ミケ この世界の日常編
二人は町へと繰り出し普段は足早に通り過ぎる色んな店へと歩みを進めた。
普段は急いで次の所へ移動するがゆっくりと時間をかけて休日で緩んだ雰囲気のある町を二人で話しながら歩く。
そんな体験もアンドにとっては新鮮だった。
向かう先々で気になるものをアカリに聞きアカリはアンドに答えアンドが勝手に物を触ろうとして慌ててアカリが止めて。
あちこち目移りするような彩りをされた商品たちにアンドは目を輝かせてよくよく見て歩いた。
旅人たちの利用する情報センターは毎週決まった時に休みのためだいたいの旅人たちもそれに合わせ休みを取る。
アカリも例外ではなく二日間の休みを満喫するのだ。
アカリはニュース情報のかわいいもの情報やコミュニティーと呼ばれるその地域に限るが匿名で特定の趣向で人々の書き込みが集まるアプリサービスを利用して事前に情報を集めていた。
「ええと、旅のおみやげに便利なのは……相変わらずこの人のまとめ方はわかりやすいなあ。」
ウィンドウに並ぶ文字にいつもいつも色んな町でその町特有のキュートな品物やそれ以外にもその町で買っておいた方が良い土産品等がわかりやすくまとめてそのコミュニティーに書き込んでいる人物が毎回いる。
複数人いるが一番有名なのが《アン》というニックネームがついている書き込みだ。
とにかくアカリが行く町で名前を見たことはないほどだ。
そのあらゆる町を旅しているような書き込みの多さから特に同じかわいいもの好きの旅人たちから評判が高い。
かわいいもの以外にも旅人視点ならではの土産品選びもアカリはよく参考にしていた。
センスの良い店や品ぞろえの良い所を優先的にあたり小物やぬいぐるみそれに安物だが小さなアンド用のベッドも買えた。
この町の土産品としても飾っておけるタイプの土産として慈愛のオアシスの水を特殊な方法で永遠に外気に触れずかつ腐らないように閉じ込められた結晶の慈愛の宝石を買っておいた。
エメラルド色で不可思議な煌めきが漂う水は心も癒す。
他にもアンドが欲しいものアカリが欲しいものを残金を考えつつ買い込み。
昼食や3時のおやつも普段とは違って外食した。
普段はあんなに張り切って声を上げ働き時には命がけの戦いもしなくてはいけないのに休日は優しかった。
アンドにしてみれば初めての休日はとてもキラキラだった。
休日は翌日もあるもののとりあえず今日は日が傾き始めたため帰宅をした。
普段ならまだまだ働きに依頼を受けてる時なので何となくアンドはソワソワとしていたがアカリは気にせず買ってきたものを次々と並べ始めた。
特にアンド用ベッドは配置に気を使った。
小さいので机を片づければどこにでも置けるが逆に言えば机がある普段はアンドのベッドはしまっておく事になる。
何度も出し入れする前提でなおかつアンドの希望でアカリの顔が見える位置ということでそれなりに苦労していた。
そんなこんなで買ってきた品物も設置を終え土産品の慈愛の宝石もアンドが買ったうり坊型の貯金箱の隣に置いておいた。
後はゆっくりと時間が過ぎるのを待つ間さらに自由な家の時間となった。
アンドは早速新しいベッドの使い心地を確かめるためにダイブして飛び込みアカリはコミュニティーで時間充電時に送るメッセージを書き込んでいた。
コミュニティーの《アン》宛てに書くメッセージはこれまでも何度もやっているしやりとりも成立したことはそれなりにあって普段人と仲良く出来ないアカリでもそこなら優しく接しあえた。
結局その後は夜があけるまであまり外へ出ることはなく家の中で過ごした。
翌日。
アカリは昨日のようなお洒落はせずあえて普段通りの格好をしていた。
朝食を済ましアンドと共に家を出る。
「きょうはどこへ行くのですか?」
アンドの訪ねにアカリは銃を取り出して構えつつ話した。
「練習!」
そう言うとアカリは岩石砂漠へと歩き何もない誰もいないところへと着いた。
コスモスを操作すると当たり一面にコスモスから発せられた光が伸びていき包んでいく。
アンドが眩しくて目を閉じ次に目をあけた時には辺りの景色は一変していた。
「バーチャル空間って奴だよ。」
アカリが言った通りそこは現実的ではない景色が広がっていた。
仮想空間は先ほどまでは岩石砂漠だった平地を低い草や少しだけある木が広がる荒野となってアカリたちを包んでいた。
アンドは突然の変化に戸惑いながら驚き感動の声をあげ飛び跳ねた。
「おー!すごいのです!キュウキュイ!」
「さて、まずはどうするか、だけど私は実際の能力をコピーしたのを使うとしてだ……アンドはどうする?」
突然訪ねられてアンドは戸惑ったがアカリがアンドにも操作パネルのあるウインドウを見せてくれた。
つまりはこの中で訓練するさいの仮想的に自信の能力や武装も変更が出来るらしい。
アンドはとりあえずそのままの能力でアカリと同じタイプのアサルトライフルを小型化したのを選んだ。
アンドの目の前に現れた銃を手に取るとずしりとした感触。
わりと重い。
アカリの持ち方をまねて構えてみる。
「よーし、始めるよー。練習だから気軽にねー。」
アカリがウインドウで操作すると空中に大きく《スタート!》と表示される。
するとその文字が消えた直後に大きな円い的が3つ均等感覚に現れた。
アンドはそれを狙ってトリガーに指をかけて。
引いて。
ドン!という音ともにアンドは盛大にすっころんだ。
弾丸は的にかすりもせずに虚しく空へと飛んで行った。
「ま、そうなるよなあ。」
その後もアンドはめげずに次々と「やりたいです!」と様々な武器を試し何度も使ってみる。
ハンドガンは危うく自分を撃ちかける。
サブマシンガンは暴走してあらゆる方向に弾丸を跳ばし仮想空間でアカリは5回ほど死んだ。
いっそのこと爆弾とやろうとしたら投げた爆弾がそのまま下へ落ちて自爆。
剣と盾を構えたら一番軽いものでも振り回され一回振ったらもう疲れてしまう。
ならナイフでとなっても自分の指を切りそうになった。
棍棒では回してみたら頭をぶつけ宇宙を見た気がした。
拳でやろうとしたら的に当たってもびくともしない。
考えて操作するビーム発射機はまるで考えているところへ撃てず最後はそこらじゅうを滅茶苦茶にした。
空を飛びながら脚で地上や空中の敵を掃射するスカイガンというのでは飛ぶという機械制御そのものが難しくて何度も不時着した。
他にも多くのインプットされたものをこれでもかと試した結果。
「うーん、まあまだ生まれてからそんなたってないし仕方ないって!」
そんなアカリの慰めの言葉もアンドの全滅という結果を後押しして心に突き刺さるだけのものとなった。
アカリに悪意は無いがわりとアンドはどれもこれも難しすぎてお遊びである仮想空間ですらろくに出来なかったという事実がアンドに突き刺ささることになりわりと本気で落ち込んだ。
その後アカリがアンドをなだめそんなに誰でもできることではないと言い聞かせ最後は小さなパンを食べさせて何とか気を取り直した。
体感が大事だということで練習用に入っている様々な仮想的な武道データを使いアンドは練習することなった。
「アンド、最初からできる人はいないから練習をするんだよ。」
「うーん、がんばってみます。」
アンドはとりあえず使った中で少し気になったガード使いというのを選んでみた。
守る事で戦うらしいが先ほどはそもそもうまくできずなぜか作った盾が爆発してしまった。
初歩的な技術と基礎能力を兼ね備えたデータを仮想空間の中のアンドに流し込む。
もちろん有効なのは仮想空間だけだがアンドはなんだか強くなれた気がした。
「ようし、やってやるのです!」
ガードはガード発生装置である杖のような大きな笛で行う。
所々に穴が開いた奇妙なデザインの杖で中身は空洞でとても軽く直接攻撃にはまるで向いていない。
その代わり持つ手元にあるスイッチを押しながら振ることで音色を出してエネルギー体で出来た盾を発生させる事が出来る。
しかし動きで細かく音色が変わるためきちんと扱うのはなかなか難しい。
コスモスの自動ガードや手動ガードと呼ばれるコスモスを操作して一時的に強い身を守るエネルギーのシールドとは違ってガード使いの杖から生まれるシールドは多彩でより強力にそしてセイメイにもとても有効だというのが大きな違いになっている。
アンドは先ほどとは変えてアカリの指示に従いつつ基本的な動きからやることにした。
「じゃあまずは前に二回で基本の盾!」
アンドの頭の中では知らない動きだが仮想世界の中で動きをインプットされている状態では意識して動かせばまるで身体が知っているかのように動かせる。
「そうれ!」
右から左斜め下へ振ればソの音が縦笛のように響く。
そして左から右斜め下へ振り下せばラの音が奏でられた。
するとアンドの目の前に突然鱗状にくっついたエネルギー体が現れちょうどアンドの前方に立ちふさがるように現れた。
「キュキュイ!できたのです!」
やっと何か一つ出来た事に喜び跳ぶ。
この仮想空間が制御しているおかげとはわかっていてもやはりうれしいものはうれしい。
そっと触れてみると堅いようなやわらかいような少しプヨプヨとしたさわりごごちで金属のように冷たい。
「アンド、ちょっと離れてろー!」
アカリが少し遠くから指示した通りアンドもエネルギーの盾から距離を取る。
アカリはそれを確認してから銃を構えそして盾に向かって数発撃った。
盾に向かって飛ぶエネルギーの弾丸は着弾したかと思うとアカリへそっくりそのまま跳ね返った!
事前に分かっていたアカリは跳び転がって弾丸を回避した。
「おおー。」
アンドが感心していると盾は溶けるように消えてなくなってしまった。
アカリはアンドの元へと走り寄ってアンド二笑顔で話しかけた。
「どう?これがその杖の力でそしてアンドがそれを作ったんだよ!」
アンドはうれしくなってにんまりと笑い顔をしながら何度も細かく頷いた。
その後もしばらくは様々な訓練を行った。
二人それぞれの訓練や憑依時の連携。
アンドの能力の応用を考え。
時には仮想的に再現されたおぞましい敵とも戦った。
その時アカリは何となくアンドへの教え方がやはり違ったのではないかと考えていた。
最初の時やらせたいようにやらせていたがアンドは子どもすぎてまだ自己判断もうまく出来ていないのだと。
その後共に行動し指示やアドバイスをして動けた時はアンドは喜んでいてうまく訓練が出来た。
自分が指図されたりするのは嫌いで昔から自由にやらさせてもらえたがアンドはそんな自分とはまた違うし子どもというのは思ったよりも誰かの助けが必要何だとその姿を見て感じた。
今後アンドをどう育つかそれは自分次第でどう育てるかも自分次第何だという事をアカリは強く感じていた。
そんなアカリの気を知ってか知らずかアンドもすっかり練習に熱中し気づけば昼を回っていた。
家に帰り昼食を済ませた後は再び自由な時間だ。
アカリは旅立つ前から買っていたゲーム機でコスモスのウィンドウをテレビモニター代わりにしてゲームをした。
アンドはその隣で見ていたが次第に興奮より練習の疲れが勝ってアカリにもたれかかるように昼寝してしまった。
部屋の中に流れる何も縛られるものがない休日の時間。
ゆっくりとずっと続くような日の暮れるまでの時間。
射し込む日差しがまどろみを誘いそして夜になると月光が優しく包み込んだ。
はずだった。
最初の異変は町の方から聞こえたサイレン音。
町のあちこちに何か危険があったさいに鳴り響くようにスピーカーが仕掛けられているが普段のぼや騒ぎの時の音とは比べものにならない大きさの音量。
あまりの騒がしさにアカリもアンドもぼうっとした頭が叩きつけられたかのような刺激を与えられ驚き外を見た。
窓から見える町はサイレンに驚いて寝ていた人たちが明かりを次々とつけて輝きを増している事以外は普通だ。
アンドが光を増えていく様子を見ているとアカリが焦って反対方向の窓から外を覗く。
「まっず……!アンド、逃げるよ!」
アンドが驚いてアカリの覗いてる方の窓から外を見てみると。
少し遠くからまるで砂漠を覆い尽くすような黒い霧。
月明かりに照らされ砂嵐のように吹き荒ぶ霧を見てアンドはぞわりと強く悪寒が走った。
あの黒い霧は全てセイメイになる黒い霧だ。
家を急いでコスモスにしまい町の方へと逃げる。
「町の反対側まで、とにかく走ろう!」
「は、はい!」
アンドはそう返事するとアカリに憑依した。
背後に徐々に迫る黒い霧に背を向けサイレンが鳴り響く町中へと全速力で駆けた。
一歩一歩踏み込むごとに景色が後ろへ流れてゆく。
まだ町の外れとは言え慌てて避難しようとしている町の人間たちの姿が見える。
「いったい、なにが、おこるのですか?」
アンドがアカリの口を借りてそう話す。
全速力で駆けているため少し息切れ気味にアカリもその口で返した。
「町一つを覆うほど、の!黒い霧はっ、セイメイがっ、町の人間みなごろしするっつもりなんだっ!」
アンドは思わず絶句した。
まだアンドは目の前に現れる多少の数のセイメイたちしか知らない。
個人で対処できる程度の襲撃。
しかし背後から迫る驚異はそんなアンドの体験を軽く超えていることをアカリは告げたのだった。
しばらく走り本格的に町の中へと入ってきた頃にはあっという間に黒い霧が背後まで迫っていた。
速度を高めるためにすぐに獣化した。
確かに人通りは多くなってきて逃げまどう人ごみに退路をふさがれかけた時もあったがその場合はすぐ屋根に登って速度をおとさず走り抜けた。
それでも霧は町を飲み込みアカリたちすらも飲み込みかけていた。
「アンド、ここからはおそらく、戦闘になる!準備は良いか!?」
アカリは獣化を解いて走りながら銃を取り出す。
素早く息継ぎしながらアカリがアンドに力強く問う。
はい!とアンドも同じ口で力強く返した。
そして背後から迫ってきた黒い霧に飲まれてしまった。
霧の勢いに思わず立ち止まって目を瞑って耐える。
ゆっくりと目を開けるとそこは不気味なほどに静かになった黒い霧の中だった。
アカリの赤い全身を覆う憑依時の服も暗闇に溶け込んで黒く見えるほどに。
においはただの霧のように湿っているだけだが全身を包むような不快感はただの霧の比ではない。
元々夜なのも合わさってとにかく周囲の様子が探りづらく感覚的にセイメイが現れる方向を探る。
僅かに感じる生理的に不快感をよもおす気配が強い方向。
暗闇の背後から突然影が飛び出す!
「はあっ!」
銃の持ち手の部分を振り回して鈍器のように背後の影へと振り下ろすとガンっと重たい反動が返ってきた。
振り切ると影は後ろへと跳んで振り下ろしを避ける。
アカリは銃を持ち直し影の正体を見た。
「ハンマードか!」
銃と殴り合った物は大人なら片手で軽々持てそうな木製の小槌だ。
そしてそれを操るのは濃い白の肌を剥き出しに持ち頭からは青々とした緑の髪が顔の半分を隠すように生えて黒ずんだ茶色い布を適当に腰や肩に巻き付けてあるそんな風貌の小人だ。
アンドよりも小さい身体に小槌は両手でもってもそれなりの大きさがあるように見える。
「ひ、ひとなのです?」
アンドがまるで人間のような風貌にセイメイなのかどうかわからずたじろぐ。
しかしアカリは直ぐに否定した。
「違う、コイツは──」
アカリが言葉を言い掛けた時にハンマードは大きく上に跳んでアカリよりも高い位置へ行き両手で槌を縦に振りかぶる構えをするといきなりポンという軽い音と共に槌がアカリを軽く覆うほどの大きさへ変化した。
「──ハンマーが本体だ!」
重力に任せ素早く振り下ろされる槌。
振り下ろす瞬間に髪が流れて見えた小人の顔。
そこには目も鼻も無く不気味に口だけが笑っていた。
すんでのところで巨大な槌を回避する。
だが地面を叩きつけた槌のあまりの衝撃に避けたはずなのに衝撃は全身に食らってしまう。
「つぅッ!」
全身がそれこそ叩きつけられたかのように痛み吹き飛んでしまう。
すぐに体勢をととのえて着地してからハンマーめがけて弾丸を放つ。 するとハンマードは槌をポンという音とともに元のサイズへと戻し小人が身体で弾丸を受けるとガキンッという音と共に全て弾かれてしまった。
「か、かたいです!」
「本体じゃないとダメなんだ!小人の方は効かない!」
ケキキ、と小人は不気味な笑い声を上げる。
アカリは思わずたじろぐがすぐに攻勢に出た。
ポンという音とともに巨大化する槌が横回転で振り回される!
それを上空へ避けてから小人へと撃ち込む。
当然小人は弾を弾くがハンマーに当たらないようにするために回転を止めた。
アカリが急降下して接近。
「はあっ!」
そのまま気合いの声と共に槌の持ち手を蹴り上げた。
巨大化して重心が先へと傾いていた槌は小人の手からすっぽ抜けて地面に頭持ち手が天へ向く形で止まってしまった。
遠く離れた事に焦って小人はハンマードへと接近するが遅かった。
アカリが残弾ありったけを槌へと撃ち込むと見事に穴だらけになってしまった。
小人は槌へ飛び込むようにそのまま倒れ。
槌ごと黒い霧へと消えた。
「ハンマード討伐完了!っと……喜んでる場合じゃなさそうだな。」
周囲からはまだまだ消えない不快な気配。
弾丸エネルギーをすぐにコスモスでチャージする。
「はやく、ここからにげたいのです。」
アンドの言葉にアカリも肯定しながら銃をコスモスへしまって獣化する。
憑依時の“先祖返り”は身体が赤い滑らかな毛が覆う。
美しくもあり不気味でもあるその姿はセイメイとの戦いを繰り広げながら闇をまとう霧の中へと消えていった。
アカリとアンドは暗闇の中様々なセイメイと戦いそしてそれに抗う人々をを見た。
避難している集団とその集団を守る自警団たちがガード使いとして音楽を奏でながらセイメイの攻撃を弾き。
巨大な身体で全身に炎を纏った姿のユーカリの木のようなおぞましいセイメイと警察隊が衝突して。
逃げはぐれたらしい男性が恐竜隹鳥型セイメイのテラノがアカリたちの目の前で一瞬にして頭から捕食されたり。
空高くオレンジが吹き飛ばされていると思いきや。
「なんだ、まだ逃げて無かったのか?」
酒場のマスターが両手に金属質の鎚を持ちとんでくるセイメイを吹き飛ばしていた。
「逃げたくてももうどっちなのか分かりづらいんだよ……おおっ!?」
突然酒場のマスターが鎚をアカリの頭上に振るう。
慌ててしゃがむとアカリの頭上で衝撃音と共にボンという響くような爆発音。
当たる瞬間に衝撃を増すためにエネルギーを炸裂させる仕組みがあるらしい鎚はアカリを襲おうとしていた鳥型のセイメイを空の彼方へとぶっ飛ばしていた。
「退避ルートならあっちへ真っ直ぐだ。」
酒場のマスターが方角を示すように指を指す。
アカリはすくんでいた身体を持ち上げ酒場のマスターの方へと向き直った。
「危ないじゃねーか!でもま、ありがとう。」
アカリはそう言ってから指された方角の方へと歩き出した。
アンドはアカリに憑依してるとは言え未だに先ほどの事でドキドキしっぱなしだった。
酒場のマスターはもう一度鎚を両手で構え周囲を警戒しつつアカリに話す。
「生きてりゃまたコキ使ってやる。頑張れよ。」
アカリは後ろ手に手を振ってから暗闇の中へと駆け出した。
道中アンドは何度ももっと人を救っていければと思っていた。
人々が苦しみ戦う姿を見てそれを自分たちが助けれるのではないのかと。
アカリとの力があればきっと何とかなるのではないのかと。
しかしその考えは甘いのだと直ぐに痛感した。
黒霧の中何度も戦いそして逃げるために戦う人々を何度もみた。
警察や自警団に酒場のマスター。
全身鎧の2mほどの大きな剣を振り回し切り裂く人や鎚のついた長い棍棒で変わったエネルギーを操りながらセイメイ達から町の人々を救おうとしている人。
自分たちよりもずっと強いように見える人たちがやっとのことで退治出来るかどうかのセイメイ達がこの霧の中では無尽蔵にわいてくる。
そして自らの手を休める事すら許されないほどにアンドにもセイメイは襲いかかってきた。
戦い惑い全力を出し切ってやっと生き延びれていた。
助けるどころか助けられてやっと生き延びていた。
アンドに直接はダメージはないが憑依しているだけでもアカリは疲弊し負傷していた。
休憩も出来ないのでロクに回復も出来ない。
「まったく……ヒーローにはなれそうに無いなあ。」
アカリがふとこぼした弱音。
自分の感じていた事はアカリも思っていたんだとアンドは思った。
アカリは前はアンドという圧倒的な力を入れて僅かではあるものの何かいつもと変えられるのではないかと考えていた。
だが変わらなかった。
自分はまだまだ弱く今も必死に重たい身体を引きずる思いでいつ抜けるかも分からない霧の中を走っている。
助ける何て考えのうちではセイメイに殺されてしまう。
そう強く実感し歯を食いしばった。
「もっと、つよくなりたい、のですね。」
アンドがそうアカリに返した。
黒い霧のせいで分からなくなっていた道のりも酒場のマスターや自警団の誘導で少しずつ避難口がわかってきた。
できるだけセイメイから身を守りつつひたすら駆ける。
脚は重く鉛のようで手は痺れ感覚が薄まり息は荒く呼吸するたびにしんわりとどこかしら痛む。
何とか町の外れらへんまで走り抜けれたらしく自警団たちが避難用車をたくさん用意して待っていた。
「隣町まで走り抜けます!慌てず走らずに乗り込んでください!」
大型で一台につめれば40人ほどは乗れそうだがアカリのようなけが人は立たなくても良いように怪我人用車両に誘導された。
型は同じ車だが立たなくて良いように入れる人数を減らすらしい。
車両に乗り込むと既に多くの人が座っていて奥のあいている座席へと座り込んだ。
大きく深呼吸。
するとかけ声が聞こえてきて扉が閉まり「動きます!」と言う運転手の声と共に車体が少し高めに浮く。
前見たトラックとは違って車輪は無い変わりに重力制御装置が付いていて多少なら浮いて移動が可能な車だ。
憑依していたアンドは初めてそんな車に乗れて少し興奮気味だが疲れの方が大きい。
車はゆっくりと加速しヒュウという独特の音が強まっていく。
そしてあっという間に周りの車や町並みを後ろへと置き去りにし。
巨大な口を持つ車より大きな虫のようなセイメイたちを軽々と避けて。
ローブのような布切れを纏った巨大セイメイが構える鎌を振り下ろす瞬間に大きめな破裂音と共に景色が一気に置き去りになった。
「わっ!」
アンドだけでなくいきなりの衝撃と動きに少し車内がどよめく。
「い、いまのはなんなんです?」
「少しだけ飛んだんじゃよ。」
隣に座っていた狐のおばあさんがアンドの質問、といってもアカリに憑依しているためおばあさんにとってはアカリの質問へとそう答えた。
「少し良い車だとな、少しだけ遠くの場所までなら一瞬であらゆるものを無視して飛べるんじゃよ。ジャンプとか呼ばれてる便利なものなんじゃ。」
解説通り景色は先ほどまでとは違い夜の暗闇と岩石砂漠の光景が広がっていて黒い霧はない。
後方を見ると黒い霧が町のあった場所を囲んでいるのがわかった。
脱出に成功できたのだ。
「ありがとう、おばあさん!」
アンドが勝手にアカリとして会話してしまったが会話が成立していたのでよしとしようとアカリは心の中で思った。
隣町は前の町よりやや小さめな所以外は対して違いはないが前の町からはかなり距離があるため黒い霧が襲ってくる心配は少ない。
そのためアカリたち避難組もその隣町へとやってきた。
車から降りて病院行きの救護車に乗る前にどさくさに紛れアンドの憑依を解除しそれから救護車へと乗り込んだ。
アンドの憑依のおかげで持ちこたえてきた分が一気にのしかかってくる。
痛みは耐えられなくはないがそれ以上に苦しみと辛さが全身に重く縛る。
アンドと共に救護車に乗るところまでは気を保っていたがその後の事はアカリは病院のベッドの上で目覚めるまでは記憶が無かった。
セイメイ襲撃事故から数日たったころ。
町の黒い霧は未だ晴れていないがそれぞれの住人たちの生活は日常へと戻ってきた。
後でアンドが聞いた事だがそれなりにこの世界ではあることらしく黒い霧は数週間から数ヶ月で晴れるそうだ。
なので事前準備として逃げるための対策はいくつかされていたらしい。
町を覆う黒い霧が発生するのはそれなりに兆候もありセイメイが多く見られるようになるとかその場で大きく変化が起こるような巨大な力が発生したりすると黒い霧の発生確率が上がるのだとか。
アンドの記憶の中でも荷物運びトラックへの大群でのセイメイ襲撃や悪魔が絵から出てきて文字通り悪魔的力で人々を惨殺した事などがちょうど町を覆うほどの黒い霧発生兆候に思えた。
アカリが安静にしなくてはいけなくて動けない間迷子にならない程度に町を歩きアンドが町で出会った人や霧の中で助けてくれた人々を探してみたが警察や自警団の人々はともかくなかなか見つける事は出来なかった。
そして暗くなる前にアカリの元へ戻ると多くの傷の治療のための包帯やテープだらけのアカリを見てさらに気分が落ち込んだ。
そのたびにアカリはアンドを励ます。
「生きてればいつか会えるさ。」
その繰り返しがアンドのアカリが治るまでの日常となった。
そしてしばらくたったころ。
アカリもすっかりと回復しアンドは目当ての人々には会えなかったが少しは事故の衝撃から立ち直れ次することを二人で決めていた。
アンドはもっと世界を見て回りたいと言った。
無意識的にこの場所に込められた傷心の記憶から逃れるように。
アカリもそれに同意してアンドを連れて旅を続ける決意を新たにした。
今回はたまたま生き残れたがアンドを連れる以上これまでよりも気をつけて動かなければならないとそう今回の事で強く思った。
そんな二人がやってきたのは駅だった。
「ここから電車に乗って遠くの所まで行くんだ。」
アカリの説明をアンドは聞きながらアンドは初めての駅を眺め感動した。
質素な吹き抜けている建物の中は切符売り場と呼ばれるコンビニなどでみた端末の三角のものが置かれていて同じように変形しそこで切符と呼ばれる物を買う。
するとピリッとしそうな電気のような輪っかが腕につきゲートと呼ばれる所の薄い電気の膜のようなものが張られている所はこの電気の腕輪があると何の問題もなく通れる。
偶然アンドも寝ぼけた人がやってしまったのを見かけたがうっかり買い忘れていると壁のようにゴンと言ってぶつかるためわりかし痛そうな事になる。
通れると思って早足でぶつかるためなかなか派手な音とリアクションが見られる。
「お金を払わない悪い人を通さないためだよ。」
そうアカリはアンドに説明した。
この先の施設を利用するのにお金がいるらしくそれを利用するのにお金を払わないのはいけないことなのだと転げ回る知らないおじさんを見てよく理解した。
駅のゲートの奥へ進むと大きく開けた場所に出た。
直線状に長く地面がくりとられたように大きな溝とその手前の人が歩くスペース。
人が転落しないように先ほどのゲートが張られていてこちらは切符があっても通れない。
しばらくするとどこからともなくキュインと響く高音を慣らしながら人が数人入れそうな大きさの空を飛ぶ小さめの乗り物が飛んできて溝に止まりドアを乗りやすい位置につけて止まりドアが開く。
ドアが開くと同時に一部だけ電気の膜が消えドアに入れるようになった。
「おっと!あれは違うよアンド。」
アンドが歩いて入ろうとするのをアカリが止めた。
アカリによると行き先として買った切符の行き先とは違う所へ行ってしまう電車らしい。
「上に電光掲示板があるだろ?あれを見て判断するんだ。」
アカリの言うところによるとその電車は3つ後にくるものらしい。
なかなか時間があるためその間しばらくベンチに座って来る小さな乗り物の電車を観察していた。
小さな数人しか入れなさそうな電車の中に毎回10人を余裕で越える人数が入っていく。
アンドは中がどうなってるのかちょっと想像してみたがどう考えてもぎゅうぎゅう詰めでそれでも入らないくらい人が入る時もある。
「いったいどうやって、あんなに人が、なかにはいれるのですか?」
アンドがそうアカリに訪ねるとアカリは少し考えてから一人で「あー。」と納得していた。
疑問に思っているとアカリがアンドに軽く笑い返答する。
「中に入れば分かるよ!」
アンドは不思議に思いながら再び顔を電車の方へ向けると自分たちが乗る電車が空からやってきた事に気づいた。
「よしあれだ。アンド乗るよ!」
アカリに手を引かれながらアンドは立ち上がり駅に止まっている電車へと乗り込んだ。
「わあっ!?」
その途端アンドは別世界に迷い込んだかのような錯覚におそわれた。
中は外見からはありえないほど四角い通路のような部屋がずっと遠くまで続いていた。
既に中はそれなりに多くの数の人がいたが座れないほどでは無かった。
「理屈はよく分からないんだが、小さい空間をものすごく広くしているんだよ。」
アカリが小さめの声でそうアンドに言うとアンドはハッと自分の声の大きさに気づいて口を手で押さえながら細かく頷いた。
扉はアカリを含む十数人を乗せてから閉まる。
アカリたちは壁にそって並ぶ長椅子に座ると窓から外を眺めた。
少しの揺れてアンドがバランスを崩しかけてアカリに手で抑えられた後景色は軽やかに空へとのぼっていく。
雲の上まで高くあっという間にのぼるとそこからは高さは同じまま横に移動し続ける。
空から見る町や黒い霧の覆う場所はずいぶんと小さく見えた。
さらに遠く走ってどこまでも続きそうな砂漠はとある所で突然切れた。
そこは雲すらも極端に消えさり光は明るいのにまるで夜のように感じた。
アンドは思わず窓の方へと身体を完全に向けて覗き見る。
砂漠どころか大地が大きく裂けて消えてしまったようになりずっとずっと遠くに別の大地のような場所が見える。
所々オアシスをずっとずっと大きい水が宙に浮いている。
アカリによるとあれは海と言うものらしい。
さらに見渡すと遠い場所にいくつも大地と海がまるでバラバラなように点在していた。
どこまでも大地は続いていなかったし海は空に浮いていた。
星の中心と言われる場所を真ん中にに球形状にバラバラに点在する星のパーツ。
このギリギリ形をとどめているだけの星こそがアンドが生まれた星。
形崩れ壊れかけ何とか生きながらえる措置をされた死にかけの星イクス。
そこを巡る旅は今始まったばかりだ。
第2章 ミケ 終