オーヤ 燃える意志 凍てつく国
腕にともっていた炎は消え今ではただのレッグウォーマーだ。
しかし拳を握りアイスゴーレムの拳にぶつけるように右拳を殴りつけるその瞬間。
氷が払われたロボ腕と同時に再び熱が高まり燃えるように赤く輝く。
それだけではない。
拳と拳が触れる瞬間ロボ腕にも赤い光が移るように宿り真っ赤に熱くなった拳はアイスゴーレムの拳にぶつかると激しい蒸発音ととともにアイスゴーレムの拳がぐにゃりと曲がった。
噴き出す蒸気。
アイスゴーレムが大きく怯み後退する。
アイスゴーレムの右拳は水と化しドロドロに溶けていた。
痛みを感じたわけではない。
ただ攻撃が失敗したと考え何があったのか確認するため距離を取ったのだ。
「逃さない!ガアアアアアァ!!」
怒りによる絶叫。
その場の誰とも似つかない腹の底から出した呻き。
アカリから出たはずの声はアカリ自身も知らないような声。
火事場の馬鹿力とも言えるあらゆるリミッターが外れた状態で身体はひどく興奮し生きるためにそして守るために生み出された怒りが支えている。
そんな状態の声は普通に生きているだけでは出るはずが無かった。
そんなある意味必死な声を聞いてもここに応える者はいない。
その代わりにアイスゴーレムが溶けた腕を下げもう片方の手で構えるだけだった。
アカリは強く地面を蹴る。
普段は跳ぶように移動していたが今回はすぐに地面に足をつけるとその勢いのまま地面を滑るように移動する。
足にアンドのモヤから形成された小さな車輪が回転し移動を支えているからだ。
そのまま滑るようにあっという間にアイスゴーレムの足元へ。
侵入を許したアイスゴーレムは急いで足元に垂直パンチ。
それを予見していたかのようにアカリは滑るような移動から一転反対側へ跳び避けさらに避けた動きから再び滑りなめらかにくるりと勢いを殺さず小さく輪を描くように滑って背後を向き再び跳ぶ。
アイスゴーレムの動きはけして遅くないがアカリが早すぎた。
その跳んだ先は拳を床に当てたばかりで地面が凍ろうとしていた瞬間だった。
アカリの左脚がひざ下から覆うブーツが真っ赤に熱くなりゴーレムの拳より少し腕よりの部分を狙って蹴り上げる。
鋭い一閃はまるで刃物で切り裂いたかのようにアイスゴーレムの腕を切り落とした。
大きな攻撃手段を失ったアイスゴーレムの事を第三者が見ていたら異常に気づくかもしれない。
溶けた拳が元に戻らないのだ。
いつもなら多少なりとも直っていてもおかしくないのだが回復する気配すら無い。
足で踏みつけようとのろのろとアカリからすればそう見えるアイスゴーレムの攻撃を無視しアイスゴーレムを足場のように使って跳び登る。
頭の上まで登ると同時にいつものアサルトライフルを脳でコスモスに命じて取り出しアイスゴーレム後頭部へつきつける。
普通の連射弾タイプだが銃身は真っ赤燃えるような熱さを持っている。
アイスゴーレムが振り返るその前に軽くトリガーを引く。
タタンッと二発ほど撃ち込まれただけで突然アイスゴーレムは全身を震わしそして。
突然粉々に砕けた。
アカリには見えていた。
いつもの景色がより濃縮されたような余裕を持って多くの情報を目に入れたその光景を。
アカリは視ていた。
同時に見えた精神が支配する世界。
アイスゴーレムの動きが。
どこをナチュコンの力で焼き切られるのが弱いか。
マインドサークルの世界が。
二つのみえるものを同時にしかも二つの光景に混乱することもなく同時に脳で処理できている。
マインドサークルはよく見れば相手がどう動くかその予備動作が視える。
達人のような卓越した技術を持つのならいざしらずアイスゴーレムのように明確に意識して攻撃を行うタイプはいつどこに何を行うか手取り足取り波となって教えてくれる。
しかし普通は集中ししかも通常の視界を断ってマインドサークルを視るため戦いながらやる人は滅多にいない。
「ガアァァァァァ……」
アカリは上がりすぎた熱を吐き出すように大きく息を吐く。
アイスゴーレムを倒した事でひとまずの命の危機が去った事で命ごと燃え盛るような怒りもまた落ち着いたのだ。
しかし油断出来ないこともアカリは知っていた。
アイスゴーレムとオーヤ……正確にはそのオーヤを支配しようとしている世界樹型コスモスとの繋がりがある限り何度でもアイスゴーレムは再生する。
完全に破壊したためかなり時間はかかるが復活はするだろう。
そのためにアカリはその見えない繋がりをマインドサークルで視る。
軽く足を滑らせスーッと移動すると普通の視界には何も無い空間に左手を伸ばす。
マインドサークルから見ればそこにはピアノ線のように細く張られた線。
現実世界で左腕が赤く燃えるようになると同時にマインドサークルではアカリの腕から赤い光が手の先に集まり鋭く長い爪のような形になる。
線にそっと爪が触れると確かな手応えでピンと張られた線に触れた。
人差し指と中指だけ伸ばしその先の赤い爪を線にそわせ閉じる。
現実世界ではただ単にチョキを作って開いて閉じただけにしか見えない。
しかしそれによってマインドサークルの方では細いその線はプツンと焼ききれてしまった。
これでもうアイスゴーレムだった氷は主を無くしただの氷として転がっているだけになった。
残りはオーヤを支配しようとしている根の処理だけだ。
オーヤの側まで滑り寄りポイントを良く見極める。
跳ぶ。
赤くなった右腕を振る。
着地。
オーヤの全身を覆いそうになっていた根は根本から刈り取られ一瞬で燃え尽きた。
しかしすぐに新たな根が相変わらず普通の景色に変化は無いがマインドサークルから見れば確かに生えてこようとしていた。
あのコスモスを覆う強固なシールドをどう破るか。
それを考えようとした一瞬誰かの腕が伸びた。
アカリではないとしたらその腕は一つしか無い。
まだ息も絶え絶えでけれどもしっかりとした手つきでオーヤはマインドの自分と現実世界の自分その二つでコスモスを捕まえた。
「オーヤ!?」
「こえが……きこえた……!」
シールドによる強烈な跳ね返しがあるはずなのにそれを物ともせず掴んでさらに力を込めている。
まさに化物の力で抑え込みさらにはピシという小さな音ともにシールドにヒビが入った。
「はああぁ!!」
大きく振りかぶってそのまま地面へと叩きつける。
現実世界では投げ捨てたようにしか見えないがマインドサークルから見れば化物が地面へ叩き潰していた。
それでも地面にめり込むぐらいでまだシールドが壊れはしない。
オーヤは荒く息をととのえつつ化物の腕を退ける。
最後の力を振り絞った一撃はただシールドにヒビを入れただけではなかった。
彼が"計画"に初めて背いた瞬間だった。
アカリは呆気にとられふと落ち着くと憑依化が解け前よりも大きい肉体能力の落差に腰が抜けるように座り込んだ。
しかしそれだけでは無かった。
アンドとアカリは互いの顔を見合う。
互いに夢中だったためはっきり意識はしていなかったが互いに思っていることは同じだった。
今の《アカリ》はどちらの意識だったんだ?と。
しかしゆっくり考察している時間はない。
目の前のシールドがひび割れたコスモスにトドメを刺す必要がある。「え、ええともういっかいさっきのになるのです!」
「いや!待てアンド、これが最後だとわかっている今ならラストインパクトが使える!」
アカリが言う言葉にアンドははっとする。
アカリが言うラストインパクトというものはアカリしか使っていない名前だがアンドの老廃物等身体に不要なものを破壊エネルギーに変換して撃ち込む大技のことだ。
その威力はアカリたちがとれるあらゆる攻撃より絶大だが連続して使えない事や使っていない期間が短いと威力が下がる事。
それにどんな低威力となっていても使った後はアンドはとても戦闘が出来るような体力が残らないことからもしものもしもにのみ使うという事をこの一年で何度も使って確認していた。
またこのシールドは先ほど憑依化しているときに観察した感じではマインドサークルと物理的な方どちらでも強固さは変わらないためより強い一撃が欲しかった。
「いいのです?……わかったのです!」
アンドはアカリの頷きを確認しコスモスに向かって両腕を伸ばす。
体中から集まった黒いモヤよりも濃密な物が手先で丸い形を作り黒く輝く。
そして思いっきりコスモスへ向かって解き放った!
ゆっくりとまぶたが開く。
身体はけだるいがさっきよりは少しマシになっていた。
アンドは今救護室のベッドで横になっている。
最大級の威力でついにはコスモスを破壊できたのだが予想していた通り強い疲労感に襲われまたオーヤやアカリも休憩や念のため治療がいるということで移動したのだ。
アンドはさっさと眠ってしまったのだがアカリはオーヤがまともに動けないためにあれこれしていて今さっきやっと一息つきテーブルに紅茶を置いてイスに座って休んでいた。
「ん?起きたのかアンド。」
紅茶を飲もうとしたアカリがアンドが目を開いて身体を起こしているのを目にし声をかけた。
「おはようですアカリ。なん分くらいねてたです?それにオーヤは……」
「おはよう!大体一時間くらいかな。オーヤはさっき寝かしつけたよ。」
そう言ってからアカリは紅茶を一口飲む。
アンドは憑依化を使うと必ず服が脱げてしまうがアカリがコスモスの機能を使ってしまったり出したりして着せている。
アンド的には全身深い緑色の毛皮で覆われているしどちらでも良いのだがアカリ的にはなるべく着させておきたいらしい。
今は防寒具ではなく長袖の紺色シャツだ。
机の上には紅茶以外にもオーヤのコスモスが置かれている。
世界樹をかたどったコスモスは視るも無惨にひしゃげ機能停止している。
とてつもない威力を撃ち込む爆発したのにもかかわらずひしゃげた程度で済んだのはそれだけシールドの頑強さを示していた。
もしオーヤがヒビを入れれなかったら自分たちでは壊しきれなかっただろうとアカリは推測した。
「アンドも何か飲むか?」
「ココアがいいのです!」
わかったと返事したアカリがココアを作りに椅子から立ち上がり奥へと行く。
なんとなしにアンドはオーヤがいそうな場所を目で探した。
オーソドックスにいくつかカーテンで一つのベットごとに仕切る救護室で奥には様々な名前もよくわからない薬品も並んでいる。
当然オーヤがいる場所はカーテンで仕切られているはずだ。
そしてそうだとしたら一目瞭然で一つだけしまっているカーテンがあった。
身体をベッドからおろしペタペタと歩いてカーテンを開ける。
そこには右腕に管をつけたオーヤが力なく横になっていた。
管はオーヤから離れた方に液体の入った袋が。
オーヤと接触している部分は銀色の細長い小さなものとつながってつた。
銀色の物は肌につけて薬液を体内に流し込む医療道具らしい。
一年前アカリが町狙いのセイメイたちから逃れ倒れた時に身体につけている時説明を受けた事を思い出した。
カーテンが開いた事に気づきオーヤは閉じていたまぶたを開けアンドを見る。
もう虚ろさはないはっきりとして優しげな瞳だ。
「こんな体制で失礼します。少し自力で起きれないからこのまま話させてもらいます。助けてくれてありがとう。」
「キュイ!たすかってよかったのです!」
オーヤは外傷はないものの酷く精神と体力を摩耗しアンドたちよりひどい状態らしい。
それでも話すことは出来るようで助けてくれた義務感からかそれとも寝れないための暇つぶしかオーヤはアンド自身へ初めて強い関心を抱いた言葉で話し出した。
「ところでアンド君、キミが使うあの爆発性の光線や相手に乗り移って強化するもの、あれは一体……?」
アンドは自分が知る限りの事を伝えた。
その間にアカリが帰ってきてアンドの情報を補足してからオーヤに頼まれて紅茶をつくりに再び離れる。
「……というかんじです!」
「やはり……奇妙な感じですね。」
オーヤは断定はできないものの推測し組み立てる。
アカリが帰ってきていないのを確認し身体を寄せるようにアンドを手招いてから小さく話す。
「まだ断定できる資料が手元にないから推測ではありますが、まず第一にあなたの生まれつき使えるそれらは、未発見属性のナチュコンの可能性があります。」
「みはっけん……まだだれも見つけていないってことです?」
オーヤ自身が使えずさらにまったく知らないナチュコンはないと言えていた。
ましてやたとえ今出来なくともオーヤの力ならば練習すれば可能なはずだ。
しかしアンドの使ってみせたものはどちらもオーヤは使えないし知らない。
しかも感覚的にどうやっても自分には習得出来ないと判断せざるえないものだった。
わあぁと小さく言いながら大きく口を開けて瞳を輝かせるアンドを見て大きく声を出されそうと思ったオーヤはアンドの口に手を当て静まるように促す。
「そして第二。生まれつきそんな能力が使える種族は現在までに少なくとも僕は知りません。けれど専門分野ではないので見逃している可能性もあるので断言は出来ません。」
この前提はオーヤに限っては建前のようなものだ。
"計画"のために改造された脳には"計画"に賛同する者がいる惑星が集められる資料は殆どそのまま入っている。
頭の中で画像データとして開き瞬時に読み直す事もできるが人や獣にセイメイ等の知識的に基礎の資料はそんな事をしなくともはっきり記憶している。
それでもそんな建前を言ったのはその推測を事実と言うための実証も出来ないからだ。
「ただ現状高い確率で推測できるのはキミは宇宙で唯一しかいない種族なのかもしれないということなんですよ。」
アンドが驚きの顔をしたと共にまた口を手で塞ぐ。
「まだ推測でしか無いけれど、まったく新しい種族がこの死にかけた星で生まれるというのは、多くの人が思っている以上に一部の人間が過剰に反応します。必ず他言無用で二人だけの秘密にしておきましょう。特にハカセには秘密ですよ。」
手を離されたアンドは何度も首を縦に振る。
「でも、分からなかったことがすこしわかってうれしいのです。」
「僕も興味がわいてきました。僕に出来ることなら……おっと。」
アカリが紅茶をつくり終えて戻ってきた。
話を中断しアカリがカーテンの内側へ入ってくるのを待った。
「ほら、紅茶。さっきのココアで湯が切れてて沸かし直してたんだ。」
オーヤはアンドに手伝ってもらって身体を起こしてもらい紅茶を受け取った。
「ええ、ありがたく頂きます。」
「それで、何を話してたんだ?仲良さそうではあったけれど。」
「ええ、互いに連絡を取り合えるようにしようかと話しまして。」
もちろんウソでは有る。
しかしオーヤとしては半分はウソだがもう半分は本当だった。
元々連絡を互いに取れるようにすることでアンドの謎に関することをやりとりしたりアカリと交流したかったのだ。
「確かに、連絡程度なら……コスモスの番号を互いに入力すれば良いんだっけ?」
アカリとアンドはオーヤとコスモスの番号を登録しあい直接連絡が出来るようにした。
少し飲み物を飲んで一息つく。
「さて、オーヤ。あれを破壊してこの後どうなる?」
アカリが言うあれとはオーヤのコスモスだ。
少し考えをまとめてからオーヤが口を開く。
「今すぐどうにかなったり見つかったりはしないと思います。僕が動けるようになり次第何も無かったように偽造工作すれば十分です。一応は通報が飛んでいますがそもそも負けたりする事を想定していないのでこちらが一つ誤作動と言えばそのまま通るかと。」
そしてまた紅茶に口をつけ一泊。
「ただし偽装工作のためにできるだけ早くアカリさんたちにはこの国を発ってもらう必要があります。」
オーヤがこのように動くのはアカリには意外に映った。
最悪この後拘束されることまで考え逃走経路を考えていた。
「いいのか?その、"計画"にそむくんじゃないか?」
オーヤはああそういえばなんて言いたげな顔を作る。
「良いんですよ別に。"計画"より大事なもののことなんですから。」
なかなかのセリフをさらりと言う。
アカリは少し気圧されるがさらに質問を重ねる。
「お前自身は、"計画"は……どうするつもりなんだ。」
「どう……でしょうね。まだ少し整理がついていませんから。いつも通りに戻して、それからまた考えてみます。」
よほどの自信からかもしもバレてピンチに陥るのではという考えはないらしい。
二度遅れはとらないですからと付け加えてからオーヤはそっと微笑みを浮かべる。
自分ではない相手に向けられたその笑みは少しぞわりとさせる恐ろしさとそして頼もしさをアカリたちに与えた。
「もういいのか?」
「ええ、流石に治りました。」
オーヤは腕から装置を取り外すと起き上がる。
明らかにまだ万全ではなさそうだがさっきまでまともに動けなかったとはおもえない。
「ところでさ、あの、好きっていうのは……」
「ええ、とっても好きみたいです。」
アカリが言い切る前にオーヤがそう言う。
「だ、だけどな!私はお前の想いには答えれないから付き合うとかそういうのは……」
「はい?」
「え?」
オーヤは疑問符がたくさん浮かんだ顔をしていてアカリもおかしいなと疑問符を浮かべ返した。
「付き合う……何故ですか?」
「くっつくです?」
嫌みとかではなく素直な疑問を口にするオーヤ。
こっちの方面はとても疎い事をアカリは忘れていた。
「いや……何でもない。」
一人先走りした思いで恥ずかしくありどっと疲れが増した気がした。
「それでは詳しいことは後ほど追って連絡します。まずは身の回りの整理をお願いします。」
「分かった。」
「わかったです!」
オーヤはそう言うと残った紅茶を飲み干して部屋出入り口の方へと向かう。
アカリたちもその後に続いた。
外は既に太陽が登りきっていて後はくだるだけだったが昼飯をとっている時間は残されていない。
アカリたちは空きっ腹をおさえつつ自宅へと駆け込んだ。
しばらくは急いで物の片付けをしてさあ自宅であるこの家も畳んでしまおうとした時にアンドのコスモスから軽快な音楽が鳴り響く。
チョーカー型のコスモスに触れると空中にウインドウが表れその中にオーヤの顔が見えた。
オーヤからの通話のようだ。
『うん、番号は間違ってなかったようですね。オーヤです。アカリさんも近くに?』
「オーヤ!うん、アカリもちかくにいるのです!」
アカリも呼んで話を聞くとバックアップをとっておいたデータをそのまま新しい全く同じ形のコスモスに移したらしい。
あらゆるデータを上書きしてまるで最初からそれが前のと同じモノのようにしたため番号も同じで連絡が取れるそうだ。
『確認が終わった所でこちらの状況を伝えます。まず追手や何らかの異常事態宣言はなされていません。また工作準備はまだ途中ですが何とか間に合いそうです。』
「分かった。こっちもすぐにでも家を片付けれる。気をつけた方が良いことは有るか?」
『スムーズに出れるように手配しておきます。基本はスムーズに出れると思います。』
出国までに必要なやり取りをオーヤが説明する。
あまり入国時とは変わらないが出国先や券の手に入れ方に差があるようだ。
「ああ、だいたい分かった。……と、そうだ、一応今更な確認だが、これで私達と別れて良いんだな?」
アカリに問われたオーヤは画面の向こうでいつもみたいに人当たり良さそうな笑顔を浮かべた。
『こうしていつでも会えるようになりましたから。』
「そうです!あえるのです!」
アカリは人の顔色を伺うのが得意なわけではない。
それでもその笑顔はアンドが向ける無垢なものと違って複雑な感情を押し込めて表に作り出したものと感じた。
「そうか。じゃあまたな。」
それでも深くは追求せずアカリは別れを告げそしてアンドに通話終了させた。
その想いに応えれない自分が深入りするものではないと考えながら。
家はいつも通り数分で自動で折りたたまれコスモス内にしまわれる。
最後に外で除雪していた掃除ロボットを回収しそこに誰か住んでいた痕跡は雪の中へと消えていった。
不動産で土地借用を解約して……といってもオーヤ名義で無料で借りていたので特に金銭に変化は無し。
それを終えて国外に行くための数少ないアクセスがある場所へ行くため電車に乗り込む。
砂漠の町のと外観は多少違うものの基本は同じだ。
席へついて一息つくとアンドはこの国での出来事を思い浮かべた。
世界を揺るがす事実と命がけの戦い。
少し変わった文化とそこで生きる人たち。
誕生パーティ。
三人組とのやりとり。
そしてオーヤという名前。
始まりはその名前を出して国へ馴染み出るときもその名前できっと無事出れる。
大変だったけれど振り返ってみると大切な経験をたくさんできた。
子どもたちに……オーヤに会うこと出来て目的も満たせた。
それに少しだけアンドが一年前から引きずっていた辛い記憶が和らいだ気がした。
「アカリ!」
「ん?何アンド。」
「これでひとりあえたのです!あとふたりにあいにいくのです!」
「……ああ、だな!」
アカリたちはそっとこれからの事を思い浮かべやっと一連の緊張が解けたようで顔に自然に笑みが出た。
「ところで、オーヤは何で私を好きになったんだ……?」
「かわいいからです?」
「こやつめ言うようになったな!」
電車出発合図の笛に似た音が響き電車の扉が閉まる。
新たな思い出の地となった所から新たなる場所へ行くために電車は動き出すのだった。
ひたすら雪が降り積もる空き地。
もはや持ち主も掃除ロボもいないこの土地だけ雪が高く降り積もっている。
「何で誰もいねーんだよ!」
雪の塊に投げやり気味に吠えたのはウォード団三人組、クライヴだ。
デスロウはミケと共に屈みながら何度も地図を確認する。
「やっぱ何度見てもココだよなぁ。」
「ミャ!」
テナガザル、カバ、三毛ネコの組み合わせでもこのだいたいが狼族である国では既に目立つがその三人の背後にある3メートル程もある巨躯がさらに目立たせている。
「せっかくゴリラ型ロボ持ってきて今度は強襲しようとしてたのに計画倒れじゃねーか!」
「にゃ〜。」
苛ついて細長い手足で地団駄踏む反面呆れた感じでミケは肩をすくめ首を振った。
「何だ、あれは……」
その時道なりに左側から声が聴こえてきた。
周りの関わらないでおこうという潜めいた声ではなくはっきりと関わろうとしてくる意志の声。
「あ…たしかあの顔。おい、キミたち!ちょっと良いかな?」
歩いてくるその姿はこの国の警察だった。
「やっべぇ!逃げるぞ!」
デスロウの言葉で一斉に逆方向へ駆け出す三人組。
ロボはそれに自動的についてくる。
「おいこら待て!車泥棒はお前たちだな!!待てーッ!!」
「待ってたまるか!」
「ニ゛ャー!」
部屋に置かれる安眠カプセルの中で未だ起きる気配がないワライ博士。
いびきが聴こえてきそうなくらいぐっすりと眠っているがその外ではピピピ、ピピピと電子音が鳴っていた。
とあるエラーを警告している音と共に空中に表示された文章は。
《被験体名『アンドくん』の遺伝子解析途中にエラーが発生しました。異常な遺伝子です。遺伝子が存在しない、もしくはより高度な解析を行わないと判別できません。詳しい解決方法は……》
オーヤは自室にいた。
先ほどの戦闘など何も無かったかのように綺麗になった部屋で椅子に座りコスモスを操作する。
「よし……ここまでの手回しは完了か。」
独り言をつぶやくとコスモスをヒザに置いて操作をやめる。
と、その時にオーヤの部屋にノックする音が響く。
トントントントン。
「どうぞ。」
直されたばかりの扉は真新しい扉らしく音もたてずすっと開く。
そこから顔を覗かせたのは狼族の女性だ。
服装は地味な作業服で紺。
帽子まできっちりかぶり特徴的なのはその瞳が左目が黒、右目が黄色になっている。
毛並みも特徴的で赤茶色くしなかやに光を反射している。
「終わったよ。だからリーダーたる私を小間使いにするなってさ!」
「リーダーは雑用が仕事って言っていたのはクァワルテじゃないですか。」
オーヤに冷静に返されたクァワルテと呼ばれた女性はわざとらしくぐぬぬと声に出す。
「そらいってるけどさ!パシリではないからさ!」
はいはいと適当にオーヤは
クァワルテをあしらった。
そしてさらに時は過ぎる。
とある日の夜。
そこにはいつも通りの国の姿があった。
雪は止んだが行き交う人々はこごえを覚え防寒具に身を包んで歩いている。
そんな中でも冷える身体を必死に震わせ薄すぎるシート一枚で上に座り込むボロ切れを身にまとった狼族の男性。
その瞳は赤く濁ったような色でどこか遠い空をその目で見つめていた。
毛皮はおそらく元は銀に近い茶色だっただろうに汚れボサボサになって見る影もない。
「今日はしょぼくれてるなぁ……」
しょぼくれた顔ににつかわない張りの有るけれどもボソボソとした独り言はまるで老人のような彼がまだ働き盛りなのを示していた。
そんな彼の仕事は乞食。
宗教で認められた正式な仕事である。
大雪の時はあまり稼げないため今日張り切って出勤をしたがまだ残る寒さが人々の足を早めあまり立ち止まってはくれない。
呼び込みも衰弱気味に見える演技も凍えている雰囲気も出来る限り行っているがやはりダメらしく今日の売上を見てため息をつく。
彼の仕事は夢と権力を売る仕事だ。
誰もが弱い物に手を差し伸べるスーパーマンに憧れるように。
見ず知らずのものにすら助けを差し伸べる優しさに憧れるように。
それらを叶えて上げる代わりにお代をいただく仕事だ。
誰もが手軽に優越感やいいことをしたという善行を積んだ達成感。
それに地位によっては善良であるというアピールやより余裕があり裕福だと誇示でき世間体を保てる。
そのために寒くもないのに震え毎日手入れして毛並みを乱し見すぼらしく見えるようにしていのだ。
ただのボロボロのシートに見えても断熱性がとても高く冷気は来ない。
ボロ布しか身にまとってなくともそのボロ布は並みの防寒具より遥かに冷気を防ぐナチュコンを使われている。
もちろんそれらは高級品だが彼はそれに見合う稼ぎを得ているやり手だ。
家に帰れば……正式な土地は持てないので不法ではあるが住んでいる所では並の家庭より裕福な暮らしが待っている。
「……帰るかな。」
これ以上成果は上がりそうにないと腰を上げる。
シートを片付け布しか巻いてないように見える足で平然と夜道を歩く。
何らいつもと変わらない光景はピピッという音が左耳の中で突然響いて中断された。
男はこの音が何かは知っていたがかなり驚いた。
普段は使われない機械が無線通話を受け取った音だ。
「……何だ?」
演技していた弱々しい男は何処にもいなくそこには目に魂を宿した活気に満ちた男がそこにいた。
『作戦決行だ。詳細はいつもの場所で。』
「了解。」
無機質で機械で変声された音が機械から響く。
匿名性を高めなくてはいけない事のためだ。
男はシートを隠し持っていた果物ナイフ型コスモスにしまい帰路を変更して駆け出した。
男たちは黒い塔内部にいた。
十にも満たない数だが同時に行動を起こしている仲間が数十人いてこの男たちは潜入部隊だった。
夜闇に紛れ打ち合わせを行いそしてこの内部へ侵入してきたのだ。
軍事施設ではないので大した見張りもおらず事前に入手した警備がいる所は全てくぐり抜けた。
ワープ装置は偽造パスで外部からの人間だとは気づかせていない。
この日のために長年準備したのだ。
組織としては10年、乞食の男としては3年だ。
目的は同時多発テロを起こして陽動としその影で要人たちの暗殺。
そして宗教による縛りからの解放を目指したものだ。
男たちの瞳が闇の中で揺らめく。
その中には赤く暗い色は少なくない。
彼らはその瞳の色に産まれたから乞食にしかなれなかったものだ。
最底辺として産まれ親から強制的に離され惨めな想いをして生にしがみついた者も多い。
彼らが何かしたわけではなく最底辺として生まれた時から分けられただけだ。
その制度に不満を持つものも多い。
もちろん最底辺だけではなく細かな縛りはいわゆる上流階級にいるものですら苦痛を訴える事は少なくわない。
そのため赤黒い瞳は確かに多いがそれ以外にも多数の目が闇の中ちらついていた。
元は中の上くらいの階級に身を置く人間が瞳による階級差別は例え宗教の教えとしてもあまりにも現実に則していないと訴えかける働きがあった。
そこから賛同者が集まり平和的な呼びかけが行われていたが周囲の圧力により解散。
そして再び諦めきれない賛同者たちが隠れて集まり徐々に勧誘を繰り返し規模が大きくなるなつれ過激思想が持ち上げられるようになっていった。
つまりは隠れて愚痴を言い合う会がいつの間にかその勢いに酔ってか力で解決しようと判断する恐ろしい集団へと変化したのだ。
「時間だ、動くぞ」
暗闇から小さく聴こえてくる声に乞食の男含む彼らは一斉に動き出す。
乞食の男は比較的裕福なのにこれに賛同したのはやはり縛りだった。
道行く多くの人間より自分は実力があると思ってみてもそれに挑戦する機会すら与えられない。
馬鹿にだって頭を下げて最悪蹴られることすらある。
それでも自分が手を上げたら重罪で向こうは何をしても軽く注意される程度だ。
同士たちにはそんな乞食商売が下手で飢えたり同情を買うために足を折ったりしたものもいる。
こんなのまともではないと訴えかける声に男も狭い世界観を捨て広い目で見て異常と判断し今ここにいる。
壁際を伝って闇を縫うように動く。
今頃同士たちはとっくに事を起こしているはずだと信じ目的地近くへと進む。
突然周囲の明かりがつき始めたがこれも想定通り。
騒ぎのために施設の中にいる人間たちが慌ただしく動き出したために明かりがついたからだ。
駆けてゆく人々を物陰に隠れてやり過ごしワープ装置を動かす。
行くのはついに目標だ。
男たちは目的につけたが唖然とする事となった。
三つの部屋へ行くための広間で待っていたのはその暗殺対象。
オーヤが待っていた。
青白く輝く服は光を反射しているのではなく纏っているのが分かる。
オーヤの身を飾るに相応しい落ち着いていても豪華さを感じる服飾は一つ一つがただの飾りではなく着ている者の能力を高める物。
指には派手さを抑えた指輪がいくつもつけられ靴からはその身分を証明するかのごとく磨き上げられている。
手には龍をそのまま封じ込めたようなうねった白い杖が握られ頭には龍の頭に支えられるように宝珠が埋められている。
どれ一つとっても見るものの目を奪い。
どれ一つとして世界に二つはない。
「うーん……あそびてはいないのですね。警戒しすぎたかな。」
独り言のような言い聞かせるような中途半端な大きさの声で男たちははっと我に返った。
「て、敵!一人、武装済み!対象!」
男たちの中ではチームリーダーを行っている黒目の狼族が裏返りそうな声を抑えつつ言う。
男たち8人はオーヤへとそれぞれ持ち前の銃を向け攻撃体制をとった。
誰もが「なぜ装備を整えて待っていたんだ」とか「聞いていた話ではこのぐらいの騒ぎでは動かないはずなのに」とか思ってはいたが口には出さない。
集中しなくては目の前のオーヤが行うナチュコンに対して対処できないからだ。
オーヤは調査された限りでは飛び抜けて強いナチュコンを扱え氷の巨人すら創り出し従えると言う。
それでも人間1人対8人では多勢に無勢。
スキを見て叩き込めば殺せる。
そのための訓練だって積んできたのだ。
しかしオーヤはというとやれやれと言った様子で杖をコスモスにしまいこんでしまった。
「ここまで気合入れて待っていたのに、あんまり意味は無かったか……」
突然やる気を失ったように構えを解いたオーヤに男たちは動揺が走りながらもブラフを警戒して姿勢を崩さない。
「逃げられてしまうと困るから攻撃はしますけれど、武器を使うと過剰になってしまいますからね。」
今度はオーヤは独り言ではなくはっきりと男たちに話しかけた。
強者による驕り。
勝つとしたらそこをつくしかない。
そう男たちは確信し銃を握る手の力を増す。
そんな事をまるで気にしない家のようにオーヤは左手のひらを顔の前で調子を確かめるように数回閉じたり開いたりを繰り返した。
「一応、退路は断っておきました。まあ決死の覚悟で来た方たちが今更逃げるとは思っていませんが、念のためというものです。さて……」
微笑みを顔から無くさないように言葉を続ける。
大量の銃口を向けられているとはとても思えない余裕さは男たちの神経を限界まで尖らせた。
「ナチュコンを使う相手に時間を稼がせると何をしでかすかわかりませんよ?」
淡々と事実を述べるオーヤに対し男たちはブラフを警戒しすぎた事を理解させられた。
「撃て!撃て!!」
一斉に様々なエネルギー弾がオーヤを襲う。
撃ち抜き切り裂き爆発し打ち付けられ縛り突き刺し燃やし捕えた。
確実に死を迎える一斉射撃はのんびりと構えていたオーヤを捉え企みごと砕いた。
はずだった。
男たちは我が目を疑った。
確かに全て当たった。
確実に命中したそれらの攻撃を棒立ちで全て受けとめそして何も無かったかのように立っている。
無傷な上一切の効果が無かったかのようにただそのままでいた。
「まあ、まだ何もしてないのですが……」
「怯むな!何かしているだけだ!撃つんだ!!」
本当に何もしていないのに、という残念そうな声は鳴り響く銃声の中掻き消えた。
誰もが目の前の光景をなんらかの技だと思いたがる。
弾が一切効いていない様子の彼は果たして幻なのかそれとも何かエネルギーシールドを張っているのか?
疑問はつきないがそれでも弾丸を撃ち込むしか無いと手を休めない。
余計な考えで動きが止まってしまわないように必死にひたすらに撃ち込む。
エネルギーが切れたら息つく間もなくエネルギーパックを入れ替える。
必死にひたすらに撃ち続けているのにまるでそよ風すら吹いてないかのような様子のオーヤにだんだんと男たちから自然に悲鳴混じりの声が上がった。
制御できない恐怖が勝手に声帯を震わす。
「一方的に攻撃されていては行けないですね、こちらも反撃してきちんと捕らえないと……」
激しい銃声の中男たちは本能的にその危険な声を耳が拾う。
さらに力を込め撃ち全神経を相手が何をしているのかそしてどうすれば打破できるのかに注ぐ。
だが悲しいことに男たちではそれらは全て無意味な行動だった。
オーヤはゆっくりと左手を男たちへ向けぐっと開いた手のひらをゆっくりとぎゅっと閉じた。
そして銃声は一つも聴こえなくなった。
「ごめんなさい、僕は普通じゃないから弱い攻撃では何も起こらないんですよ。」
オーヤが意識せずとも常に身に起こる力。
それこそ内臓が動くように無意識に常に発動している力にある程度の力なら完全に消え去らせるという免疫のようなスキルがオーヤにはあった。
初めから彼らの兵装では勝ち目は無かった。
そんな彼らはオーヤの手のひらが閉じた瞬間に完全に凍てついた。
それぞれがその場でまるで瞬間冷凍されて立ったまま、恐怖と勇気に歯を食いしばった顔のまま完全に石像みたいに固まっていた。
「他も終わってる頃かな……詳しいことは彼らに聞き出すとして、全員コスモスを持っていたら筒抜け、というのはフェアではないですよね。」
おっと、と言いオーヤは誰も聞いていない失言を止める。
情報が筒抜けなのになぜ『あれ』が来るという話があったのか、もしかして実力を試されていた?など口には出さずにオーヤは冷凍された男たちの前で思考を巡らせていた。
そこに戦いは起こらなかった。
その日テロというものは起こることは無かった。
その歴史にテロ組織は初めから存在しないかのように刻まれることは無かった。
そこにはいつも通りの国の姿があった。
オーヤ編ラストになります
おつかれさまでした




