戴冠式前夜
「もっと飲め、カミーユ。」
「いや、止めておくよ、アルフレッド。」
マクレンジー帝国皇帝の戴冠式のために入国したカミーユは早速アルフレッドの部屋で酒を酌み交わしていた。
「1か月もいたんだって?」
「反抗組織のこととかあったしな。スティーブのことは残念だったな、ケインズから状況を聞いた。
悪手を打ったな、せっかくケインズが先手を打って国に帰してくれたのに、誠意をみせなかったからだぞ。」
「リヒトールに誠意が伝わるかはわからないが、確かにそうだ。前陛下の考えが甘かった、進言したんだけどね。今までのリヒトールの女扱いがアレだから。父も兄も間違った。」
「リヒトールが結婚してから何と言われてるか教えてやるよ、多重人格者だ。」
「え?」
「あいつは結婚したからって何も変わってない、相変わらず人でなしだ。人間を踏みつぶすのも蟻を踏み潰すのも同じだ。感情で踏みつぶしたりはしないがな。
ただし、奥方が関わると違う、別人だ。昼間のがそれだよ。」
それは執務室での出来事だった。
「カミーユ陛下が来られてるとお聞きしましたので、ご挨拶に参りました。」
シーリアが侍女に囲まれて執務室に入って来た。
「皇妃様は今日もお美しく。」
リヒトール、アルフレッド、ケインズと話をしていたカミーユがシーリアに礼を取った。
「ありがとうございます、それはこの薔薇のおかげで綺麗になれたのですわ。」
言いながら、シーリアがリヒトールに髪に挿した薔薇の花を見せた。
「リヒト様、ありがとうございます。とてもうれしくって、ほらここに。」
「朝の鍛錬の時に咲きかけの薔薇を見つけたのでな、手折って部屋に持って行った。まだ眠ってたから、起こすのは忍びなく横に置いておいたのだ。」
アルフレッドもカミーユも耳を疑った、リヒトールが花を手折る?
部屋に持って行く?
寝てるのを起こさない?
寝顔の横に花を置く?
リヒトールの皮を被った別人のようだ。
不思議言語の羅列である。
しかも衆人を気にもせず、シーリアを抱きしめて頬にキスしてる。ケインズも周囲も慣れた様子で気にも留めない、いつもこうなのか。
「お仕事のお邪魔になりますので、これで下がりますわ。幸せの薔薇を見せびらかしてもどります。」
フフと笑う皇妃はいつもの女神のほほ笑みではなく、少女の笑みであった、これがリヒトールのものということなのか。
「ああ、あれな、違うな別人だな。奥方が居る時だけな、あのリヒトールも人間だったんだなって思った。」
「5年だってさ、あのリヒトールが見染めてから手に入れるまでの時間だよ、信じられるか。しかも他の男から守るように手を廻してた。婚約者が手を出さないように、婚約者好みの女を仕立て宛がうように手配していたらしい。」
「ありえないだろう、あのリヒトールが、って5年前って奥方いくつだ?」
「12歳だったそうだ、変態だな。そこはあのリヒトールだ。」
「王太子はハニートラップで婚約破棄した、あのリヒトールらしいやり方だ。」
あのリヒトール、の連発で会話が続く、この二人も動揺しているらしい。
リヒトールとシーリアは無言で寄り添っていた。
明日は戴冠式となる、他国の戴冠式のように清めの儀式があったりはしない。
リヒトールの上に誰も立つものはいない、教皇に認めてもらう必要もない。
「リヒト様は私のものよ、神さまにだってあげないわ、皇帝になったって何も変わらないもの。」
「リアだけが私の全てだ、君が運命だよ。」
指をからめる唇を重ねる、見つめあってほほ笑む、体温を感じる近さに幸せを想う。
「この国にもあげない、私のものよ。」
「君も私のものだ。」
巡り合ったのは偶然、どうしてこの人なのかなんてわからない、この人以外はいらないだけ。
「欲しいものがあるの。」
「なんだね?」
「赤ちゃん、リヒト様の赤ちゃん。」
「まだ早い、若年と高年の出産は危険だ。少しでもリスクが少ない方がいい、二十歳になってからだ。」
「絶対に死なないから。もうすぐ18歳になるもの、大丈夫よ、」
「自然に任せよう、もう避妊はしないよ。」
「任せて、たくさん産むから。」
リヒトールの肩に頭をあずける。
「たくましいな。」
リヒト様に家族をたくさん与えたい、この寂しい人に。
「我、リヒトール・マクレンジーは生涯シーリア・マクレンジーただ一人を愛すことを誓う。」
「私、シーリア・マクレンジーは、生涯リヒトール・マクレンジーただ一人を愛することを誓います。」
誓いのキスをする。
誰もいない二人だけの誓い、月だけがみてる。
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