籠の鳥は捕まえられない
空が青い。雨が続いたせいか、尚更そう思うのだろう。こんな日を選ぶなんて最低と思われるかもしれない。けど、早く早くと気持ちがせっていたのも確かだ。
誰でも、身分問わず安いお金を払えばは入れる花園がある。美しい花々を見れると合って、恋人にとって人気のスポットになっている。芸術学校では、花の写生の場所に選ばれたりするほどである。ただし、暗黙の了見というものがあり、一番奥の小さな温室には誰も入ってはいけない。そこには、哀れで美しい少女のお気に入りの場所だから。
色鮮やかな花が咲き乱れている。ここは、かつて大公が管理していた花園だ。私は、暗黙の了見というものを破るつもりだ。過去、彼女が好きだと言ったケーキと小さな指輪を持って神聖なる場所に足を運んだ。
特にここの花は綺麗だ。庭師の力の入れようが分かる。珍しい薔薇の花が咲いていたりする。
それでもそんな花々に負けないくらい優雅に椅子に座っている彼女は美しい。金色に輝く美しい髪、黒くどんな宝石よりも美しい瞳、そんな彼女は、若草色の美しいドレスをよく好んで着ている。私から見れば、空色のドレスを合わせてみたいと思う。
足が動かない彼女にとって笑顔は彼女の最大の武器だ。
本当に嬉しいと相手に伝える手段であり、それに絆された人から情報を得るのを縄張りとしている彼女にとってかけがえのないものだろう。
だがしかし、笑顔が拒絶を示すものになるとはまるで思ってもいなかった。
約七年前、我が愚弟により足を失った彼女のそれでも笑顔を忘れなかったその姿に魅入られて……いや、愚弟の婚約者として紹介された時から気にはなっていたのだろう。好ましく思っていて彼女が義妹になるのが喜ばしくて仕方がなくて。
ようは、彼女と家族になりたかったのだ。
そこに、同情が無かったとは言えない。
それに、つけこもうとしなかった訳でもない。
そんな事を言えば、きっと彼女は激怒するだろう。今の今、彼女は笑顔で私と話すことは無いといっているのだから。
「侯爵家の末娘だとしても、義務がある。貴女は、かつて我が弟の婚約者として社交場に出ていた、その兄と婚約しても立場としても身分は釣り合う」
何故、私がいるのかと聞かれたので、その目的を話しても彼女の笑顔は崩れなかった。
「私は、貴女の事を幼い時から見てきた。弟がやらかした時以降その凛とした美しさに囚われてこの手に入れたいと思ったのだ、どうか私と結婚してください」
本音のところ、義務とか関係なくただ彼女が欲しかった。ただ、それだけなのだ。
彼女は、私の言葉に声を上げて笑いただ一言
「嫌ですわ」
と、明確に拒絶してきた。
持参金は必要ない、どんなに使っても構わないと言っても最悪の場合、この花園を手放すと彼女は静かに言った。大公が管理していた土地だ、いい場所にあるし土地もかなり広い。確かにかなりの金額になるだろう。
ならば、侯爵の元に行き、強引にでも手に入れると言えば、それでも彼女は断るという。
それは、悪手にしかならないと宥められた。確かに、大公も彼女の父親も許すはずがないだろう。過去、大公まで出てきて収まった話を蒸し返そうとしているのだから。
4も年下のそれも好きな人に窘められるなんて、なんて、私は愚かなんだろうか。それでも、彼女が欲しいのだ。
そう、大公も関与しているのだ。彼女がこちらに心を傾けない限りこの話は成立しないのだ。
「もしも、足の怪我の原因となった弟を恨んでいるのなら安心して欲しい。……弟を追い出した」
愚かなフリをし続けて言ってみる。別に、彼女が愚弟を嫌って無いことなんて知っているから。ただ、かつて婚約者だった愚弟がいる家に彼女を引き連れたら愚弟が……愚弟に合わせたくなかった。もしかしたらがあったしそうなったら私は愚弟を殺してしまうかもしれない。それが怖かった。
嫌っていない訳では無いと思うが、彼女は確かに怒っていないといった。それは、嘘だ。きっと、彼女の武器は笑顔以外にもある、それはきっと、無関心というものだ。
侯爵家の令嬢という立場故、情報を持っていないと足がない彼女はすぐに絡め取られてしまう。勿論、我が公爵家の情報だって持たない筈が無い。過去の事に怒りを覚えても無駄というように、彼女は愚弟に対して何の興味を持ってないようだ。
好きの反対は無関心だという者がいる。文字通り彼女は、生きるために無関心になっているのかもしれない。
大丈夫ですの?と鈴のような声で言う彼女の目はもう笑っていなかった。
「追い出したというよりも他の侯爵家に婿に出した」
愚弟がやらかした後、危惧した両親は弟を産んだ。まだ6歳だが、もしも私に何かあればこの弟が後を継ぐだろう。
「足の悪い、私が長く社交場に出続けるのは無理ですわ、それに私は茶会を開いても来てくださるお客様を十分にもてなすことは不可能ですもの。もし今の公爵家に嫁いでもこのような私を支えてくださる義妹はいないようですし」
公爵家に嫁いで1度も茶会を開かないことなどありえない話である。
茶会は社交界の噂や予定を立てる場である女の戦いの場所だ。
そこに私が手助けをできる手立てはない。あるのかもしれないが、両親特に母が許さないだろう。
「それでは、お帰りはあちらですお見送りは出来ませんがご了承ください」
もう二度と来るなと言外に含ませた彼女は笑っていた。
ただその笑顔は、怒りを込めたものだ。
この、笑顔は過去に1度だけ見たことがある。そう、彼女の足が使い物にならなくなった時だ。
当時、家に来ていた彼女と愚弟は護衛を連れて外で遊んでいた。この日雨続きでやっと晴れて喜んで庭にでた愚弟とそれを彼女は追いかけていたのだ。私は、当時跡取りとして勉強をしていた。この事は、今も悔やんでいる。
昼下がりの事、彼女の叫び声が屋敷にも響いたのだ。その物音に、屋敷が震えた。
私も、かけていき見たものは……足を切られたのであろう泣いている彼女と、護衛の靴を持って泣いている愚弟と侵入者を取り押さえている護衛たち。そのうちの1人は、靴が脱げておりメイド服が泥だらけになっていた。
すぐに彼女は医務室に連れられていった。
が、現実というのは薄情なもので彼女は腱を切られていて2度と歩けないだろうと医者は静かに言った。それに、1番激怒したのは彼女をここに連れてきた彼女の母親だった。当たり前である、ただ今は修道院に入ってる泥だらけになっていた護衛が泣きながら私が悪いんです。うち首にも何にでもしてくださいとただ懇願する剣幕に負けて逆に落ち着きを取り戻していたのが印象的であった。
訳を決して言わなかった彼女は、ある意味において主人思いの出来たメイドであったのであろうか。
真相は、一番に反応した彼女を1番気に入っていた愚弟が、よりによって彼女を守らず護衛の方を守ろうとして飛びかかった結果、護衛は彼女を最初の一撃から守れず、彼女は足をなくしたということだ。
愚弟には、罰が与えられた。その時に、婚約も破棄された。
彼女の精神面を考えての事だったのだ。
その事に、誰も文句は言わなかった。足を失うことになった彼女は、愚弟にすら文句を言わなかったのだ。
彼女が心配になり医務室に入った時、まさしく彼女は誰に対してもあの怒りを携えた笑みをしていたのだ。
つまり、今回の私が持ってきた話は彼女にとってそこまでに許せない話であったのであろう。
「すまなかった」
今度こそ、彼女は何も言わなった。その事で、私は想いを殺す事にしたのだった。
花園の主を捕まえることはついに叶わなかった。
予想以上の反響でビビリまして、これはいかんと真面目に補足を書きました。あれは、すくなすぎである心が痛い。続きとかそんなのではない、元より書くつもりなかったのです。




