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天球儀  作者:
プロローグ
1/5

プロローグ 出会い

初掲載です。ご意見・感想などありましたら気軽にお願いいたします。

「くそ・・・、汁少なめって言ったじゃないか」

吉松家を出てカタコトのありがとうございましたが聞こえなくなると同時につぶやいてから、

押し殺した言葉を誰かに聞かれやしなかったかと気になって通りを見渡す。

駅前の通りを足早に歩き去る人々の群れはまるで機械のように虚ろに同じ動作を繰り返して流れてゆく。

なんかほっとしたようなさびしいようなそんな気分になった

クリスマスを間近に控え、街は煌びやかな装飾に包まれウンザリする様な聞き飽きた曲が流れる。

この時期は大通りを歩くのがつらい。恋人も居たことのない自分にとってクリスマスはただ孤独感を強くするだけのイベントでしかない。

ため息をこぼし家路につく。

・・・どんっ

う・・・?うえっ?・・・

突然後ろから来た自転車が吉松家の牛丼入り手提げ袋を跳ね飛ばし何事も無かったように歩道を妙にゆっくり走り抜けていく。

ちりんちりん・・・

思い出したように自転車のベルが鳴る。一瞬呆然としてから慌てて気づいて手提げ袋を確認すると、

カタコトの店員が作った。予想以上に汁だくの牛丼は見るも無残な姿になっていた。

ふつふつと何か抑えがたいものがこみ胸にこみ上げて気がつくと走って自転車を追いかけていた。

「お前、ちりんちりんがおっせえよ!」

普段逆上も大声も出しなれて無いせいで変に裏返り甲高くなった声が通りに響く。

…あれ、そこじゃないだろ? 怒るところ。…

見当違いの方向へ暴発した感情に突き動かされて発した自分でも予想外の言葉が、一瞬人の波を凍りつかせた。急に行き場を失いしぼんでゆく怒りとともに押し寄せる自責の念。

…ああ…やっちゃった…

視線が痛い。

自転車の主が妙にとろんとした目つきで振り返る。

「すいません」

・・・ああもう、何謝ってるんだろ。

自分と世界リアルはいつもどこかで噛み合っていない。こんな些細な抗議でさえ周りの目におびえて飲み込んでしまう。ある種模範的とも言える日本人らしさ。

作り笑いを浮かべて、拳を握りしめる。

自転車の主がとろんとした顔で何事も無かったかのように自転車をこぎ始めると

道行く人は急速に関心を失って駅へ向かって流れ始めた。

食欲も失せげっそりした気分で俯いてると誰かが肩を叩いた

振り向くとぐだぐだになった吉松家の手提げ袋を持った女の子が立っていた。

「あ…ごめん」

甘い匂いを発した牛丼が嫌味なくらい自己主張する。

「なんで謝るの?」

「あ、いや…癖なのかな。」

つい、で謝る自分にも、反射的に言い訳する自分にもほんとがっかりだ。

差し出された手提げ袋を受け取る時初めて声の主の顔を見た。

中学生くらいだろうか。肩にかかるほどの艶やかな長い黒髪をした少女は、真っ直ぐ目を覗き込んでから言った。

「巻き込まれないうちに消えた方が良いよ」

「え?」

「あの人事故に遭うから。」

「えっ事故?…誰が?」

彼女の瞳が通りを駅へ続く方角へ向く。その視線の先を確かめようとした矢先――

キキキー・・・ どんっ

けたたましく鳴り響くブレーキ音についで鈍い音、そして何かが宙を舞った。

ドスッ ガッシャーン

悲鳴が響き渡り、騒然とした空気の中、通りを歩いていた人々が足を止め人垣が出来る。

「誰か!救急車!」

男性らしき声が喧騒を貫いて響く。

「…やっぱりね」

妙に超然とした調子で彼女は言った。

・・・ちょ、何が起きてるんだ?今、この子未来を言い当てた?

「どうして解ったの?事故に遭うって」

彼女はちょっと苦笑してから首を振った。心なしか悲しそうに。

事故現場を見ている人だかりを奇妙な高揚感に包まれて見ていると、彼女は不思議そうにこちらを見ながら言った。

「…へぇー…。もっとびびるかと思った。」

「え?…」

びびってるんだけど…でもなんだろうこの感覚…。まるで客席から前触れ無しに舞台へ引っ張り上げられたような感じ。今まで傍観者オブザーバーだった自分が急に演者プレイヤーになったようなそんなどこか浮ついた緊張感。

彼女は黙って視線を人だかりに戻した。

「こんな風にヒトが死ぬのを見たとき、ヒトはどう感じるべきなのかな。」

後ろめたいものが胸をよぎる。

…よく見えなかったけど今の事故そんな酷い事故だったのか…。ブレーキ音の後に一拍置いて響いた『どんっ』という鈍い音を思い返して背筋が寒くなった。

駅前の交番から来た数人の警官がせわしなく、何事かと群がる野次馬を立ち退かせようと忙しく動き回る。心無い野次馬の中には携帯電話を取り出し写真でも撮っているかのようなしぐさをしている輩もいる。

高揚感はいつしか冷たい罪悪感へと変わっていた。

「わからないよ…」

そう答えて横目でそっと彼女を窺うと、彼女は寂しそうに頷いた。

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