第八話 勝負の行方 [栄作サイド]
「それじゃあ、西九条君は、ここで待っていて」
そう言って、凪穂さんは彼女の研究室に入る。もちろん、遙ちゃんも一緒に。
俺と遙ちゃんはなんとか玉造電工の工場から脱出に成功。しかし、俺はかすり傷で済んだものの、彼女の左腕は大破。失った左腕の付け根部分からは、何本ものコードと人工筋肉と人工骨らしきものが見えた。可愛らしい彼女の顔からは考えられない姿だった。
凪穂さん曰く「遙が普通の人間だったら今頃死んでいたでしょうね」とのこと。でも、彼女が普通の人間だったら、泥棒業なんてやっていないだろうし、俺を助けることもできなかっただろう。そう思うと、彼女がサイボーグであったのが不幸なのか幸いなのか、分からなくなる。
「はぁ・・・ 俺が初恋の人・・・か」
俺は、遙ちゃんの修理と点検が終わるまで、凪穂さんの家のリビングでくつろぎ、車の中で遙ちゃんが言っていたことを思い出す。
「それに・・・探偵さんは、私の初恋の人ですから」
照れながら凪穂さんの車の中で話してくれた遙ちゃんの言葉。女性に「好きだ」なんて言われたことなかったしなぁ・・・ 秘書のかなたにもそんなこと言われていなかったし・・・ というより、軽くお払い箱扱いされた時もあったし・・・
そして、敵である怪盗マリオネットから「好きだ」と言われたのが何よりも複雑だった。確かに遙ちゃんは、顔も可愛いし、性格も良し。サイボーグであろうがなかろうが、一人の可憐な少女であることは間違いない。しかし、ゲームでも仕事でも敵だった少女から「好きです」と言われたら、何故か複雑な気持ちになる。嬉しい気持ちと何かわからない気持ちが葛藤し、俺の頭の中で互いの気持ちがに喧嘩しあっている。
ずっと、遙ちゃんの修理の間、1人で考え込んでいた。
「探偵さん。探偵さん」
真っ暗な意識の中で、遙ちゃんが俺を呼んでいる。
「ん? あれ・・・俺・・・」
目を開けると、目の前には遙ちゃんがいた。マリオネットのボディでいるが、破損した左腕もしっかり元通り。しかし、身体のあちこちに銃弾の痕が残っている。ということは、装甲までは直してもらっていないということか。
「お疲れさまのところを起こしてしまって、ごめんなさい。どうしても探偵さんにお話がしたかったので・・・」
申し訳なさそうに言う遙ちゃん。と言うことは、俺は遙ちゃんの言うとおり寝てしまったのか・・・ 確かに、今日の仕事は初めて死にかけたし・・・ 思いっきり疲れたから、眠ってしまっても仕方が無いかもしれない。
「それより、左腕を直してもらったのは良かったが・・・ 他の部分は良いのか? 装甲が凹んだりしているが・・・」
彼女の装甲は結構凹んだりしている部分が多い。それを見て、俺は少し心配した。
「私は大丈夫です。装甲は凹んだりしていますが、中の機器に影響は無いというのが検査でわかりましたので」
そう言ってニッコリと彼女は微笑む。
「それに、博士もお疲れなので、これ以上作業をするのは、博士の身体にも悪いですので、作業は延期してもらいました。 この前からウィルスを作ったり、光学迷彩装置を作るのでかなり疲れていたそうです。だから、プライベートボディにも変えないで、このままの身体なのですが・・・ 気になります?」
「いや。別に、遙ちゃんが無事なら別に構わないが」
遙ちゃん、凪穂さんのことを本当に慕っているんだなぁ・・・ そうでなければ、凪穂さんを思って、作業を途中で止めて欲しいなんて言えないだろうし。本当に遙ちゃんは優しい人だ。彼女こそ正義のヒーローにふさわしい。と言っても、彼女は女性だから、ヒロインが正しいのだが。
「それで、話と言うのは・・・何だい?」
俺は、彼女の言っていた「話」が気になり、彼女に問う。
「えっと・・・話というのは、ゲームの勝敗の件なのですが・・・」
すっかり忘れていた。今回のゲームで俺と彼女が勝負をしていたことを。彼女は何度も危ない目にあっているから慣れているかもしれないが、俺はあんな死にそうな思いをしたのは初めて。だから、その緊張感というか、死にそうになった思いから、すっかりゲームの目的を忘れていた。
「ちょっと待っていてください」
遙ちゃんはそう言うと、左胸のハッチを開ける。ハッチを開けると、幾つかのコードの差し込み口やUSBの差し込み口などがあった。そして、彼女はハッチを開いたところから、一枚のメモリーカードを取り出し、俺に見せる。
「ここに一枚のメモリーカードがあります。このカードの中には、玉造電工の兵器開発に関係するデータが入っています」
「ああ。ということは、君の勝ちだな」
俺がそう言うと、遙ちゃんは黙り込んで、俺を見つめる。
「勝ちは勝ち。負けは負け。俺は、負ける言い訳なんかしないよ。もちろん、負けたからには、負けた時の約束も守らないといけないしな」
俺は立ち上がり、部屋を出ようとする。
「待ってください!」
部屋を出ようとする俺を遙ちゃんは呼び止める。
「私の話には、続きがあります。だから・・・最後まで聞いていてください」
「・・・わかった」
俺は、さっきまで座っていたソファに黙って座る。
「今回のゲームは、私の負けです。探偵さんの勝ちですよ」
彼女の言っていることに、俺は目が点になる。
「・・・え?」
「だから、探偵さんの勝ちですよ。私の負けです」
彼女の言っていることと、メモリーカードの件は矛盾していた。彼女はしっかりとデータを盗み出しているし、時間内に脱出もしている。でも、それで彼女の負けというのは、ちょっと理解ができなかった。
「だが、君はしっかりと勝利の条件を満たしているはずだ。なのに、どうして負けなんだ?」
「・・・」
俺が訊くと遙ちゃんは黙り込んでしまう。俺、何か彼女の気に障ること言った?
「・・・今回のゲームで探偵さんが私の体を動けなくする機械を作りましたよね?」
彼女の重い口が開く。
「ああ」
「本当は、あの時に勝負は決まっていたんです。あの時に私の負けは確定していた。でも、私は探偵さんを騙してまで、勝とうとした。これを正義の味方と言えますか?」
「・・・」
「人を騙すなんて、最低な人間です。だから、私はこの時に確実にゲームに負けたと思いました。人を騙して勝利するなんて、勝利とは言えませんし」
「・・・嘘も方便って言うだろ?」
「え?」
今まで黙っていた俺の口が開く。
「遙ちゃんが天誅を下す上で、俺は邪魔な存在だったんだろう? なら、俺を攻略する上で、嘘をつくのも一つの策略。別に何も疑問には思わないよ。遙ちゃんの勝ちは勝ちだ」
「で、でも・・・」
遙ちゃんはまたしても、下を向いて黙り込んでしまう。
「ちょっと待ちなさい!」
そこに現れたのは、寝ていたはずの凪穂さんだった。
「凪穂さん!?」
「博士!?」
「ったく・・・ 寝ている隙も無いわね・・・ 今回のジャッジだけど、私にやらせてくれない? もちろん、答えはもう出てるけど」
突然出てきた凪穂さんは、そう言い張った。俺と遙ちゃんは、あまりの突然の出来事に軽いパニック状態を起こしている。
「え、ええ」
遙ちゃんにアイコンタクトで確認をした後に、凪穂さんにジャッジの了承をする。
「ありがとう。それじゃあ、判定させてもらうわよ。今回の勝負」
「・・・」
「・・・」
「西九条君の勝ちよ」
俺は驚いた。凪穂さんは、遙ちゃん側の人のはず。だから、遙ちゃんの有利な判定で来ると思っていたから、この判定には凄く驚かされた。
「でも・・・どうして、俺の勝ちだって決めたのですか?」
勝敗の決め手を俺は訊く。
「まあ、さっき遙が言ったこともあるけど、何よりも遙が大切なものを盗まれたから、泥棒としては負けかなと思ったの」
「大切な・・・もの・・・ですか?」
遙ちゃんはぽんやりとした顔で凪穂さんに訊く。
「それは、遙の乙女心よ。まさか、西九条君が遙の恋心を奪っていくなんて、思わなかったわ」
「・・・」
凪穂さんの答えに対して、俺は唖然としていた。ただ、遙ちゃんは図星だったのか、俯いて恥ずかしそうな顔をしていた。
「まあ、遙も恋する乙女なんだから、普通の恋愛をする方が良いんじゃない? 正義の味方は泥棒以外でもできるんだし」
そう言って、凪穂さんは俺の方を見てニヤニヤと笑っている。この時、俺の頭の中で、凪穂さんが何を言いたいか、わかった。
「探偵なんてどうかしら? 遙」
俺が思っていた予感的中。やっぱり、そう来るんだ・・・