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勇者のいない世界で  作者: 杉下 徹
二章 遊び人
16/41

2-1

 椿優奈が俺の家に泊まるようになって、すでに五日が過ぎた。

 長い、と感じるほどでもないが、短いというにはやはり少し長い。椿と親しくなったと言い切れる自信はないが、まるっきり他人の距離感のままとも言い難い。

 要するに、中途半端。すぐにでも動くと思われた謳歌に動きがなかった事で、俺達の関係は完全な他人から奇妙な同居人に形を変えてしまっていた。

「宗耶さん、髪が跳ねてますよ」

「ん? ああ、寝癖か」

 登校中、隣を歩く椿の指摘に従い、跳ねた後ろ髪を撫で付ける。

「あの、もし良かったら私が梳いてもいいですか?」

 早々に寝癖を直すのを諦めた俺に痺れを切らしたのか、椿は上目遣いでそんな事を問う。

「椿さんがいいなら、もちろんありがたいけど」

 そうなれば、俺としても無碍に撥ね付けるわけにもいかず。

「! じゃあ、手櫛ですが失礼します!」

 かくして、俺達は仲良く毛繕いなどしながら登校する事になってしまった。

 中途半端とは言ったものの、椿に関しては日に日に俺との距離感が縮まっている気がしてならない。その事自体に問題はなく、むしろ喜ぶべきですらあるのだろうが、椿の好意が純粋に彼女から生じたものだと言いきれない点において、少しの引っ掛かりはある。

「どうやら、また随分と仲良くなったみたいだな」

 そして、第三者まで含めれば更に懸念の数は膨れ上がるわけで。

「まぁ、一緒に住めば少しは仲良くなるだろ」

「それで、どうせなら転校生との仲の良さでも見せつけて歩いてやるか、となったわけか」

 よりにもよって、その内でも最大の懸念と言っても過言ではない幼馴染が絶妙のタイミングで向かいの角から姿を表していた。

 すこぶる機嫌の悪そうな由実の言葉の端々から感じるのは、明らかな毒と棘。

「それは忘れてただけだって。俺が朝弱いの知ってるだろ。それよりも、由実がこんな時間に登校するなんて珍しいな」

「そういう時もある。で、二人はどこまでいったんだ?」

 話を逸らそうとするも、すぐに引き戻される。それも、由実らしくもない下世話な質問によって。これが藍沢や弘人、あるいは会長辺りが口にした言葉なら軽口としても取れるが、由実の口から出た以上は冗談を被せるのは危うい。

「何を怒ってるのか知らないけど、別に俺と椿には何も無かった。無かった……よな?」

 俺の言葉に説得力があるかは微妙なので、椿に目線を飛ばす。

 俺まで記憶喪失でないのなら、ここ数日の俺達は風呂イベントや着替え遭遇イベントすら発生しないすこぶる健全な日々を過ごしたはずだ。もったいない。

 しかし椿は、なぜか顔を赤らめて目を逸らしやがる。目線で意思疎通ができるほどには二人がわかり合えていないゆえの誤解なのだが、それを説明する手立ても無い。

「別にお前達がどうなろうと口出しするつもりはない。私が怒っているとしたら、それは何度も電話をかけたにも関わらず、宗耶が一度もそれに出なかった事に対してだ」

「電話?」

 そんな椿と俺とのやりとりを気にするでもなく、しかしやはり棘のある由美の言葉に鞄を探る。ほどなくして見つけた携帯の液晶画面は暗いまま、弄っても反応すらしない。

「……ああ、電池切れか」

 元々、俺は携帯をあまり触らない。だからと言い切るのは言い訳かもしれないが、電池切れに気付いていない事はこれまでも何度かあった。

「どうも、そういう事みたいだな。急用があったなら謝るけど、何かあったのか?」

「…………」

 無言。

 呆れているのか、それとも怒っているのか。事情がわからず断言はできないが、こういう場合の由実は前者である事の方が多い。

「由実?」

「……いや、急用という類では無い。ただ、重要な事であるのに違いは無いが」

 催促に少しの間をおいて、由実の口から溜息混じりの言葉が吐き出された。

「まぁ、気にするな。だが、前にも言ったがいつも携帯の充電はしておいた方がいい」

 そしてその言葉を最後に、俺達を尻目に早足で歩いて行ってしまう。

「白樺さん、追いかけなくていいんですか?」

「んー、まぁ大丈夫だとは思うけど」

 これがそういうゲームだったら、きっと選択肢が表示されているところだ。もちろん今だって、由実を追うか追わないかは俺の選択次第ではある。追えば由実ルート、追わなければ椿ルート、というように選択が単純に結果と結びつくわけではないというだけで。

 この場合、下手に機嫌の悪い由実を追うよりも、時間を置いた方が誰にとっても良い結果になると俺は判断した。

「携帯で思い出したんだけど、良かったら番号とかアドレスとか交換しておいてもいいかな? まぁ、今は電池切れてるんだけど」

「はい、是非! むしろ私からお願いしたいくらいです」

 早足で、それでも走っているわけではない由実の背中は学校への道を歩いている間中ずっと、徐々に小さくなりながらも視界に映り続けた。


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