Episode:010 大男
お待たせしました。第10話更新です。
良かったらお読みください。
リトール達の歓迎会が開かれている頃、セーレ国の玄関口、ヴィアンカの船着き場に着岸した最終船から一人の男が降り立った。
男は身長190cmぐらいの大男で、旅人らしいマントを身につけ、両腰に一つずつ片刃剣を差している。また、その背にも一振りの大剣を背負っていた。
「ここにシュウというドワーフがいるのか・・・・・・」
そう呟いた男は、船着き場の目の前にある宿屋の看板をだしている建物に入った。
「いらっしゃい!」
「一泊したいんだがいいかい?」
「おう。かまわんぞ。食事つきで32ヒールだ」
「食事は抜きでいくらだ?」
「それなら16ヒールだ」
男は懐から硬貨を16枚出して宿屋の親仁に渡した。親仁はそれを受け取り、後ろの鍵束から鍵を一つ取って男に渡した。
「部屋は鍵番号と同じ番号になってるからすぐわかる」
「分かった」
男は鍵を受け取ると、二階へと上がって一番奥にある鍵番号と同じ番号の部屋の鍵を開けた。
部屋は宿屋らしく綺麗に整えてあった。男は部屋を見回してから中へと入ると、背負っていた大剣を一旦ベットの上に載せた。
そして窓に近づき、月明かりに照らされた乗ってきた船と船着き場を眺める。
(一先ずは酒場とかで情報収集して、朝一番にセーレ町に向かうとするか)
男は背伸びをして身体をほぐすと、大剣をベットの下に隠して部屋を出た。そして鍵をしっかりと掛けてから一階に下りる。
すると親仁は白いマントを身につけた少女と話している最中であった。
「アンナ。母さんの具合はどうだい?」
「良くなってきてるよ親仁さん。はい。これお酒」
「おう。確かに受け取った。ん? お客さん、どうかしたかい?」
「話し中にすまない。酒場に行きたいんだが、どこにある?」
「酒場かい? 酒場ならここから右に100ウールぐらいだ。そうそう。酒場は、この娘の父親が経営してる。アンナ。一足先にブッタダにお客が来るぞって言ってといてくれ」
「あ、はい! お客さんですね。分かりました」
少女は返事をすると宿屋を出ていった。親仁はそれを見送ると男に振り返った。
「酒場の看板が出てるから、すぐ分かると思うぞ。鍵は俺が預かっておくが?」
「ああ、頼む」
「はいよ。いってらっしゃい」
男は親仁に鍵を預けると、宿屋を出て右に針路をとった。100メートルぐらい歩くと、親仁の言った通り、酒場の看板が掲げてある建物が見えてきた。男がゆっくりとドアを開けると、酒の匂いが男の鼻をくすぐってきた。
「いらっしゃい! アンナが言っていたお客はお前さんかい?」
「ああ。宿屋の親仁に訊いてやってきた」
「何にする?」
「そうだな・・・・・・。ブドウ酒となにかつまめるものを頼む」
「はいよ」
男は酒場の親仁の問いに答えると、カウンターに座る。そして酒場の親仁に注文して辺りを見回した。
店内は仕事帰りの船乗りたちでごった返していた。
「シュウ爺さんが亡くなって1年か・・・・・・」
「そうだな。そう言えば、お前はシュウ爺さんには頭があがらなかったもんな」
「なにを言う。お前もそうじゃないか」
「ははは。そうだったな」
その時、向かって左のカウンター席で酒を酌み交わしている船乗り二人の会話が聞こえてきた。“シュウ爺さんが亡くなって1年”という言葉に男は少し動揺したが、冷静を保ちつつ聴き耳を立てた。
(シュウというドワーフが亡くなったのは本当らしいな。ちっ。これは情報屋の野郎に一杯食わされたか・・・・・・?)
「どうかしたかい? お客さん」
「いや。何でもない」
「ならいいんだが、ほらつまみ」
「ああ。ありがとう」
男は情報屋のドールのニヤケ顔を思い出して眉間にしわを寄せるが、親仁に訊ねられたため表情を緩める。そして差しだされた料理を肴にブドウ酒を飲んでいく。
「ああ、そう言えば親仁、シュウ爺さんのお仲間がセーレ町に現れたっていうのは本当なんかい?」
「どうやら本当らしい。シュウジという若いドワーフのようだ。妹のカリーヌが言っていたが、シュウ爺さんの若い頃にそっくりだとよ」
「おお。それなら俺のナイフ類の手入れを頼もうかねぇ」
「ば~か。この時期はセーレ町に行く時間がねぇよ」
「分かってるわい。暇ができたらだよ、暇が」
(・・・・・・なるほどシュウは亡くなったが、仲間のシュウジはいるのか。それならば情報屋に高い金を払ったのは、あながち間違いではないか)
酒場の親仁を加えた三人の会話に聴き耳を立てていた男は、予定通りに明日の朝セーレ町に向かうことに決めると、ブドウ酒とつまみを美味しくいただいたのだった。
*****
ポーポー、ポーポー・・・・・・。寝室の壁に掛けられた鳩時計(ロレーヌからの開店祝い)から時を知らせる音が聞こえてきた。
時間は7時をちょうど指していた。
その音と窓から差し込む光で修二は眼を覚ました。
「開店まで2時間か・・・・・・。少し寝過ぎたかな」
時計をぼうっと見つめて呟いた修二は、起き上がって背伸びをした。そして寝室を出て、露天風呂に向かった。
昨夜は町長宅から帰宅後、そのまま眠ってしまったため、風呂に入ってさっぱりしたかったからだ。また昨夜の酒がまだ残っている感じがしたからでもある。
『シュウジさ~ん。ご飯ができましたよ~』
修二が風呂から上がってシュウの作業着に着替えたとき、一階からロレーヌの声が聞こえてきた。
今日もまたロレーヌが、朝食を作りに来ていた。いつものことであるため、修二は『ああ。分かった』と返事をして一階へと向かった。
しかし、今日はいつもと違っているところがあった。
「あ、おはようございます。リトールさん」
「いあんばいです。若」
「昨日も言いましたけど、若はやめてくださいよ」
「いんや。若は姿形はもちろんだすが、師匠と寸分違わない技量の持ち主だぎゃ。それならば若とお呼びしねぇといかん。こりゃワシらの総意だでね」
“若”と呼ばれた修二が、困惑した表情で呼ばないように頼むが、リトールは頑として聞き入れなかった。これはシュウの弟子たちの総意となっているようだ。
修二はため息を吐いて庵に腰かけた。
「そういえばリトールさんはどうしてここに?」
「ああ。言ってねかったね。今日から若っちで働くことになっとるんだ」
「あ、そうなんですか? えっと全員ですか?」
「いいんや。違うだす」
修二は仕事場の広さでは、全員は入りきらないことに思い当り訊ねた。リトールは首を横に振って微笑んで、否定する。
「ここの広さは分かっておるでな。日替わりで来ることになっただす」
「日替わりですか? えっと・・・・・・」
「今日はワシがお手伝いをするっち。明日はリグル、明後日はリンバル、リールの二人、しがさって(明々後日)はリシュル、リオルの二人、ごがさって(明々々後日)はリンクル、リイルの二人だよ」
リトールは明日以降の弟子の名前を言った。修二は頷いてポケットにしまっていたメモ帳を取り出して名前を書いていく。そして書き終えると、ロレーヌが用意した御膳に載った食事を食べ始めた。
「お嬢ちゃんの食事は上手いら。将来は良いお嫁さんになるだがや。のう若」
「もうリトールさん、ダメですよ。そんなことシュウジさんに言っては。あ、おかわりいりますか?」
「あ、うん」
顔を引きつらせる修二は、素直に返事をすると、お茶碗をロレーヌに渡した。何を答えたら良いのか分からなかったためだ。ロレーヌは受け取ると、リトールを窘めつつご飯をよそった。
「そう言えば今日は何を作るんですか?」
「今日は姫さまのご依頼で、折れた剣を鍛え直す予定だよ」
修二は一昨日運ばれた大量の折れた剣がしまってある倉庫の方を見ながら伝えた。ロレーヌは『ああ』と呟いて、エレナが言っていたことを思い出していた。
『シュウジに折れた剣を鍛え直すように伝えた。よろしく頼む』
ロレーヌは苦笑いを浮かべてご飯を口に運んだ。
「ん? 姫さまがどうかしたの?」
「あ、いえ。何でもありません。それにしても、あれだけの量を鍛え直すのは大変ですね」
「まぁ、それが鍛冶屋の仕事だし。頑張るよ。今日はリトールさんもいらっしゃることだし」
「ああ。若に負けないよう頑張るだ」
「だから若はやめてほしいんですけど」
「いんや。それだけは譲れねぇだ」
「はぁ・・・・・・」
「まぁまぁ。ほらもうすぐお時間ですよ。早く食べましょう」
「そ、そうだね」
「んだな」
それから楽しく食事をした修二は、後片付けをロレーヌが引き受けたこともあり、リトールと一緒に金井家に伝わる朝の体操をするため外へと出る。そして体操後、倉庫に大量に並べられた折れた剣を数本運び出して作業に取り掛かった。リトールは火床の前に座る修二の横顔を見つめて、また涙を流さんばかりに感動しつつ、自分も剣を鍛え直すべく作業に取り掛かった。
*****
それから数時間後、修二はリトールの助けもあって三分の一の剣を鍛え直すことに成功した。時間はちょうどお昼になっていたので、修二はリトールと休憩をとることにした。
「お疲れ様です~、お二人とも」
そこに片付けをして町に帰っていたロレーヌが二人に声をかけてきた。ロレーヌは手にお弁当を持っており、二人にそれぞれ手渡してきた。
「ありがとうロレーヌさん」
「仕事はどないしたんじゃ? お嬢ちゃん」
「私のお仕事はどこにいてもできますよ。リトールさん」
「おお。そういやぁそうだっち」
リトールはロレーヌの仕事を思い出して頭をかいた。修二は、首を傾げつつロレーヌからお弁当を受け取った。そしてロレーヌ達のことを何にも知らないでいたことを思い出した。
「そう言えば訊いてなかったけど、ロレーヌさんの仕事ってなんだい?」
「あれ? 言ってませんでした? 私の仕事はセーレ国を守る結界の維持が主です」
「結界?」
「ああ。シュウジさんは知りませんでしたね。結界というのは魔獣や魔物が人の住む場所に入り込むのを防ぐためのものなんです」
「は、はぁ・・・・・・」
修二は耳慣れない言葉に何とも言えない表情をする。それもそのはず、修二にとって魔獣や魔物というのは空想の世界でしか存在していないという認識だからだ。
しかし、修二は自分のおかれている状況を思い出して、魔獣や魔物もいるかもしれないと思い、表情を引きしめてロレーヌに訊ねた。
「で、その結界を維持しているのがロレーヌさんということなの?」
「そうです」
「じゃあロレーヌさんに何かがあったとしたら、結界がなくなるということ?」
「ふふ。それは大丈夫です。私の他にも結界を維持している方がたがいらっしゃるので、万が一私が死んでも結界がなくなるという非常事態はおきませんよ」
「ロレーヌさんが死ぬのは嫌だな・・・・・・」
「え? あの・・・・・・」
「はっ! いや、何でもない・・・・・・」
修二は、自分が言った言葉に顔を赤面させてお弁当を食べ始めた。ロレーヌもまた顔を赤面させて修二を見つめていたが、リトールがニヤニヤと見ていたので、慌ててその場を離れた。
「すまむ。ここがシュウジというドワーフが営む鍛冶屋か?」
その時、店の入り口に身長190cmぐらいの大男が現れた。その男は昨日、ヴィアンカの宿屋に泊まった男であった。
ロレーヌは赤面させていた顔を元に戻して応対する。
「あ、はい。鍛冶屋“焔龍”にようこそいらっしゃいました。剣の御注文でしょうか? それとも槍?」
「いや。買いに来たわけではない。シュウジというドワーフに見てもらいたい剣があるんだ」
「シュウジさんにですか? えっと、どちらさまでしょうか?」
「おっと紹介が遅れたな。俺はフラン・ド・バイスという。一応、サーンジア国から一級退魔師の称号をもらっている。情報屋に、セーレ国には凄腕の鍛冶屋がいると訊いてな。やってきた」
男、フランは一礼をしてから自己紹介をした。
ロレーヌは、フラン・ド・バイスという退魔師の名をエレナからサーンジア国の王子であると訊いたことがあって眼を見開いて驚いた。
そこにロレーヌの話声を訊いてお客さんが来たと思った修二が、リトールとともに顔を出した。
「ロレーヌさん。どうかしましたか?」
「シュウジさん! じ、じつは――」
「お前がシュウジか。さきほどそこのお嬢さんに紹介したが、もう一度言おう。俺はフラン・ド・バイス。一応、サーンジア国から一級退魔師の称号をもらっている」
「退魔師?」
ロレーヌがフランの正体を話そうとしたのを遮るように、フランがロレーヌに言ったことをもう一度、修二に言った。もちろん修二はフランがサーンジア国の王子であることを知らないため、聞き慣れない“退魔師”という言葉に首を傾げた。
「ん? 知らないのか? 退魔師というのは魔物や魔獣を駆逐する者のことを言うんだ。本来ならば数名で隊を作るんだが、俺はどうも苦手でな。一人で行動している方が多い」
フランは修二の態度に気を悪くした風もなく、退魔師という仕事をについて説明しだした。それについて理解した修二は、『なるほど』と呟いてフランを見つめた。
「その退魔師さんが僕に何か?」
「ああ。お前に見てもらいたいものがある」
「見てもらいたいもの?」
「ああ。これだ」
ロレーヌが何かを言いたそうにしているのを無視して、フランは背中に背負っていた大剣を修二に手渡した。修二は首を傾げつつ、鞘に納められた大剣を抜いた。その大剣を眼にした瞬間、思わず眉間にしわを寄せてしまった。
「これは相当錆びてしまってますね」
「ああ。これは退治した魔物が持っていたものでな。これで結界を破ろうとしていた」
「ええ!?」
「大丈夫だお嬢さん。サーンジアの結界師に見てもらったが、この剣では破れんそうだ」
「ふぅ。それならいいんですけど・・・・・・、それではフランさ、ん。それをシュウジさんに見せてどうするつもりですか?」
「それなんだが・・・・・・」
ロレーヌは王子であることを伏せている理由がフランにはあると感じ、その事については触れずに大剣について訊ねた。フランは一呼吸間をおいてから修二に告げた。
「この大剣を甦らせてほしい。たのむ」
第10話をお読みいただきありがとうございます。
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語句説明
ヒール:世界共通の通貨単位(1ヒール=約350円)
ウール:世界共通の長さ単位(1ウール=約1メートル)
次回あらすじ
修二のもとに現れたのはサーンジア国の第一級退魔師である第三王子だった!?
その退魔師が大剣の修繕を修二に頼んだ理由とは。
そして大臣たちの目的が明らかになる!?




