Episode:002 浜辺
秋雨様、まあ様、感想ありがとうございます。
第2話更新しました。今回も短いですが、良かったらお読みください。
時間を修二が濁流に呑まれた後まで遡る。
濁流に飲み込まれた修二は、どこかの浜辺に打ち上げられていた。
「・・・・・・・・・・・・」
ザザ~、ザザ~。ザザ~、ザザ~。
波が穏やかに規則正しく修二の身体を打ちつけている。修二は身体全体が汚れ異臭を放っており、はたから見れば死体が転がっているように見えた。
しかし、胸が上下に動いているので、奇跡的に生きているようだ。
『ロレーヌ、早くこい。もうすぐ死体が打ち上げられたとの報告があった浜辺だ』
『はいはい。たく、エレナさまは。セーレ国の姫君ともあろうお方が単独行動など、どうかしてますよ』
『私は近衛隊長だぞ。私が行って何が悪い。それに単独行動ではない。お前がいるからな』
『はぁ。やれやれです』
その浜辺に二人の人物が近づいてきていた。
一人は金髪をポニーテールで纏めている女性。西洋の騎士甲冑に身を包んで、姿や雰囲気は騎士然としているが、その顔には気品があふれている。
もう一人は、茶色のセミロングの女性。黒いローブに身を包んで、頭にトンガリ帽子をかぶっている。
「ここがそうですか、エレナさま?」
「ああ。村人からの情報だと、この浜辺に死体があるらしい」
浜辺についた二人はキョロキョロと辺りを見回していく。そして修二を見つけると、二人は修二に近づいた。
「むっ。凄い異臭だ」
騎士甲冑に身を包んだ女性(以下、エレナ)は思わず手で鼻を覆って、しかめっ面になってしまった。しかし、黒いローブに身を包んだ女性(以下、ロレーヌ)は意に介さず手を翳した。
「・・・・・・どうだ? ロレーヌ」
「死体ではないですね。生きています。この異臭は身体中の泥から出ているようです。水はあまり呑んでいないので、もうじき目を覚ますでしょう。けど、その前に」
手で鼻を覆いながらロレーヌに訊ねるエレナ。ロレーヌはそう答えると、おもむろに懐から杖を取り出し修二に向けて、呪文を唱えた。
「水よ。大精霊の名の下にこの者の汚れを洗い流したまえ」
杖の先から出てきた水が、修二の身体の泥を洗い流していく。そして泥がなくなると同時に呪文の効果が消えた。
「・・・・・・シュウ爺(の若い頃)に似ているな・・・・・・」
手を鼻から離したエレナが綺麗になった修二をまじまじと見つめ呟いた。
ロレーヌもまじまじと見つめて首を傾げた。
「似ていますね・・・・・・。親族の方でしょうか?」
「いや、それはない。鍛冶妖精族はシュウ爺しかいなかったはずだ。昨年、身罷ったシュウ爺しか・・・・・・」
エレナは穏やかな寝息を立てている修二の顔を見つめながら否定したが、修二の顔に昨年に亡くなったドワーフのシュウ・メタルウェルの顔が重なって見えていた。
*****
城から少し山間に進んだ場所にある鍛冶屋の2階の部屋で、ある老人の命の火が消えようとしていた。
老人の名はシュウ・メタルウェル。御年150歳になる人物だ。
そのシュウの周りには、世界に散らばっていったシュウの弟子たちやシュウが親しくしていた街の人々、そしてシュウが可愛がっていたエレナとロレーヌが一堂に会していた。
「先生、どうですか?」
「・・・・・・医師として恥ずかしい限りですが、もう手の打ちようがありません」
シュウの脈をとっている医師のエミールに訊ねるエレナ。しかし、エミールは横に顔を振ると謝った。
エレナは『そうか』と呟いて、ロレーヌとともに祈りをささげ始めた。
「姫さま! 師匠が!」
その時、二番弟子のミューズが声をかけてきた。エレナが顔を開けると、シュウが目を開けたところだった。
「シュウ爺」
≪この声は姫か。どうやら目も見えなくなったか・・・・・・。そろそろお迎えが来たらしい≫
シュウは天井を見つめたまま口を開く。しかしエレナとロレーヌを除いて、その場にいた者には理解できなかった。なぜならシュウが発したのは、エレナ達が言うところの種族語だったからだ。
エレナとロレーヌが理解できるのは、以前シュウにせがんで教えてもらったためだ。
「ふふふ。シュウ爺さま。ドワーフ語になってますよ」
≪最期ぐらいワシの生まれ故郷の言葉を話させてくれ。ロレーヌ嬢≫
「・・・・・・ふふ。では私が通訳しますから、お弟子さん達やおかみさん達におっしゃりたいことはありますか?」
ロレーヌは一瞬泣きだしたい想いに駆られるが、必死に思いとどまり気丈にふるまう。シュウはそれを知ってか知らずか、わずかに笑みを浮かべ答えた。
≪リトール達がきているのか。なら、こう伝えてくれ。ワシの死後、一階の作業場にある机の引き出しの中に紙があるから、そこに書かれてあることを実行してくれとな≫
「はい。分かりました」
ロレーヌは一言一句間違わないように皆に伝えた。皆は涙を浮かべながらしきりに頷き、一番弟子のリトールが代表して答えた。
「分かりやした師匠。必ず言う通りにしやす」
シュウはリトールの言葉に満足したのか、笑みを浮かべ頷くしぐさをして、目を閉じた。
「「シュウ爺(さま)」」
≪大丈夫。まだ死なぬよ。まだ姫とロレーヌ嬢に言いたいことがあるからな≫
エレナとロレーヌが呼びかけると、シュウは目を閉じたまま答えた。
どうやら、2人だけに伝えたいことがあるらしい。
エレナはシュウの雰囲気に何かを感じたのか、種族語で問いかける。
≪なに? 伝えたいことって≫
≪それはだな・・・・・・≫
*****
「・・・・・・・・・・・・」
「エレナ様。どうかしましたか?」
「いや。なんでもない。さて、生きているなら街に運ばなければいけないぞ。城に連絡をしよう」
「ええ、そうですね。ですが、エレナ様。この方がドワーフの可能性があるというのは伏せてください」
エレナは、城に連絡をとるため懐から丸いガラスの様なものを取り出したが、ロレーヌの言葉に動きを止め眠っている修二を膝の上にのせようとしているロレーヌを見つめた。
ロレーヌは、頭の砂を優しく落としながら黙っているエレナに顔を向けて、言葉を投げかけた。
「お忘れですか? エレナ様。シュウ爺さまの今際の際のお言葉を」
「・・・・・・忘れるワケがなかろう。シュウ爺の遺言なんだぞ」
「エレナ様はお忘れになることが得意でしょうから。それも忘れてしまったのかと思いまして」
「・・・・・・たく。口が減らない幼馴染さまだ。まぁいい。城に連絡するぞ」
「ええ」
エレナは不愉快そうに、笑みを浮かべるロレーヌを睨みつけたが、すぐに肩をすくめると手に持っていた丸いガラスの様なものを宙に浮かべた。
「姫さま! 今、どこにおられるのですか!」
「うるさいぞナフィ。そんな大きな声を出さずとも聞こえている」
宙に浮んだ丸いガラスの様なものが回りだしメイド姿の女性を映しだしたかと思うと、その女性が脱兎のごとく大声を上げた。その声があまりにも大きかったため、エレナは耳を少し押さえながら文句を呟いたのだった。
第2話をお読みいただきありがとうございます。
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