時は来たれり
これで、ディビット編の終了となります。
たくさんの方に読んでいただき、とても嬉しかったです。
ありがとうございました。
ディビットはハリンストン王国の王都にある屋敷に潜伏していた。
この瞳がある限り、この国では目立ってしまう。
胸の内ポケットにはサーシャが初めて刺繍したハンカチが入っている。
この7年は人員育成に専念した。
国を手に入れた後、自分の思うように機能させる為だ。
ハリンストン王国の地方に広大な土地を購入し、屋敷と戦闘場を造り、ガンター侯爵から派遣されたマクレンジー帝国軍人が指導にあたった。
文官育成はマクレンジー帝国に留学させ、新しい国の基礎作りに時間を取ることになった。
アーサーはマクレンジー帝国を出て、ディビットに付く事を希望した。年齢もディビットの1歳下で、ジェラルドの10歳上になることもあるが、マクレンジー軍時代から、ずっとディビットに付いてきたのだ。
ハリンストン王国に潜み、情報収集と基盤整備を担当した。
ディビットにとってもアーサーは無二の臣下であった。
王の首をとる事は難しい事ではなかったが、その後の執政要員の養成に時間が必要だった。
見込みのありそうな人間を引き抜き教育を施す。最初は人が集まらなかったが、5年前に参入したレオナールを中心に人材収集は進んだ。
貴族、平民を問わず能力のありそうな人物の情報を得ると、ディビットがマクレンジー軍隊時代に集めた同志が接触を図った。
それはブリューダル革命の時に取った方法だった、秘密を守りながら反意のある優秀な自国民を収集する。
だが、革命と違い王政を続行するのだ、臣下を育てねばならない。
仲間になるとなった段階でレオナールとの接見があり、そのまま能力開発に送り込まれる。
行方不明のレオナール元王太子が現れた事で、みな一様に驚き、覚悟をするのだ。
ハリンストン王国に新しい希望をレオナールに求める者が集まっていく。
だが、それも戦闘訓練や官僚教育が最終段階に入った時にディビットの査察を受け、真の指導者を知る事となる。
そこまで残った者だけが同志となる。
ディビットのオッドアイを蜂起以前に漏らすことは絶対に避けねばならないのだ。
マクレンジーの流通網を使い地方にも同志を潜ませられる程の規模になった。
ジェラルドが楽しそうに近づいてきた。
「ディビット、もうすぐ時間だ。」
ジェラルドの手にはリデル皇女が作ったお守りがある。
ディビットもジェラルドもガサフィの侵略戦争で何度も戦場に立っている、奮い立つ血潮が熱くなる、気持ちが高揚していく。
胸ポケットに手をあてると、冷静な思考が戻ってくるようだ。
「ディビット」
アーサーが剣を捧げ持ってきた。
剣を手に取ると歩き出す。
そこにはガサフィがいた、お互いに握りこぶしを突き合わす。
なんて心強いんだ。
この国を出た時は愛馬1頭だけが仲間だった。
この国を獲るために戻ってきた、1人じゃない。
ガサフィ、ジェラルド、アーサー、レオナール、心にはサーシャ。
そして、自分に命を賭してくれるたくさんの臣下がいる。
馬に乗った軍隊が屋敷前に集合した。
地方の屋敷から着いたディビットの軍隊だ、ここで合流する。
全員を前に宣言する。
「この国の訓練もしてない軍隊に負けはしない。
我らこそが正規軍である。」
たくさんの馬の嘶き、蹄の音、王都で気付かれぬはずがない。
たくさんの人が出て来て、青い軍服の軍隊に驚いている。
「我は、ディビット・ハリンストン。この瞳にかけて王位を奪還する。」
人々がオッドアイだ、と叫んでいる中を軍馬が疾走する。
王城の門は小型爆弾で粉砕し、馬の勢いを弱める事なく駆け抜けた。
馬上からでも銃ならば片手で攻撃できる。
短銃は更に改良され反動が小さくなっている。
訓練を積んだ掃射は的を外さない。
襲撃を受けた王宮では軍の召集がされるが、ディビット達の機敏さに敵わない。
周到に用意された襲撃である、目標を誤ることはない。
弾薬庫は最初に爆破され、周りの兵舎も半壊になり多数の犠牲者が出ているようだ。
爆音と煙、視界が曇ってくる、ディビット達にとっては想定内であったが、急襲を受けた王宮は違う。
人々が逃げ纏い、悲鳴があがる。
各々が任務を遂行するために散らばる、軍指令部に向かう者も多い。
ディビット達が駆け抜けた後は血溜まりと骸しか残らない。
狙うのは王と王太子。
レオナールが見覚えのある扉を開けると、そこには騎士に守られるようにした男がいた。
ここは王太子の部屋なのだ。
騎士が叫ぶ。
「レオナール殿下。」
騎士達は覚えていたのだ、自分達の王太子を。
13歳だった少年は18歳の青年になった。背も伸びた、面影も変わっただろう、でも彼らはレオナールを見分けた。
この5年の間接触を取ることはできなかった。
もう戻ることは出来ない、そしてレオナールの後ろから出てきたディビットに目を見張る。
「オッドアイ、そうか、そうだったのか。」
騎士達がディビットに礼を取った。
「どうする、王太子を守るか。」
騎士達の後ろではレオナールが失踪した後に決まった王太子が震えている。
「あなた様が真の後継者だと解っておりますが、自分の責務を放り出す訳に参りません。」
欲しいな、とディビットだけでなく、ジェラルド、ガサフィが呟く。
「生き残れば仕えよ。」
「生き残るような手加減はいたしません。」
いいなアレ、3人が目を輝かす。
「グレン、ガレッタ、ジャレット。」
レオナールの声が響いた。
「お前達を置いて国を出たのはずっと後悔していた。」
幼い頃から、この3人が警護についていたのだ。
母がレオナールの為に選び抜いた騎士だった。
「レオナール・ハリンストンが命じる、兄ディビット・ハリンストンに参ぜよ。」
「お前達、僕の警護だろ、僕を守れよ。」
震えた声で王太子が叫ぶ。
「レオナール殿下、よくぞ御無事で。立派になられた。」
騎士達が膝をつく、王太子はそれを見て奥の部屋に逃げようとしたが、逃げれるはずもない。
「王太子のくせに逃げるとは情けなさすぎる。」
言うが早いかジェラルドが走った。
「僕はマクレンジー帝国皇太子ジェラルド・マクレンジー。」
王太子の背中が斬り裂かれた。
「背中の斬り跡なんて、逃げましたって公言してるようなものだ。恥ずかしいな。」
ディビットが3人の騎士の前に立った。
「私はこれから王位を簒奪に行く。裏切り者の汚名を私の為に被れ、行くぞ。」
父のいる部屋は分かっている、女の部屋だ、執務室で夜を過ごすようなことはない。
軍務のある左翼から爆音がする、小型爆弾が投げ込まれたようだ。
若い女の部屋に父はいた。17年ぶりの邂逅だ。
部屋を守っていた護衛はアーサーと王太子の護衛達が始末した。
「オッドアイ。生きていたのか、王太子に戻す、待ってくれ。」
メーソンはディビットの持つ血塗られた剣に、太った身体で震えているようだ。
自分にとってこれは父ではない、ケインズ・ガンター彼のみが父である。
高く腕を振り上げ、シュンッと一刀。
ゴロンと落ちる父の首になんの感慨もない。
父の血がついた剣を鞘にもどす。
アーサーとレオナール、グレン達護衛が膝をつき礼をとる。
「ハリンソン王国第16代国王ディビット・ノア・ハリンストン陛下。」
ハリンストン王国において国王だけがノアの称号をいただく。
この時、ディビット24歳。
ガサフィが空に向かい短銃を3発、それは制圧の合図。
青い軍服を着た騎士達から歓声があがる。
「メーソン王討ち取られたり、抵抗を止めよ。」
大きな声が叫ばれる。
「抵抗を止めよ。」
何度も叫ばれている。
ディビットが正面広場に面するバルコニーに立つと瞬間空気が変わった。
戦闘中にもかかわらず喧騒が一瞬静まる。
「我はオッドアイを有する者。ハリンストン王国第16代国王ディビット・ノア・ハリンストンである。」
ディビットの声が響く。
闇夜に光る左目の金。
目の奥が燃えるように熱い、能力があるというのならこれがそうなのだ。
大声ではあるが、その場にいる者全てに届くなどありえないはずの事を可能にする声。
敵も味方もその場に膝をついた、この国にとって長らく不在だったオッドアイが戻ってきたのだ。
誰よりもリヒトール・マクレンジーに似ているディビット・ハリンストンは決して王族の生存を許しはしない。
王妃も寵妃も王子も王女も全て処分され、ディビットは母の違う兄弟達の処刑を見続けた。
メーソン王はたくさんの子供を作ったが誰一人守りはしなかった。
王族を捨てたディビットとレオナールだけが王族として生き返った。
そして軍属、官僚たくさんの高官達の処刑が続いた。
ディビットの両横にはアーサーとレオナールの存在が常にあった。
サーシャ、君に王妃の称号を与えよう。
7/7~7/11 ディビット編完結 5夜5話
またお会いできることを願っております。