表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さいごのたび  作者: チル
ミケ編
6/22

ミケ 迫る恐怖編


 チョーカーは一端コスモスにしまい込み保存しておいた。

 もはや10年くらい前の物で回収されていないところを見るともう壊れたと思われて捨てられたのだろう。

 というわけでアンドもありがたくネコババした。

 そんな感じで財宝とは呼べないものを拾い集めつつ明るく開けた奥地まできたがそこには何かあるわけではなくただ日が沈んだ後やってきた月の明かりがアカリを照らすだけだった。

「わー!とってもキレイでざいほうみたいです!」

「まあこれを財宝だなんて提出したら失格だろうけどね。」

 一人口々に二人が話す。

しばらくその暗闇の中の月明かりを堪能した後アカリはコスモスを操作しだす。

「さて、仕事の方だ。ここからが探索の本番かな。」

 コスモスが赤く少し赤く光ったかと思うとコスモスからウィンドウが浮かび上がってきた。

 不可視光の赤外線等が空間を感知して細かな部分もその場で確認出来る。

「ふむ……ここ、空間が少しおかしいな。」

 暗い壁伝いにあるちょっとしたヒビ。

 盛られたように見える土。

 触ると感じる別の質感のある壁。

 僅かに流れる空気。

「よし、アンド、チャージショットを撃とう。」

「え?カベにですか?」

 うん、とアカリが返事してアサルトライフルを構える。

 巨大な弾が壁に当たり爆裂する。

 土煙が舞いしばらくして土煙がはけると壁の合った向こう側に通路があった。

「へえ、これは何かありそう。」

「わあ!?かべのむこうがわにみちがあるのです!」

 驚くアンドの反応にアカリは少し笑いながら歩みを進め通路を進み曲がりくねった先へたどり着く。

 奥には年代物のような雰囲気がたる大きな壁画が掛けられていた。

 アカリの身長並にある絵画には禍々しい渦のような背景が描かれている。

 もっと良く見るために絵を照らす。

 絵に描かれていたのは醜い口の悪魔のような存在。

 紅い牙が怪しく輝き何重にも重なった牙が口いっぱいうごめくように並んでいて皮膚は毛がない代わりに赤黒く堅そうな質感をしている。

 そして白くひんむかれた目玉に鎧すら貫きそうなおぞましい爪。

 四脚の獣のようなおぞましい悪魔がまるで何かから逃れようともがいた瞬間を取り込んだかのような生き生きとした絵だ。

「これは確実にお宝だ。」

 コスモスを起動しアプリケーションのカメラを付けて絵の全体が移るように移動してから撮影。

「みればみるほど、なんだかえーっと、こわい、です。」

 年代物のはずで実際結構土被りしているのに絵の方はまるで生きているかのように保存状態が良い。

 売ればそれなりに値が付きそうだなとかでも依頼は依頼だからそちらからお金をふんだくろうかな等とと考えながらその場を去った。

 そんなアカリのよこしまな考えとは裏腹にアンドは言い表せない恐怖をその絵に感じながら。


 再び酒場へ戻って不機嫌そうな酒場のマスターに笑顔で画像を見せつける。

「あー……なるほどこれは宝だろうな。しかしとっくに探索しつくされたもんだと思っていたんだがな。」

 自慢げに話すアカリと適当に受け流す酒場のマスター。

 二人の会話を聞きながらもアンドの頭の片隅には絵のことがあった。

 それほどまでに強烈に頭にこびりつく恐怖の絵。

 始めてみた絵画はそれはそれは恐ろしいものだった。

「まあともかくこれでランクノーマルだ。また悪さするなよ。」

「悪さはなんてしてないよ。多分ね。」

 達成証をコスモスに受け取ってアカリはアンドを連れ酒場を出た。

 酒場の扉を後ろ手に閉めた所でアカリはおもいっきりしゃがんでから立ち上がり力を込めて拳を突き上げた。

「っしゃー!ノーマル!」

 アンドも何となくうれしくなって同じポーズをとる。

が意味はしらない。

「ノーマルというのはなんなのですか?」

「ああ、アンドはまだ知らなかったよね。簡単に言うとその人がどれだけ良い依頼を受けれるかということなんだよ。」

 アカリの説明によるとその人が情報センターからどのぐらい信用度があるかというランク付けたそうだ。

 上になればなるほど良い依頼が受けれて逆に信用を無くせばあまり情報の買い取りそのものをしてくれない。

 アカリはその信頼のない状態から一般的な所まで信頼度を回復したらしい。 

 アンドにそう説明しながら歩いて行きアンドも付いて歩きながら納得する。

 歩いてついた先は銀行。

 夜なので閉まる前にATMを操作して依頼報酬を受け取った。


 すっかり月が昇った頃二人は家の中で食事を取り終えていた。

 二人で話すのは何ともない他愛のない話。

 尽きることのないアンドの疑問や感想に反してアンドの処理能力では一日に捌けるには限度がある。

 アンドが眠るその時までアカリは子守歌のようにゆっくりとアンドと会話を深めた。

「そういえば、えっとあのコスモス、どうするのですか?」

 アンドが気にかけたのは今日拾ったコスモス。

 チョーカー型で汚れて電池も無かったものだ。

「ああ、今日拾ったね。私がこの後綺麗にして電池の方は明日充電しにいこう。」

 その日はもう少し話してからおやすみをした。


 翌日。

 アンドは今度はゴムが通してある短パンだ。

 といっても少し変わっていてまるで肩掛けつなぎ服のように上半身あたりまである服だ。

 さすがに肩や腕まではない。

 アカリはその形から胴がかなり長い種族服なのだろうと推測した。

 そんなアカリも適当な服を着込み朝食も済ませコスモスの充電のため家の玄関扉を開ける。

 そうしてまたいつもの一日を始めるのだった。


 コスモスの電力。

 それは通常利用なら一月ほど持ちまた意識的な充電はあまり必要ない。

「さて、着いた!」

 アカリたちがやってきたのは町中の一角にある何かの店舗。

 壁がガラスになっており中には様々な身につける物が置いてあるがどれひとつとっても統一感がない。

 帽子、髪飾り、イヤホン、肩パッド、胸当て、防弾チョッキ、下着、腕輪、靴等など。

「ここがコスモスショップだ。」

 アンドは外からそれらの道具を一通り見渡す。

 しかし店内はそれなりに広いらしく奥のほうにも統一感のない良く言えばよりどりみどりなコスモスたちがあるが全部は分からなかった。

「なんだか、すごい、おおいですね!」

 興奮してショップを眺め尻尾を振り回すアンドを眺めつつアカリは自分のコスモスから昨日綺麗にしておいたチョーカー型コスモスを取り出した。

 チョーカー型コスモスを起動しウィンドウを出す。

《充電中》

「やっぱり古いのはチャージが遅いな……。」

 コスモスのエネルギーはコスモスショップの外側まで届く無線で自動供給される。

 無線でコスモスだけを特定してエネルギーを送り込むので人体や金属に送り込まれて感電なんて事件は起きない。

 最新型なら数十秒で空から満タンになるので町中の至る所にあるコスモスにエネルギーを供給するコスモスエリアのどこかに普通に生活してても引っかかるためあまり意識的に充電はされない。

 そしてその充電のさいに利用請求も届く。

 月賦購入の場合はその利用請求も月事に届くがアカリのももちろんこのチョーカー型のも支払いは終わっているためチャージ代だけで済む。

「よし、終わった。アンドこれ付けてみて。」

 充電が終わったコスモスのウィンドウと今回の利用料金《500硬貨》を確認して閉じる。

 アンドは振り向いてアカリからチョーカーを受け取ると頭からそのまま首へとかけた。

 その大きすぎるチョーカーはアンドの首から胴まわりまでブラブラとぶら下がっていて明らかにあっていない。

「これは、こうすればいいのですか?」

 そんなアンドの姿をみて少し意地悪そうにアカリは笑った。

「いや、それだと大きすぎるからこれから合わせる。アンド、ついでにコスモスの操作の仕方も覚えようか。」

 その後はアンドがアカリの言うとおりに少し苦労しながら操作した。

 まずはチョーカーの一番下に当たる部分の中心にある金属の飾りに“オン”と思いながらタッチ。

 出てきたウィンドウのメニュー表示から《設定》をタッチしその中の項目の《プロフィール》をタッチし《所持者情報変更》をタッチし《所持者情報初期化》をタッチ。

 いくつか本当にしていいのかと聞いてくるがそこも全てOKを押す。

 すると《サイズを自動調整します》と表示され今まで大きかったコスモスがシュッという軽快な音と共に縮まってあっというに首回りのサイズに合った。

「わっ。びっくりしました!」

 アカリはアンドの一回一回の反応に笑顔になる。

 不思議とアカリはアンドに対しては素直に笑顔を向けれた。

 その後もいくつかの自己情報を入力し《設定完了しました。再起動します》の表記とともにウィンドウは閉じられた。


 一通りの操作を教えてもらいその課程で操作し続けた結果判明したことがあった。

 データが破損して一度初期化された後だったらしく基本的なデータしかないこと。

 なので前の持ち主の事は何一つ残っていかないこと。

 そしてアカリが言うにはかなり前の物なのに高級品らしく性能は良いということ。

 その証拠の一つにカラー変更というものがあった。

 チョーカーの色は白だけでなく様々なカラーや模様を楽しめるようになっていた。

 アンドはとりあえず“感情変化”というものを選んでみた。

 穏やかな心であれば青や緑、興奮していれば黄色や赤になるというものだ。

 現在は黄緑で新しい物に興奮しつつも理性は保っている状態だ。

 そんな設定を終えるとアカリたちはコスモスショップを離れとある場所へ向かった。

 今日は仕事ではなく別の用があるらしくアンドも“自分だけの物”を手に入れて喜びつつついて行った。


 まだまだ朝だが太陽はそれなりに登り始めた頃。

 アカリがたどり着いたのは村の外れにある町の自警団本拠地だ。

 外見は普通の建物に大きく《自警団本拠地》と看板に書かれている。

 いくつかの建物含めて自警団本拠地で奥の方には自警団から警察に送るまでの間罪人を捕らえておく保留所もある。

「あいつに改めて会おうと思ってな。ほら、泥棒の。」

「ああ!ねこさんですね!」

 ドタバタに紛れ曖昧になったままだったがアカリの夢である子どもたちに会う事にはもちろん彼女も含まれている。

 改めて話をするためにアカリたちは自警団本拠地の中に入っていった。


 自警団の中は異常なほどに騒がしかった。

 聞いてみたところ脱走者が出たらしい。

 しかも。

「えっ、アイツが脱走した!?」

「はい、その面会しに来てもらって本当に申し訳ないのですが“ミケ”が脱走しまして。」

 潰れたような顔のブルドックと呼ばれる種族の犬の自警団がそう説明してくれた。

 名前自体も初めて知ったが昨日には脱走していたこともアカリは初めて知った。

 この町にある彼女の実家に既に調査は行ったがミケは帰ってきていなかったとのことだった。

「だっそう……?つまり、ここからにげられたということですか?」

 自警団だ申し訳なさそうに頷きアカリも肯定の返事をするとアンドは口を大きく開いて驚く。

 アカリも自警団もただのこそ泥だと思って油断していた。

 こうして結局無駄足ということでその日はそのまま帰ることになった。


 まだ太陽は昇りきらず朝の時間は続く。

 町にもだいぶ働きに出る人間が増えアテが外れたアカリは次に行く場所を考えながらふらついていた。

「もしミケがここらへんをふらいついてるんなら背が低いから分かりそうな気もするが……。」

 しかし物事はそううまくいかないようで、背が低いと言ってもミケの背ぐらいの大人の種族は少しはいる。

 逆に多くの種族と体格が入り乱れる通勤時は多少強引そうな動きをしている人間ぐらいが普通で小柄だと余計に目立たなかった。

 逆にふらふらとアカリのようにまるで目的もなくゆっくり歩く人間の方が珍しくアンドはその人の波を避けるのに必死だった。

 そんな時アカリの目の前に来たアカリよりも多少背の高い男性がフラリと現れた。

 スーツ姿に鞄をもって雑種だが柴犬混じりの顔と巻いた尻尾。

 明らかに仕事に行く雰囲気なのにフラフラと歩きそして歩みが止まる。

 そんな姿にアカリもふと気を向けた瞬間。

 その男性は地面へと崩れ落ちた。


 その後の事はアンドはあまり覚えていないがアカリの叫びと多くの人間がその男性を囲む姿、そしてその人間たちの少し遠くで固まっている自分だけは覚えていた。


 落ち着いた白の通路。

 消毒の鼻に来るにおいと人びとの足音。

 椅子に座り込んでいるアンドとそんな様子を見つめるアカリ。

 普段なら新しい場所にやってきたさいにはアンドは喜び踊るように見回っていたが今回ばかりは違った。

「心筋梗塞……つまり胸の中にある心臓が止まってしまったんだ。」

「はい。」

 アカリはアンドの隣に座って目線を合わせる。

 なるべく優しい声をアンドに向ける。

「本当に死んでしまった後の蘇生は昔は出来たらしいけど今はその技術は意図的に封印されてる、死人すら蘇らせるのはあまりにもムゴいから。そう書いてある本を昔読んだことがある。」

「むずかしいのです……。」

 アンドはアカリの方を向いてゆっくりと考えながら話す。

「あのひとの“かぞく”という人たちがやってきて、うごかなくなった、あのひとに、ないてました。」

 アカリは他人を、しかも自分よりも小さい子にこんな時の対応だなんてしたことが無くて迷い外耳をかきむしる。

 アンドは大きな声で泣いていた遺体の家族とその遺体が泣かれても話しかけられても血の気の通わない顔のままずっと動かない姿が頭に強烈にこびりついて離れずにその姿が頭の中でちらつくたびに言い表す事が難しい重い気持ちがたまっていく。

 チョーカーは青が濃くむしろ黒に近くなっていた。

「まあ、なんだ。」

 アカリはアンドの頭に手を軽く置く。

「あの時やれることはやったし、あの人が死んだのは誰のせいでも無いんだよ。」

「でも、でも泣いてたのです。じぶんは、なにもできなかったのです。死ぬってことばはわかっても、しぬってなんなのかよくわからないのです。」

 アンドはうずくまるように体制を変えて椅子の上で静かになる。

 アカリはアンドにかける言葉を探し考えるがあまりアカリの得意な事ではなかった。

 思い切って自分の思うままそのままを話した。

「まあ、最近よくあることらしいんだよ突然倒れてしまうって。それだけじゃない、私たちだってたくさん命を奪ってる。」 

 アンドが少しはっとして顔を上げてアカリの方を見る。

「食事だって何かの命をもらい草は切ってもまた生えるがそれは前のとはまた違う。セイメイだって生きているのかは分からないけど何度も倒してる。」

 アンドは意識したことは無かった。

 食べ物が、草花が、倒してきた相手がそうなる前は生きていた事を。

 ずっと動かなくしたことを。

「良くあることなんだよ、そう死ぬってことは。前も言ったようにこの星すらも死にかけている。そんな当たり前のことなんだよ。」

「だって!」

 アンドの突然の返しにアカリは驚いたがそれよりも驚いたのは無意識に叫んでいたアンド自身だった。

「だって……」

 小さくそう言って立ち上がる。

「むずかしいのです!」

 あっ!とアカリが言った時にはアンドは走っていた。

 アンド自身もなぜ走ったのか、泣いているのかがわからずただひたすら走る。

 涙が一つこぼれるたびに脳裏にちらつくのは、誰かも分からない相手の死に顔とその誰かも分からない家族の涙。

 震えるほど凍えるような感情と暗く沈む感情それにどうしようもなく自分が及ばないという感情が混ぜあって爆発するかのように足を動かしチョーカーを黒く染めた。

 そんなアンドはアカリが本気で追えば“先祖返り”ですぐに追いつけるのに追えなかった。

 小さな背中に手を伸ばしたまま固まって見送る事しか出来なかった。

 遠く遠く。

 まるで追う資格がないかのように。

 追いかけて掛ける言葉などないかのように。


 ただアンドは走った。

 もはや何で走っていたのかも忘れてしまいそうになるぐらいに。

 むしろ忘れたいがために。

 それでも死の光景はどこまでもついてきて起きているのに夢を見させる。

 どこまでも死に顔と涙が視える。

 ひたすら走って。

 走って走って走り抜け。

 “先祖返り”を使ってどこまでも遠くへ。

 獣化して遙か遠く。

 なんで、なぜ、なにか。

 頭の中をぐるぐると駆けめぐり。

 気持ち悪くなってきてふと歩みを止める。

 ふと見てみるとそこは町近くの草原で心地良い風と優しいかおり。

 そっと心を撫でるように通り抜ける風は涙を拭う。

 一歩踏み込んで歩みを進めようする。

 クシャリ。

 草を踏んだ。

 さっきも草を踏んでいた。

「草は」「生えるが」「違う」

 頭の中でアカリの声が響いて再生される映像はあの死に顔。

「うわああああ!!」

 音も聞こえないように光景も見えないようにがむしゃらに走って走って走って。

 無かったことにしようとした。

 そしてオアシスの草原の外れに付きなぜかそこから多くの人々の声が聞こえる事に気づいた。

 草もあまり生えていない代わりに昨日行った洞窟がある。

 洞窟の周りには人だかり。

 おかしいです、ここは前来たときぜんぜん人いなかったのです。

 そう考え人型に戻ってから人の群れにに近づく。

 服をどこかに置いてきてしまった事に気づいたがまあいいかと思って無理矢理人の群れの中に入り込む。

 洞窟はなぜか黄と黒の光がいくつも交差していてまるで入ってはいけないかのように拒むようになっている。

 実際近くには空中に浮かぶウィンドウの看板で《立入禁止》と書かれている。

 もっと良く見てみようと思った時アンドは身体の全身で感じ取れるような不思議な感覚を感じた。

 どこから発せられているのかも細かく感知できる。

 集中して探す。

 群集から抜け出して洞窟の近く。

 何かが呼んでいる。

 さらに人混みを離れて岩陰へ。

 目で見えるわけではないが感覚を研ぎ澄ませば感じるここにある何か。

 暖かみとそしてそれを越えるような叫ぶような恐怖。

 強くこびりついた感情のような何かが感じられた。

 アンドではなく別の誰かに向けられた恐怖。

 引き寄せられるようにその感情に腕を伸ばした。


 ブレる視界。

 すぐに安定したがアンドが見ていた景色とは違うもの。

 まるで一枚絵のように止まって切り出された景色が現れては消えていく。


「よし、着いたぞ!探索を始めろ!」

 大きく目の前に現れたのは頭に高級そうな布を巻きやたらと腹の出て下顎から大きな牙の突き出た猪と呼ばれる血筋らしい茶毛の男性。

 歳はアンドから見たらおじさんという印象だった。

 大きな宝石のついた指輪が眩しい。

「かしこまりました。」

 落ち着いた老人の声が手前のどうやら視界主から聞こえる。


 複数人が駆ける足音。

 絵には全身に堅そうな装備と物々しいほど立派な銃を持って洞窟へなだれ込む4人ほどの人間が見られた。

 アンドの知ってるアカリの銃はもっと小さくシンプルで少し古びた場合によってはアカリなら片手で持てるように素人改造が重ねられた銃だけだったので目新しかった。


 明るい洞窟の中に切り替わり先ほどの男性の大きすぎる背中から怒号が飛ぶ。

「こんな手前の明るい所にはゴミしか残っとらん!奥だ!奥の暗がりを探せ!」


「喉に良い冷茶です。どうぞ。」

 先ほどまで叫んでいた男性が振り返り水筒を受け取る姿。

 威厳や着飾り威圧というのが先ほどまでの彼の印象だったのにこの視界の持ち主に向ける目はあまりにも違った。

 ただ一人の優しい人間。

 アンドでも心を許してる相手なんだとすぐに分かった。

 そしてその声もそのままの素が出ていた。

「ああ、いつもすまんな。最近声を張るとすぐにダメになるんだよ。」

 着飾る必要のない声。


 あの開けた奥地。

 降り注ぐ光は朝だからか日差しが強めに差し込んでいる。

「報告!奥に人工的に隠されたと思われる道を発見!」

「でかした!私も行く!」

 全身を覆う装備をしている4人の一人が男性に報告する。

 頭のヘルメットは耳の部分が少し大きく形づくられていた。

「少し分かりやすく道を塞いで置いて成功でしたな、情報センターの情報通りでしたから……。」

 小さく独り言を視界の主の老人が話した。


 生きているような悪魔の絵。

 どよめきに似た感銘の声がいくつもあがる。

「これは、土を丁寧に片づけたらその筋には値段すらつけられないほどの物だぞ……っ!運び出せ!慎重にな。」


 絵は人の身長並にあり重圧なため4人がかりで運ぶ。

 隠された通路を抜けて大きく開けた場所に戻ってくる。

「あの絵、売るべきかそれとも保管するべきか……。」

 男性が悩むそばで4人は通路から抜けたため持ちやすいように体勢を変えていた。


 縦もちから横持ちへ。

 天からの光を受け絵が光り輝く。

「ご主人様、あ、あれを!」

 一番はじめに気づいたのは視界の主の老人。

 光り輝く絵から伸びたのは暗い光を纏った赤い前脚。

「あれ……?」


 男性が絵の方を見る光景に変わる。

 もう片方の前脚も出て絵の縁に足をかけている。

「なっ!なんだあれは!おまえら早くその絵を離せ!」

 下から支えるように運んでいた4人も気づいたのか悲鳴が聞こえる。


「撃て!撃つんだ!」

「ご主人様!早く洞窟の外へ!」

 混乱する声に響く銃声。

 全員が見上げる先は絵よりも大きな頭。

 絵から出てきた事は誰の目にも明らかだった。


 次の光景は凄惨そのものだった。

 上半身まで出てきた赤い肌の醜い悪魔は前脚の爪で着込んでいた4人のうち二人を軽く紙でも裂くかのように真っ二つに切り裂いていた。

「引けー!自分が生き残る事を考えろー!こっちだ!」

 怒号が洞窟の中で響き男性と老人は駆けだした。


 男性が視界の主の老人を力強く引いて外の光射す方へ猪突猛進している。

「恐ろしい、まだ追ってくる…!」

「後ろを見るな!追いつかれる!」


「ぐああっ!」

 悪魔の前脚で蹴り飛ばされたのか二人まとめて吹き飛ばされる。

「外は後少しなのに……!」

 男性が力なくそう言い悪魔の足音が近づく。


「ご主人様!?」

 悪魔の口で男性と老人が服を掴まれ空中へ放り大口を開いて丸飲みしようとした瞬間。

 男性が老人を突き飛ばした。

 アンドにはそう見えた。

「助けを、呼んで来るんだあああ!!」


 次の光景は外だった。

 正確にはアンドが元いた岩陰。

 コスモスを操作しているの白い指先が空中にあるウィンドウの《救難信号》というのを触っている。

「早く誰か……っ。」

 震える声でそうつぶやいた瞬間。

 背後からあの悪魔の足音。

 最後の光景は何重にも並んだ歪んだ牙と老人の悲痛な叫び声だった。


 アンドはその声を聴き一瞬で恐怖に飲まれた。

 残された感情に長く触れすぎてその感情が移ってしまった。

 そのまま恐怖に飲まれるように意識を深い感情の海に手放して。

 倒れた。


 アンドのにおいはこっちか。

 アカリはそう思いながら“先祖返り”状態でアンドの残り香を追う。

 元々鼻には自信があるアカリだったが獣化していればかなり正確ににおいで追跡ができるらしい。

 練習のときに気づいた事だった。

 アカリはアンドのことを追うかどうかかなり悩んだ。

 追ってもかける言葉が思いついたわけではない。

 もしかしたらもう嫌われてしまったのかもしれないと。

 けれど追わないわけにはいかない。

 そんな気持ちになったのはアンドが苦しんでいたと思ったからだ。

 とにかく身体を動かしてそしてその結果からなんとかアンドを慰めたいと思った。

 言葉はアカリにとってもアンドにとっても難しい物だから動きで示すしかないと。

 そう思いたったらアカリはアンドのことを追い始めていた。

 そうしてアカリはにおいを追跡し服を見つけた。

 それを回収しさらに町の外へ。

 草原までたどり着いてオアシスを迂回し洞窟の側へ。

 多くの人混みを見つけ気にはなったが追跡を優先。

 いきなり大きめの獣が歩いてきて人々は驚き自然と道を開ける。

 アカリにとっては追跡しやすいのでありがたかった。

 さらに洞窟には入らず岩肌にそうように移動して岩陰へ。

 強くにおいが残っていてしばらくここにいたらしい事が分かる。

 さらに移動するにおいを追ってアカリは駆けだした。

 共に移動している複数のにおいに一抹の不安を抱きながら。


 アンドが目覚めるとどこかの家の中らしくベッドの上で寝かされていた。

 普段は誰も使ってないであろうことを示すかのように天井が汚い。

 頭がズキズキと痛みそしてそれ以上に先ほどの事が心を痛めた。

 周りの状況を確認するために身体を起こして周りを見渡す。

 視界の端に映る人影。

「あっ!アカ……じゃないですか。」

 一瞬喜んだアンドはすぐに落胆した。

 一瞬見えた姿は所詮幻影で見えた姿は小さな背に特徴的な花のワンポイント服。

 そして三色の茶黒白の三毛猫。

「ニャ!ニャーアニャー!?ニャア?」

 泥棒であり脱走犯そしてこの世界最後の子と言われた5番目の子ミケだ。

 アンドは相手がなんて言ってるかは分からなかったが怒ってきた後バカにしてきたのは分かった。

「その顔は何、せっかく倒れてる所を拾ってあげたのに、もしかしてあの女ハイエナだと思ったの残念わたしよ。って言ってるぞ。」

 影から歩いて出てきたのは腕の長いどこかで見たことのあるサルの種族。

 帽子は脱いでいるが緑の服と腰にぶら下がっているガンホルダーに差し込んであるリボルバーの銃。

 間違いなくアンドをさらおうとしたクライブだ。

 なぜこの二人が同じ所にいるのか?

 そんな事をアンドが考える暇も与えないかのように反対側からやってきた同じ緑服のカバがにゅっと出てきた。

「まあ、たまたま見かけたからさらって来ただけなんだがなー。」


 その後三人から聞いた話は脱走や出会いの話だった。

 まず猿のクライブとカバのデスロウがアンドに吹き飛ばされた所から。

 空の星になるかのように吹き飛んだ二人はそのまま運悪く自警団の近くまで飛んで激突。

 地面にギャグのようにめりこんだらしいがコスモスの自動シールドで何とか息があったが病院に運ばれるまで全身痛すぎて転げ回ったらしい。

 自警団は病院に二人を運んだ後手配処を改めて確認し全身の打撲、骨折、その他もろもろの不調を一晩で治療してからそのまま自警団に御用となった。

 そうしてしばらく檻の中で過ごしていたらアカリによって捕まえられたミケが向かいの檻に入れられ暇なデスロウがまず声をかけたという。

「へへっ、おいおいまだ子どもなのにこんな冷たい檻に入れられて将来有望だなぁ。」

 大声で威圧的におっさんが少女に絡む。

 デスロウ本人に自覚はないのだが完全に悪人が難癖つけて脅そうとしてるとしか見えない。

 それを受けてミケは。

「みゃー、みゃあみゃー。」

 笑った。

 デスロウはその巨体に似合わずかわいいもの好きでその笑顔と甘い声にハートをズキュンと撃ち抜かれた。

 な、なんてかわいんだあ!

 そんな風に思ってミケを見つめる横でふてくされた顔でデスロウとミケ交互に見つめるクライブ。

 テナガザルの血筋の特徴である長い手足は狭い独房とでかいデスロウの身体によって折り畳まざるおえなくなり窮屈そうにしている。

「凄まじい口の悪さだなあの子。」

 その言葉にはっとしてデスロウはクライブの方へと向く。

「分かるのか!あの子の言ってること!」

 うーん、とクライブは言って少し頭をかいた後に頷きぼそりとつぶやく。

「分かるが、お前の望んでるようなかわいらしいことは言ってないぞ?」

 しかしデスロウは興奮した様子で二回頷いた。

 やれやれ、と思いつつクライブはデスロウにミケの言葉を翻訳した。

「“良い歳してダサい服着て檻の中にいる馬糞野郎に言われたくない”だとよ。」

 その言葉を聞いてデスロウは怒るどころかむしろ大声で笑い出した。

 心の底から喜びミケの事をかわいがりたくなる。

「いいね!ギャップ萌え!最高!」

 クライブはそんなデスロウの様子だけはいつも理解できないと思っていた。

 長年の付き合いだがデスロウのかわいいもの好きは異常でむしろ歪んでるとさえ思ってる。

 ただクライブ自身も人のこと言えないと分かっているからなにも言わず深く関わらない。

 しかしデスロウの次の言葉には耳を疑った!

「よし!この子を3人目のウォード団員にしよう!」

「はぁ!?」「ミャア?」

 その後張り切ったデスロウの説得にミケも面白そうと乗せられクライブも呆れつつ翻訳役をし無事成立。

 その流れで協力して脱出し拠点になりそうなボロ家を見つけ活動を始めようとした所で騒ぎを聞きつけ野次馬しに洞窟へ。

 金目の物が落ちてないかついでに探していたらアンドを見つけそのまま運んできた。

「というわけだ!」

 デスロウが尻尾を振りながら自信満々にアンドに語った。

 なぜアンドは語られたのか正直良く分からなかったがそういえば前会った時もこんな感じだったなと思い出し深く考えるのをやめた。

「それで、自分をさらってどうしようというのですか?」

「みゃみゃ。」

 小さな背を大きく見せるかのように胸を張って背伸びしながら何かを言う。

 すぐにクライブが翻訳を挟む。

「とある研究所に送ってお金をたんまりいただくのさ。」

 うーん、とアンドは言い悩みつつ言葉を紡ぐ。

 言葉の意味は分かってもあまりその言葉のイメージが浮かばす考えて自分なりの結論を出す。

「その、けんきゅうじょ?にいくと自分はしんじゃうって言うのになるのですか?」

 デスロウが悪い笑みを浮かべちょっとした悪戯心で意地の悪い返しをした。

「さあな、きっとバラバラにされて徹底的に調べられちまって死んじまうんじゃないか?」

 ミケが驚いてミャア!?と叫ぶがすぐにクライブが「いちいちデスロウの言葉真に受けるなよ!」とツッコミを入れていた。

 しかしアンドの耳には届かず大きなデスロウの声のみが頭の中に響いた。

 ふらりと再びベッドに倒れ込み天井を見る。

 どこを見る出もなく虚ろな目で。

「そうなんですね。自分もあの人みたいにしんじゃうんだ。もしかして、いっぱいころしちゃったからなのです?」

 騒がしいデスロウやミケとの会話をしつつクライブはアンドの方にもフォローを入れにいく。

「ああだからデスロウなんてどうせ適当な事言ってるだけだから気にするなっての!」

 しかしアンドも虚空を見つめるように動かないまま心ここにあらずと言った様子でぼうっと何かをボソボソとつぶやくばかり。

「アカリとはもうあえないのかなあ。」

 そっとこぼれる涙。

 拭うこともせずにただ天を見つめる。

 自分自身の感情も考えもわからなくなっていた。

 そのこともわからないアンドにとって隣の騒々しさなどさらに理解できるわけもなく。

 ただ一人の世界で天を貫き星を見ていた。

「しぬとじぶんはどうなるのかなあ。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ