リヒトール回想
シーリアとリヒトールが出会った5年前にさかのぼります。
シーリア12歳、リヒトール24歳
それは5年ほど前、私はセルジオ王国の宮殿で商談をしていた。
国相手となると規模の大きい商談となる。
もちろん、マクレンジー商会トップの私が出向かざるを得ない。
なにより、今回は軍備補強なので、機密度も高く、利益率も高い。
ヒステン王国の裕福な商家に生まれた私は、平民にも関わらず家のおかげで、様々な教育をうけ、ルクティリア帝国にも留学した。
そして運にも恵まれ、マクレンジー商会は巨大商会になり、動かす金も小さな国以上になってる。
扱うのは農産、海産物から、大砲、軍艦まで、なんでも有だ。
人間さえも傭兵として売る。
各国の貴族や王族、国までもが債務者だ。
債務不履行に落ちいった貴族から、取り上げた爵位もいくつかあるが、所詮は私は平民。
有り余る金を持つ平民の私に向けられる目がいろいろだ。
媚びる、妬む、蔑むそんなことばかりだ、表面上は取り繕ってはいるが、そんなものを気にするほど、きれいな人間ではない自覚もある。
まっとうでない商売も多くしてきたせいで、敵も多く、命を狙われることも覚えてはいないほだ。
自分でも黒い血が流れてるんじゃないかと思うほど、情を考慮にいれない。
そんなもの金になるわけでもないし、不都合の方が多い。
ただ、見かけだけは、父が金できれいな母を買ったおかげで、整ってる。
借金のかたに、貴族の娘を取り上げたらしい。
今夜のうちに、パーバル海を渡る船に乗り込まないと、明日のルクティリア帝国の商談に間に合わない。
このセルジオ王国の隣国の、ブリューダル王国では圧政で国民が苦しみ、不穏な動きが見受けられることもあって、国境警備の補強が最優先とされ、今回の商談は早く合意にできた。後は納期を早めるために、運送経路と警備のシュミレーションを頭の中でかいていたら、小さな声が聞こえた。
突然足を止めた私に、警備の私兵が緊張する。
そこには寝起きの天使がいた。
けぶるシルバーブロンドにアメジストの瞳は潤んでいる。
どうやら、廊下の側の花壇の片隅で昼寝をしていたらしい。
10歳を超えたぐらいだろうか。すでに美貌と言えるほどの美しさがある。
「お兄様はだぁれ?」
少女特有の清廉さがうかがい知れる、宝石類をいっさい付けてないのがいい。
「私はリヒトール・マクレンジーです。かわいい姫君のお名をうかがっても?」
姫はあっという顔をした。この年で、私の名前を知っている外国の姫君。
ただの姫君じゃないようだ。
「デュバル公爵の長女シーリアといいます。お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ありません。」
この国の宰相である、デュバル公爵も嫡男も銀髪だった、公爵家の血筋か。
流れる髪が光をはじいて薄いピンク色に染まる、稀有な髪だ。
「いえ、何も見てませんよ。シーリア姫。」
笑顔の姫に見とれてしまったのは、仕方のないことだ。これほどの美貌なのだから。
「ありがとうございます。黒髪の素敵な紳士様。」
思わずつられて笑ってしまったのは、何年ぶりだろう。
殺伐とした商売の世界で、見たくもないものばかり見てきた。
優しい人間では、商会をここまで大きくできなかった。
まだこれからも大きくなる、そして私はもっと怖い人間になる。
「こんなところにお一人でいるのは危険です。人のいるとこまで、エスコートさせて下さい。」
「お願いします。」
多分、彼女は幼くても、私の事を知るだけの知識を持っている。それは商人としての私の事を。
人々が恐れる非情のリヒトール・マクレンジーの事を。
何の躊躇もなく、媚びることなく私の腕に手をかける姫。
子供だからではない、豪胆なのだ、彼女は。
自分の容姿を知らないわけではあるまいに、こんなとこで一人でいるとは、面白い。
危険も楽しんでいるかのような姫君、誰もが君に手をだせないのを知っているかのようだ。
会話もなく、王宮を進んでいく、それは心地よい静寂、
姫は1人だが、私は護衛と側近を連れている、この小さな姫が物怖じすることなく、淡々と歩んでいく。
私に腕を預けて、クスクス笑っているようだ、大した度胸だとつられてしまった。
側近のケインズが私を見て驚いてる、私でも楽しいと笑うさ。
別れ際に振り返った姫に 心がはねた。
幼くても女だ。
あれは、私のものだ。
図ったように、ケインズが寄って来た。
「シーリア・デ・デュバル調べろ。」
自分でも驚くぐらいの低い声だった。
父は母を買った。
私も妻を買うことにしよう。
7/3文字修正