トーバ総領事
視察官のアレン達を迎えての晩餐会が総領事邸で行われていた。
「これは美しい奥方ですね。」
アレンの褒め言葉に総領事オースチン・アルマンドもまんざらではない。
「妻のチェルシーはルクティリアの姫でして、母方が王族に連なっています。」
「それは、高貴な。」
「まぁ。」
と微笑む夫人はまさに貴族そのもののである。
アレンは片目で夫人の様子を見る。
首にも腕にも重そうな宝石で着飾っている。
総領事の収入は高給であるが、民兵出身のオースチンが好む物とは思えない。
野心家ではあるのだろう、武よりも知で優れていたと父達が言っていた。
「明日には倉庫の視察をお願いしたい。」
アレンの言葉にオースチンもわかっているとばかりに頷く。
「視察官殿はアレン・マニロウとお聞きしてます。」
「はい、父がポール・マニロウ、御存知かと思います。まだまだ至らないばかりで。」
オースチンの問いかけにアレンはいかにも親の七光りで頼りなさをアピールする。
「いや、ずいぶんお若いからお聞きしただけのことです。」
さぁ、甘くみてろ、と内心ほくそ笑むのはアレンばかりでない。
「正直、早く帰りたいのです。
帳簿の確認とかも入ってますし、参ってますよ。」
はは、と笑うアレンは更に演出する。
「けれど、このように美しいご婦人にお会いできたのは役得というものです。
総領事はお幸せですね。」
視察官と随行官僚がそれぞれ護衛官と部屋に入るとベッドには護衛官が上がった。
「お前達はご馳走を食べてノンビリしたんだ、そっちのソファーな。」
わかったよ、とアレンはソファーに毛布を広げる。
ソファーに潜り込みながらベンジャミンに声をかける。
「どうだった?」
アレンとオリバーが晩餐会の間にベンジャミンとアレキサンダーは城下に出て町の様子を探っていた。
「何も問題ないね、城下は穏やかだ。」
「確かに今日着いたばかりで、解るはずもない。」
そう簡単にはいくまい、とアレンもわかっている。
「アレン、役に立つかわからないが、総領事婦人御用達の宝石商の娘、ひっかけたぞ。」
うおぉ!と叫びたくなるアレンだ。
ベッドのベンジャミンを見ると親指を立てている。
父達の代ではこんなこと考えられなかっただろう、と笑うアレン。
いつか、リヒトール陛下からジェラルドに皇帝位が移る。
その時には時代も移るのだ、すでに時代は流れている、人の常識も考えも変わっていくのだ。
それを支えるのが自分達である。
正しい方に変わるばかりではないだろう。
誰にもそれはわからない、歴史が過去を判断するのだ。
アレンは、我ながら頭が固い、考えるばかりではダメなのだと思う。毛布を肩からかけて眠りについた。
翌朝から視察が始まった。
前日に無能二世を演じたおかげで、かなり自由に行動ができる。
裏帳簿を探すには、普通のところには置いてないだろう。
総領事の部屋に忍び込む算段をオリバーとたてる、かなりの量になるはずだ、どこに隠す?
オースチンは私兵隊上がりで登り詰める程の実力者、生半可にはいかないだろう。
総領事邸の裏では軍隊の訓練が行われている。
ジェラルドの剣の音が響く。
相手はエンボリオ・ターナー、駐屯軍で1番の剣の使い手である。
元々はタッセル王国の下級貴族の出であったらしいが、王国崩壊後の戦乱でトーバに脱出してきたらしい。
派手な剣の音と共に雌雄は決した、ジェラルドが地面に膝をついていた。
「あー、また負けた、傷だらけだよ。」
そう言って立ちあがるジェラルドの腕には血が滲んでいる。
「かすり傷だ、それより後で飲みに行かないか?」
剣を鞘に収めながらエンボリオが言う。
「すまない、妻が待っているんだ。」
「ああ、主君の姫君か。」
噂は蔓延していて、怪しまれる事なくジェラルドは簡単に受け入れられていた。
「お前も姫君も町の生活は慣れないだろう?」
「そうだな、手が荒れていくのを見ると思うよ。」
「給料がでたら、花でも買ってやれよ。
市場の花屋は安くていいのがあるぞ。」
ああ、と言いながらジェラルドが頷くと、
「だがな、いい小遣い稼ぎがあると言われても手を出さない方がいいぞ。」
「小遣い稼ぎ?」
そうだ、と言ってエンボリオはジェラルドを物陰に引きづり込んだ。
「大きな声じゃ言えんが、軍の中ではあるんだよ。
嫁さん泣かしたくなければ手を出すな。」
「金は欲しいな。」
ジェラルドが囁く。
「止めておけ。服務規程違反になるような事だ。
今は金が入っても、長い目で見れば後悔することになる。」
駐屯軍は砂糖や塩の搬入警備にもあたる。服務規程違反とは搬入警備に目をつむることではないのか?
国境から町の倉庫に運ぶまでに掠め取るには、軍内の協力者なくては無理であろう、金だ。
エンボリオがジェラルドの頭をゲンコツで叩いた。
「嫁さんに髪飾りでも買ってやりたいか?
止めておけ。」
ジェラルドは叩かれた頭をさすりながら、エンボリオを見る。