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作者: イオ

海の底にある暗い奥の方になんだか冷たいものが、海水よりも冷たいものが。あったらただ泳ぐという行為をするのかわからない。出会ったばかりの蝙蝠に突拍子もない行き違いを感じるように…フローラルは感じた。此処には誰もいないのだ。

「水くさいな、少しは言ってくれればいいのに。」

「やる事もないからさ、少しはマシになったんだ。」

「だから?」

だから?

「多くの犠牲を払って得た保障だとして、君の命は何の代価になるのかな」

ちっぽけな校舎の門で得た知識と私の心はどちらに意味があるのか。

期待外れの秋風に、ただしばらく佇んだ。

やる気はないんだ。やるだけなんで。それは古い戦争と一緒?

「期待外れに落ち込んでも固いパンの味が少し落ちるだけ」

モノクロの空は古い夕暮れとよく似ている。

固めのパンにいくらかけても仕方がないように。

フローラルは何処かに行こうとした。面影の足音をまだ忘れてはいないらしい。

「彼は何処かに行こうとしている」

「何の為にかは分からない」

「君が鯨の死骸を追うように」

「彼もまた化物の一種なのだろう」

4人の愚者は口々にそう喋った。

みたまま、叫ぶというのは悲しいことだな。

深い海の中に落ちていくように息が切れるんだ。

海上はいつか見た遠い理想郷か古いモノクロ写真かは分からない。

ただ写真ならばいつか消えるんだろうと思う。

並んだ歯の整列の良さはミカエルと可哀想な白い奴隷達の姿を思い出すかな。

「フローラル、こっちへこいよ」

可哀想に、佇むだけなんだ。

「キャンベル。僕は行かない。」

「古い面影の時計の針なんてもう古い。電信柱が出来たんだ。あれは消えたんだ。」

消えたんだ。

キャンベルは砂の丘にいた。

「何処行くんだよ。」

「僕は何処にもいかない。でも僕は何処かに行く。それは仕方の無いことなんだ。」

「可哀想な事だな。」

「君の言う鯨の死骸を追うような事なんだ。」

インターネットセーフティの規約を守れば戦争と頂きの林檎の味を博物館に追いやれるかと思ったか。

「君は君がどんなに哀れか分かっていない。」

とんだワルツである。

振り返ってみた。フィギュアスケーターの少女が立っていた。

見知らぬ少女である。

「近未来の底に沈む船は、逆転した白い箱で、ドアのナンバーはC4」

「からくり時計の話?」

フローラルは尋ねた。

「昔から決まっていた規約と同じ位大事なものは、悲しい事なんだね、椅子が1つ足りないからさ。」

「四分の一は棄てられる。それは今は仕方無い」

扉を開けたの?

「C4の出口はもうない」

「僕は行かないと」

少女はキャンベルに向かって言った。

「蛸の足みたいになったの。」

「それは残酷な事なのかな。分からない事だ。でも、彼がきっと決めた事なんだね。」

「大事な事だよ。」

フローラルは言った。

「今は仕方無い事だ。」


はて、果たして今までの今は、本当に過去からの今だろうか。

それは愛の坩堝である。


明日になれば息継ぎが出来るのかな。少しそんな事を思っていたのはいつも通り残念な事だ。

記憶の片隅にあるベレー帽の女性はいつも笑っている。

「キャンベル。」

彼は砂の丘の上にいた。振り返って(傍にいるであろう)言うまでもない友人を見ようとした。


しかし、友人は何処にもいなかった。見当たらない。

フローラルは苦笑いをせざる得なかった。

「これでは僕は誰に語りかけたらいいのか分からない。」


黒い影が見えた。かつてフローラルの足元に付いていた影だった。

何処に遊びに行っていたんだろう。影は彼の傍の空を飛んでいた。実に楽しそうに浮遊していた。

地面の呪縛から解き放たれた影はこんなにも楽しそうなのだろうか。フローラルは少し奇妙に思えた。


友人が見当たらない彼は仕方無く、かつての自分の影に話し掛ける事にした。彼は今会話を必要としていた。


「僕はやっぱり探しに行こうと思う。いつか見落とした、見落とす事なんてあるのかな。かつての人の所に行ってみようと思う。」


浮遊した影は口元を歪ませた。いや、笑っている、という表情だった。

「それは良いに違いない。」

そして続け様

「戻ってこなくていいよ。」

その後、ふ、と飲み終えた紅茶のように綺麗に消えていった。

彼はぼんやりとその姿を見つめていた。


行こう、と彼は歩き出した。


「いつかのベレー帽の女性を探して。」


ぐるぐると砂の渦が出来た。フローラルの目の前でその現象は起こった。瞬間的に砂は蠢き渦の中心にある映像を写し出した。彼の思い描くベレー帽の女性だった。女性の手には一本のペンが握られていた。

彼の思い描く通りの女性だった。「探し物はなんですか」

小さな子供の声がした。それは砂の粒子の中から聞こえてくるようだった。

「見つけにくいものですか。」

歌を歌っているようでもあった。かつてポップミュージックで流行した歌だった。

「夢の中へ。」

「夢の中へ。」

そうして消えてゆくようでもあった。子供の声はそれで止んだ。

しばらくして映像は閉じられていった。砂は扉のようにその映像を閉じていった。

「フローラル!!」


死の瞬間だった。フローラルは心臓が止まる、そしてその少し前に友人の呼び止める曲にも似た声を思い出の片隅に止めたのだ。



あれはリバティー。黄金の砂丘である。

彼は死の世界にいた。暗愚の音が大粒の水のようにゆっくりと流れる。「こんにちは。」

白い髭の生えた大柄の化物がにっこりと笑って手を差しのべた。

「フローラルはかつて、もう大昔だったかな、此処に来た事がある。」

というテロップが流れた。駅員のアナウンスみたいな声だった。フローラルはそこで横たわっていた。

虚ろな目で空を見ていた。ふいに手を伸ばす。何も掴めないのに、何かを掴んだフリをした。


「会いたい人はいる?」

白い髭の化物は言った。

「人生なんてうつろな奇跡だ。」

フローラルはその回答には答えずに言った。

しかし次に言葉を続けて

「でも僕には目的がある。」

あの人が言っていた。

この世のどんなものよりも、大切な人の命は尊いものだ。

しかしそれだけ、僕は命に縋る程度の価値しか此処にはないのかと失望したのを覚えている。

何時の頃だっけ。

フローラルはそんな事を思ってその先の言葉が続かずにいた。

「話が長いよ。」

「長くなる話は嫌なんだ。」


この間見た、生きていた時に見た学校の屋上の景色は天気が良かったな。僕はどんな大人になろうかそんな事を考えていたような気がする。そんなに遠い事でもないのに、なんかそんな事を考えていた気がする。

形にならない事を取り留めたり無駄にはならないと取っておいたり、やる気にはならないと何もしなかったり、そんな事を繰り返して朝や夕を行き交っていた。

意味のないことだよ。全然。この先もこの一長一短を繰り返していくのか、と思い、郊外のガンデラ砂漠に友人と向かった。少し何かを変えたかったのかもしれない。

僕は1人になってしまった。

意味のないことだよ、全然。

また同じ事を繰り返して、歯車は何故回っているのか。進化も発展も無いのだろうか。

ただ回っているだけなら、そのうち具合が悪くなって、目眩がするだけだ。何かを変えないといけない。ただ、そう思った。


青い光の黄色い滲みの甘さに、手を伸ばして、僕は此処に立ち止まる。

深いため息をする。芳ばしい香りがした。焼いたパンだ!


「パンだ!」


「ジャムだ!」




「お母さんだ!!!」




誰かいるのか。

いるのだろうか。奥深く水の中に沈んでいく。気泡がフローラルの目の前を通過し無惨にも空中に向かって一目散に走っていく。「僕は死んだのだ。」


意味など付けなければ良かった。

ずっと大切にしていられるなら……。「パンだ。」フローラルは呟いた。


白い髭の生えた化物は言った。

「ごらん、あれがお母さんだ。」


遠くに指差し、フローラルはその方をただ素直に向いてみせた。



ベレー帽の女性がいた。

彼は涙が止まらなくなった。

「行かないと。」


そこで時は止まった。

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