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全てが壊れたあの日

 私、吉井桜。

 田中瑛人。

 斎藤崇。

 佐々木陽子。


 仲良し四人組には、他の子どもと馴染めないという共通点があった。


 始まりは、外れモノの子供立ちどうしが傷を舐めあうように集まっただけだった。


 斎藤崇は、地元の名士の息子だった。

 周囲の大人たちの視線と、子供たちに吹き込まれる言葉。

 誰もが「斎藤さん家の子供」というだけで一目を置いて、距離をとった。彼の父が頑固な昔気質な人で、それがうまく町内を動かしていたが、疎まれている所もあった。

 しわ寄せは全て崇に来て、重圧と孤独に崇はいつも苛まれていた。


 佐々木陽子は、小学校に入ると同時に引っ越してきた。

 両親が家を持ちたいと、安い土地を探して何も考えずこの町にやってきた。古臭い土地の慣習などに興味はなく、共働きだという理由もあって一切町内会の決め事に関わらなかった。

 それで嫌がらせをされるという事はなかったが、陽子は他の子どもと交わる機会を失った。

 保育所以前からずっとメンバーが変わらず過ごしてきた中に、突然やってきた陽子は異物だった。人見知りの彼女に、そんな状況で《友達》が作れるはずはなかった。


 吉井桜――私は、陽子と似たような状況にあったが、もっと酷かった。

 吉井家はずっとこの町に居た家系だったが、祖父・祖母の代で周囲の人々と派手にもめて、関係を断絶した。村八分とはいかないが――似たような憂き目にあった。

 ほかの土地から嫁いできた母が人付き合いが得意だったため、徐々にそれは解消されていったが、祖母が存命の間はずいぶん風当たりが厳しかった。

 母も辛かったろうが、私も苦しかった。町を歩いてるだけなのに、針のような視線を全身に浴びせられている気分で。

 

 だから私たちは集まった。

 外れ者同士はお互いの傷をよく知っていて、居心地がよかった。

 逃げ場所を探して、隠れ場所を探して、私達は穏やかで落ち着ける世界で遊ぶことを望んでいた。

 四人の中でも一番最悪な状況に居た――瑛人はその気持ちが誰よりも強かった。


 田中瑛人は、半父子家庭だった。

 母親はいるが年に一度帰るか否か。父親は不機嫌で毎日酒を飲んで瑛人に当たる。

 よいうわさは聞かない。借金まみれと言う話で、今にも壊れそうな家の周りには怖い人がうろついている日もあり、まだ幼い瑛人が矢面に立たされているのを見かけた人もいる。

 全身痣だらけで、いつも同じ服を着ている。

 瑛人が悲惨な状況に居るのは火を見るより明らかなのに、誰もそれを助けようとしなかった。

 そんな人たちがこの町にいるのを認めたくないらしくて、みんな見て見ぬふりをすることに必死になっていた。


 無表情で俯いていた瑛人に手を伸ばしたのは私達だ。

 同情だったのかも、憐みだったのかも、自分たちより可哀想だった彼に手を伸ばしたのは。

 でも彼を根本から救うことは子供の私たちには無理だけど、助けたいと思ったのは。

 一緒に笑って遊びたいと願った気持ちが確かにあったのだと、私は自信を持って言える。


 それから瑛人はよく笑うようになったのだ。

 どんなに辛いことがあっても、私達に何があったのか詳しくは教えてくれなくても、「一緒にいて」って頼ってくれた。一緒に笑う事で彼の救いになるならば、私達は何度でも大声で笑おう。

 秘密基地を得て、孤独だった私たちの居場所ができた。

 中でも大喜びだったのが瑛人だ。

 瑛人は四人の中でも一番頻繁に秘密基地に居た。

 夏でも冬でも昼でも夜でも関係なく、瑛人の大切な逃げ場所だった。

 私達はここを秘密基地とすることで――瑛人を守っていた。



 中学生になり、久しぶりに瑛人を廊下で見つけて私は走り寄って声をかけた。


『おはよう!』

『おはよう、さぁちゃん』


 周りのみんなが大人になっていって、呼び方も苗字とかになっていったのに瑛人はずっと昔のあだ名呼びだった。

 それでもかまわなかった。瑛人はへらへら笑っていたから。


『久しぶり』

『昨日、秘密基地であったじゃん』

『でも、学校で見るのは久しぶり。最近はどう』

『まぁ、ぼちぼちだね』


 彼の痣は歳をとるごとに徐々に減っていった。

 父親の心境が変化したのか、それとも瑛人がうまく振舞うようになったのかはわからなかったが、特に気にしなかった。

 彼の姿をそれとなく確認し、安堵を覚えれば充分。

 相変わらず学校は休みがちだったが。


『なので、勉強教えて。また、秘密基地で』

『はいはい、わかってるよ』

 

 ちゃんと生きている彼に、安心していた。


『私も期末不安だしな~、崇も呼ばないとね』

『ようちゃんも呼んであげないと。俺より成績やばいんでしょ?』

『あんたの耳に入ってるってことは、陽子も相当だねぇ』


 笑い合っていたあの頃が懐かしい。

 戻りたいと思ってしまうのが苦しい。もう戻れないのに。

 そう考えてしまう自分に嫌悪する。

 

 戻って私は何をするのだ?

 あの頃と同じように仮初の幸せに浸って笑うのか。

 もうどうしようもないくらい破綻していた彼の世界を、救おうとするのだろうか。



 予想していた通り、瑛人は高校にはいかなかった。 

 それは予想通りだったが、予想外の出来事の方が大きかった。

 中学卒業と同時に、瑛人は失踪した。

 

 私達は何とか瑛人の足取りを追おうとした。

 その中で知ったのは、瑛人の父親の借金が膨れ上がって卒業式の三か月前には夜逃げしていたという事。置いて行かれた瑛人は、母親が連れて行ったことになっているが――それは嘘だという事。

 だって瑛人はずっと学校に来ていたのだ。卒業式で、卒業証書も受け取った。

 だから瑛人はずっと一人、私達が寄り付かない冬の秘密基地にいたのだ。


 そして、秘密基地にも瑛人はいなかった――。

 高校生の私たちにそれ以上探すすべはなく、ぽっかりと胸が空いたような気分で瑛人の不在を感じていた。


『ただいま』


 瑛人が帰ってきたのは、それから四か月後だった。暑い夏の日で、私達が秘密基地を見つけたあの日とよく似ていた。

 瑛人は血まみれの姿で、もう動かない両親を青いテントに押し込めていた。

 やってきた私達三人を見て、彼はへらっと笑っていた。


『おかえり、と言いたいところだけど……これはどういうこと? 私達の秘密基地に部外者を入れないでよ』


 何でそんなことを言えたのか今でも不思議だ。

 強がっていたのだろうか? 私は声を震わせることなく、その状況にたいして高圧的な態度をとった。

 でも余裕がなかったのは確かだ。他の二人がどんな表情をしていたのか――私は覚えていない。

 一瞬きょとんとしたが、すぐに瑛人はくしゃりと笑った。


『父さんと母さんさ――俺を捨てたくせに、俺を使おうとしたんだ。嫌だって言ったのに、ずっと追いかけてきて……本当に怖かった』


 笑ったまま告げられ言葉。一語一句、私は覚えている。


『俺は二人のことが好きだったけど、だけど二人は俺のことどうでもよかったんだね。売ろうとするなん……さ。やっとココに帰ってきたのに、すぐに見つかっちゃた。――ここは俺たちだけの場所なのに』


 青いテント――その中に隠した死体にむけられた、狂気に彩られた瞳を。


『だから殺したよ』


 私は今でも夢に見る。


『――自首するの?』

『しない。俺はずっとここに居る』

『そんなの無理でしょ』

『できるんだよ』


 瑛人は断言した。とても嬉しそうに笑っていた。


『さぁちゃんと、たかぴーと、ようちゃん以外にもね、俺を助けてくれる人がやっと現れたんだ。その人が、ここがある間はずっといていいよって言ってくれた』


 瑛人が何を話しているか私にはわからなかった。 

 だけど、彼が幸せそうに笑っている笑顔が――その仮面の裏にあるであろう姿を想うだけで苦しくて。

 

 結果的に――私達は彼を救えなかった。

 それが楽しかった日々に対する、残酷な答えだった。


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