第二話 探偵の仕事 [栄作サイド]
「怪盗マリオネット 天満金融社長宅からブラックダイヤモンドを盗み出す、か・・・」
事務所のソファーで今日の朝刊の一面を見る。というより、目に入ってしまう。
「これで10連敗かよ・・・ そろそろ白星を挙げたいんだよな」
怪盗マリオネット。少女のような容姿。そして、バイザーで隠しきれていない鼻から下の顔のパーツは美少女。そして、何とも謎めいた機械でできたボディ。一体、彼女は何者なのだろうか・・・ それだけで、頭が一杯になる。
「また、マリオネットの事件ですか?」
「ん? ああ。まただよ」
1人のエプロンをつけた少女が俺の目の前にコーヒーを置く。
「ったく・・・彼女が捕まってくれないと、俺のご飯は一生ネコマンマなんだ。そろそろ肉が食いたいなぁ・・・」
俺が警察に協力して、彼女を捕まえれば、報酬がもらえる。しかし、捕まらない以上は貰えない。この職業も大変なもんだ。
「でも、巷では結構人気があるんですよ? 庶民のことを考えない金持ちや悪党を懲らしめる、現代の鼠小僧、アルセーヌ・ルパンとも呼ばれているらしいです」
エプロンの少女が答える。彼女の名前は、天王寺かなた。俺の事務所のアルバイト兼助手、兼秘書。ちなみに現役女子高生。休みの日はここで、バイトがてらに遊びに来ている。
「確かに、彼女は義賊と言っても間違ってはいないな。彼女の被害者は、大金持ち。しかも、会社の金を横領したり、自分の会社の社員をクビにしても自分の懐は温かいままだったり、脱税、談合、収賄、詐欺、暴行・・・ あげ出したらキリがないな」
怪盗マリオネットの被害者は大体、悪徳政治家やインチキ宗教の教祖、ワンマン社長ばかりだ。そして、彼女の事件をきっかけにこの被害者たちは逮捕されている。詐欺、収賄、恐喝など・・・ ちなみに、昨夜の天満金融の社長は、返済期限の切れた利用者にヤクザ紛いの脅しをかけたらしい。警察の調べによると、組織的犯行で、それを指示していたのもこの社長だった。
「盗難品はまた戻ってくるのだろう? 正直、そんなのだったら、警察も出なくて良いんじゃないか?」
「ええ・・・ まだ、警察の方から連絡は来てないのですが・・・ 今日にでも天満金融の社長が逮捕されるので、明後日には戻ってくるかと思いますよ」
彼女が奪った物は、被害者が逮捕されると、警察に送られてくる。返された物がもともと被害者のものでない場合は、元の持ち主のところに返される。被害者が脱税や収賄をしていた場合は、返された物は警察を通して、施設に寄贈されている。これは、怪盗マリオネットの指示らしいが、何故、警察が彼女に従っているのかは・・・俺にもわからない。ただ、返された物と一緒にトランプが送られてきており、そのトランプを警察の人間が見ると、顔が青ざめてあたふたした状態になる。一体、何が書かれているのだろうか・・・
「そう言えば、さっき芦原橋警部から連絡がありましたよ? 今すぐ警察署に来るように!って」
「はぁ? またか? 正直、面倒くさいな・・・」
俺は、クローゼットの中にある茶色のコートを着こんで、外へ出る準備をする。
「それじゃ、留守番頼むよ」
「はい。いってらっしゃいませ」
助手に満面の笑顔で送り出され、事務所を出る。いつになったら、良い仕事が舞い込んできてくれるのやら・・・
俺の名前は、西九条栄作。一応、東大を卒業・・・できないで、中退。頭は自分で言うのもなんだが、良い方だ。ストレートで東大に入学し、首席卒業候補と言われていたのだが・・・ 入学して一年目に親が他界。探偵としては結構有名だった親父の後を継ぎ、西九条探偵事務所の所長として、事件を解決・・・しているつもりだ。怪盗マリオネットの事件を除いたらの話だが。それに、事件と言っても、そんなに大きなものじゃない。
浮気相手を見つけたり、迷子の犬猫を探したり・・・ でも、探偵業って、こんなものだぞ? どこかの推理小説みたいに、行く先々で殺人事件が起こることはないし・・・ 一応、日本はそこまで治安の悪い国ではないから。
怪盗マリオネットとの出会いは、3ヶ月前に遡る。助手のかなたを目の前に「何か大きな仕事でも舞い込んでこないかなー」と独り言を溢したら、かなたが警察に仕事をくれと頭を下げに行って・・・ そして、その仕事の依頼が怪盗マリオネットの連続窃盗事件だった。
マリオネットと警察との一番最初の事件は、警察側の惨敗。そこで、誰でも良いから事件解決に役立つ頭脳が欲しいとのことで、俺は事件の依頼を受けた。
俺と彼女との最初の戦いは、俺の負け。しかし、警察側は俺がいない時よりも彼女を追い詰めることができたから、俺に依頼をし続けている。
それが続きに続いて、10回目。警察は11連敗。嘗められたものだ。
「ちわっす。西九条です」
怪盗マリオネット対策委員会と書かれた会議室を開けると、とても重苦しい雰囲気が圧し掛かる。
「座りたまえ」
一番前でずっしりと座っている芦原橋警部が言う。俺は、言われたとおりに適当な場所に座る。
「昨晩の怪盗マリオネットの事件で、我々は11連敗という屈辱を味わっている。我々は警察だ! 市民の平和を守る正義の味方だ! この泥棒ネコを一刻も早く捕まえるのが、我々の使命だ!」
そう言うと聞こえは良いが、本当は自分の椅子を守るため。もしくは、もうワンランク椅子のランクを上げるため。正直、この警察の体制は陳腐化している。官僚思想丸出しだ。ノンキャリ組の刑事はいないのだろうか・・・ それに、揚げ足を取るように言うけど、今までマリオネットの被害者になった人って、殆ど市民の敵じゃないか?と思う。
「奴の次の獲物は、政治家の大正菊輔宅にある真珠のアクセサリーセットだ」
大正菊輔か・・・ 確か、最近ではスキャンダル問題で話題になった政治家だったな。真珠のアクセサリー・・・スキャンダルの女性にでもプレゼントするのか? でも、そのアクセサリーも国民の税金から出ているとしたら・・・ 可能性はありえる。今までのマリオネットの被害者もこのようなケースばかりだから、否定はできない。
「それで、今回の作戦だが・・・」
そして、芦原橋警部の長い長い話が始まる。どうせ、戻ってくるんだし、そんなに必死になる必要はないだろう。まあ、俺としては、彼女の正体を知りたいから協力するのであって、彼女をとっ捕まえて、牢屋に入れて、嘆く姿を見たいなんて全く思っていない。俺からしたら、彼女の正体と何故こんなことをするのか、その目的を知ったら、彼女にはこの仕事を下りて欲しい。それが俺の願いってヤツだ。
「さて。事件解決の頭脳。西九条君の意見を聞こうか?」
「え? ボクッスか?」
突然話を振られて、頭が一瞬真っ白になる。
「ああ。君に聞いているのだ」
「えっと・・・とりあえず、今回も警官の配置はボクに任せてくれませんか? 前回の反省点も活かした考えがありますので」
「ふむ・・・ 次は捕らえられるのだろうな?」
眉を顰めて俺を睨む警部。
「ええ。大丈夫です。少し、事務所で考えさせてください。あと、大正代議員の家の見取り図ですが、持って行きますよ」
「ああ。わかった。答えは何時くらいに出してもらえるんだ?」
「そうですね。明日の昼には出します。それでは、失礼しました」
とにかく、この重苦しい雰囲気が嫌だから、早く部屋を出る。
「さて・・・どうしたものか・・・」
道を歩きながら、大正邸の見取り図を見て、警官の配置を考える。できれば、俺が彼女と一対一で話をしたいのだが・・・
彼女には敵として、顔を覚えられているから、顔を見られたら逃げられるのは目に見えているだろう。
「ごめんね。私はあなたを助けられないの。本当にごめんね」
前方でダンボールに向かって話しかけている高校生くらいの少女を見つける。背中まで下ろした黒い髪。そして、聖母マリア様のような優しそうで綺麗な顔。
「どうしたんだ?」
少女の見ているダンボールを覗き込む。
「ネコが・・・いるんです」
少女が言うように、ダンボールの中には可愛らしい子猫が入っていた。どうやら、捨て猫らしい。
「捨て猫か・・・ お腹・・・空かしてるのか?」
子猫は何だか元気がない。ただ、ニャーニャー鳴いているだけ。
「ごめんなさい。私・・・何も食べるものを持っていなくて・・・」
申し訳なさそうに言う少女。
「どうしたものか・・・!?」
ポケットを探ってみると、ある物が入っていた。
「かつお・・・ぶし?」
ポケットの中に入っていたもの。それは、かつおぶしの袋が一つ。つまり、俺のご飯のおかずだ。最近、依頼が怪盗マリオネット以外ないから、飯代のやりくりに苦しい毎日。俺のネコマンマと子猫の命を天秤に掛ける。
「これをやろう。不味いかもしれないが、食え」
そう言って、袋の封を開け、かつおぶしを子猫に与える。俺の一日のネコマンマより一匹の子猫の命の方が大事だと俺の頭脳は告げたのだ。すると、子猫は与えられたかつおぶしを喜んで食べだす。
「ありがとうございます」
少女は深々と頭を下げる。
「いいんだよ。ただ、こいつを・・・どうするかが問題なんだが・・・」
飯は与えても、子猫をどうするか・・・ それが問題だ。ここに置いておくのは、可哀想だし・・・
「でも、私は飼える様な環境じゃないですし・・・」
暗い顔になる少女。
「じゃあ、俺が飼う」
「本当ですか?」
とっさの一言が彼女の顔を笑顔にする。
「まあ、かつおぶしならもう少しあったと思うし・・・ 別に飼っても問題ないだろう」
まあ、子猫一匹飼うくらいの余裕はウチにはあるだろう。人間1人養えないくせに・・・ こりゃ、今月の飯代は早くもピンチになりそうだな。
「ありがとうございます! よろしければ、連絡先を教えていただけませんか?」
「ん? ああ。わかった」
少女が一枚の紙を渡し、俺はその紙に事務所の住所と連絡先を書く。
「ありがとうございます。また、伺いますね。それでは、さようなら」
そう言って、彼女は去っていった。そして、道には子猫と俺が残る。
「さあ。帰るぞ」
ダンボールを抱えて、俺は事務所へ向かった。