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異世界魔王のダンジョン奮闘記  作者: 敗者のキモチ
異世界ダンジョンは遠い
22/29

新たなる勇者

お待たせしました!

 豪勢なステンドグラスから、赤、青、緑といった色鮮やかな陽光が射し込む。その光は教会内部に設置された円形の舞台の上に広がっており、舞台上には円を基礎に構成された陣が描かれていた。


 そしてその中央に、修道服を纏った銀髪の女が祈るような姿勢で跪き、堅く目を閉ざしている。その姿は光を浴びてうっすらと輝きを帯び、神々しくさえ見える。それはまさに、[聖女]を彷彿とさせるものだ。


「………四人の勇者は、魔王に敗れました」


 不意に、女が瞳を閉じたまま告げた。


「次は我が国、エルクロイスから勇者を出しましょう。ロッテンに準備をさせて下さい」


 鈴の音のような声音が、透き通るように空間に響き渡る。今にも消え入りそうなその声は、この広々とした教会の広間に響き渡る。


「それから………」


 おもむろに女が立ち上がる。こうしてみるとまだ若い、恐らく十五歳前後の、少女と呼んでも差し支えない年齢だろう。


「それから、トリスカラーナの辺境村に住むラルドという青年を連れて来て下さい。恐らく、ロッテンに並ぶ最強の勇者となるかもしれません」


 開かれた瞳は優しい蒼に彩られ、しかし鋭い確信に満ちた光を凛と放っていた。




◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇




 時同じく、トリスカラーナの辺境村にて。


「ぶえっくし!」


 俺ことラルドは、盛大にクシャミをした。大方、誰かが噂でもしたのだろう。


 俺は今、旅支度を整えていた。理由はまあ、ちょっと隣の村に用があるからなんだが………それを話す前に、まず俺について語ろう。


 さっきも言ったが、俺はラルド。生まれも育ちもごく一般的な農家の息子だから姓はない。そして、前世での名を古月戒斗ふるつきかいとという。


 そう、俺は所謂[転生者]とかいうやつで、前世の日本での記憶をしっかりと持った特殊な人間だ。

 といっても、何が凄い訳でもないんだがな。ぶっちゃけ、転生したばかりの頃は「異世界転生キター!」みたいなことを産声あげながら引っ切り無しに叫んでたけど、実際の所、俺のスペックはそうでもない。魔法の適性は全部無かったし、身体能力についても、平均より少し上程度。その辺の奴らと喧嘩しても、漫画や小説みたいに余裕で勝てたりしない。唯一あるとしても、無尽蔵に多い魔力だけ。しかしどれだけ魔力があろうと属性適性が無ければ宝の持ち腐れというやつだ。


 ということで、俺は今日までひたすら農業に励んで来た訳だが。この世界での親はきりきり働く俺の事を喜ばしく思ってくれているし、幼馴染の親しい女の子も出来た。

 元居た世界もまあ悪くは無かったと思うが、こっちの方が断然生き甲斐を感じられる。


 だがそんな折り、俺は一つの噂を耳にする。隣村に、[カガクシャ]と名乗る変人が居ると、大人達が笑い話に興じているのを聞いたのだ。


 当然、転生者である俺は直ぐに気づいた。[科学者]だと。


 だが、この世界に[科学]は存在しない。クォルトランジでは筋肉馬鹿しか居ないし、エルクロイスは宗教国家だ。トリスカラーナでは魔法は研究されているが科学は存在しない。ガルドキアにはありそうな気もしたが、居るのは技術者ばかりだ。


 そもそもこの世界の人々は、水が凍ったり蒸発したり、火がついたりするのを「そういうものだ」と捉えていて、考えたとしても「魔法だろう」の一言で終わらせてしまうのだ。少し考えれば解りそうなものだが、なかなかどうして不思議なものだ。まあ、俺の世界でもアリさんの物理学がガリさんによって改められるまでに千年以上かかっているから、そういうものなのだろう。


 話が逸れたが、要するにこの世界に科学は知られていないのであって、その科学者とは恐らく、自分と同じ[転生]ないし[転移]した異世界の住人なのだ。


 さて、これでもう、俺が隣村に行こうとしている理由は解ってくれただろう。端的に言っしまえば、その科学者に会って話しをしたいのだ。だって、興味あるだろう? 異世界から来た人間が、科学者をやっているんだ。


「これでよしっ、と………」


 旅の準備が整った俺は、荷物を纏めた鞄を背負い、最後に大きな木盾を片手に持つ。道中に魔物が出てくる事なんてこの辺では滅多に無いが、持っていて損にはならない筈だ。


 扉を開け、夜明け前の外気をその身に浴びる。親には昨日のうちに話しておいたから問題はない。だが、その足取りは扉を出てすぐに止まった。


「…………朝、早いんだね」


 扉の前に、一人の少女が立っていたからだ。


 整った顔立ちの少女で、その姿は酷く華奢、手足は細く痩せ細っていて、いつも外で着ているワンピースは、夜明け前の涼しい風に大きく波立っている。その子の特徴とも言えるブラウンの長髪も、風を受けて夜に靡いていた。


 ───そして俺は、無言で扉を閉じた。


(え……………何今の?)


 どうやら俺も旅を前に緊張しているらしい。この歳で幻覚を見ることになるとは全くいけないな。


 自己暗示をかけ、再度扉を開ける。


 ────バタン


 うん、あれ幻覚じゃねーわ。


(な、何でフィアがいるんだ? いや、見送りに来たんだろうが………いやいやいや、こんな朝早くの出発に見送りなんかするか? そもそも、この寒空の下であんな寒そうな格好………あれ多分、親に内緒で来てるよな? 普通、そこまでして見送りなんてしない筈だ)


 何か特別な感情でもない限り───って………いやまさか、いやマジで? いや、いやいや………マジで?


(こ、これはもしや! 俗に言う幼馴染イベント的なやつではないか!?)


 そうだ、きっとそうに違いない! ならばこのイベントの最後に待っているのは………そう、愛の告白だ!


 ならば俺がすべきことは一つ! 雰囲気作りだ。ただ見送りに来ただけと装っている幼馴染に告白し易い状況を築き上げるのだ!


「ま、まずは自然に………どうかしたのかと聞く」


 そうだやれ! 漢ラルド童貞十八歳! お前ならできる! お前は………真の恋愛マスターになる男だ!


 自身を鼓舞し、再度扉に手をかける。満を持して開かれた扉の先には、相も変わらず幼馴染のフィアがワンピースという出で立ちで立っていた。


「もう、行くの?」


 声をかけられる。心臓が爆発したような気がした。


「───、────────っ!」


(どうした言え! 雰囲気を作りだせぇ!)


 魂が声を大にして叫ぶ。だが身体が言うことを聞かない。俺の心臓は今世紀最大の速度で激しく鼓動を繰り返していて、送り込まれた酸素の量に頭が爆発パンクしそうになる。というかもうパンクしている。


 恥ずかしながら俺には前世を含めて女性経験が無く、実質彼女居ない歴イコール[年齢+α]なのだ。


 だが、今言わずしていつ言うのか! 某塾の教師は言った。「今でしょ」と。さあ、今一歩を踏み出すのだ!


「デリ○ル呼んだ覚えはありませんが?」


「え? デ○………ヘル?」


 ちっげぇぇぇぇぇぇ!


 うおおおおこの世界にデリ○ルなくてマジ助かった! これ前世でやってたら絶対空気凍ってたよ! 往復ビンタもんだよ! つーか落ち着け俺! 今言うべき言葉は………


「チェンジで!」


 違う!


 くぅ! なぜ俺はこんなにもテンパっているのだ! とりあえず意味が通じなかったのは幸いだが………ええい、今までのは全部ナシだ! テイクツー、いってみよう!


「夜這いするならもっと早くに来てくれよ」


「………へ?」


「………………あ」


 ダメだ。今度こそ詰みだ。王手きた。これは伝わっちゃったよどうしよう。


「………ラルド?」


「は、はい!」


 自然と敬語になる。フィアは前髪で目元を隠すように俯くと、ゆらりと幽鬼の如き微笑を携えて顔を起こした。


「帰ってくるの……………楽しみにしてるね?」


「………いや、その、あれには深い訳g」


「じゃあ、私もう帰るね。あ、それと───」


 フィアは俺の話しに聞く耳持たず帰ろうとする。しかし何を言い残したのか振り返り。


「帰ってこなかったら私、何するかわかんないよ?」


 とびきりの笑顔でさらっとヤバイ事をぬかしやがった。


「じゃあね」


 今度こそ、フィアは帰る。後に残された俺は茫然と虚空を見つめてた。


「俺………帰んなくていいかな」


 しかし脳裏に蘇ってくる、フィアの[最後の言葉]。


 上手くやっていたなら、それは「気をつけてね」みたいな他愛ないがしかし深い意味を持つものだったのだろうが、やらかしてしまった今、それはただの死刑宣告に他ならない。


 どうしよう俺、幼馴染イベントで見事にフラグへし折って代わりに死亡フラグ立てちゃったよ。


 男女の関係とは常に修羅の道である。とは誰の言葉だったか、だが今の俺にはそんなことどうでもよかった。帰るべきか否か、それが問題だ。でも、なんだか帰っても帰らなくても死が待ち受けている気がする。


 …………とりあえずまあ、お先真っ暗だが、こんな感じで俺の旅は始まった。



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