、皇太子夫妻は手を取り合ってサロンに向かう。
レイラも一か月前までトーバにいたのだ。
そこから来たなら、興味はさらに大きくなる。
そして、アレンの妻となるロザリンドの経歴はすでに伝えられてあった。
「アレン様もむごいことを。お手元に置く方法はいくらでもあるでしょう」
ロザリンドは元伯爵令嬢とはいえ、内乱のタッセル、満足な教育も受けられなかったと想像する。
しかも、娼婦だったと聞くではないか。
第一、出会ったのが客と娼婦、そういう女性を初婚で正妻とはありえない。
女性の方は固辞しているのを、無理やりアレン様が推し進めて、今日の謁見に至っているとも聞く。
「貴族社会でアレン様のなさりようは乱暴ですし、奥方になられる方も針の筵ですわ」
「レイラ、君までそんなこというのか。
アレンを祝福してくれないのか。
公爵家の令嬢で大事にされていたのは分かっているつもりだが」
がっかりしたとジェラルドは表情をする。
「僕も貴族社会では許されない方法で、君を妻にした」
母親の母国である友好国の王太子の婚約者を攫い、二人だけで式を挙げ初夜をおこなった。
「あ」
声をあげてレイラがジェラルドの袖をつかむ。
「やっぱり僕のレイラだ、わかってくれたね」
袖をつかむレイラに手を重ねるジェラルド。
「好きな人を妻にするのは普通のことだ。
もしレイラがセルジオの公爵令嬢ではなく、街の花売りでも娼婦でも、妻にしていたよ。
それぐらいで無くなる想いではない」
袖から外したレイラの手を口元に持って行くジェラルド。
「もし、レイラが内戦のタッセルに生まれ、攫われ娼館に売られたら逃げ出せたかい?」
ふるふると首を振る。
「私、アレン様にも奥様にも許されないことを・・」
レイラは自分の傲慢に気づき、民の苦しみを知ろうとしないことだと分かってしまった。
ロザリンドは身体にも心にも暴力を受け続け、傷ついているのだ。
そこに、私は言葉の暴力で追い打ちをかけるような事を言った。
自分は貴族の妻ではない、皇妃となる身なのだ。
偏見、それは恥ずべきであり、国を悪しき道へ導くものだ。
そして、ジェラルドが深い悲しみにあることも気が付いてしまった。
着いたよ、とジェラルドがレイラを促す。
サロンの扉が開かれ、待っていたアレンとロザリンドが立ち上がった。
その姿を見たレイラがジェラルドから離れて、ロザリンドに駆け寄る。
「お腹に赤ちゃんがいるのだから、座ってちょうだい。大事な時期なんだから」
ロザリンドの腕に手を添え、座らそうとするレイラ。
驚いているのはロザリンドである。
結婚を納得したわけではないが、アレンの言葉が嬉しい。
仲間に紹介したいと言われ、船に乗せられマクレンジ―帝国に来た。
実家に行くかと思えば王宮に連れて来られ、王太子殿下に紹介すると言われ、頭が真っ白な状態なのだ。
「妃殿下落ち着いてください。我が家の侍医を連れて来てますから大丈夫です」
アレンがレイラからロザリンドを取り上げ、ゆっくりとソファに座らす。
ロザリンドはレイラから目が離せない。
ロザリンドは娼婦だが、マクレンジ―帝国領トーバの娼館だったのでヒステン語が話せる。
この女性は妃殿下と呼ばれていた。
銀の髪の美しい女性、童話にでてくるお姫様そのものだ。
そして、向かいに座った男性が王太子殿下なのだろう。
コンコンと扉がノックされ、予定外の来客がジェラルドに告げられる。
「母上が?」
何の用かわからないが、部屋に入れないということは出来ないだろう。
「ジェラルド、皇妃陛下か?どうして?」
アレンもジェラルドの言葉で察したのだろう。
皇妃居住区から、皇妃が出ることを皇帝は嫌がっているからだ。
ロザリンドは、もう何がどうなっているか分からない。
部屋に入って来た皇妃は、美貌、その言葉しか浮かばない。
この皇妃に懸想した王子の所業が原因で、マクレンジー皇帝がタッセルを滅ぼしたと言われている。国を亡ぼすのに証拠を残さない、それこそマクレンジー帝国でなければ出来ない。
皇妃の姿を見て思った、きっとそうなのだろう。
この人が原因で、国が滅んだ。
私があんな目に合ったのも、この人が原因なのだ。
違う、この人が起因でも、原因ではない、やりきれない考えが浮かんでは消える。
シーリアは、ジェラルドを無視してロザリンドの横に座って手を取ると、涙を流し始めた。
ジェラルドもアレンも、驚いて立ち上がった。
「ありがとう」
シーリアの言葉が部屋に響いた。
「ここに来るのは勇気がいったでしょ。
頑張ってくれて、ありがとう」
シーリアに手を握られたロザリンドは、何がどうなっているかもわからない。返す言葉もみつからない。
ジェラルドも、アレンも気が付いた。
リヒトールがシーリアの為に、タッセルを滅亡させたのを、シーリアが悲しまないはずがないのだ。
ましてや、他国と違いタッセルには、マクレンジ―帝国は復興の援助をしなかった。
長い内戦を苦しんだのは、元タッセルの国民だけではない。
そして、リヒトールは分かっていて、全ての罪を負っている。
ジェラルドは、その罪を受け継ぐべきだと思っている。
だからこそ、ジェラルドも苦しんでいたからこそ、タッセル侵攻を提案したのだ。
早く、内乱地に平和を迎えるために。
シーリアがロザリンドの額にキスをした。
「貴女と赤ちゃんに、たくさんの祝福を」
シーリアの長い銀の髪がロザリンドの頬に流れて、ロザリンドは我に返った。
「ありがとうございます」
それだけ言うのがやっとである。
銀糸が目の前を動いて、光の粒が眩しい。
教会の女神様か聖女様みたい。
マクレンジー皇帝は賢帝と言われながら、皇妃に関しては狂帝と言われる、わかる。
私、汚れているから惹き付けられる。
聖女様が許してくれるなら、アレン様の横にいてもいいのかな。




