シル様と…………
いやな沈黙が流れる。カッシアの喉から鈴の鳴るような凛とした声はでない。シル様は泣く様な怒ったようなぐちゃぐちゃの感情を混ぜた不思議な笑を浮かべている。その瞳はじっと私の瞳に映る彼を見ていた。
「とまぁ……殿下が暴走してしまいましたが、殿下はカッシア様を慕っているんですよ。」
沈黙を破ったのは真面目な顔をしたウェスト様だった。そっとシル様から目をそらし彼の方を覗き見ようとした。でも、シル様が私の頬を両手で包み込みソレを許されない。余計な所で攻略対象っぽい事すんなよっ!!主人公にやれよ!!主人公に!!
「あっ……の……もう、許して下さい。今は婚約破棄しませんか……ら。」
やっと絞り出した声は掠れていた。シル様が私を好きなわけがない。もちろんカッシアも。乙女ゲームの悪役ポジである令嬢は皆王子や婚約者に嫌われているのがセオリーだ。もちろん、悪役令嬢は本気で婚約者に恋をしている。でも、そんな事、彼らは知らず主人公に恋するのだ。多分、シル様はゲームの強制力か何かに操られて私と婚約破棄出来ない状況に有るのだ。ならば、今は婚約破棄しなかったらいいのだ。主人公が登場して彼女に恋すれば婚約破棄すればいい。
「今は?どういう事だ?ずっとだろ?」
いい加減諦めて……シル様。私にツンヤンを発揮しなくて良いから。もっと可愛くて綺麗で優しい子にツンヤンを発揮してあげて。
「シル殿。少々良いかの?」
前世でいう萌えボイスの様な可愛らしい声と不釣り合いな老人の様な喋り方。確かシル様に紹介されたプリムラ様です。フワッフワの黒檀の様に黒い髪をくしゃくしゃに乱し、真紅の瞳を見開いた姿は人では無いものの様に見えた。じっと彼を見つめていると彼は私を見てニヤリと笑った。
「人成らざるものに見えるかえ?」
じっと私を見てそう言った。心の奥底を覗かれた様で悪寒がする。シル様がツンヤンを発揮した時とは比べ物にならない。声は出ない。意図的に思考回路を断ち切られた様に言葉が出てこないのだ。ぐちゃぐちゃの感情を抑え込みなんとか微笑む。上手く笑えている自信が無い。
「カッシア。儂のカッシア。早う堕ちてこい。」
……?訳が分からない。彼は何者だ。見た目は少女の様に害の無さそうなものに見える。それこそ、カッシアや主人公の方が力強く見える程に。でも、彼の中身は訳の分からない物がぐちゃぐちゃに詰まっている様に思う。
「いずれ、分かる時が来る。」
彼はそんな言葉を残しシル様とウェスト様を連れて行ってしまった。転生してから訳の分からない現状に悩まされている。いったい、主人公は誰なのだ。
次こそ!!次こそヒロインさんが!!