出会い
細腰に流れる黒髪、白磁の肌、母譲りの美貌は見る者の感嘆を誘う。
王妃サーシャの登場に周りは溜息をつく。
若い男達が我先にと王妃の元に行く、王が同伴しない昼の茶会でのことだ。
サーシャ21歳。
「バッカじゃないの?
王妃が落ちるはずないでしょ、王より魅力あると思っているのかしら?」
文句を言っているのは本人のサーシャだ。
ディビットはサーシャを膝に座らせて書類を読みながら聞いている。
「母上、ほっておくのですか?」
サーシャとディビットの息子、シャルルはもう5歳、いろいろな事がわかってきている。
「まさか!」
ふふふ、とサーシャが笑う。
「ディビット、浮気は許さないわよ。」
「サーシャ一筋ですよ。今はサーシャの話ではなかったのですか?」
どうしてこっちに、とディビットが言う。
「知っていてよ、ディビットにすり寄る女がいるのを。
ケイト・オルチモア伯爵令嬢。」
ああ、とディビットも思い出したようだ。
「まとめて処分してやるわ。」
「母上、お手並み拝見ですね。」
シャルルも大人びた事を言う幼児である。
「私はハリンストン王国王妃、マクレンジー帝国皇女なのよ。」
悪意を隠そうともしない美しい顔は壮絶なまでに美しい、とディビットは思う。
オルチモア伯爵家ではケイトが庭で花を摘んでいた。
思いだすのは王宮の庭園での事。
慣れない王宮で道に迷ったケイトは見知らぬ庭園に来ていた、そこは王家の住居区であった。
ドレスの裾は汚れ、疲れていたが元の場所に戻らねば怒られるという思いしかない。
「誰かいるのか。」
現れたのはディビットである。
「陛下。」
ケイトは驚くばかりである、遠くからしか見た事のない王がそこにいるのだから。
「申し訳ありません、迷ってしまって。」
ディビットは礼を取るケイトを見ると納得したように、手を差し出した。
「ご令嬢、ここは入ってはいけない。外まで案内しよう。」
ディビットは、この女は間者かもしれない、警備はどうしてこの者を通したのだ、と警戒していたが、ケイトにはそんな事はわからない。
なんて優しい王様と夢見る気持ちだ。
ディビットに連れられて広間に姿を現した周りの反応も同じようなものだった。
「ケイトが陛下と一緒に現れた時はビックリしたわ!」
友人達も口ぐちに羨ましがる。
2度目の出会いは、街の雑貨屋を出た時だった。
街の視察の為にお忍びでやって来たディビットと遭遇したのだ。
雑貨屋から出た所で騎乗で視察しているディビットを見つけ、思わず声をかけた。
「陛下。」
ケイトの言葉に周りが騒然となる。
ディビットにしてみればお忍びなのだから、仕事のじゃまな女である。
随行しているアーサーにディビットが指示をする。
「アーサー、こちらのオルチモア伯爵令嬢をお送りしてくれ。」
何度も出会うのが偶然なのか、怪しい女である、アーサーに探ってこい、と言う事だ。
「陛下、ありがとうございます。」
ケイトの方は、何度も偶然で出会うなんて運命よ。しかも名前までご存知なんて、この間は名乗らなかったのに、と興奮を抑えられない。
王家の庭に侵入して、調べられないはずはないのだ、そういう事には気が付かない。
自分が注意人物とされているとは思いもしないのだろう。
宰相であるアーサーに伯爵邸に送ってもらうと家人は当然のようにアーサーを客間に通す。
伯爵があわてて、宰相に対応する。
家の中では大騒動である、娘が王の指示で宰相に送られて戻ってきたのだから。
いくらでも王には護衛がいるだろうが、宰相に送らせるとは気に入られているに違いない、と伯爵は思っている。
王宮で迷い、王に保護された事は娘から聞いているから余計にだ。
アーサーはサーシャとも付き合いが深い、もめ事になる前に潰してしまいたい。その為にも情報が欲しいから、やんわりと話を切り出す。
「若い魅力的なご令嬢をお一人でお返しするわけには行きませんから。」
アーサーの言葉に伯爵も期待する、娘は王の側妃として召されるかもしれない。
娘が側妃になればその子は王族となる、縁戚となるのだ。
人は、言葉で説明されない部分を自分に都合良く考えるものだ。
そうなるとケイトはディビットを男性として意識しだし、ディビットの出席する公式行事に参加できるものは必ず出席するようになった。
ディビットが周りを見渡しただけでも、ケイトは自分を探してくれていると思うし、周りもはやし立てる。
「陛下がケイトの方を見てらっしゃるわ。手を振ってさしあげたら。」
ケイトの友人達もおだて始める。
ケイトは特筆べき美女ではないが、優しい雰囲気の可愛い娘である。
降る程には遠いが、ちらほら縁談も来ている。
残念ながら結婚にはいたらず、25歳になっている。
貴族令嬢は早々に結婚するので、ケイトの友人も結婚している者が多い。
早くに結婚した友人達に、王に見染められたと自慢したい気持ちが強まっていく。
王妃の美貌に比べると見劣りするが、王は違うタイプに惹かれたのかと人々が口にするのを聞くと尚更である。
マクレンジー帝国は上の皇女を極東首長国に、下の皇女をハリンストン帝国に嫁がせた政略結婚としか見られていない。
ハリンストン王位奪回の時に、ディビットはマクレンジー帝国の支援を受ける為に政略結婚を受け入れたと思っている人間が多い。
王は政略結婚の美しいだけの皇女より心優しい乙女を求められたと噂がでたのだ。
余計に、サーシャの方にも貴公子達が群がる。
政略結婚で嫁がされた若く美しく可哀そうな王妃、バックにマクレンジー帝国を持っている。
サーシャに憧れるたくさんの男達は、ディビットの怒りを買っているとは思いもしないだろう。
サーシャとディビットは一緒に公式の場に出る事は少ない。ディビットが極端に危険からサーシャを避けているからだ。
皆が政略結婚と思っている一因でもある。
マクレンジー帝国では、シーリアは茶会でさえ出席しない、それがリヒトールの望みだからである。
それを見て育ったディビットもサーシャも当然と受け止めているが、周りは一緒に公式行事に出ないのは不仲だと見るのだ。