Episode:011 依頼
お待たせしました。第11話更新です。
良かったらお読みください。
「・・・・・・この大剣をよみがえらせてほしい。たのむ」
「!!」
一呼吸、間をおいたフランは、そう頼んで頭を下げた。その行動にロレーヌは目を見開いて驚いた。なぜなら一国の王子が、一介の町人(厳密には修二は町人ではない)に頭を下げるということは考えられないからだ。
「フランさ――」
「この大剣をよみがえらせることができるのは、ドワーフであるシュウしかいないと訊いた。そのシュウがいない今、仲間であるシュウジ、お前しかいないんだ。たのむ」
「・・・・・・フランさん、顔を上げてください。見る限り深錆ではありませんので、大剣の錆とりは可能だと思います」
ロレーヌの言葉を遮って、フランはもう一度頭を下げた。しばらく見つめていた修二は、フランの頭を上げさせると、錆とりが可能であることを告げる。
「それでは引き受けてくれるんだね!」
修二の言葉に顔を勢いよく上げたフランは期待の眼差しを修二に向けた。それを受け止めた修二は、真剣な目でフランを見つめた。
「・・・・・・私はまだ修行中の身です。あなたの期待に添えるような大剣を鍛え直せるかどうかわかりません。けど、それでもいいとおっしゃるのであれば、引き受けたいと思います。もちろん。引き受けるからには精一杯頑張らせていただきます」
修二は自分の実力を客観的に評価し、大剣を鍛え直せるかどうかはわからないと判断した。そして、正直にそのことをフランに告げて、フランの返事を待った。
フランはじっと修二を見つめていたが、ふっと笑って懐から袋を取り出した。
「その正直さ、信頼に値する。お前ならその剣を預けられる。いや、あなたにぜひ頼みたい」
「ありがとうございましす。精一杯やらせていただきます」
「代金はいくらになる? 言い値でだそう」
「いま急いで見積もりをだしますので、奥でお待ちください。ロレーヌさん案内をお願いします」
「あ、はい。こちらです」
「うむ」
フランは袋を懐に戻すと、ロレーヌの後についていて奥に消えた。それを待っていたのか、リトールが大剣を真剣に眺める修二に話し掛けた。
「若、こんな状態の大剣がホントによみがえるんかいね?」
「見た限りでは深錆ではないので、鍛え直せるとは思います。ただ相当な錆ですから、何日かかるか・・・・・・」
「時間がかかるだども、よみがえるんはよみがえるんだすね?」
「ええ、まぁ。さぁ、見積もりを急いでつくりましょう。リトールさん手伝ってください」
「へい」
修二とリトールは鍛治場に戻った。
そして修二が壁に掛かっていたものさしをとり、大剣をまっすぐな板の上において、ものさしをあてがった。
(全長が5尺、9寸、4分,刃渡りが3尺、9寸、6分,幅が6寸3分・・・・・・)
見積もりを作成すべく、ものさしの目盛りを読み取ってメモしていく修二。このものさしは、シュウが長年の経験で作製したもので、100分の1まで読み取ることができるが、単位が尺となっている。そのため、客のフランにも分かりやすいように、リトール達の世界で使われている単位に換算せねばならない。
修二は一応、ロレーヌに単位換算法は教わっているので、そこは問題ない。
「リトールさん。これをもとに正式な見積もり書を書いてもらえますか?」
問題は、この世界の文字の読み書きが、まだできないことだ。もちろんドワーフ語、すなわち日本語で書けばいいと思うが、以前試しに書いたものをロレーヌやエレナに見せたが、シュウの時代の日本語とは違うため二人にも分からなかった。
そのため、修二はリトールに正式な書類の作成を頼むことにしたのである。
「ああ、若はドワーフ語しか読めなかったっちね。へい。あとはワシが書くっち。若は鍛え直しの準備をしておくとよかです」
「ありがとうございます」
リトールは昨日の歓迎会でのロレーヌの言った『シュウジさんは、ドワーフ語しか読み書きができない』というのを思い出して頷くと、修二からメモを受け取って、正式な書類の作成に取り掛かった。書類作成を任せた修二は、測った寸法をもとにした、大剣の錆取りの準備に取り掛かりはじめる。
(錆取りは、祖父ちゃんにお墨付きをもらってるけど、こんな大剣は初めてだから、手順を確認しつつ、慎重にやらないと)
修二は祖父である修一郎との修業で培った錆取りの手順を反芻しながら、大剣を元の状態へと戻せるように精一杯頑張ろうと誓った。
この大剣の錆取りが、修二の運命を大きく変えることになるが、それはまだ先のことである。
*****
その頃、フランは物珍しそうに囲炉裏の火を見つめていた。
「ふふふ。やはりイロリが珍しいようですね」
ロレーヌは微笑んで、茶を入れた湯呑みを差し出しながら、フランに声をかけた。フランは、湯呑みを受け取ると、微笑んで返事する。
「ああ。我が国にはないものだからな。なるほど、イロリというんだな。風情があっていいものだ。久しぶりにセーレ国に来たが、このようなものがあるとは羨ましい限りだ」
「ふふふ。残念ながら、ここ鍛治屋焔龍にしかありません」
「そうなのか? それは勿体ない」
「ふふっ」
フランは残念そうな表情をしてお茶を啜った。
ロレーヌは、以前同じことをエレナが言っていたことを思い出して、笑って自分のお茶を啜った。
「そういえば君は、俺の・・・、私の正体を知っているようだね」
エレナは、その質問は想定していたらしく、ゆったりとした動作で湯呑みをおく。そしてフランを見つめて頷いた。
「ええ。以前、エレナ様から伺っておりました」
「なるほど。たく、あのお喋りめ」
フランは顔をしかめて腕をくみながら、エレナの顔を思い浮かべた。
ロレーヌは肩を竦めて苦笑するが、すぐに姿勢をただした。
「私はセーレ国の結界師の一人、ロレーヌ・マーリンと申します。エレナ様とは、幼いときから仲良くしてもらっています」
「そんなに堅くなる必要はない。私は第“三”王子で、王になど興味ない。私は、いや俺は退魔師としてやっていくつもりだからな」
「ふふふ。はい」
フランは屈託のない笑顔で、ロレーヌに告げた。ロレーヌは、フランの態度にエレナ姫を見ているように感じて、笑顔になった。
『若! 見積もり書ができたっち!』
和やかな雰囲気の中、リトールの元気な声が聞こえてきた。
ロレーヌは立ち上がり、着ていた割烹着を脱いでフランに告げた。
「見積もりができたみたいですね。鍛冶場のほうに行ってみますか」
「うむ。鍛冶場にも興味があるし、行くとしようか」
頷いてフランは立ち上がり、ロレーヌの案内で鍛治作業場へ向かった。
*****
「あ、フランさん。お待たせしてすいません。いま、見積書を持っていこうと思ってたんですが」
二人が作業場につくと、修二が気づいて話し掛けてきた。
申し訳なさそうにする修二に対して、フランは『そんなに時間はかかっていないから。気にするな』と答えてから、笑顔で言葉をつづけた。
「それに依頼したのはこちらだ。いくら時間がかかっても、文句を言うつもりは毛頭ない。別段、急ぐ旅路でもないしな」
「そう言ってもらえると助かります」
「さて代金はいくらになる? さっきも言ったが、言い値で支払うぞ」
「こちらが見積書になります」
「うむ」
修二は作成した見積書をフランに手渡した。それを受け取ったフランは、代金の欄を見つめた。
「150ヒールか。思ったよりも安いな。料金は今、渡せばいいのか?」
「いえ。料金は後払いでお願いします。注意事項にも書いてあると思いますが、これは剣の寸法で割り出した錆取りの基本代金になります。錆の深度ぐあいによって、代金が前後してしまう可能性があることだけはご承知ください」
「あの大剣がよみがえるんだ、いくら払っても惜しくはない。して期間はどれほどかかる?」
フランは見積書と代金袋を懐にしまいながら頷いた。そして修二の背後にある大剣を見つめて、錆取りがいつまでかかるか訊ねた。
「えっと、それは・・・・・・」
その問いに困った表情をする修二。エレナから頼まれた鍛練用の剣の鍛え直しもあるため、相当な期間になってしまうと考えられるからだ。しかし、修二は意を決して、そのことを正直に伝えようとした。その時、そばで見守っていたリトールが助け舟をだした。
「若、城からの依頼はワシらが引き受けるっち。若は、大剣の錆取りに専念するのがよか」
「え? でも、あの量ですよ?」
「大丈夫だす。これでもワシは、師匠の一番弟子だよ。まだまだ若い者には負けん。それにリグル達もおるっち。安心するがよか」
安心させるように答えるリトール。その顔には、有無を言わせない迫力があった。
修二は、苦笑してリトールにお礼を言うと、フランに向き直って、錆取りにかかる時間を改めて告げた。
「仕上げの作業も考慮に入れて、約一週間の猶予をもらえると助かります」
「一週間だな、分かった。さて、ここにいると作業の邪魔になるし、そろそろお暇させてもらおうか。俺は城下町の宿屋にいるから、出来上がったら呼んでくれ」
「はい。分かりました」
「あ、私もエレナ様にご報告があるので、一旦帰りますね。夕食の時間にまた来ます」
「「うん(あいよ〜)」」
「フランさん、城下町までご一緒します」
「ふっ。分かった」
見送りは断ろうとしていたフランだったが、ロレーヌも戻ると言われては断れないので、苦笑しつつ了承した。そして二人は、もう一度、修二たちに挨拶してから作業場を後にし、城下町へ向かった。
鍛冶屋の外で二人を見送った修二とリトールは、作業場に戻った。
「さて折角のリトールさんのご好意だし、早速、錆取りに取り掛かるとするよ」
「んだんだ。ワシも城からの依頼をこなすとするっち」
そして、それぞれの仕事に取り掛かったのだった。
*****
「・・・・・・退魔師か。厄介な奴が現れたものだ・・・・・・」
城下町へ向かうフランとロレーヌを、黒いローブの人物が上空3000メートル付近で呟いていた。その人物とは、とある小屋で大臣と会っていた、ガイルと呼ばれた男だった。
「だが、奴のお陰でドワーフの力が見られる。とくとその力を見せろ、ドワーフよ。必ずや我ら半魔族のために働かせてやるぞ。くくく・・・」
ガイルは不適な笑みを浮かべると、黒い霧の中に消えていった。しかし、ガイルは知らなかった。自分を見つめていた人物がいたことを・・・・・・。
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次回あらすじ
修二が大剣の錆取りを懸命にやっている頃、城ではロレーヌとエレナがフランについて語っていた。その頃、フランはある少女と出会っていた。




