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さいごのたび  作者: チル
アカリ編
1/22

アカリ

さいごのたび


 無限に広がるような岩地。

あらゆるものを灼きつくすような太陽。

生き物なんて存在しないかのような、そんな岩石だからの砂漠。

 サボテンすら見当たらないこの土地では何かが産まれるだなんて事は起こりうるはずがないようかに見えた。

 しかし今、そんな何もない所で一つの命が産まれた。


 物心というのは多分産まれた時からついている。

馬じゃないがまだ身体がほかほかのうちに歩ける。

初めて見た景色は見渡す限りの岩地。

 それが彼だった。

といってもまだ男か女かそもそもどんな生き物なのか当の本人すらわからなかったし、たった今産まれたばかりのはずなのにどこから産まれたのか検討もつかない。

 卵の殻も親の姿も、謎の装置やフラスコ瓶すらも無く深緑色の薄い毛皮に被われたその存在は早速立ってみていた。

一度すっころんだがわりと簡単に二本の足で立てた。

じんわりと足の裏肉球から熱が伝わる。

彼は自分の姿をその熱を通して確認する。

肉球は足の裏に集まっていて一度後ろの方へと伸びる。

立つときはここはあまり地面につけないみたいだが全力を出して跳ぶ時はここを使えるのかも知れないと、彼は考える。

さらに前に曲がって伸びていきもう一度折り返す。

彼は名前は知らないがつまり膝だ。

さらにそこからももへと伸び腰へ。

腰は動かせないがそこから上ではなく後ろに伸びている尻尾は自由に上下左右に動く。

背中と腹部は柔らかな毛に被われていてさらに背中からは肩があり肩からは腕がある。

彼自身比較対象が地面の岩しかないため腹も腕も随分と柔らかく感じた。

少なくともこの地面に踏まれることになったら痛いだろうなと少し何か嫌な変なキモチになりかけた所で思すすい出す。

熱が細い首を通って顔、伸びたマズルの先、口先と鼻先。

そして頭のてっぺんの大きく三角な二つの耳。

 そう、熱い。

とんでもなく、熱い。

この時初めて彼は痛みを知った。


 言葉も対処方法も知らず彼は言葉にならない声で走った。

「アアアアアア!!アーー!!」

 子供特有の甲高い声が彼の口から出て耳へと入る。

初めての音は何とも言い難い痛みとの思いと一緒になった。

そんな初めてに興味があるのが彼の中で2割、残り8割は今足元から伝わる熱さをどうすればいいかだった。

 しばらくグルグル走り回る間にふと気づいた事がある。

熱くない所がある事。

 熱くないところがどこかわからないのでまたグルグルと同じ所を走り回り、熱くないと思った瞬間に立ち止まる。

 もう痛くない足元に安心し改めて見てみるとどうやらここだけ少し暗い。

 隣の大きな岩からできた影という場所だと知るのはもう少し後だが暗いところは涼しい、少なくとも痛くないというのを彼は学んだ。


 しばらく走り回った結果、彼は暗がりでも熱い所と熱くない所があるのに気づいた。

自身の影は熱い。

小さすぎる所も同じ。

せめて自分の影が全て入りきる大きさは無いと熱さに痛みが伴うと判断した。

塗れてた身体は直ぐに乾き薄毛ながらも熱風で身が焦げるのを防いでくれている。

 熱い空気と熱い風を感じる余裕は少し出てきた彼は影と影の間をを軽く走って渡る。

目的地は分からないがせめて熱を防げるような場所があればと二つの足を一生懸命動かし、腕はそれに合わせるように振って5つの指は軽く内へ折り畳んで拳を作った。

 ゴールは見えないがここにいても身体が持たないだけなのは何となく本能的に理解しただひたすら岩地を走る。


 ずっと先まで見渡せるのに何もない事が少しずつ彼の心に負担をかける。

 正確には岩が自然に抉れたり壊れたり小さな山のようになったりして風景は変わるが草木も彼以外の生物も見当たらない。

 だが彼は歩みを止めない。

それは無知故に来る好奇心と足を動かせば前へ進むという面白い体験が彼を支えていた。

 動き続ければ次第に楽しくなり、疲れは出るがそれ以上に気持ちよくなっていく。

彼の初めての快感だった。

 それを自ら求めるように熱を口から逃すように自然と口から息を大きく吐き出しつつ影を縫うように走り続ける。

 景色は移り変わり後ろへ過ぎ去って行く。

彼にとってはその一つ一つが新しく、また同時に想像心を掻き立てた。

 岩一つとっても形大きさみなバラバラで、時には自分と良く似たような岩もあってさらに進めば自分の知らない何かが広がっているんではないかとひたすら前へと進んだ。

きっとステキなものがたくさん広がってると信じて。


 彼はもはやどのくらい走ったかは分からないほど長く長く走り込んだ。

時には影で一休みし、暑さをしのいで再び走る。

そして長く走って気づいたのは後ろにあった熱い塊がいつの間にか自分の前へ回り込んでいたことだ。

 眩しくて熱くて走っても追いつかないしなぜか追いつかれる事もない。

不思議なソレはとにかく身体をいじめてきて嫌いになった。

 彼の初めての嫌いという感情は太陽に向けられたのだった。


 そしてずっとずっと走ってきてもう一つ気づいた事。

色の名前は分からないが彼が見た景色は今まで白、赤、黒、黄色、茶などが中心だった。

しかしついになんとも遠くに別の色、青と緑を見つけた。

 興味がわいた彼はそこへと頑張って向かう事にした。


 彼が頑張っている間ずっと太陽は光を容赦なく浴びせ、次第に色が変わってゆく。

透明に近い白色は次第に赤く染まってゆき、彼の深緑色も朱に染まっていく。

夕焼けだ。

 そして長くながく走り続けた彼は次第に近くなっていく青と緑についに近づき、どちらも見たことがないまるで新しいものと気づく。

青は風に合わせて揺らめいていて柔らかいを通り越して実体があるのかも分からない。

緑は地面に大きな黄色が生えていてそしてその上にたくさんの緑があった。

緑は風に揺らめきサラサラと音を立てている。 

 ぐっと耳を澄ませば彼の大きな耳はきちんとその音を捉え、真新しい者に出会った彼は我慢出来ずに一気に残りを駆け抜けた。


 オアシス。

砂漠にある数少ない水場を彼は偶然見つけることができそして無事にたどり着いた。

 まず初めにしたことは青に触れてみる事だった。

青は確かに触れれるが岩と違ってまるで抵抗なく、手にとってみても砂のようにこぼれ落ちる。

そして何より、影よりずっと冷たい。

 思い切って飛び込んで全身を一気に冷やす。

あまりの冷たさに気持ちよすぎて疲れが吹っ飛んだ。

 偶然口にも入ったがとっても美味しくって今度は自ら口に含んで飲む。

身体の中に流れていくそれがとても心地よくて全身が求める感覚が彼を捉えて離さない。

「ワー!!」

 彼は喜びのあまり笑うようにそう叫んだ。

彼の初めての笑いだ。


 一旦身体のほてりが落ち着いた所で水から上がり、今度は緑を見上げた。

緑は高い位置にあるがその下の黄色もよく見たら今までの黄色とはまた違う。

茶色に近いその黄色は触ると岩と違ってあまり熱くなく、触感もザラザラという感じで岩のゴワゴワした感じとはまるで違う。

黄色と緑はセットのようでまた岩とは違ってまるで自分のように生きていていると彼は感じた。

 彼の初めて出会った生物だった。

 その黄色の上の方にある緑はさすがに行き方がわからずしばらく見上げていると赤い光が徐々に消えていくのに気づいた。

光はずっと遠くの向こう側へとしまわれてゆき、あたり一面どんどんと影になっていく。

 そんな景色の移り変わりに呆気にとられていると、後ろに何か音がするのに気づいた。

 別の事に集中していたせいで気づくのが遅れ耳の良いはずの彼でも随分と近くにその音が来てから気づく。

音は彼が歩くときに生まれる音に似ていた。

何かの足音。

 もしかしたらという期待に心臓を高鳴らせ、後ろを振り返る。


 黒いふさふさな毛並みに彼3つか4つ分は縦に大きな身体、腰と上半身に何か毛並みとは違うもの……つまり服を着て足も何かゴワゴワしたものを、つまり靴を履きその上は少し彼とは違い所謂かかとを地に靴の中へ、変わりに膝を経由して腰まで伸びた長く丈夫そうな脚部、長く綺麗な尻尾と黒い二つの瞳、そして長く伸びたマズルと頭部の丸みをおびた大きな三角形の二つの耳。

 初めて出会った彼に似た動く生物だった。

 彼はパアッと明るく輝く表情をして尻尾を大きく振る。

 そんな彼と出会った生き物、つまり彼女は少し戸惑ってから口を開いた。

「もしかして、君がこの世界の最後の新しい命?」


始まりの章 アカリ


 彼女は彼に話しかけてはみたものの喜んでいるようなのがわかるだけで具体的な返事は一切返ってこない。

「名前は?親はいる?どこから来た?」

 くるくるとかわいらしく小躍りはしているが彼女の問いには一切答えない。

彼女もある程度理解はしていたが何度も問いかけて確信を持った。

無視してるのではなく、単に言語が通じてないのだと。

「困ったな、言語学習プログラムなんて持ってないんだが……。」

 右腕にある赤色で太い腕輪のようなものに軽く触れるとそこから空中に複数の画像が展開された。

 コンプレヘンセイブセルフマネジメントシステムという意味の分からない名前が元で縮めてCSMSと呼ばれる機械。

コスモスという花の名前で呼ばれる事も多いこの機械は様々な形があれど多機能で一人一つは持っているだろうと言われている。

 その機能は実に多彩で一つは体調管理、一つは荷物のデータ化しての格納、そして対象者に特定のデータを記憶させる事も出来る。

 空中のモニターを指で操作ししまい込んである道具を確認する。

物をデータとして変換ししまい込んであるこの機械はほとんど物質的なかさばり無しに多くの物をしまい込める。

もちろん限界はあるが。

 そしてそれらのものはリスト化されいつでも確認出来るのだがお目当ての『アレイ語学習装置』や『アレイ語学習プログラムメディアカード』が無いのを改めて確認し、ほとほと困り果てる。

 アレイ語、つまり彼女の扱う言語を彼に教えるためのものが無ければあらゆる伝達にはかなり苦労するのは目に見えて分かっていたからだ。

 そんな様子を彼は彼女の気も知らす爛々と輝く赤い瞳で見上げている。

ちらりとその目を見ては道具欄を流し見て、一つのものをタップすると、彼女の目の前に腕輪から強い光が放たれ線は白の四角を空中に一瞬で作りだしすぐに形が変わっていく。

 白のブロックは一つの赤茶色い一つの丸い小さなパンへと変化し空中に浮くそれを彼女は手にとってから彼へと差し伸べた。

「とりあえず……食べる?」

 彼は彼女の顔と手のパンを交互に見て、何となく貰って良さそうな事を読み取って両手で丸パンを受け取る。

 少しにおいを嗅ぐと焼きたて独特の小麦の香りが彼の鼻を刺激する。

彼自身は難しい事は分からなかったがそれは食べるべきものだと理解するには十分だった。

 勢いよくかじり付いて感じるのは、自分の口の中。

歯がさっくりとパンを貫きパンの熱が口の中を火照らせる。

そう、勢いよく行ったは良いがまだそのパンは中がかなり熱かった。

大人なら平気だろうが彼はまだ子供でしかも初めての熱の入った料理。

口が踊るのは時間の問題だった。

そしてそんな悶絶するような熱さと同時に襲ってきたのは舌に触れた旨み。

香りのよさだけでなく旨味もしっかりとあって熱くて吐き出しそうなパンのカケラをなんとか踊らせて冷ますだけでとどまらせる魅惑の旨味。

 彼の初めてのおいしいだった。


 彼が夢中になってるのに気を良くして彼女も自身の分のパンも取り出す。

「まあ少し食事には早いけれど、良いか。」

 コスモスの時間表示を見つつそう言って閉じ、小さなパンを一口で頬張った。


 彼は食事を終えると大きく伸びをした。

一息ついて安心し気持ちも緩んだためだ。

 彼女はそんな様子を見つつ思考を張り巡らす。

餌付けでとりあえず敵ではないという事を伝えれたまでは良いがここで他人、しかもまだ何も分かってなさそうな子供に会うとは思っていなかったためだ。

事前に仕入れた情報ではここは荒れた獣道とたまにあるオアシス、その中の一つだけに生えたヤシの木と、そのオアシスから遙か遠くにある町に人が住んでる程度でそこから新しく子供がいるだなんて言う情報はどこにもなかった。

 とりあえず子ども一人こんな場所にいるという奇妙な現象を調べるためにもまた彼の体調調べ死んでしまわないか確認するためにコスモスを彼に向けてかざし情報を彼のデータを調べた。

データは一秒ほどで登録完了し、彼のステータスを表示した。

「体調は……健康そのもの、能力は、まあ本当に子どもそのもの、あれ?推定年齢0歳0ヶ月0週……?」

 見た目子どもではあるが生まれたての赤ん坊には見えない。

それによく考えれば子どもは子どもでも普通走り回るくらいの子どもならば舌っ足らずでも何か言葉らしきものは発する。

しかし先ほどから反応のような鳴き声のような声はともかく何か明確な意図を持って声を出すということはまるでしてない。

会話そのものを行った事がないような、そんな反応。

「もしかしたら……」

 彼女の今の旅の目的はオアシスに生える砂漠唯一の植物の調査と、どこかの砂漠の町で産まれたという情報しかない《世界最後の子》と呼ばれる4年前の子へ会いに行ってみる事。

その4年前の子かと思った彼女は彼に声を掛けたのだが思わぬ収穫となった。

その《世界最後の子》よりも後に産まれた子に会えたという事だ。

 本当の世界最後の子だとしたらそれは彼女自身にとって大きな発見となるからだ。


 産まれたての彼は知らず、長く生きてきた彼女にとって一つの常識。

 世界は老衰しきったということ。

ゆっくりと世界が年老いてそのうち星の上の生き物たちの出生率が異常に落ち込み、そしてついに短命な種族は滅んで行って植物すらも芽吹かなくなり人間たちも何をどう頑張っても子どもはなかなか増えず、そしてついには世界通して数年に一回程度の出産になってしまった。

そして科学者たちがあらゆる手をつくした結果判明したのが世界はもう寿命だということだった。

謎のウイルスがはびこるでもなく星が大災害を起こすでもなく突然宇宙の侵略者がやってくるでもなく世界はまもなく老衰で死ぬということだった。

 ただ新しい命が産まれなくなるだけの現象。

それだけで世界は死に包まれた。


 さらに科学者たちは4年前の子でついに世界が老衰のピークを迎え二度と新しい命が産まれなくなる、つまり人間でいう寝たきりの状態に入ったと宣言した。

 もはや人間の数も大幅に減り、それらの伝達手段も通信端末が管理する人手不足になり基本口伝や資料を通して知るのみとなった。

 なので情報が遅れたり正確さに大きく欠けたりする事が多くなったため実際確認する重要性は高い。

 そんな世界を見て回る事は彼女の旅の目的の一つだ。


 木の調査は後回しにし、コスモスからテントを取り出す。

テントといっても釘を地面に打ち付けて設置する三角形のものではなく、ボタン一つで3分ほどで自動設営される簡易な家だ。

 テントと違って地面からの温度は伝わらないし外の風も心配する必要は無く、またベッドも自動的にある。

砂漠の夜はどんどんと気温が落ちるがその心配もなく空気洗浄され適温にされた風が巡回するように機械が作動している。

 問題があるとすれば一人用のためベッドが一つしかないことぐらいだ。

 彼女は言葉の通じない彼の手を引いて家の扉を開ける。

扉は持ち主を自動認証して完全自動で開閉し二人を中へ導く。

 灯りも自動点灯して備え付けのベッドと小さなテーブルしかない質素な部屋を映し出す。

コスモスを操作してその部屋に小鳥の人形や地方地図などを設置して行き彼女色に染めていく。

 そしてテーブルには夕食用のオーガニックサラダやシーフード料理を置きまた彼用にミルクとハンバーグを置いた。

ハンバーグは大人用のサイズなので彼女が彼に切り分けてそして手掴みしようとした彼を止めて口に運んで食べさせた。

 一々喜びを表す彼に思わず彼女も少し顔がほころぶ。

 食事を終えると彼は強い睡魔に襲われてそのまま座って眠ろうとしたのを何とか起こし、ベッドまで歩かせ眠る場所を覚えさせる。

 ふかふかのベッドにすっかり気に入ってペタペタとベッドを押しては弾力を確かめるがそれもすぐに睡魔という限界が襲う。

 眠りの世界に入ろうとする彼に彼女は顔を横からのぞき込んで彼女自身を指さしつつ言った。

「私はアカリ。今は分からなくてもゆっくり覚えれば良いよ。」

 わたしはあかり。その言葉が彼の中で繰り返されながらいつの間にかその意識は夢の世界へと飛び立っていた。


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