王妃リデル
リデルがその報を受けたのは昼もかなり過ぎた頃だった。
「ガサフィ陛下、戦場で傷を負われ後方にて治療中、傷は深く前線復帰はすぐには無理の模様。」
ガサフィとリデルが結婚して2年、子供はまだいない。
リデルはショックが大きいようだが、
「大臣達が緊急会議を開いています。」
その言葉を聞くと、リデルはマクレンジー帝国から付いてきた侍女二人を連れて大臣達が会議しているであろう執務室に急ぐ。
侍女のアマナはリデルと同い年で軍隊から上がって来た。
侍女ジェインは側近ポールの娘でリデルより3歳上である。
前触れもなく扉が開いて驚いたのは大臣達だ、話していた言葉を途中で止めようとする。
「後宮に10人。」
止め切れなかった言葉がリデルの耳に入る。
「未だに後宮を作ろうと言っているのですか、この大事に。」
「大事だからこそです、陛下のお子が必要なのです。」
「陛下のお子は私が産む子だけです。」
結婚して2年になるのに子供ができないと責め立てられているようである。
ガサフィが若いリデルの身体を思い、避妊しているのだが、それを言う必要はリデルにはない。
「陛下は後宮に行くことはありません、それを分かって言っているのですね。」
リデルが目配せすると侍女が寄り添う、まるで守るかのように。
「陛下がお怪我を負われたことは連絡がいっているでしょう。
その大事に子供のことより、することがありはずです。
陛下が復帰されるまで、王妃の私が指揮を取ります。」
ここで大臣達に指揮権を与えてはならない事だけは、リデルにもわかった。
ガサフィの負傷がわかれば、併合された人民の中には独立しようと蜂起するものが出てくる可能性さえある。
大臣達が一斉に立ち上がり、そのうちの数名がリデルの元に来て礼をする。
「しばらく情報収集をします、解散。」
女神のごとくの頬笑みでリデルが笑い、大臣の一人に言葉をかける。
「グレード卿、よく知らせてくれました。」
当然の事です、我が女神、と大臣は礼をする。
たくさんの国を急激に併合してきた極東首長国はガサフィの力があればこそ統一ができている。
ガサフィがいなくなれば、その後釜を狙うのがたくさんいるのだ、そこにはリデルという褒賞が付いてくる。
ガサフィを亡き者にしたいのは手の内にたくさんいる、特に併合された国の者たちに。
ガサフィに後宮を勧めるのは世継ぎの為ばかりではない、ガサフィの眼をリデルから逸らす為でもある。
戦場に行く前にガサフィは国内の事は親衛隊に任せてある、それを快く思っていない大臣が多いのだ。
リデルは親衛隊の隊長である、宰相アブラム・ディケンズを呼んだ。
「はい、すでにスコット・アスドロに連絡が付いております。
スコット、陛下共に傷を負ったようですが、生存を確認しております。
陛下の背後、自国兵からの発砲でありました、それらはスコットが処理した模様です。」
「陛下の負傷は緘口令を出して、漏らさないように。
今回のことで罠をかけるわ、誰がガサフィを裏切っているのか。
戦場の兵士に指示した者が必ずいるはず。」
アブラムは膝を折り、リデルに礼を取る。
「我が女神のお心のままに。」
リデルは直ぐに王妃の名の元に会議の招集をかけた。
会議には意見など言わず、大臣達に微笑みかけて座っている。
リデルには政治の事もわからないし、武術の心得もない。
だが、母親同様、自分を狙っている者はわかるのだ。
シーリアが言っている変態センサーである。
母親の美貌を引き継いで生まれたリデルである、ガサフィがいても狙う輩は多いのだ。
何故にガサフィを裏切る?
国が欲しい、ガサフィに恨みがある、リデルが欲しい。
全部手に入れるには、ガサフィを殺してしまえばいいのだ、戦場という死に近い場所ならできる。
リデルには裏切り者をみきる能力はないが、容疑のある者全てを拘束する権力はある。
容疑の確定はガサフィが戻ってきてすればいいのだ、リデルはこれ以上の情報漏えいの可能性をふさぐのだ。
親衛隊には拷問などせず、ガサフィが戻るまで丁寧に扱うように指示して容疑者の名前を伝えた。
無実のものも多いだろうが、リデルが感知する全てが容疑になる。
今は、ガサフィのいない極東首長国を守る事が先決である。
ここで人民蜂起などさせるわけにいかないのだ。
誘導する可能性のある者をとりあえず拘束するしかリデルにはできない。
「陛下から注視するよう指示のあった者が全員含まれています。」
さすがでございます、というアブラムにリデルはただの感よ、とは恥ずかしくって言えない。
「アブラム、馬をだして、私が戦場に出ます。」
「王妃様、それだけはいけません。危険すぎます!」
どんなに止められようとリデルは退かない。
「我が軍は陛下が負傷され、ましてや自国軍内での裏切り。スコットも負傷しているなら指揮系統が乱れているはず。
敵軍もそれはわかるでしょう。
今の陛下に危険を増やす事はできない。
私しか取りまとめられる者はいません、私の容姿しかね。」
「王妃様、どうか、どうか前線には出ませんように、親衛隊の精練チームを付けます、離れないでください。」
我が女神に栄光あれ、と祈りだすアブラム。
リデルは砂漠の地に嫁いで馬術を身に付けた。
リデルの馬が砂煙をあげて駆け抜ける。
その両横には侍女二人の乗る馬、さらに守るように親衛隊が馬を駆っている。
2中夜、馬を替えながら休みなく駆け、戦場を見下ろす高台に着いた。
リデルは結っていた髪をほどき、銀の髪をなびかし、親衛隊に指示を出した。
「ここは私がよく見えるでしょう、私が注目されるよう大きな音をたててください。」
ピーーー!!
誰が持っていたのか、たて笛が大きな音で吹かれた。
それは戦場の中にも響き渡り、人々の視線が集まる。
侍女二人を両脇に控え、リデルが銀の髪をたなびかす。
太陽の光の元で立つ姿は豊穣の女神降臨。
極東首長国軍からは大きな歓声があがり、士気が盛り上がったようだ。
そのまま優位に進軍し相手国は撤退を始めた。
その情報は女神と共にガサフィに伝えられた。
「ガサフィ!!」
女神はガサフィに縋りついて泣いている。
「リデル、よく頑張ったな、怖かったな。」
傷の身体をベッドから起こして、ガサフィがリデルを抱きしめる。
ガサフィは肩を銃で撃たれたのと、胸から腰にかけて刀傷が走っていた。
生き延びれたのは咄嗟に致命傷とならないように避けたからだ。
隣のベッドで寝ているスコットの方が重傷であった。
ガサフィを庇った傷を負いながら、裏切り者3人を切り捨てたのだ。
「リデル?」
「2昼夜馬で駆け通しでしたから。」
親衛隊から声がでる。
リデルはガサフィに抱きついて寝ていた、ガサフィを見て安心したのだろう。
リデルを自分のベッドに寝かし、侍女にも睡眠を取るように指示してガサフィはベッドを降りた。
「お前達はまだいけるな?」
ガサフィは親衛隊に声をかける。
「もちろんです!」
ガサフィは傷を固く固定し親衛隊と共に前線に出た。
勢いを増した極東首長国軍は撤退する敵軍を追い、王都を落とした。
ガサフィが王宮に戻る頃にはアブラムによって首謀者の炙り出しが終えていた。
リデルが更迭を指示した中にいたのだ。
「早く王宮でお風呂に入りたい、戦場では無理だったんだもの。」
ガサフィに笑いかけるリデルは美しい。
「バラ湯にすればいい、俺の勝利の女神、美しき王妃。」
俺の美しいリデル、愛しい伴侶、心強い相棒、勝利の女神。




