悪魔の薬
傷病兵は負担になるらしい。
そういう噂はひそやかに流れる。
戦力が減る、戦地で放置もできない、国元に戻っても仕事につけない。
傷病兵を作らないために悪魔の薬があるという。傷の痛みがないために、身体が動く限りは戦い倒れ死ぬ。
とことん戦わせ、負傷しても倒れない兵士は相手に恐怖を与え、自国に有利になる。
それは自国兵を捨て駒としか扱わないという事でもある。
食事に混ぜれば、半日程の間痛みが無くなるらしい。
スコット・アスドロは自分の身体の異変に気が付いた、斬られたはずなのに痛くない。
服には血が付いているはずだ、戦闘中に立ち止まって確認ができいない。
これが悪魔の薬か!
陛下は我らを捨てたのだ。
「ほお、あの馬は。」
遠見で敵陣を見ていたガサフィ・グラハムはあし毛の馬を操る男を見つけた。
5人掛かりで切られても、動いているのは悪魔の薬を食した証拠。
しかも怪我をかばっているのが見受けられる。それでも5人に負けていない、どれだけの腕前だ、試してみたくなる。
悪魔の薬は痛感をなくす。傷の感覚がないため普段通りに身体を使おうとするが、折れた骨はまともに動かず、傷の部位は力が出せないことが多く死に急ぐことになる。
だが、倒れてしまうよりは敵に打撃をあたえ続け大きな戦力であることも確かな真実だ。
斬っても倒れない兵士は怖ろしい、やっかいな者であり、斬った側に畏怖を与える。
敵陣営に悪魔の薬を与えたのは、ガサフィの指示だ。
ガサフィの手の者が敵国と繋がり、マクレンジー帝国から悪魔の薬を納入させた。
悪魔の薬が戦場を有利にする、だが上手く使えば不利にもできるのだ。
敵に悪魔の薬を与えてあると解っているなら、こちらに恐怖感がでることはない。
半分を生き残させる様に味方には指示している、敵は薬が切れた途端に激痛が襲う。
悪魔の薬が使われたということを知らせる事を優先するのだ、一気に敵兵は戦力喪失する。
自分も使われるのではという恐怖、そして上層部への不信。
宗教が違うこの国は徹底的に叩き潰さねばならない。
「あの男欲しいな。」
あの男は痛感がないはずなのに傷を庇っている。
悪魔の薬が使われたとわかっても冷静さを失わない。
戦闘中にあの理性、判断力、戦闘力も高い、ただの一兵士であるはずなかろう。
あの男を改宗できれば、私のものだ。
ガサフィの指示が前線に走った、殺すなと。
リデルは違う宗教から嫁いでくる。
リヒトール・マクレンジーは宗教を信じている男ではないが、建前はちがう宗教だ。
私も信じてはいないが、役に立つ。
信じてはいないが女神はいる、リデル・マクレンジー。
銀の髪に紫の瞳、信仰されている豊穣の女神と同じ容姿だ。
リデルのためにも違う宗教出身者が欲しいと思っていたところだ。
黒い軍馬が走る、これはマクレンジー皇帝の愛馬の子供の1頭だ、額に白い星がはいっている。
ガサフィの初戦は10歳の時、父王と共に出陣した。
父王が数と力で押して、有利な時に調停に持ち込んで行く戦法に対し、ガサフィは叩き潰す。
徹底的に準備をして仕掛けるのだ、それはマクレンジー帝国で身に付けた、負ける戦はしない。
スコット・アスドロは見知らぬ牢で目が覚めた、捕虜になったか、激痛が襲う。
悪魔の薬が切れたのだ、痛みの為に押さえようとした声も呻いてしまう。
それからいくら時間がたったろう、食事を看守が持ってきた。
看守じゃない目の覚めるような美少女だ。
「あら、無理しなくっていいのよ、面白い人物がいるって聞こえたから見にきちゃった。」
えへっと笑うのはやばいだろう、牢屋が天国に見えてきた。
「牢番さんに役目代わってもらったのー。」
それって・・・
「ほら食べなくっちゃ、傷を早く治さないとね、え、食べれないの?」
「いや、自分で食べれます。」
手を動かすだけでも痛みが走る。
「私が食べさせたりしたら、ガサフィに殺されちゃうしね。」
せっかく助かった命だもんねーー、ってなんだこの美女。
「リデルーーーー!!!」
けたたましい足音と共に悲痛な声が響いた。
ガーーーン!
牢の扉が吹っ飛ぶように開いて、大男が飛び込んできたかと思うと美女に抱きついた。
「なんで王宮にいない!こんな危険なとこに来るな!」
「だってー、ガサフィいないんだもん。先月もガサフィ来なかったし、寂しかったの。
お父様がガサフィがここにいるって教えてくれたの。」
「ここは戦場だ!!!危険すぎる!!」
「皇妃が、リデルが寂しがってる、と言われたそうだ。」
もう一人いたのか、影からでてきたのは将軍と言ってもいいような貫禄のある騎士。
「シュバルツ殿、貴殿がついていれば大丈夫だが、そんな問題ではない!
マクレンジー陛下は皇妃に甘すぎる!」
「私もそう思うわ。お父様を動かすには、お母様を懐柔するのよね。」
お母様もわかって言ってるしー、ふふと笑うリデル。
なんだこれは、マクレンジーと言えばあの帝国だよな、陛下って言ってる、怖ろしい考えが頭に浮かぶ。
「マクレンジー帝国皇女殿下?」
「はーい!」
「リデル!!!」
返事しながら手をあげそうな美少女を大男が抱きしめる。
「ガサフィ殿下、姫の護衛で1個中隊きております、さっさと片付けましょう。」
大男の目が騎士をにらむ。
「あの方はどこまで読んでいるのだか、まいったな。やるか、このまま首都争奪だ、相手の戦意は落ちたからな。」
「それは悪魔の薬でか。」思わず言葉に出た。
「やはり賢かったな、どうだ、うちに来ないか、殺すには惜しい。」
誰が国を裏切るものか、と出る前に、
「きゃーー、ケガ人さんそうなの!?
国を裏切ってもガサフィに忠誠を誓うって男のロマンよねー。」
その場にいる男達がかたまった。
「ねね、この国って宗教が違うんでしょ。改宗したらいいわよ。」
軽い、このお姫様は悲壮感がない。
「ガサフィの宗教の豊穣の女神様って銀髪、紫の瞳で私と同じなの。
うちの母親もなのよねーー。」
「姫様とこの方の関係をお聞きしていいでしょうか?」
「あのね、ガサフィは婚約者、極東首長国の王太子よ。もうすぐお嫁に来るの!」
何故にこんな大物ばかりがこの牢屋にいる?と聞きたい。
「姫様も改宗されるので?」
「とーぜんよ、宗教よりガサフィが大事だもん。ね、一緒ねーー。」
軽い。
スコットはガサフィを仰ぎ見た。
「女神様には誰も勝てませんね。」
「だな。」
「私はスコット・アスドロ、地方の子爵家の3男で第2部隊の中隊長をしてました。
極東首長国の王太子と言えば、砂漠を統一したのが父王なら、その東を制覇しようと噂の方。
それほどの方が何故に私などを?」
「目に着いたからだ。悪魔の薬を使われながら、それに負けていなかった。」
目につく、それは運もあるが、スコットの力でもあることをガサフィはわかっている。
ガサフィは王者の目だ、スコットにはこの魅力に抗う術はなかった。
「それよりもリデル。ここは危険だ、少しでも安全なところに避難しろ。」
「いーやーだー!」
ガサフィの側にいる、と言われて嬉しくないはずはないが危険すぎる。
「せめてもっと奥まった砦にいってくれ。」
「やーだもーん。せっかく来たのに離れるのやだ。」
リデルがガサフィの腕にすがり付く、王太子の方もまんざらではない表情だか、困ってもいるようだ。
シュバルツは面白そうに二人を見ている。ガサフィが幼少の頃からの付き合いだ、この先ガサフィが折れるのが解っている。例え前線でもマクレンジー軍中隊が守る、傷一つ負わせない。
「王太子殿下、姫様の警護は私にお任せください。」
へぇ、こいつは面白そうなのが入ったと報告だなとシュバルツはスコットを見た。
「姫様は、私と安全な砦で殿下を待ちましょう。私はこの通りケガ人なので前線に出れないのです。」
「私はケガ人じゃないから大丈夫よ、砦には行かないわ。」
「わかりました。私は姫様の警護なので姫様が行くところにお伴いたします。」
リデルはぎょっとしてスコットを見た、まだ傷は開いているらしく腹の包帯は血が滲んでる、手も足も包帯で捲かれている。
寝付くべき傷だが、普通に話しているのは本人の強靭な意志があるからだろう。
周りを見て見る、ガサフィもシュバルツも言いたいことは解っている。
「ごめんなさい、わがままが過ぎたわ。ガサフィの側にいたかっただけなの。戦場ではじゃまになるわ。」
「リデル愛しているよ、できるだけ早く砦に帰るようにするから、砦で待っていてくれ。」
この牢屋でキスでもしそうな二人である。
「はい、ガサフィ。待ってるね、だから早く来てね。」
ガサフィがよくやった、とスコットを見る。
「殿下、あの薬は殿下の指示で?」
「やはり賢いな。」
ニッとガサフィが笑う。
「これからは裏切り者と呼ばれるぞ?」
「解っております。」
ガサフィとスコットの視線がぶつかる。
「いい目だ、面白いな。」
スコットがガサフィの片腕の一人となるのはすぐのことだった。
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