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勇者のいない世界で  作者: 杉下 徹
四章 魔王
35/41

4-2

 ――それは、地獄絵図とはほど遠く。

 魔王事件。その直後の跡地は真っ更な更地で、そこには寝間着姿の少女が一人、天まで届くほどに眩い白と黒の光を体に身に纏ってただ立ち尽くしているだけだった。


「……謳歌?」

 既視感。

 目の前に広がるのは、あの時と酷似した光景。違いがあるとすれば、更地に立つ少女の外見と身に纏う服装、そしてもう一人の少女がそこにいる事くらいのものだ。

「これは、どういう事だ?」

 ちょうど俺達よりも一歩だけ早くこの場に辿り着いていたのか、俺と同じく状況を理解できていないらしい由実が静かに問いを投げかける。

「どう、って、見ての通りだよ」

 対して、更地の中心、元は奥光学園のあったはずの場所に立つ少女、全身を黒装束で覆った謳歌は笑みすら浮かべながら返す。

「お城はもう、落としちゃったよ。これで私の勝ち、約束通り次は世界征服だね」

「何、を……」

 俺と由実が携帯を取り出し、時間を確認するのは同時だった。

 十一時三十五分。

 約束の十二時までは、まだ二十五分もある。

「話が違う! 約束の時間は、今日の十二時だったはずだ!」

 そうだ、そういう決まりだったはず。謳歌が時間を指定し、俺達がそれを迎え撃つ。この『ゲーム』はそういったルールの上に成り立っていた。

「それは、嘘」

 だが、謳歌はまるで悪戯を告白するような口振りで、そう告げた。

「学校の敷地内に私の軍が入り込んだら、その時点でそっちの負け。逆に、私の息の根を止めたらその時点でそっちの勝ち。私の言ったルールは、それだけだよ」

 たしかに、そうだった。

 明確に提示されたルールは、その二つだけ。しかし、それでは俺達は常に学校にいなければならない事になる。謳歌の時間指定はそうならないため、『ゲーム』をゲームとして成立させるための副次的なものに過ぎなかった。

「したいのか? 世界征服」

 それを捨てたという事は、謳歌はすでに『ゲーム』をする気がない。そもそも始めた目的もわからない『ゲーム』だが、それを放棄するのにも一応理由はあるはずだ。

「どうだろうね。したいかどうかはわかんないけど、でも、するよ」

 要領を得ない答え。誤魔化しているだけだという事は、俺達には明らかだった。

「させると思うか?」

 極大の光。謳歌を目掛けて放たれた光矢は、寸前で生まれた黒の壁に阻まれて消失。

「止めたければ、もちろんそれでもいいよ。勇者もいないパーティでできるなら、ね」

「……お前っ!」

 由実の手が、背に掛かっていた袋へと伸ばされる。取り出されたのは和弓、だが矢を番えようとした手は震え、鉄矢が即座に放たれる事はなかった。

「じゃあ、私は魔王城に戻るよ。世界征服は、とりあえず明日からかな」

 一瞬だけ、謳歌と目が合う。まだ心は読めない、だがその目は、挑発的な言葉とは違いどこか哀しげな印象を抱かせた。

「待て! まだ話は――」

 ようやく放たれた鉄矢、しかしそれが届くよりも先に、謳歌はまるで夢のように忽然と姿を消してしまっていた。

「……………………」

 誰も、何も言えない。事態はあまりに鮮烈で、脳が理解を拒んでいた。

「遊馬! これはどういう事だ!?」

 ただ佇む俺達の横を、ようやくこの場に辿り着いた副会長の声が通り抜ける。

「もしかして、もう魔王さまが?」

「はい、そういう事です」

 隣に並んでいた会長の確認に、頷きを返すくらいの気力は残っていた。

「えっ……何、これ」

「うぇぇ、転校とかしないとダメな感じですかね?」

 更に遅れて白岡と藍沢が揃い、これで生徒会の全員が揃ってしまう。

「みんな、聞いてくれ」

 本当は、誰にも来てほしくなかった。だが、こうなってしまったら説明するしかない。

「謳歌は『ゲーム』を終わらせた。その証として、この学校を消し去ったんだと思う」

 理由は、正確にはわからない。だが、奥光学園が消え去った事実だけはたしかだ。

 私立奥光学園。二年弱ほど通った学校に、取り立てて特別な思い入れがあったわけではない。それでも、見慣れたはずの場所から校舎が消え失せた違和感は、心の中のいくらかの部分を喪失したような思いを抱かせるには十分だった。

「魔王さまはどこに?」

「魔王城、とだけ」

 僅かに怒りを感じさせる会長の問いに、反射的に答える。

 この時間では、おそらく消失に呑み込まれた被害者はいなかっただろう。だが、通う学校を奪われたという点では、少なくとも俺達は皆共通して謳歌の被害者となっていた。 

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