再会
「殿下」
レイラは言い直した。
「ジェラルド」
泣き顔を上げたジェラルドは、許してもらえたのかと笑顔になりかけるのを、レイラは止める。
「許してなどいません、きっと一生、忘れる事はないでしょう」
「もう二度としない、レイラだけだ、愛しているんだ」
浮気した夫の決まり文句である。
「愛しているなら、どうして浮気したのですか?
浮気ではなく本気だった?
私と彼女と両方愛しているの?
それとも、子供がいるから仕方なく私を愛そうとしているの?」
浮気した夫への妻の尋問である。
「レイラしだけを愛している!
子供も愛しているが、レイラとは違う。
彼女に興味を持った、それは認める。
その興味はレイラに比べたら、些細なものだった。
レイラを無くすなんて思わなかったんだ」
「分かりました」
レイラは、今度もジェラルドに希望をもたせるように言葉を止めた。
ジェラルドがレイラの手を取ろうとして、振り払われる。
「興味を持つ程度でベッドを共にする気持ちは理解できない、というのが分かりました」
レイラは、微笑んだ。
「興味を持った男性を、ベッドに誘えば理解できるかしら?
ハンサムな男性はたくさんいるもの、興味深いわ。
そして愛し合いましたって、手を繫いでジェラルドに見せびらかせばいいのね」
これは誰だ?
ジェラルドは、妖しく微笑むレイラに魅入った。
レイラは深窓の令嬢で、明るく優しく穏やかな僕の妻だ。
違う。
レイラは僕の為に生まれた国を躊躇わずに捨てた、弱いはずがない。
今も、僕を捨てて逃げているではないか。
僕が、僕がいないと生きていけない弱い女性だと思い込んでいただけだ。
言ったことを実現する行動力がある。
止まったはずの涙が、また流れ出す。
「止めてくれ、気が狂ってしまう」
レイラが他の男に抱かれる、僕以外の男に興味を持つなど胸が張り裂けそうに苦しい。
「私が苦しまなかったと?
気が狂いそうにならなかったと思うのですか?」
自虐的に笑うレイラが、強くて美しくって、儚げで、哀しげで、ジェラルドは何度もレイラに恋をする。
「ごめんレイラ、あの女に触れた僕が嫌だというなら、触れた所の肌を剥ぐ。
だから、側に居させて欲しい」
狂ってる、レイラはジェラルドを見つめた。
そして、逃げ切れないだろうと覚悟した。
それに、ジェラルドの言葉が嬉しいと思うのだ。
ジェラルドに会いたくなかったのは、好きだった気持ちが残っているからだ。
裏切られても好きだなんて、惨めだから。
「肌を剥ぐことなど、望んでいません。
欲しいものがあります」
この怒りも時間が経てば薄れるのかもしれない、とレイラは自分の中で折り合いをつけた。
だって、やはりジェラルドが愛しい。
大事な子供の父親でもあるのだ。
「愛人・・なんて、言いません。
教育を受けたい。私の教育は12年前の結婚で止まったままだから。
それを終えたら、それに見合う公務をしたい。」
生まれた国で最高の教育を受けたが、この国の事を深く知りたい。
12年の間に変わった事も多いだろう。
そして、いつもジェラルドを待つ生活を変える。シーリア皇妃が公に出ない生活だからと、自分までそうする必要はもうない。
私とシーリア皇妃は違うし、皇帝とジェラルドは違う。
たまには、ジェラルドを待たせよう。
私達なりの夫婦になっていこう。
想像すると、楽しくなってきて、フフフ、と声がもれた。
たまには、浮気をするぞと心配させるのもいい。
罪悪感をなくさせたりしない。
「ありがとう、戻ってくれるなら、どんな条件でも飲むよ。
その、愛人が欲しい、と言ったなら、レイラを殺して僕も死ぬだろう」
許してもらえたと喜ぶジェラルドに、レイラは爆弾を落とす。
「じゃ、バレないようにしないといけませんね。
ジェラルドも最初は隠していたでしょ?」
笑顔になったレイラに対して、ジェラルドの顔は蒼白である。
それでも、レイラの気が変わらぬうちに国に連れ帰ろうと考える。
「この惨状では、ここには住めない。
今夜はホテルに泊まるのがいいだろう、足場が悪いから、君に触れてもいいだろうか?」
夥しい血が流れている床を歩くのは滑って危険だろう。
レイラは騎士を見たが、ジェラルドの提案を受ける方がお互いに安全だと悟った。
「ええ、よくってよ。
それから、助けてくれてありがとう」
レイラが手を差し出せば、ジェラルドは大事そうにその手に触れた。
「ドレスの裾が血を吸ってしまう、抱き上げてもいいだろうか?」
ジェラルドはレイラの返事を待って、横抱きにした。
お互いの心臓の音が聞こえるぐらい近い。
ドクドクと音がしているのは、ジェラルドかレイラか両方か。
ホテルにレイラを送り届けると、護衛を残して、ジェラルドは総領事館に後始末に向かった。
明日の朝一番の船で立つ為に、権力を使って処理するつもりである。