“登った者は必ず落ちる”世界で、私を踏み台にした彼は頂点から落ちました〜前世持ちの私は巻き込まれません〜
この国では、“ジャックとジル”の童謡が語り継がれている。
丘に登った者は落ちる——そう歌われている。
けれど、それはただの歌ではない。
この国では、出世した者から順に落ちていく。
……正確には、
無理に登った者から、順に落ちていく。
そして私は、それを知っている。
前世で、この童謡を元にした“破滅の物語”を読んだから。
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その物語では、こう語られていた。
丘に登ること自体が間違いなのではない。
問題は──
自分の器を超えて登ることだ。
無理な昇進。
見栄のための決断。
実力以上の責任。
そうして登った者は、必ず崩れる。
例外は、一人もいなかった。
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だから私は決めた。
絶対に、無理に登らない。
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私は王宮で働いている。
地味で、堅実で、目立たない仕事。
確実に成果は出していて、評価もされている。
けれど、昇進は断る。
理由は簡単だ。
上に行きすぎた者は、必ず落ちるから。
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そんな私の婚約者は、真逆の人間だった。
「俺は頂点に立つ」
迷いなくそう言い切る人だった。
出世欲が強く、才能もある。
そして何より、自分だけは例外だと信じている。
「この国では危険です」
「迷信だろう」
「違います。これは——」
「俺は落ちない。選ばれた側だ」
その言葉で、確信した。
この人は、“無理に登る側”だと。
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彼は私を使って出世していった。
政策の裏付けや、予算の調整。
説得用の資料。
全部、私が整えた。
けれど評価されるのは彼だけ。
若き才能。
将来の中枢。
評価は積み上がり、彼は登り続けた。
——自分の器を超える高さまで
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そして、私を切り捨てた。
「婚約は解消する」
大勢の前で、そう言われた。
「お前は慎重すぎる。俺の足を引っ張る存在だ」
「俺は、もっと上に行く」
隣には、もっと“上”の家の令嬢。
ああ、そう。
さらに高く登るために、踏み台を乗り換えたのね。
でも、もう関係ない。
前世で読んだ物語と同じだ。
評価を急ぎ、
大きな役目を引き受け、
自分の手に余るものを抱え込む。
——ここから先は、崩れる。
「そうですか」
それだけ言って、私は離れた。
止める理由も義務も、もうない。
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三日後。
彼は大抜擢された。
王太子直轄の役職。
若手では異例の出世。
──頂点に近い場所。
王都中が彼を称賛した。
だから私は、距離を取った。
関わらないように。
巻き込まれないように。
落ちるときは、周囲も巻き込むから。
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崩壊は、早かった。
彼は功を焦った。
構造を理解しないまま、不正を断じた。
結果、必要なものまで切り捨てた。
事業は止まり、被害が出た。
責任は、彼に集中した。
さらに、周囲の証言。
彼が理解していなかったこと。
実務を他人に依存していたこと。
すべて露見した。
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そして、その翌朝。
王城の大階段で、彼は落ちた。
大勢の前で、派手に。
無様に。
誰かが呟く。
「……また“ジャックとジル”か」
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数日後、彼は私の前に現れた。
「知っていたのか」
そう聞かれた。
「……ええ」
「なぜ言わなかった」
「言いましたよ。何度も」
静かに答える。
「でも、選んだのはあなたです」
彼は黙った。
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「やり直せないか」
その言葉に、私は首を振る。
「私は、無理に登らないと決めているので」
「逃げだろう!」
「いいえ」
私は微笑む。
「これは、選択です」
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その後、私は少しだけ役職が上がった。
けれど、それ以上は望まない。
前世の物語では、
“自分の高さを知っていた者”だけが生き残っていた。
だから私は、急がない。
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子どもたちが歌っている。
──ジャックとジルは丘に登り、
──ジャックは落ちて、頭を打った。
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本当に、その通りになった。
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丘に登ることは、悪じゃない。
けれど、
無理に登れば、必ず落ちる。
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だから私は、選ぶ。
登る高さを。
それが、この国で生き残るための、正解なのだから。




