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ファンタジー兵站小説:オーク鼻城主の戦争

作者: 銅大

 食料庫の中は、空っぽだった。

 辺境の小城とはいえ、常に十人の騎士が城番として入り、戦ともなれば郎党や傭兵も含めて三百人近くが詰める城である。

 周辺の領地から取り立てた年貢の麦の袋が、食料庫いっぱいと言わないまでも、百や二百は積み上げられていてしかるべきだ。また、そうでなければ城として機能しない。

 それが空である。麦だけでなく、干し肉も、塩のひとかけらすらなかった。

「なんじゃこりゃー」

 分厚い扉を押し開いた小太りの青年は、呆然とつぶやいた。年は二十才前後。顔の中央にでん、と居座る丸いオーク鼻が、青年がオークの血をひいていることを示している。

「ほんま、なんもないのぉ」

 オーク鼻の後ろから、同じ年頃の片眼鏡をつけた痩せた貧相な青年が入ってきて、周囲をぐるりと見回す。尖った耳が、男が妖精族の血をひいていることを示している。

「かんべんしてくれ」

 オーク鼻は床に座り込んだ。手で頭を抱える。

「どないすりゃええんじゃ。籠城どころの騒ぎじゃないで」

「まあのぉ」

「ほじゃけ、わしはイヤじゃったんじゃ。なんぼ城主になれるゆうても、わしみたいなモンに預けられる城が、まともなはずがあるか」

「まあのぉ」

「戦は明日にでも始まっておかしゅうない。陣振れきたらすぐに百、二百、いうて兵隊がここに来るんで。どやって飯食わせりゃええんじゃ」

「まあのぉ」

「つうか、今日の飯かてないで、これ。わしゃ、腹が減ったらなんもできんようなるんじゃ」

「ほうじゃのぉ」

 片眼鏡の青年は、くすり、と笑った。幼なじみである彼には、空腹になった相方がどうなるか、思い当たることが多すぎた。

「笑うとる場合か」

 しゃがみこんだまま恨めし顔で自分をにらむオーク鼻に、片眼鏡の青年は食料庫の床を指し示してみせた。

「ここ見てみい」

「なんや」

 オーク鼻は床を見た。何もない。

 何か仕掛けでもあるのか、と床を叩いてみた。何もない。

 周囲の床と見比べてみた。何もない。

「なんもないで」

「その通りじゃ。なんもない」

「おちょくっとんか」

「そうじゃのうて。埃も足跡もなーんもないうゆうとるんじゃ。おかしいじゃろうが」

 片眼鏡の指摘に、オーク鼻の目が鋭くなる。

「盗られたんか。誰じゃ」

「そいつはだいたい想像がつく」

 城の食料庫に入るだけでなく、そこから大量の食料を持ち出せるとなれば、容疑者は限られる。

「ほじゃが、犯人がわかったところで食料が戻ってくることはないか」

「いや」

 落胆するオーク鼻に、片眼鏡は薄い唇を曲げて笑う。

「戻ってくるとも。まあ、見ていろ」


 数刻の後。

 掃除もまだで埃だらけの城主の居室に、恰幅のよい商人が案内された。後ろに、額の高い従者を従えている。

「新しい城主さまにご挨拶を。亡くなられた先代城主さまには、ひとかたならぬお世話になりました。今代城主さまにも、よろしくお引き立てたまわりたいと願います」

 ふくよかな頬に、柔和な笑みを浮かべて商人が深々と頭を下げる。

「ほうか。それで、さっそく相談があるんじゃが」

「その前に、まずはお近づきのご挨拶の品を贈らせてください」

 商人は従者をうながし、机に箱を置いた。

「南洋より取り寄せた、黒砂糖でございます」

「砂糖じゃと!」

 甘いものに目がないオーク鼻が目を輝かせて箱を開けようとするのを、片眼鏡がコホン、と咳払いして止める。

「おっと、そうじゃった」

 名残惜しそうに箱を机の隅にどけて、オーク鼻が身をずい、と乗り出す。

「兵糧が欲しい」

「兵糧、ですか」

 商人のふくふくしい顔の中で、そうでなくとも細い目が糸のようになる。

「わしゃあ、さっき食料庫に入っておったまげた。麦ひとつぶない。これじゃあ、なんぼ城に強い兵を入れても、どうにもならん」

「それはお困りでしょう」

「お前さん、兵糧は出せるか」

「さて、兵糧は出せますが、手前も商売ですので」

「金か。なんぼじゃ」

 金額を聞いて、オーク鼻の顔が真っ赤になる。商人が口にした金額は、通常の穀物の倍の値段だった。

「いかがでございましょう?」

「無理じゃ。払えん」

 ぶるぶると、オーク鼻が首を左右に振る。

「それは困りましたなあ」

「金はないが、兵糧はすぐに必要じゃ。なんか手はあるか」

「借金、いや、ここは麦でお支払いいただきましょう。月三割の利息で、御用立ていたします」

「月で三割じゃあ? 暴利すぎるじゃろうが。次の刈り入れは半年後で?」

 オーク鼻が目を丸くする。元本固定の利息なので、複利と違い、雪だるま式に増えることはない。しかしそれでも、半年後の収穫から、元本を含めて三倍近い麦を支払う計算になる。商法など存在しない世界ではあるが、それでも慣習として一年の利息が元本を超えないのが習いだ。

「急な御用立てとなりましたら、私どもも、他所から借入れて納めることとなります。当然、それらは無利子では借りられません」

「むむ」

「ですが、城主さまも何かと物入りでございましょう。城に納めるものすべて、手前どもにお任せいただけるのなら、こたびは利息なしで御用立ていたします」

「ほんまか!」

 オーク鼻が目に喜色を浮かべて身を乗り出す。

 商人は礼儀正しく頭を深々と下げ――目に浮かんだ押さえきれない侮蔑の色を隠した。

「なるほど――先代の城主も、そうやって借金で縛ったわけか」

 商人の後頭部に、怜悧な声がかけられる。

 商人が顔をあげると、それまで黙って話を聞いていた片眼鏡が、厳しい表情を浮かべて商人を見ていた。

「どういうこっちゃ?」

 オーク鼻が、傍らに立つ片眼鏡を見上げて聞く。

「食料庫から兵糧を持ち出したんは、こいつじゃ。城の記録によれば先週、こいつの商会の荷船が三艘、この城の関を通って下流に向かっとる。その時に、食料庫から兵糧を持ち出したんよ」

「こいつが泥棒じゃったんか」

 オーク鼻がにらみつけると、商人はとんでもない、とばかりに両手を広げた。

「いいがかりでございます。手前どもの船は、通過しただけ。兵糧など積んでおりませぬ。なんでしたら、船も、手前どもの倉も、お調べいただければわかることでございます」

「だろうな」

 片眼鏡が冷たい目で言う。

「お前さんは、バカじゃない。今頃、城から持ち出した兵糧は袋を入れ替えた上で、別の船にのせられて、川沿いのどこかの渡しで待機させとるんじゃろ。話がまとまれば船ごと買い付けましたって寸法だ」

 片眼鏡の言葉に、商人はやれやれ、とかぶりを振った。

「そこまで手前をお疑いとなれば、この話はなかったことにいたしましょう。手前どもを使わず、どうやって兵糧が手に入るか。お手並み拝見といきましょう――おい、帰るぞ」

 商人は、内心で腸を煮えくりかえしながらも、表面上は礼儀正しく頭を下げていとまを告げた。後ろに立つ従者を顎でうながす。

「わかった」

 片眼鏡は、オーク鼻に声をかけた。

「ええで、やっちゃれ」

「おう!」

 だんっ。

 オーク鼻が、強い踏み込みと共に、腰の刀を抜き打つ。

 商人の首が飛んだ。

 体がすとん、とそれまで座っていた椅子に腰かける。

 ごろん、と商人の首が落ちる。

「ひぃぃぃ?」

 商人の従者が腰を抜かして床にへたりこむ。

 刀の血を拭いながら、オーク鼻が片眼鏡に目で「こいつもか?」と問いかける。

「待て。聞きたいことがある」

 片眼鏡はオーク鼻を止めると従者と視線を合わせた。

「お前さん、こいつが」床に落ちた商人の首を蹴る「どこに兵糧を積んだ船を泊めているか、知っているな?」

「う、お、いえ」

 従者はぶるぶると震え、言葉が出ない。

「知らないのか?」

 片眼鏡が言うと、オーク鼻の目に剣呑な色が浮かぶ。

 従者はあわてて首をがくがくと縦に振った。

「いえいえいえ! 兵糧かどうかは知りませんが! 話がまとまったら、すぐに下の村にある渡しに走れと言われております!」

「よしよし」

 従者を牢に放り込み、子飼いの兵を渡しに走らせた後、片眼鏡は商人の衣服や手荷物を改めた。その様子を見ながら、オーク鼻は商人が持ってきた箱を開け、中にあった黒砂糖をつまんでは口の中に放り込み、クチャクチャと舌を鳴らす。

「やっぱりのぉ」

 一枚の書き付けを広げた片眼鏡が低い声で笑う。

「どじゃった?」

「首をはねて正解じゃった」

「そら、盗人じゃけ」

「いや、ほうじゃのうて――食料庫から持ち出した兵糧は、この商人のものじゃ」

「ああん?」

 片眼鏡が商人の荷物から取り出したのは、借用書だった。前の城主が、商人から兵糧の麦を借りたというもので、利息は先と同じ三割。

「この借用書に従えば、食料庫の兵糧はこの商人のものだ。今回のカラクリがバレても、自分の兵糧を持ち出しただけだと強弁できる」

「かばちか。前の城主の借金はワシと無関係じゃろうが」

「ほじゃけえよ。新しい城主が来る前に、兵糧持ち出したんじゃ」

 オーク鼻は砂糖のついた指をしゃぶり、床に転がる商人の首を見た。

「いきなり借用書出さんかったんは、なんでじゃ」

「食料庫から出したもん、そのまま戻すんやったら、利息三割は無理じゃけえの。他所から借りるいうたけえ、利息三割が通るんじゃ」

「わしらをなめとったんか」

「それもあるが――こいつ、敵に通じとるはずじゃ」

「どういうことじゃ」

「カラクリをワシが暴いたら、こいついきなり商談打ち切ったろ。兵糧がなけりゃあ、この城は落ちる。そうなりゃ損するんはこいつじゃ」

 御用商人というのは、城があってこそ、利益になる。

 城が落ちてしまえば、商人にとっても損になるのだ。

 カラクリを見破られたと言っても、兵糧の現物を握ってる商人の方がまだ立場は強い。この借用書を使うなどしてもう少し交渉すれば、それなりの利益をだして、兵糧を城に売ることができたはずだ。

 しかし、商人はその手間を惜しんで去ろうとした。

「利息ふっかけた上、交渉がうまくいかん思うたら、あっさり打ち切ったんは、わしらが兵糧がのうてこの城を手放して逃げた後も考えてのことじゃ。兵糧は、城が誰のもんになっとっても必要じゃけえのぉ」

 片眼鏡の言葉の意味が、オーク鼻の分厚い頭骨を染み渡っていく。

「この野郎、盗んだ兵糧を敵に差し出すつもりじゃったんか」

 大きな鼻の穴から、ぶもう、と荒い息をつく。

「そう怒るな。こいつは好機かもしれんで」

「何がじゃ」

「わしがこいつなら、もうすでに敵に、この城の食料庫が空じゃゆうてご注進しとる。空にしたんは自分じゃ、までは言わんじゃろうが」

「敵が信じるかいの?」

「今はまだ、半信半疑じゃろうな。そこでまあ、わしがいくつか策を弄する。んで、敵がこの城には兵糧がない、思うてくれたらめっけもんじゃ」

 兵糧がない城では、籠城はできない。

 しばらく囲むだけで、城は勝手に落ちる。攻めるまでもない。

 そこに隙ができる。

「ゆうても、わしにできるんは、そこまでじゃ」

 片眼鏡は幼なじみにして今は己が主であるオーク鼻に言う。

「わかっとる」

 オーク鼻がふん、と鼻を鳴らす。

「できた隙間に突っ込むんが、わしの仕事じゃ。任せとけ。飯さえあるなら、わしは負けん」

「期待しとるで、我が主」

「おうよ!」

 オーク鼻の城主は太い指で拳を作り、分厚い胸をたたいた。


 オーク鼻の城主、武炎。

 やんごとなき姫君の御落胤でありながら、辺境で育った男が、乱世という時を得て、その名を轟かせようとしていた。

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