勇者と面倒な異世界事情2
「こんにちは! 勝手ながらもあんたらの邪魔をしに来ましたユウキというものですが~。」
挨拶は全ての基本とばかりに転倒させた隊長の男に対して元気良く挨拶をするユウキ。これに対して隊長の男は今起きた現状がわからず混乱している様子。
「なっ!?……え!? どうして!? 誰!? 何!?」
突如現れたユウキに対して言いたいことが多々あるのだろうが混乱していて何をいっているかはわからない。
「まあまあ騎士のお兄さん落ち着いて。こういう時は深呼吸深呼吸。吸って~はいて~吸って~はいて~。」
隊長の男を落ち着かせるために深呼吸を促すユウキ。何故か男も素直にそれを聞いて二回程深呼吸。この時ユウキ、言葉が通じるとわかって内心ニヤリ。
「落ち着いた?」
ユウキの言葉にコクりと頷く隊長の男。
「じゃあ言いたいことどうぞ。」
「お前! いつから! そこに! 何処の! 国の! 者だ! 何が! 目的! だ!」
さっき吸い込んだ息を全部吐き出す位怒りながらの大声で疑問を投げ掛ける隊長の男。大声しすぎでうるさい上に声が枯れて隊長の男は苦しそうだ。
「全然落ち着いてないみたいだけど、喉は大丈夫か?質問なら答えてあげるからゆっくり一つずつ言ってごらんなさい。」
「ゲホッ……ゲホッ……すまない。」
ユウキの言葉にまたゆっくりと息を整える隊長の男。それを慈愛の眼差しで見るユウキはまさに子を諭す親の様であった。男は気づいていないが多少バカにしているのかもしれない。すっかり落ち着いた隊長の男は、ユウキに言われた通り一つずつ質問を重ねる。
「ではまず、お前はいつからここに居たのだ?」
「あんたら騎士達があの娘を追いかけてこの路地裏に来たときからずっと。」
「…………ホント?」
「うん、ホント。」
にっこりスマイルなユウキとは対称的に若干気分が悪そうな隊長の男。
「……なら次の質問だ。こちらでは見慣れない服装だが一体どの国からやって来た?」
「ん~。まあ、遠い国とだけいっておこうかな。」
「最後の質問だ。何故、俺達の邪魔をする?」
「そりゃあ勿論、男ならピンチのお嬢さんを助けるのは当然だからね。」
あっけらかんとそういいのけるユウキ。途端、隊長の男の雰囲気がガラリと変わる。冷たく、鋭く、若干の殺気を滲み出しながら。
「何も知らずに首を突っ込んでいるならさっさと立ち去るんだな。」
恐らく最後通達。このまま帰るのなら見逃しておいてやる、つまりはそういうことだろう。警告をする分、この隊長の男は人としてはいい人なのかもしれない。
(こんな何処ぞの馬の骨かわからんような奴を逃がしてくれるなんてやっさしいねぇ。だけど俺もこんな場面に出くわしたからには引き下がれないのさ。)
「申し訳ないけど、そう言う訳にはいかないのさ。 アンタらにもあの王女様を捕まえなきゃいけない理由があるように俺にも彼女を助けないといけない理由があるってこと。」
「そこまで事情を知っているなら…………生かしてはおけないな!」
隊長の男の殺気が増すと共に勢い良くロングソードを振りかざす。
「おっと!」
ユウキに向かって振り降ろされた斬撃。しかしユウキは首目掛けて放たれたそれを一歩後ろに下がることによって回避する。
「いきなり殺しにかかるなんて仕事のメリハリはっきりとしてるのなぁ!」
ユウキが文句を言ってるその間にもロングソードからの連続の斬撃。それを紙一重で避け続けるユウキ。
「避けるのは上手いようだが……これならどうだ!」
突如、隊長の男の体がほのかに赤く光る。次の瞬間、先程とは比べものにならない程のスピードで縦切りが繰り出される。
「ちょ!? 急にスピードが!? 魔法かなんかか?」
突然の変化に動揺するも間一髪の所で避けるユウキ。しかし服には剣で切られた後が。それほどギリギリだったのだ。
「お!出ました、隊長の強化魔法。火の加護によって強化された体にはあの野郎もついてこれまい。終わったな。」
ユウキの疑問を知ってか知らぬか隊長の男の突然の変化について説明を入れる部下A。
魔法の存在を認知する共にどうしようかと考えるユウキ。
(強化系の魔法って訳か。厄介だな……。)
なおも続く隊長の男の攻撃。斬りでは無く突きに切り替え容赦なく喉や心臓等の急所を狙ってくる。後退することでその一撃一撃を避けていたユウキだがそれは同時に追い詰められていることでもある。今ユウキがいる地点、その場所から一メートル程後ろにはエリーゼ王女が。そのまま下がっていってしまえば退路はなく王女の目の前で串刺しの死体をさらすことになる。
「しまっ……!」
ユウキが不意に避けた頭部への一撃。しかしそれはフェイク。隊長の男は繰り出した剣を直前に引っ込めることによって次の動作を速める。
「もらった!」
隙だらけの胸部に、魔法で強化された筋力から繰り出されるロングソードの突き。これからの回避はまず間に合わない。勝利を確信する隊長の男。
しかし、ユウキという男にとってはこのタイミングこそが勝機。
「ーーなーんちゃって。そらよ!」
ユウキは自分の右腕を下から振り上げ、その手首を、突いて来た剣にぶつける。
「なに!?」
金属同士の擦れる音が鳴り響き、そのまま剣が弾かれる。驚く隊長の男の視線にあるのは……腕輪。手首全体を覆っている銀色の、腕輪。
(まさか、あの腕輪で俺の突きを弾いたっていうのか!? そんなことできる訳が……いや、もしも奴が胸部に攻撃がくると分かっていたとしたら?……そうか、俺は奴にまんまと嵌められたのか。奴はわざと隙を見せ、攻撃を胸部に誘導させたんだ!)
隊長の男の思いを支配した驚きと戸惑い。それは彼の動きを、一瞬止める。そしてその一瞬が勝敗を分ける。
「がはっ……!」
隊長の男の守られていない顎目掛けて蹴り上げがクリーンヒット。脳天を揺さぶられ完全にその動きが止まる。その間にユウキは男の懐に入り、身を屈める。
「これで……終わり!」
足のバネを利用しての強烈なアッパー。放たれた衝撃と共に宙に浮く隊長の男。やがて男は重力に従うように力なくあお向けに倒れるのであった。
「た、隊長!」
隊長の男の部下二人が彼の元に向かって走ってくる。ここで隊長を見捨てない所を見るとだいぶ良い上下関係が築けているみたいだがユウキにそれはまったく関係無い話である。
「それはちょっと無用心すぎるんじゃない?」
「へ?」
駆けつけて来た部下Aにたいして勢い良く回し蹴りをくらわすユウキ。隊長の男と同じく顎にキレイに蹴りが当たり、その勢いがついたまま部下Bを巻き込んで壁にぶち当たる。二人の部下は重なりあって倒れたまま動かない。おそらくさきの衝撃で気絶したのであろう。
「おっし! 今の状態でこれは上々だな。『アレ』も使ってないし。」
やり遂げた感全開で満足気なユウキ。その後ろから少し不安そうな声が。
「あなたは……一体……?」
尋ねられた質問。きっとこの質問に答えなければこの王女様はこのことが気になって夜も安心して眠れないだろう。だからユウキは答える。たった一つの確かなことを。
「え? 人間。」