うん?夢じゃないみたい……?
寝ている間私は夢を見ていた。乙女ゲーム『ライラックの花束を君に。』の悪役令嬢である、カッシア・フォン・サンドリヨンの生涯の夢を。ゲームはあまりしない人種だったからもちろん、カッシアが出てくるゲームはしたことが無い。でも、友人がこと細かに教えてくれた記憶がある。友人は乙女ゲームと言わずなんでもプレイするスタイルの子だった。その、プレイ画面を傍からのぞき込んでたのが私という訳だ。カッシアは王子様の婚約者で鼻を天狗のように長くした高飛車な少女だった。そんな、彼女のお守りに疲れていた王子に優しく接するヒロイン……もちろん、カッシアは怒り狂いヒロインをあの手この手で虐める。もちろん、ヒロインを虐めたことはすぐに露見し、断罪される。それを、阻止すれば良いのだろうか?まだ、ヒロインと王子は出会ってない。と言っても王子の見た目からするにカッシアも高校生。ヒロインの登場もそう遠くないことだと思う。
「王子様、今までありがとうございました。そして、今までのご無礼お許しくださいませ。私はどうやら、貴方様の婚約者としての自覚がかけておりました。どうか、やり直すチャンスを頂けないでしょうか?」
とりあえず謝る。声の違和感は拭えない。澄んだ声は多分どんなに騒がしくても遠くまで聞こえるだろう。澄んだ声で吐かれる罵詈雑言は深く人を傷つけるだろう。その自覚がカッシアには無かったのだ。2物も3物も与えられたカッシアに唯一与えられなかった良心は今、私がカッシアに成り代わったことによって備わったのだ。たぶん、生きていける。
「お前は……いや、俺も悪かった。お前の重荷に気が付かず、背負い込ませた上に追い込んだのだ。俺にも非は有るだろう。だが、お前の行動は度が過ぎた。全員に謝ってこいとは言わないが、俺の身の回りのヤツらには謝ってもらう……それで、いいか?」
王子はカッシアを許すつもりなのだろうか?もしくは、ヒロインが既に登場していてそれどころでは無いのか?馬鹿なわたしにはそんなことしか思い当たらないが、許してもらえたなら万々歳だろう。
そんな、甘い考えもつかの間……私は早々たる攻略対象であろう人々に土下座している。もちろん、許しを乞うためであるが、皆が痛ましいものを見る様な同情を孕んだ目で私を見るのは何故だろうか?
「な……なぜ、皆様は私なんぞにそのような同情的な目を向けるのですか?」
思わず質問してしまうが、私は悪くない。可笑しいのだ、明らかに。悪役令嬢が、軽蔑の眼差しを向けられるのは理解できる。でも、同情されるのは分からない。確かに、事情は同情されるでも、だからといって人を虐めて蔑むのは良くない。静寂が彼らと私の間に流れる。わざわざこの静寂をぶち壊してまで聞くようなことではないから、答えを諦めかけた時…烏の濡れ羽色のふわふわと柔らかそうな猫っ毛に毒々しいほど赤い瞳の少年が口を開いた……
「姉上……?混乱して居られるのですか?姉上は婚約者につき落とされたのですよ。いくら、姉上が悪いからと言ってこちら側は加害者です。ですから、皆さん姉上を憐れみ、許しを乞う姉上をお許しになったのです。」
そうか……私はつき落とされたのか、王子に。まぁ、自業自得で……うん?王子は私が倒れたって言ったよね?あれ?それって倒れたんじゃなくて倒したんだよね?正確に言うと落としただけど。不思議に思い彼の方に目をやると何故か、目をそらされた。明らかに、彼は黒でしょう……