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さいごのたび  作者: チル
アカリ編
3/22

アカリ 3

 結果から言えば勝利した。

オレンジはそもそも銃弾が入りづらくプルプルなボディは弾を柔軟に吸収する。

 実弾でなくても同じでエネルギーを和らげてしまうため致命傷を与えづらい。

セイメイの中で弱いとされるオレンジもその体の性質のせいで多くの被害を出している、とアカリも良く聞いていた。

 なので当然対策は取ってある。

射出口を取り替え現在の銃弾連射から波状型の切り裂く力のある形に圧縮して送り込む事だった。

一撃の威力が高まるのはもちろん切り裂く事でオレンジ特有の柔軟ボディにもダメージを通りやすくする。

 本当は爆裂炎上させるのが最も効果的らしいが予算の都合。

当然射出口のみの交換ということはその場凌ぎで連射も出来なくなるし反動がやたら大きく何より弾の速度が目に見えるほど遅い。

 普段ならば効率良く走り回りながら近距離で当て致命傷にならなければ離れるを繰り返すが今大きな問題は足下のアンドだった。

 オレンジはその体質だけでなく同時に出現する数すらも他のセイメイを凌ぐ。

もし離れた所に避難させて目を離した隙に別の所にオレンジが現れたりしたら先ほどの小悪党よりも酷い事になる。

 何よりアンド自身が震え明らかに怯えていたため目の届かない場所にまで遠ざけるのは得策ではないと考えた。

「アンド、気を付けて!」

 オレンジは何を考えているの分からない表情をしている。

 笑っているかのような怒っているかのようななんとも察しがたい表情。

その表情に油断するとその変わらない表情のまま見た目からはあり得ない勢いで体当たりされる。

 アカリはその事に十分注意を払いながらアンドを少し後ろに下げてコスモスから銃射出口のパーツであるカッターアタッチメントを取り出す。

ゆっくりとオレンジとアカリたちは移動し背後にアカリの腰あたりまである岩の辺りまで動く。

 緊張する中先に仕掛けたのはオレンジ。

いきなり何度か強く跳びはねてアカリたちに襲いかかる!

 アカリはアタッチメントを上に投げ捨て一瞬セイメイの気が逸れる。

その刹那をアカリは見逃さなかった。

僅かに跳ねるリズムが遅れた瞬間にアタッチメントを離して空いた手でアンドの腕を強く引っ張り自分ごと横に回避する!

 ギリギリの所でオレンジはアンドの横空中に思いっきり体当たりしそのまま岩に激突。

 響く破壊音。

 岩は大きくひび割れオレンジが埋まった。

数秒のうちに落ちてきたアタッチメントを再び受け取って素早く射出口をカッタータイプに分解と組み立てをして切り替える。

 コスモスに不要になった通常の射出口アタッチメントをしまいアンドとオレンジを見る。

 アンドは震え固まってた体を無理に引っ張ったので少し腕が痛いだけで怪我は無かった。

オレンジは3回ほど踏ん張って身体を岩から引き抜くと岩は音を立てて崩れ去った。

いくらコスモスでも小さとはいえ岩を砕く一撃をそう何度も喰らえないし何よりアンドはコスモスがない。

 一撃で骨が砕けてしまう可能性が高い。

それだけは避けないといけない。

 アカリはその威力を改めて確認した所でオレンジに向けてカッターを撃ち出すように改造したアサルトライフルを撃った。

 射撃音の変わりに響くのは空気を切り裂くような鋭い音。

業物を大きく振った時のような空気の切り裂き。

 まっすぐこちらを振り向こうとするオレンジに向かって飛び出しそして激突。

 激しいその威力に地面や先ほどの岩の砂埃が舞い一瞬オレンジの姿を隠した。

「当たったか!?」

 土煙を切り裂くように跳ぶ影。

勢いよく土煙から飛び出してきたのはオレンジ。

 不意を突かれたアカリはそれを見てから避けようとして気づく。

アンドが反応出来ていない。

呆気に取られ身体は固まりそして今回は腕を引いて取る時間は無い。

 とっさに腕を出し──

「くぅっ!」

 アカリの左腕にオレンジの体当たりが当たり激しい衝撃。

コスモスのオートガードが働いて衝撃は緩和されたがオレンジ含むセイメイの厄介な事はコスモスのオートガードでは防ぎ切れない攻撃が多い事だ。

コスモスガードを大小あれど貫通してくる不可思議な力がある。

 モロに腕に入り衝撃で銃を落としてしまったがすぐに拾い直す。

アンドはハッとしてアカリとオレンジを交互に見る。

 アカリは左腕が痛むが折れてはいないのを確認してもう一度銃を構える。

 アンドが痛がるアカリを見て不安気に見守る。

自分を守ってくれたのだと言葉が無くとも理解出来たその行動に自分がジャマなのではないかと不安になる。

 しかしアカリはアンドを見てそっとほほえむ。

「アンド、私は大丈夫だから!」

 アカリからすれば強がりでしかない。

左腕が痺れるほどに痛く銃の後ろ側をうまく支えれない。

 オレンジは少しは切り裂かれたようだがきちんと銃弾が入った訳ではなくて端を少し切っただけ。

 それでも大丈夫だとアンドに言ったのは自身に対しても言い聞かせるためだった。

 それでもアカリの笑顔にアンドは不安が不思議と消えて同時に震えが収まった。

もう身体は動く。

 アカリを見上げじっと無邪気そうに跳ね回るオレンジを見据え銃弾を撃ち込んでいるその姿を見る。

 自分も何か彼女の力になりたい。

彼女を助けてこちらを痛めつけてくる恐ろしい相手を倒したい。

 アカリの事をそうアンドが強く想った時にアンドは強い鼓動を感じた。


 苦しいような熱いような自らの内からわき出る鼓動。

アンドは自分自身の事を最も知らない。

だが身体は理解している。

その想いが興奮が願望がまた一つの自らを知る鍵となることを。

「アアァー!!」 

 言葉の意味などないが抑えきれない力のまま叫ぶ。

 それがきっかけとなってアンドの内なるそれが解放されていく。

 アカリもその声に気づきオレンジの攻撃をコスモスの“防御強化シールド”を構えてコスモスエネルギーで出来た半透明の即席盾で防いだ後にアンドを見る。

 アンドが強く瞳が赤に輝いて身体がまるでもやのような黒い霧に変わって行く。

 セイメイと違って恐怖のようなものは感じなかったがそれでも突然の変化に驚いているとアンドのもやが少し広がりアカリの身体めがけて一直線に飛び込む。

 アカリは身体全体でそれを受け驚いているうちに全て飛び込んできたのか収まる。

身体の内側から不思議と力がわいてきて徐々に身体を包む霧が固定化していく。

 真っ赤な色をベースにした艶やかな肌触りの服が全身を覆い先ほどまでの発光を最大限生かすための服装とは変わっている。

 腕の痛みは取れて構えていた銃には何かはわからないが自らの身体から真っ赤なラインの光が脈動すらはように走っている。

 アカリの黒い瞳に不思議な赤の輝きを灯し溢れてくる力を気圧されたのか先ほどまでの跳ね回りをやめたオレンジへと向けた。


 アンドにとってはそれはもう無我夢中だった。

 身体が突然感覚が変に──

つまり霧になって意識的というよりかは無意識的にその広がって形の無くなった身体感覚をアカリにぶつけた。

 アカリの身体に当たって包み込み徐々に勝手に形が定まっていく。

 一部は深く内部へと入り込み彼女と何となく“繋がった”感じがした。

 勢いに任せてそのままアンドはソレを行って最後気づいたらアカリに、そうまるで憑依していた。

取り憑いたのだ。

身体が自分が自分で無い感じ。

 服は服ではなくアカリでもなく自分の一部。

まるで毛皮のようにアンドは自身への一体感を感じた。

と同時に視線の高さに気づく。

前より遙かに高い位置からオレンジに向けて銃を構えている。

 構えているのは自分であり自分ではない。

正確には彼女が、アカリが構えているのにその感覚をまるで共有していた。

 高ぶるその力と気持ちをも共有して。

 岩をも砕くセイメイのオレンジに光脈打つアサルトライフルを向けた。



 アカリは自らの身体に起きた異変を、そしてアンドがしたことを完全には理解出来ていなかった。

それでも分かった事はアンドが自らとなぜか一体となって力をくれているということとそれにより自らの内から力が湧いてくること。

そして銃にもどうやらその力は込められているという事だ。

 アンドを守るために動けない心配ももう無い。

そしてこのわき出る力をオレンジ相手に確かめたくなりぐっと足に力を込めて、放つ。

 一歩で景色が後ろに飛び数メートル距離離れたオレンジに急接近。

軽く左足で蹴り上げるとぷよっとした感覚とともにサッカーボールのように遙かに高くとんでいく。

 流れに乗って空に銃を構え銃のトリガーを引くと一瞬銃に向かう光の脈動が強くなり銃先からカッターのように鋭く圧縮されたエネルギー波弾が赤く輝きながら撃ち出された。

 すぐに広がって行き普通のとは違って広い範囲当たるように形が変わって行く。

速度も少し増していてそのまま天から落ちてくるオレンジへ。

 一閃。


 半分になって崩れ落ちてくる元球体は地面につくと軽く跳ねた後ポンと軽い音ともに黒い霧になり霧散して消えた。

 凄まじいまでのその力は二人を生き残らせ死ぬというエネルギーの塊であるセイメイのオレンジを退治した。

 圧倒的力。

それを感じつつアカリは周囲の様子を伺う。

 何となくだがこの状態だと感覚も向上していて見えないものも察する事が出来る。

 ざわざわと鳥肌が立ちそうな悪い気配をいくつか感じ一応目で見て何も無いのを確認する。

 アカリも、そしてアンドも気配の正体は分かっていたため直ぐにその場から離れるように走り出す。

 後ろ目で見た気配のする場所には空間が歪んでいくその光景が見えた。


 セイメイは世界が作り出したと言われる死そのもの。

老衰によって老廃物が処理しきれずに毒となってしまうかのようにセイメイは世界に生のエネルギーが失われつつある時に突如現れた。

とアカリは聞いている。

 生なき場所に迷い込んだ者を理由もなく目的も無く襲い殺す無慈悲な存在。

 現れた当初は悪魔だモンスターだゾンビだ幽霊だと騒がれたがそんなよくわからない何かや死者が仲間を求めて徘徊しているとかのものてまはなかった。

直ぐに立ち上げられた対策委員会によって世界中でセイメイという名前で統一させられたそれは星そのものだった。

 世界は生と死を繰り返して自らの身体に済む生命を巡らせる。

しかしバランスが崩れてしまい死のみが強くなってしまえばそのエネルギーはどこに行ってしまうのだろうか。

 その答えがセイメイだった。

セイメイは生命のなり損ない。

生のエネルギーなしに死のエネルギーのみで生まれてしまった世界の病気。

彼らが生者や争いの場に現れる理由ははっきりしていないが仮説としては生のエネルギーを摂取して生き物として世界に産まれたがっているだとか死を求めて殺してくれる相手に出会うまで戦い続けているとか言われているが定かではない。

 問題なのは彼らセイメイは例え倒そうが世界が死へと向かう今無限に涌いて出てくる事だった。

 なのでアカリも道を切り開いた後は急いでその場を離れた。

 一度現れた場所には高い確率で再発する上、アカリは今アンドの力でセイメイが発生する場所を感覚的に捉えられる。

 走りながら不思議なこの姿の力を少しずつ理解していく。

「アンド、聞こえる?」

 一応アンドは憑依していて実体があるのかないのかわからない状態だが駆ける足の動きやアカリの声ははっきりと聞こえていた。

 感覚を共有しているのだろうとアンドは難しい事は考えはしなかったがその不思議な感覚にワクワクしそして本質的にはふわっと何となく理解していた。

 しかし彼女に何となく話しかけられたような、何度も自分を呼ぶときに使う発音“アンド”というのを言っていたので恐らくはそうなのだろうとは思ったが今自分と彼女は二心同体。

 普段のように振り向いて話を聞いてる意志を伝えれない。

「アンド、聞いてたら良いんだけど大丈夫かな?無理してない?」

 アカリはこの状態がアンドにとって猛烈な負担になるのではという不安があった。

 あの排せつ行為、アカリ命名のラストインパクトも凄まじい破壊力とともにアンドの体力も消耗した。

 なので安全を確保できている現在はアンドを休ませてあげたいのだがその方法がまるで分からない。

 アカリの意志でアンドを変化させたのではないから解き方もわからないのだ。

 一方アンドはそんなアカリの気もしらず上機嫌だった。

 ワクワクだけではなくすこぶる体調がいい。

身体は一切自分の意志で動かないがそれでも凄く大きなその彼女の身体がアンドの意志とは関係なく動いていく。

 大地を蹴って景色が流れるその速度はアンドが自分で動く時とは段違いだ。

 体調が良いのはアカリとアンドの感覚共有のおかげでアカリの健康さがアンドに直結するように前の疲れを消す。

 ただその事には二人とも気づけてないが。

 アンドはたびたび声を出す自分、ではなくアカリの身体に答える方法を考えた。

 そこで至った結論は、とりあえず真似しようということだった。

「アンド、良いんだよ無理しないで!」

「あど、いんーようりないで!」

 アカリは衝撃を受けた。

 アンドは初めてにしてなかなかうまいじゃないかと自画自賛の気持ちに浸った。

 アカリがアカリの意志ではなく同じような雰囲気の言葉を話した。

 走るのを止めてぐっと唾を飲んでからもう一度確認する。

「アンド、なの?」

「あーど、の?」

 アカリのもしかしてという気持ちがほとんど確信に変わる。

 アンドが恐らく意味もわからず返しているのだということ。

しかも自分の身体を使って。

「キュキュイ!」

 今度は勝手に発声する。

予測はつく。

アンドの笑うかのような楽しげな声だ。

 アンドは水浴びの時なども意識せず笑う声は発声していたがまさに幼い子のような独特で高い笑い声。

 しかしそこにアカリという声帯フィルターを通すと楽しげなのはわかるがアカリ本人からしたら何となく不気味な声だった。

 自分が甲高くそんな風に笑うなんて想像すらしてなかったからだ。

 しかしそれで逆に確信した。

アンドが自分を通して話していると。

 アンドもそんなやりとりがやってみたら案外面白くてアカリとアンドの言葉のキャッチボールはその後もしばらく続いた。

 ただしアカリの言葉をアンドが下手に繰り返すだけで言葉の意味を通わす事は出来なかった。


 そんなやりとりを繰り返しつつ町へと続く道を飛ぶように走るとついに町へと着いた。

 着いてしまった。

 未だにアカリはアンドと分離する事が出来ずついに町まで来てしまったのだ。

 前の半裸的格好より不信感はない姿だが問題はアンドだった。

 話すうちにアンドは機嫌が良さそうなのはわかったがそのせいで勝手に繰り返したり笑ったり言葉になってない話声を響かせたりするのだ。

 一歩間違えれば変人もう一歩間違えて狂人扱いされてもおかしくない。

 少し町へ入るのを躊躇ったアカリだったが僅かな頼みの綱を頼りに町へと踏み入れる決心をした。

 当然アンドはそんなアカリの心をつゆ知らずあらゆる初めてを堪能しそして初めての町に心躍らせていたが。


 町の中は昼間の仕事休みで賑わっていた。

 星は死にかけてはいるがそれによって一般人の暮らしが変わるわけではなく平日は誰もが忙しく働く。

 ただし町にいるのはほとんどが25歳以上の年齢。

 ネズミ族や虫系族の多くは老人と呼ばれる年で亀族や竜族にとっては子供と呼ばれる年という違いはあるが産まれる数が急激に落ちたのが24年前からだからだ。

 なので人間や樹林などは未だ相当数存在する。

 ただし雑草や小虫はもうほとんどが全滅してしまっている。

 オアシスにヤシの木一本のみしかないのはそのせいだ。


 昼食を求めて町に出た人間たちがアカリの側を通り過ぎて行く。

 木のような人や鼻が凄く長い人にアカリのようなネコ系の人やイヌ系の人、また砂漠だからか少ないがイカのような人もたまに見かける。

 そんな多くの人間たちは当然アンドにとってはまるで知らないわけであってそれにすっかり夢中になっている。

 そのおかげでアカリの身体で変にしゃべる事もなくさらに歩いていく。

 アカリはアンドの気持ちまで繋がっているわけではないがそんなアンドの興奮を今までのアンドの反応から理解することは出来た。

なので普段なら他人など気にも止めないがわざわざ様々な人間を探してその目で見る。

 そしてアカリの目を通してアンドがそれを見て色んな人間に感心し感激していた。

 ただ目的まで歩いてる人や暑さにやられ道端のコンビニに駆け込む人。

数人集まって仲良く会話しつつどこかへ歩く集団や物騒な剣を背中に背負い兜で顔も見えない人もいる。

 そんな人々を眺めつつまずは目的の所に行く。

 町の地図を手に入れるためだ。

 町の地図はコスモスの地図アプリにある程度はインプットされているため地形程度ならわかるのだが最新情報となると別だ。

 現在の店や新築はその町の最新データとしてでしかない。

 ネットワーク関連が無い今の時代そんな情報は現地に行かなければ仕入れる事は出来ないのだ。

 当然それも把握してだいたいの町は特定の箇所で更新データを配布している。

 場所はコンビニエンスストアや役所それに観光スポットだ。

 コンビニは先ほど通過したが更新データは配布していなかっため今度は観光スポットへ。


 観光スポットとは言っても観光を売りにしている町ではないので比較的地味だ。

 “慈愛のオアシス”と書かれた町の中心部にあるオアシス。

 普通の水と違って色がエメラルドグリーンで綺麗なのだが水としてはまるで毒がありそうな色だ。

 効果としては真逆で飲むだけで滋養強壮や打ち傷等にも効くという事でこの水で疲れを癒しつつ町が作られていったという。

 しかしそれに目を付けた会社が汲み取り機でどんどん吸って販売しているので見た目はロマンチックではないしオアシスとして表に出てる範囲はかなり狭い。

 さらに勝手に汲み取って飲む事は禁止されていて目の前にあるのに近くの販売店で工場出荷された“天然オアシスのマジカルウォーター”というのを買ってくるしかないという本末転倒な状態だ。

 それでも珍しいオアシスを観に来る人はいないでもないし実際地図アプリにもオアシス自体は町の名所として明記されてるのでこの町のウリの一つには違いない。

 エメラルドグリーンに輝く小さなオアシスに近くでうごめく地下から水を汲み上げるポンプ装置。

 水自体は地下に大量にあるらしいがその余りが地上に出てくるため汲み上げ装置が働けば働くほどその日見られるオアシスは縮んで行く。

 アンドはアカリに見せられてるその奇妙なものと自分が見た色と違う水にワクワクが隠せなかったが元々あまり声を出してはしゃぐ事を覚えてなかったのでアカリが変質者にならずに済んだ。

 さらに見渡すとこのオアシスの説明文が書いてある看板に大きく“KOSMOS用地図アプリ更新データ配布中”と書かれて紙が貼られている。

「あった、これで……。」

 アカリは少しその看板の近くに寄ってから左腕にある赤い腕輪をタッチしてコスモスの画面を出す。

《地図 アプリの更新プログラム 岩石砂漠にある慈愛のオアシスの町クレーション が配布されています。受信して更新を行いますか?》と表示されていたので《OK》をタッチして更新を行わせる。

 無線電波で配られているこのデータを1秒程度で受信してから自動で地図アプリが立ち上がりこの町“クレーション”の詳細で真新しい地図が表示された。

 アカリが知りたい情報はこの地図の中の一つ。

「あった、情報センター!」

 《旅人酒場 酔いどれ》と書かれた店の所に《情報》と書かれたマークが貼られている。

 アンドは興味深そうにそれらを見ていたが読めはしなかったので見るだけだった。

 アカリは自動ナビという機能を呼び出してコスモスにその場所までの案内をさせた。

 コスモスのそのスイッチのような画面をタッチするたびに自分にしか見えないように角度調整された光で目的地までのルートを現実の光景の中で矢印が伸びていってルートを示してくれる。

 そのため立ち止まらないとせっかく調整された光が見えなくなってしまうのが弱点だがプライバシーの観点や町中でやたらめったら矢印を描くのはどうなのかという観点から出された機能なので仕方ない。

 アンドはそんな拡張現実などと呼ばれる機能を初めて見て飛び跳ねたいほどの興奮を覚える。

 ただし実際は動かす事は出来ない。

 そんな事に少し窮屈さを覚えたがそれを差し引いても新しいの波が押し寄せてきた。

 砂漠の光が照らす町並みは白や茶色それに青が目立つ。

 コンビニなどの店舗そんな中派手に目立つように緑や赤を使って目立つようにカラーリングしている。

 淡い色の町並みとその中で浮き出るように見える原色。

 形も様々で四角や長方形、屋根が斜めになっているものも少なくない。

 この町は全体的に建造物は低くかつ平べったく作ってあるのが多く目に付いた。


 そんな町並みを抜けてアカリがたどり着いた所は《旅人酒場 酔いどれ》。

 渋い茶色で暗めの外見で材質は木に見せた塗りをしてるがプラスチックコンクリートというこの時代の多くの建造物が使ってる安価で頑丈な材質のようだ。

 金に塗られた取っ手をひねり手前に引いて扉を開く。

 中は昼間なのに煌々と明かりがついていて外の熱気とは真逆の身体が冷えそうなぐらいの冷気。

 ただ空調が効いてるだけだが外の暑さとのギャップが身に応える。

 まだ中は人数が少ないが昼食を取ってる様々な身なりをした者たちが自由に昼食を取っている。

 店は全体的に木製の雰囲気にしてあるがどうやらほとんどは木材がなく金属やプラスチックのようだ。

 《旅人酒場》と書かれてるだけあって客の半分以上は異国の雰囲気を漂わす者か旅をしやすいように軽い鎧を身につけたものたちだ。

 アカリは一通り目に通してアンドに見せると席には着かず奥へと進む。

 奥には《情報センター》と書かれた小さな掛札が飾ってある酒場とは少し区切られたものがある。

「おっと、そっちのお客さんですね。お待ちください。」

 酒場の店員らしき鱗に覆われた人が客の注文を運ぶと店裏へと戻り酒場のマスターと思わしき人を連れてきた。

 白い毛並みでやたらと大きな背丈。

さらにはふんわりとしていそうな長毛がただでさえ2mはありそうな身体を大きくしている。

 狐か狼のような顔立ちのマスターは《情報センター》の仕切りの向こう側の椅子に座ってアカリに話しかけてきた。

「ようこそ“一つ星のハイエナ”さん。と言われるのは嫌いだったかな?」

 一瞬酒場内の空気が不穏なものになるがすぐに元の活気に戻る。

 嫌われたものだな、とアカリはため息をつく。

 “一つ星のハイエナ”はアカリへの蔑称だ。

 前の前寄った町で付けられ次の町でまたもめ事を起こしどうやら寄る前の町にすら悪名が先に広がってしまったらしい。

 もめ事といっても物騒なものではない。

 少しつっかかったりナメられたのを仕返ししただけだ。

政治家やガラの悪い冒険者に。

 そのせいで有ること無いこと尾ひれはひれ付けられ前の町では最終的に「いるだけで災いを呼び寄せる」とまるで神か悪魔か名探偵かのような扱いを受けさっさと済ませる事だけ済ませて出てきた。

 情報センターはあらゆる情報を集め必要な相手に渡す公的機関で常に町と町、町と国、国と国の間で情報をやり取りしインターネットが無くなってしまったこの時代に情報をできる限り迅速に収集と整理そして公開する事を目的とした政府の機関だ。

 なので窓口を増やすために一般の店舗等にも協力を仰いでいて例えばこの酒場が旅人たちの情報をメインでやり取りする場所になっていたりするのだ。

 情報の内容は明日の天気から戦争情勢まで、お金と立場であらゆる情報を買える。

 また逆に情報を売る事も出来る。

 その情報を売る事を利用して欲しい情報を売ってくれる依頼というものも多く出てる。

 それで金を稼ぐのが旅人たちや探検者だ。

 そしてアカリも旅人である以上情報センターとは仲良くやりたいものだが一度も良い付き合いを出来た事はない。

 しかも今回は初めから嫌われてるうえ現在アンドのせいでロクに話すのも躊躇われる。

「話では前回別の町で利用したさいは下着のような格好と聞いていたが、今回は砂漠越えのために着替えたか?タダでアドバイスしておくがその布は風からは守ってくれるが日の光を防ぐには足りないな。ここらは比較的緩やかとは言え死にたくないならもう少し服装には気を使う事だな。」

 酒場の一部から下品な笑い声が聞こえる。

 好きで着てるんじゃないっ、と反論しようとして思いとどまった。

 もし今そんな事言ったらアンドが反応する可能性が高い。

 話もこじれる事この上ないだろう。

 苛々を飲み込んでから酒場の主人の話は無視するとしてコスモスからオアシスて採ったヤシの木の葉を取り出す。

「依頼品か……。」

 酒場としての軽いトークから一転情報センターでの仕事モードに切り替わる。

いくら評判が悪くとも仕事は仕事として割り切ってくれる人らしく今のアカリとしては助かった。

「ふむ……。うん、悪くない。問題ないだろう。達成証を発行しておくから指定の窓口で受け取ってくれ。」

 一般の情報センターではその場で報酬を受け取れない。

重要な金品のやりとりなどは市町村や国などの管理している場所や銀行などの金融機関のみだ。

 その代わりに発行されるのが達成証。

 コスモスに直接送られる文面でざっと要約するとどの依頼をこなしたのか、受け取る場所はどこらへんにあるのかという事が記されている。

 これを提示することで指定の場所で報酬を受け取れる仕組みだ。


 だがアカリにとってはここからが本番だった。

ここへ来た最大の理由は情報購入だ。

 こういう異常な状態を解く方法。

即答えがでるかはわからないが一番手っ取り早いのはここで聞くことだからだ。

 声を出さないように用件を伝える方法は考えてはある。

「それで、後は何か……ん?」

 コスモスのメモ機能を起動し素早く文字を記入してその場で印刷する。

 擬似的に再現されて紙が一枚コスモスから出てきてそこに自動的に文字が書かれる。

 印刷には1秒もかからずその文字を全身の白毛が酒場内の光を反射して輝く酒場のマスターに見せる。

《情報を買いたい。この近くで二つのものが一つにくっついた時にもう一度二つに戻す解呪ができないか?》

 かなり回りくどいがこれ以上の説明は難しいし何よりアンドのことは伏せておきたい。

 それに解呪自体は別に珍しくはない。

魔法と呼ばれるものも今は科学で再現できるからだ。

「ふむ……。喋れないのか?声帯破壊系の毒なら解毒薬があるが。」

 顎の髭をさわりながら酒場のマスターが訪ねるがアカリは首を横に振る。

 紙を新たに出して再び記入する。

《喋れない原因もさっきの事がわかれば解決するんだ。》

 そう、喋れないのはアンドがアカリと同体になっててうっかり話すと面白がって真似をするからであって沈黙化毒を食らったわけではない。

 実際筆談の効果はあったようでアンドはそんなやりとりの様子を興味深げにアカリの目を通して見ているだけだった。

 酒場のマスターは何度か顎髭を触りながら考えそれから何となく不機嫌そうに彼のコスモスであるビールジョッキー型のそれを自らの後ろの棚から取り出し飲み口に軽く触れると空中に何か表示されているが読めない。

 いわゆるプライバシーモードで特定の角度から見ないとブラインドがかかって読めないようだ。

「あー、……あったあった。」

 僅かな頼みの綱が繋がった瞬間。

 その知らせを聞いてアカリは耳も尻尾も思わずぴんと立てて密かな喜びが全身に現れる。

「ただし、知ってるかもしれない奴を知っている。程度の話だがな。」

 なんだ、と落胆し耳も尻尾も垂れ下がる。

「さて、それでも良いならこの話の値段は銀3だ。」

 思わず、高い!と言ってしまいそうになるが言葉がでる前に飲み込む。

 そんな不確かな情報に銀貨を3つも出せと言われたら普段なら意地でも値切る所だが今はそのための声も出せない。

 銀貨3つあれはここで一晩飲み続ける事が出来るが仕方なくコスモスから残高を取り出す。

 60銅という心許ない残高が表示されそこから3銀を入力して取り出す。

 残高は半分になり《ご利用ありがとうございました》という表示が出てウィンドウが閉じられた。

 小さな銀貨を3枚相手側の机の上に置くとコツンと軽い音がした。

「よし、それじゃあこいつだ。」

 酒場のマスターが何やらウィンドウを操作するとこちらのコスモスに受信データが届いた。

 確認すると《情報センター》からのデータだと表記されていた。

 中身を確認する前に一度閉じてから外へと向かう。

 高い金払った情報なのだ他の人間にとって無価値でも自分一人だけが読みたい。

 とにもかくにもこれで頼みの綱が少し先まで繋がった。


「なんだ、用件が終わったら何も言わずに。」

 後ろから不機嫌そうな酒場のマスターの声が響く。

 うっかり彼の事をアカリは忘れていた。

 そういえば取引は一旦これで全ておしまいだと言っては無かった。

「ああ、すまない助かった……」

 しまった。

つい声を使ってしまった。

 急いで酒場の外へと走り込む

「あー、すむぐむぐ」

 あくびをかみ殺すかのように勝手に動く口を手でマズルごと無理矢理閉じる。

 体当たりするかのように酒場の扉を開けてそのまま外へと出た。

「……何だったんた?しゃべれるじゃないか?」

 酒場内もいきなり起こった謎の一連の行動に呆気にとられ、次々と各々ざわめき出す。

 その場にいた者にとっては笑いの種になっただけだが不誠実な対応をされたあげく酒場の扉を壊すような勢いで出て行ったせいでさらに酒場のマスターだけは不信感を募らせた。

 この一連の行いのせいで再び悪評が高まったのは言うまでもなかった。


 何とか人混みという危険地帯を抜けきったアカリは路地裏の影の中受け取った情報を確認していた。

 その中身は腕利きらしい探偵事務所への案内だった。

 それだけ見れば高い金を払ってガセを掴まされたと誰でも思うがさらに読み進めていくとこの探偵事務所は普通のとはまた違った面を持っていることが分かった。

 普通の探偵のように猫探しから身元調査までやってくれるようだがそれだけではなくかかった本人も分からないような謎の状態異常を見て治癒方法を探し出したり未知の鍵がかかる宝箱をどうやってか開けたりもしてくれるそうだ。

 最近どこからか引っ越してきた人らしくまた近いうちに次々と旅するかのごとく移動するそうなので事務所を持たない。

 代わりに借りてるホテルの一室を仕事場にしているそうだ。

 アカリはその何とも頼りないというより胡散臭い情報を元に現地へと向かう事にした。


 コスモスに案内させて歩いて十数分。

 目的のホテルは比較的簡素なつくりの一般的なこれといって特徴のないホテルだ。

 白塗りが風化して淡く濃淡のある壁は酒場と同じ材質だがこちらの方は材質そのままのザラザラとした感触の壁。

 3階建ての旅行に来る時に使うホテルというよりは旅をするときに使られうような簡易宿泊施設といった感じだ。

 探偵はそこの2階の一室で普段は過ごしているそうだ。

 確かにコスモスの地図データにもこの中の一室が探偵事務所だと挿ししめしている。

 ホテルそのものの扉は人に反応して自動で開くガラス式の扉で近づくと中へ招き入れるようにゆっくりと開いた。

 アンドはアカリにとってそんな普通の景色を興味深く見守っていた。

 扉をくぐり受付で目的を手記で伝え階段で二階に行ってから扉に《果物探偵事務所》と書かれた札が扉に提げてある所を見つけた。

 どうやら営業中らしい。

 扉を軽く4回叩くと、どうぞーという女性の声が聞こえてきた。

 鍵は開いてるらしくドア開閉スイッチに軽くタッチすると音もなく自動で開いた。

 中の個室も特にこれといって特色があるわけではない普通の部屋だ。

小さな机と別室のシャワールーム、区切られた先にベッドが見える。

 一つ一つはアカリにとっては物珍しさはないがアンドにとっては初めてな光景。

 アカリの目を通して新しさに浸っていた。

 そして中で立って出迎えてくれたのはおよそ探偵らしくはないまるで普通の女性のような格好をした若い女性がいた。

 年はきっとアカリよりは年上だろう。

どうみても年下だがアカリより下は特定されてしまうため彼女ではないだろうという所からの推測だ。

 かわいらしい服装に身を包んだ彼女は白い毛並みに黒の模様がありたれ耳だ。

 彼女はこちらが客だとわかると自然に優しい表情をしていた。

「ようこそ。何かお困りですか?」


 今まで通り説明は文で行った。

長い尻尾の白い猫が近くの小物入れの上で眠っているそばでこれまでの事をなるべく事細かく説明した。

 ただしアンドの正体とも言うべきアンドの年齢は伏せて。

 探偵はその内容を少し古びた手帳に書き記している。

 希少な本物の紙をこんな風にただのメモ書きに使う人間はアカリでも初めてみたがこれが探偵ならではのこだわりというものだと考えて納得する事にした。

「なるほど、まとめると……。まず道中で会った人とあなたが戦いのさいに何故か一体になってしまい、相手もなぜ起きたかはわからず話すことも出来ないしどうやって再び離れれるかもわからない、と。」

 アカリは話に頷きつつ探偵の様子を伺う。

 本当にこんな話を探偵が解決できるのかという疑問とそもそもこんな突拍子のない話通じるのかという不安。

 探偵はそんな気持ちを軽くするかのような明るい笑顔をみせてアカリに向けた。

「そういうタイプの依頼ですね。わかりました!」

 元気よくそう言い切った。

「喋るのも面白がって相手さんが身体を操って繰り返しちゃうから控えてるというのは大変ですね。相手さんはイタズラ好きなんですね。」

 そんな難解な事をいつもの事のように。

 むしろ自分よりも若く見える姿からは想像出来ないプロとしての修羅場をかいくぐった姿をアカリは垣間見た気がした。


「それじゃあ準備しますから少し待っててくださいね。」

 探偵はそう言うと手帳を小物入れにしまって猫を抱き抱えてベッドルームの方へと行った。

 少ししたら猫をどこかにやって戻って来たが特に何かを持ってきた様子はない。

 ただ仕事モードというなのか先ほどとは纏う雰囲気が少し違う。

 まるでこちらの全てを見透かすような視線をアカリは感じた。

 少しの間探偵はじっとアカリを見た。

 座って机越しとはいえ全身を覆っている艶やかな赤いピッタリとしたスベスベとした肌触りの服の繊維一つ一つ見抜きさらに奥の自分の灰と黒の毛皮生身やその精神すらも透かして見られるような視線がアカリを貫く。

 何故そこまで強く視線を感じるのかは謎だがアカリは思わず心臓の鼓動が早くなっていく。

 時間にしてほんのわずかのはずなのに長い間見続けられた気がして気恥ずかしい。

 顔が熱くなる前にはふっと探偵の視線は外れ今度は何やら考えだした。

 うん、うんと一人で何やら納得し尻尾をリズムをとるかのように軽く振り出す。

 そんな様子を見て探偵として目とそして思考は自分が思っているよりもずっと凄いということをアカリは身を持って実感した。

「うん、なんとなーく分かりましたよ!」

 なんと、もう解決の方法が分かったのか。

声には出さなかったがアカリはそう思った。

 散々胡散臭いとか思ってしまって事を心の中で謝った。

「こういうのは割とかなり身近で似た事があるのでそれがそのまま転用出来るはずです。」

 そういうと探偵は自分の胸に手を置いた。

「心理的なものが解決の鍵となります。今アカリさんはお相手と肉体レベルで融合していると考えてください。それを再び分かれて元に戻すにはまず自分の中に一つの自分を思い描きます。」

 アカリも話を聞きつつ思い浮かべる。

「そしてあえて二つに割ってください。それと同時に自分と相手の姿を強く想像し割れた二つをその二つにもう一度変えるんです。」

 縦に割れた自分がぐるりと形崩れそのまま自分とアンドの深緑の毛並みに変わる。

「そして最後に元に戻る!と強く念じながらその相手の姿を自分の中から外へ出す事をイメージしてください。」

 少しギャクチックな表現でアンドをポイッと外へと吹き飛ばし同時に元の姿に戻る事を念じた。

 その時アカリの全身が光に包まれその光がアカリの隣に集まって行きアンドがそこへと現れた。

「も、戻った!」

 アカリの服も元の身体を覆う面積の少ない服に戻りと同時に身体がひどく感覚がおかしい。

重く鈍く感じる。

 おそらく先ほどまでの強化された身体能力が元に戻って普通になった反動なのだろうとアカリは考えた。

 アンドは急に自分の身体が元に戻りかなり驚いたが自由に動ける事がすぐに分かって笑い喜び飛び跳ねた。

「キュイキュイ!!」

 そんなアンドが駆け回る様とぐったりしているアカリの様子を探偵は笑顔で見ていた。

「お役に立てたようで良かったです。」

 アカリは重い体を動かして立ち上がって探偵に軽くお辞儀をする。

「ええ、助かった。ありがとう、それじゃあ……」

 そしてアンドの手を引いて帰ろうとした。

 しかし、あっ。と探偵が声をあげて立ち止まる。

「あの、 そのお代何ですが……。」

 すっかり忘れていたアカリにとってもう一つの重しが体にのしかかったような気分になった。


 結局銀貨3枚を支払い一文無しになった。

 そのかわりというわけでもないが探偵はかなり詳しくこの二心同体の状況を教えてもらえた。

 まずこの状態になるにはなった時と同じアンドがきっかけとなる。

 会話が出来ない今はともかく可能になったら出来るようになったら合図を決めておくと便利ということ。

 なりかたは簡単でアンドが前の感覚を思い出し霧状に体を拡散しそれをアカリが受ける。

 そしてこの二心同体状態はアンドと融合しているというよりアンドがくっついてる状態で言ってしまえばまるで憑依しているということだ。

 中を駆けめぐり体毛を変質化させまるで服のように全身を包む。

 硬質化した服のような毛皮は危険から身を守り全身を巡る憑依物質はまるでロボット骨格のように動きをサポートし全身の能力を跳ね上げる。

 それは所持しているものにも働き銃を持てば普段の倍ほどのパワーで動き剣を持てば刃先から剣のリーチ以上に剣圧で切り裂ける。

 憑依そのものにデメリットはないと言えばないが解除後の普通に戻る感覚に慣れないと全身が疲労感に襲われてしまうのとあくまで二人で動いているためどちらかが不調あるいは拒否それに連携不足があるとちゃんとした能力が引き出せないということだ。

 また探偵が言うにはこの憑依は様々な事に使えまだそのほんの一部が使えただけでアカリとアンド次第でさらに二心同体状態の強さも憑依そのものの使い方の広がりもまだまだあるという。

 なぜ探偵がそこまで詳しいのかそこまで一目見ただけで分かるのか気にはなったが“慣れと経験、それに探偵としてカンです!”と妙に納得させられるような事を言われてしまった。


 一文無しとなってホテルを出たアカリとアンドはとりあえず無事問題解決した事を喜びながら今度は銀行へと向かった。

 銀行に向かう理由はただ一つ。

依頼報酬を受け取りに行くためだ。

 一文無しは流石にまずい。

すぐにでも達成書と報酬を交換する必要があるからだ。

「アンド、それじゃあゆっくり行こうか。」

「あんー、そえあーえっ、いおう?」

 アカリの言葉をアンドが自分なりに真似して繰り返す。

 正しい発音には程遠いがアンドは満足ににったりと笑っている。

 アカリも自分の口からさえでぬければかわいいものなんだなと思いつつ身体の重さから少しずつ回復しながら銀行へと歩いた。


 流石にアンドが子どもだろうということは歩いていればすぐにバレた。

 ステップを踏んで歩くアンドを遠巻きに見ながら噂話している町の人間たちが至る所にいる。

 しかし言ってしまえばそれだけで子どもがいるのは“レアな生物を見た”程度の感想。

 悪者や科学者それに勇者気取りでもなければ自分の生活に何か変化があるわけでもなくたいていの人はそのまま日常へと戻る。

 アカリも最初自分の町以外の町へたどり着いたときの自分の経験からもそれを理解してたしいざという時は身を守る術は身につけている。

 今度は目を離さないように慎重に歩きながら20分程度。

 大きく《亀甲銀行》と書かれた縦看板が目印の銀行へとたどり着いた。

 建物は白塗りの良くある雰囲気で材質もホテルとおなじプラスチックコンクリートとか言うものだ。

 しかしホテルとは違ってこまめに塗り直してるのか風化を抑え綺麗な色合いを保っている。

 大きさは先ほどのホテルと同じくらいだがこっちは一階建てのようだ。

 中への扉は近づいただけで自動で開く自動ドアのようでガラス張りの扉がアンドとアカリに反応して開く。

 中のカウンターには用はないので端にあるATMという銀行の色んな機能を使える機械のところへ。

 機械は小さな円上の端末でぱっと見はまるで大きめのホワイトチョコのかかったドーナツだ。

 ATMの本体に軽く触れるとバラバラに崩れ宙に浮くと大きく円形を作り直しその中に多くの文字が表示された。

 いわゆるメニュー画面が表示され側で見ていたアンドは尻尾を回すように振りながら興味深く見ていた。

 尻尾は自然に動きそこから自分で動かしていく。

 心の底からわき上がる楽しさと新しい物への興味関心がその原動力だ。

 アカリはメニュー画面から《受け取り》の文字をタッチする。

 空中に文字が投影されているだけでなく触れば硬質な感触が指先から帰ってくる。

 《コードナンバーを入力、または必要書類のあるコスモスを認識させてください。》との表記と数字入力画面がATMの一部が崩れて手元に別画面として表示させた。

 数字入力の方は置いておいて右腕に付いてるコスモスをATMの画面に近づけると《コスモスを認識しました》との表示が出た。

 すぐに画面が切り替わり文字入力画面は崩れて消えて元のATMの配置に戻る。

 画面のほうには《必要書類が見つかりました。受け取りたいものを選択してください。》と表示され《依頼達成書101》というファイル名が表示されているのでそれをタッチ。

 すると再びATMの一部が崩れ腕が通せるくらいの広さの円形になる。

 画面の方には《個人認証をします。身体の一部を輪の中に通してください。》と書かれている。

 その時アンドがその輪に飛びついた。

 先ほどから動き回る白い物質についに好奇心を抑えきれなくなった。

「あっコラ!」

 アカリがそう言った時には既に遅く輪を掴んださいに指が輪を潜り輪から指に向かって綺麗な緑色の光が伸び指に沿うように形作る。

 アカリが慌ててアンドの指を外し身体を持って下ろしたが画面には《認証エラーが発生しました。正しいご契約者様の方の身体の一部を通してください。》と表示されていた。

 また今の大声とアンドの突拍子のない行動で周りがこちらを見つめている。

 その視線に気づいたアカリは慌てて頭を下げた。

「あ、す、すいません静かにさせます……。」

 すぐに視線はそれていったがただのんきに喜んでるアンドを叱ろうにも言葉が通じないので深いため息を付いた後急いで再び操作を始めた。


 腕を通し認証させて受け取る報酬を確認し決定。

 ATMが小皿のような形に変わってその上に銀貨2枚が浮かぶ。

 それを手に取るとアンドの手を取って急いで外に出た。

 アカリは先ほどの事ですっかり忘れていたことを思いだしまずはそれを買う事にした。

 やたら自分のときよりも周りの注目を集める理由。

「アンド、急いで服を買おう!」

 

 外へ出て急いで服屋に駆け込む。

店の材質はどこも同じだ。

 アカリはそれどこではなかったのでそんな事よりも服を早く着せる事が大事だった。

 このまま全裸で連れ歩けばまだ変人扱いならともかく自警団あたりに虐待か何かで捕まってもおかしくはない。

 少なくとも子どもがいた時代は親というのはそんなことをすると逮捕されたというのはアカリも文献で読んだことがある。

 服屋によると十年以上売れずに積んである在庫が大量にあるそうなのでまとめて買った。

 お値段銅貨5枚と安く譲って貰った。

 在庫処分ということでダンボール一杯の子ども服を買えた。

 数十着ありしばらく着るものには困りそうにないがとりあえずアンドに気に入ってもらったものを適当に着て貰った。

 ドクロマークが大きくプリントされている赤い半袖Tシャツを選んだ。

 ドクロは黄色で今にも光り輝きそうだが不気味というよりは子供用にポップな感じに仕上げてある。

 これが今のところ気に入ったらしい。

 アカリは色々とつっこみたいところを言ったところで無意味だと押し込んで残りの服をダンボールごとコスモスにしまった。

 上だけといっても服としては大きめでちょうどアンドの膝下まである。

 袖はそもそも半袖だから多少長くても問題ない。

 またアンドがこれを気に入った一番の理由は動きやすいからのようだった。

 ピッタリとした服はまだ服そのものを着慣れてないアンドにとっては窮屈そのものらしい。

 お気に入りの服を着たアンドは初めての服に新鮮なきこごちを楽しんでいた。

 服が毛皮とスレて不可思議な感覚。

 気持ちが良いというよりこそばゆい。

 触れ合う質感が全身をつつみじっとしていられなくなる。

「キュキューイ!」

 笑い声としては変わっているが本人的には喜びの声として使っている。

 そんな風にはしゃぎなら踊るように飛び跳ねるアンドの姿を見てアカリは何となく心が温かくなるのを感じた。


 そして次は辞書を買いに移動した。

 辞書といってもただの辞書ではなくコスモスを利用してアンドに言葉を教える言語学習辞書というものだ。

 データの購入は町へ来たときに通ったコンビニを使う。

 コンビニの中の先ほどのATMのような機械。

 ただし今度は四角形の端末を使う。

 ほとんど手順は同じでコスモスを認証させメニューからストアへ、ストアから学習機材一覧へと順を追って動かし、《アレイ語学習辞書プログラム》を見つけて購入しコスモスに直接ダウンロードした。

 コンビニから出てアカリはアンドへと話しかける。

「アンド、これからキミにちょっとしたことをする。きっとびっくりするだろうけど、何を言ってるかとかみんな分かるようになってしかもおそらく話せるようになるよ。」

 アンドはアカリの言葉に耳を傾け端から真似しようとするがかなりの長さに途中でわからなくなる。

 少なくとも意味はよくわからなかったが何だか少し真面目な雰囲気は感じれた。

 ぼーっとしているアンドを見てからアカリはコスモスを操作し《プログラムを実行しますか?》という問いに《OK》をタッチする。

 コスモスがキュイーンといった機械音をあげ青い光がアンドに伸びる。

 それは僅かな時間だがまるでアンドには長い長い時に捕らわれたようだった。

 頭の中はまるで閃きの連続のように冴え渡り理解出来てなかった言葉という言葉がそこにたたき込まれる。

 定着し沈着しそしてまた叩き込まれ脳の中に長年使ってきたような“言語”の力がそそぎ込まれる。

 やがてそれは全身を包み心と体の奥底に言葉が刻まれていく。

 口が舌が喉が発音を覚えるというよりは使いこなしていたかのように軽やかに動かせる。

 そして光が止む。

 アカリから見れば未だボーッとしているアンドだがアンドにしてみれば衝撃そのものだった。

 息をするのも久々な気がした。

 大きく深呼吸してから慎重に最初の一言を自分の中で探す。

「気分はどう?アンド。」

 そう問いかけられたアンドははっとアカリの方の顔を見る。

 何となくイタズラ心に満ちた顔はまさに最初の一言を待ちわびていた。

 アンドは覚悟を決めて口を開く。


「とってもイイきぶんです!」

 ああ、やっぱりそうなるかとアカリは苦笑いした。

 アンドはそもそもどこの国の言葉も話す事は出来なかった。

 なのでいくら言葉を覚えれてもまるで本に載っているまんまを読んでいるような固まった文体で話してしまう。

 これは過去の自分もそうだったことをたまにアカリの母が話していた。

「アンド、まあ言葉にはゆっくり慣れていけば良いさ。」

 アンドの耳がピクリと動いて発言を拾い言葉を脳が理解する。

 ぞわり、とする。

 わからなかったものが分かりそれに返せる。

 快感とも言えるしそれが怖いとも言える。

 自分が一瞬でそこまで変わってしまったという事実にまたぞわりとする。

 その感覚を味わいながらアンドはまたゆっくりと返す言葉を選ぶ。

「ええっと、その……。」

 スムーズに会話が出来ないのは単純でいくら言葉を知ってても特に子どもかお年寄りはすっと出てこない事がある。

 処理待ちであり考え中なのでこればかりはどうしようもないしどうかするのなら大人にまでちゃんと多く話す環境を作るしかない。

「その、“アンド”というのは自分の名前なのですよね?」

 アカリから聞いても甲高い子どもの声でゆっくり噛みしめるように言葉を発する。

 今まで会話というのをしたことがないアンドにとっては一つ一つのやりとりですら一苦労のようだ。

 アカリはしゃがんでアンドと目線を合わせる。

「うん。改めて宜しくね。」

 アンドがぱああと顔がほころぶ。

なんだかうれしい気持ちがわきあがってきてなんと表現すれば良いか分からなかった。

「キュイキュイ!よろしくおねがいします!」

 言葉は学んでも口癖のような喜びの声は変わらない。

 口にだしたアンドも聞いたアカリもそれに気づいて笑顔になった。


 町を練り歩きつつアンドは言葉を一つ一つ確認していく。

「まど!みず!ふく!」

 次々指さしてその名前を一つ一つ言って言葉を楽しむ。

「ぼうし!かんばん!ええっと……

。」

 詰まったのはアカリの腕についてる赤い輪。

「コスモス、かな?」

「そうです!コスモス!」

 アンドはパタパタとしっぽを揺らして喜ぶ。

 一気に来たはじめてを一つ一つ確認していく。

 世界は言葉で色づき認識されていく。

 そしてそれはただ嬉しさの色だけではなく。

 その分の悲しさの色がついていく。

 例え今それを知らないクリアな彼でもその色に染まっていく。

 けれどどこかでアカリはいつまでもそのクリアな姿を、輝くような笑顔を見せていて欲しいと心の中の隅で祈った。

 祈る相手は自分とそしてアンドへ。

「ポスト、ほん、それと……、アカリ!」


アカリ編 完

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