異世界青春譚1
重厚な扉を押し開けると、明るく広い空間が広がった。まぶしさに思わず目をつむりそうになる。息を吸い、高らかに宣言する「我こそは、勇者アカツキなり!魔王はいずこか!」
心を奮い立たせて絞りだした大声が空間に軽く響きながら広い部屋に広がると、
「初めまして。私が魔王、アケボノです。」鈴を転がすような可憐な声が帰ってきた。
いきなりの明るさに慣れてきたアカツキの目が像を結ぶ。そこにはかわいらしい少女がいた。大きな目と通った鼻筋。口を真一文字に結んでいる。肌は磁器のように滑らかで白く、銀色の髪はさらさらで腰のあたりまで流されている。大きな赤い目が紅玉のような輝きを放ち、まっすぐとアカツキを見つめる。緊張しているのか顔はこわばっているが、その姿すらもかわいらしい。自らを魔王だと名乗ったのは、絶世の美少女だった。
魔王?この少女は今自分を魔王と呼称したのか?ありえない、いや…
少女が座っている豪奢な椅子は玉座のように見える。
少女が身にまとっている小柄な体躯には不似合いなぶかっとした深紅のドレスはそんじょそこらの王族のものよりよほど作りがよいし、何より少女の頭の上には、王冠が乗っていた。
小さな少女の頭には少々大きく、少女の顔のつくりには少々武骨なそれは、間違いなく魔王の証である。つまり…
「貴女が、魔王?」アカツキがぽつりと口からこぼした言葉を少女は聞き逃さなかったようで、「はい、私が73代魔王、アケボノです!」少女アケボノは胸を張り、誇らしげに言った。呆然とし、体感で一分ほどの時間が過ぎた。よほど間抜けな顔をしていたのだろう。アケボノが恐る恐るといった具合に話しかけてくる。「あ、あのーアカツキさん?ですよね?どうかされました?」眉間のしわをもみほぐしながらアカツキは答える。
「どうもしないよ。君は本当に魔王なんだね。」つくろっていた口調が剥がれ落ちる。アカツキのこわばっていた表情が弛緩した。世の中にはこんなひどいことがあるのか。
少女は小首をかしげながらうなずく。その姿すら愛らしい。
「僕、いや俺は人間の代表、魔王を穿つ槍、岩石の勇者、アカツキだ。」
ぽつぽつとこぼされる言葉に、アケボノはうなずく。アカツキは息を吸い、一瞬苦い顔をして、それでも宣言した。「73代魔王、アケボノ。貴女に決闘を申し込む。」
アケボノは顔を伏せ、悲しそうな顔をして、それでもすぐに顔を上げ、まっすぐにアカツキを見据える。「魔を統べる者、雷帝の巫女、第73代魔王アケボノの名において、承りました。」言い終わるとアケボノは玉座から降り、どこからか杖を取り出した。杖を部屋の中心に突き刺し、アケボノは歌うように高らかに宣言した。
「それでは始めましょう。決闘を。人と魔の代理戦争を。」その言葉が合図だったのか、部屋に薄い青に色づいた半球状の決壊が広がった。「準備はできましたよ。いつでもどうぞ。」無表情に無常に、アケボノは決闘の開始を告げた。ああ、なんてこった。始まってしまった。場が整ってしまった。ここまで来てもう嫌だは許されない。